10/11/2007

遠のく金利の正常化

10月11日の会合で、日銀は期待通りに利上げを見送った。投票した中で、水野温委員を除く8人が金利の据え置きに賛成した。理由は、「欧米の金融市場に改善の動きがあるが、米国経済が下ぶれする恐れなど不確実性がなお存在する」からであるという。

グローバリゼーションの進行した世界において、金利の上げ下げが日本国内だけの問題であると考えるのは余りにもお粗末である。マクロ経済学の一年生の授業では、金利を下げると、貯金の意欲がそられ、代わりに投資にお金が流れ、短期的に全体生産が上がる、という。しかし、それは鎖国状態の国を前提としたものだ。開放された国では、金利が下がると、外国投資の魅力が上がり、国内を対象としない投資にお金が流れやすい状態を作る。外国を対象に投資された金は国内総生産には含まれない。投資にお金が行き過ぎると、短期的に消費を押し殺すことも知られている。私達は、円キャリートレードの実体などを観察し、経験的に鎖国状態のマクロ経済が成り立っていないことを良く知っている。水野委員が主張する「円安バブル」はまさにこの点を指摘している。

それでは、金利を上げるとどうなるのか?多くの人が口を酸っぱくするように経済が悪化するのだろうか?企業の中には、自転車操業をし、金利が高くなると儲けを落とすところも多く存在するだろう。金利が上がると、消費が減って、貯金が増えすぎるという懸念もあるが、消費が十分低い日本では殆ど心配する必要がない。金利を上げると、日経指数が短期的に落ち込むのは確実だ。円が高くぶれるのも間違いない。しかし、直接的な影響は限定されている。

一番の問題は、円キャリートレードの旨みが薄れて、中国を含む新興市場から大量のジャパンマネーが返って来ることだ。すると、キャッシュフローを無視して、投資が投資を呼んでいた状況を大勢の人が危惧し始める。ポートフォリオの見直しが進み、ある程度のお金が新興市場から引き上げると、パニックを引き起こし、株価が暴落し始めることすら考えうる。そのシナリオを世界が危惧する。多くの日本人にとっては、中国の明るい未来というシナリオが狂い、将来の利益を逼迫しかねない事態になる。それは、どんなことをしてでも反対しよう、という圧力が国内からかかるのである。しかし、その程度で弾けるようなシナリオであれば、要するにそれは妄想であろう。投資が投資を呼ぶという状況は持続的に維持できるものではない。例えば、中国政府は、投資で集めたお金を不良債権の清算に充てている。

金利が十分に上がっていれば、先のサブプライム問題の時も、円キャリートレード解消に伴った資金が国内債権などに吸収されていた可能性すらあった。さらに、金融の基本的な理論として、CAPM(資本資産価格モデル)が上げられる。この理論を曲解すると、リスクフリー金利(日銀が決定する金利)によって、企業の利益が変わると読み取ることすらできる。金利が上がれば、企業はもっと儲かり、日本株に投資している人も多くの配当を得られる可能性が高いのだ。

さて、話は変わるが、消費税増税の話だ。私は、全く馬鹿げていると思う。消費税を増税するのは構わない。しかし、それは金利を一般の水準に戻して、消費者物価が確実に上向いていると確認した後でのみ行うべきだ。勿論、逆算を行った結果、財源が足りないのは疑う余地も無い議論であるが、金利が0.5%の状態で増税をすれば、日本経済は瀕死のダメージを受ける可能性がある。

与謝野馨は「日本の経済成長に過剰な幻想を抱かないことです。インフレ率を高く見積もって日本の税収を予想することは決してやってはならない。インフレは弱者に厳しいもので、国民が最も嫌うものがインフレ。ミャンマーのデモも引き金はそれでしょう。物価が上がらず、100円ショップで何でも買えるのはいい話なんですよ。さっき私も買ってきたんですが、このハンドタオル、2枚で99円ですよ。いいでしょう」と発言した。だから、現実を直視して消費税増税しなければならないという。私はこの発言を聞いた後、恐ろしくなった。インフレ率は低くするべきだ、と言っているような発言である。二つの大きな問題がこの発言の中に内在している。①増税は消費を落とす。そして、②一物一価の法則(law of one price)は無視できない。つまり、世界中で差別化できないコモディティ商品の値段は一つだけという意味だ。世界中で原油や小麦などの商品の値段が上がり続けており、世界中にインフレプレッシャーを与えている。金利を上げる(人為的にインフレを作る)事で、商品価格の上昇から一般消費を救う必要があるのだ。現在日本では、商品価格の上昇を消費を切り詰め(量を減らす)、儲けを抑えることで敢えて、消費者物価を抑えている。これは経済にとって負の作用を及ぼす。もし、金利を正常な状態にする前に増税に踏み切れば、経済は失速し、金利を上げられないような状態になる。低い金利を続けると、円キャリートレードを歓迎し、商品のインフレプレッシャーは払拭されない。結果、日本はスタグフレーションに苦しむことになろう。低金利下での増税は何が何でも反対せねばならない。

まあ、多くの識者が、早めに金利を正常化する方法を知恵を絞って考えて欲しい。