12/24/2006

アメリカステーキが美味い理由

(注:この記事はミディアムレア以上に焼いたステーキの話であって、生肉の話ではありません。ステーキのレアが好きな人の多くは、単に生肉が好きな場合があります。私も生肉が大好きですが、このページでは牛タタキ風ステーキの話はしていませんので悪しからず。生肉が好きならばわざわざレストランに行かず、家庭でステーキを食べることをお勧めします。スーパーでニューヨーク・ストリップやリブアイなどと書かれている少し脂の乗った肉を購入して、表面だけを少しだけ焦がして中は生で食べてください。安物のサーロインなどの生焼け肉もポン酢や照り焼き風ソースとも相性がいいですし、ご飯にも合います。この項のステーキの話にそれらの生肉ステーキは含まれていません。ここで扱っているステーキと「ブルーレア」牛たたき風ステーキは根本的に違う食べ物と考えています。牛たたきが美味しいのか、ミディアムに焼いたアメリカのステーキが美味しいのかという話は、軸の違う問題であるため、「りんご」と「みかん」を比べるような不毛な議論です。前置きが長くなりました。)



私は日本の高い和牛ステーキがあまり好きではない。一口目は美味しくて感動するのだが、それは肉ではない。脂の塊を食べており、どちらかと言えばトロなどに近い。日本で年寄りなどに誘われて和牛ステーキを食べさせられることもあるが、肉を食べるという目的の際は、出来ることならご遠慮願いたい。

一方で私はアメリカでステーキを食べることが好きだ。アメリカのステーキは、日本のステーキとはアイディアそのものが異なり、しっかりと赤身を食べさせてくれる。勿論店にもよるのだが(殆どの店は不味い。アウトバ●クやレ●ドロブスターなどのチェーン店でサーロインを注文するとかなりがっかりする事になる。)、かなり美味しいステーキにありつくこともできる。私の友人など、ニューヨークなどに行く度にステーキ屋に脚を運んでいる。最近では、東京などでアメリカンスタイルのステーキを出す店も出てきたようだが、基本的に日本のステーキ屋では美味しい赤身をしっかりと食べさせてはくれなかった。しかしながら、殆どの人は経験上、アメリカ牛のステーキはあまり美味しくないと考えるかもしれない。確かにアメリカでもスーパーで普通に肉を買ってきてミディアムレアに焼くだけではそこまで美味しいステーキは作れない(実はサーロインやニューヨークストリップやリブアイの牛肉を買ってきていつもステーキを家で作っています。ただし極レアで食べます。)。あくまで、アメリカの美味しいステーキ屋で食べるミディアムレアのステーキが格段に美味しいのだ。

何故、ある種のアメリカのステーキ屋はそんなに美味しい赤身を提供できるのか?勿論、牛のグレードは言うまでもないが、一番大切なことは、熟成方法だ。新鮮な肉を焼いても美味しくない。牛肉はきっちりと熟成させることで旨味が増すのだ。特に、ドライエイジド(Dry Aged)と呼ばれる、冷暗所でじっくりと一ヶ月近くかけて肉を寝かせる方法を取ると、赤身の味が格段に美味しくなる。残念ながらドライエイジドの肉はその辺に出回っているわけではない。アメリカにおいて、効率を追い求めた現在の流通では、肉は直ぐに真空パッキングされ、真空パッケージ内で熟成されることになる。これは、ドライエイジドに対して、ウェットエイジド(Wet Aged)と呼ばれる。この方法でも確かに赤身の旨味は多少増すが、ドライエイジドほどの濃厚な味を求めることは出来ない。

アメリカの高級レストランでは、レストラン独自にドライエイジド法で牛肉を寝かせている。だから値は張るのだが、確かに美味しいステーキを出してくれる。しかも大きさが良い。1パウンド、つまり450gのステーキがスタンダードとなる。脂が多い和牛はレアで食べる方が美味しいが、ドライエイジドの1パウンドもあるステーキなら、ミディアムあたりで中身がうっすらと半生くらいの焼き方が一番合う。(アメリカ人がオーバークックするのか、日本人が生を好みすぎるのか解りませんが、アメリカのレストランでミディアムレアを頼むと、9割以上の確率で、日本ならミディアム以上に焼いた物が出てくると覚悟してください。)

普通、ドライエイジドのステーキ肉など、アメリカのスーパーでは売られていない。しかし、クリスマスを前にして、ホールフーズ(Whole Foods)と呼ばれる高級スーパーチェーンでドライエイジドのリブアイステーキが売られていた。1パウンドで20ドル近くしたが、店で食べることを思えば安い。フライパンで強火で表面をしっかりと焼き、オーブンの中に数分入れる。肉汁と赤ワインとマッシュルームでソースを作った。アメリカの牛肉ステーキは本当に美味しい。結局、ステーキの味など肉次第なのだ。

バーベキューにはどういう肉を選ぶべきかについて


12/15/2006

FRB議長の役目

世界で一番パワーを持っているのは誰か?アメリカ大統領と答える人が多いだろうが、私には即座に一人の人物が脳裏によぎる。それは連邦準備制度理事会(FRB)議長である。要は、アメリカの「日銀総裁」にあたる。現在はドクター・ベン・バーナンキが務めており、バーナンキ以上に力を持っている人は恐らく世界にいない。

FRB議長の仕事は利率の上げ下げだ。利率の上げ下げによって景気をコントロールする。バーナンキの手腕一つでマーケットは大きく動く。そういう意味でバーナンキの責任は大きいし、パワーは計り知れないのだ。FRB議長は政府から独立している。政府からしっかりしろと言われることはあれども、利率の上げ下げに対して圧力がかかることはない。邦銀のゴールは、利率の上げ下げにより適当な好景気と不景気を循環させ、経済が危機的状況に陥る事を防ぐ。

本来なら日本でも、日銀総裁とはそのような役目を負っているはずなのだが、残念ながら日銀は政府や官僚の操り人形である。バブル期前後の政策失敗、特にリキデーショントラップに貶めた大罪のせいもあり、日銀は全く信用されていないのが現状だ。政府が国債の支払いを減らしたから利率を下げろ、などと言っているし、消費が滞っているから利率を上げるな、などと解らないくせに言っている。利上げを望んでいる人など殆どいないので、圧力団体は利下げを要求する。そのような意見は無視して、中長期の経済を鑑み、日銀総裁には利率をコントロールして欲しいのだが。

話を元に戻す。約20年FRBのトップとして君臨していたマエストロ・グリーンスパンが今年の頭に辞任し、バーナンキがFRB議長になった。前任のグリーンスパンが絶対的な信用を集めていた。「経済を考えれば、時期総裁はブッシュが良いか、ケリーが良いか?大丈夫、どっちにしても俺たちにはグリーンスパンがいる!」などといったジョークさえ聞かれた。グリーンスパンの後釜には、学者上がりのバーナンキが採用されたことを、マーケットは当初懐疑的に見ていたと思う。そして、5月の調整が起こった。

2005年ごろからインド、南アフリカ、韓国、ラテンアメリカを中心にエマージェンシーマーケット(新興市場)の株が上がり続けていた。そして、一番の問題は、石油や金などのコモディティ(商品)価格が上がり続けたのだ。そして、アメリカの産業はコスト高に苦しんでいた。アメリカ経済の見通しが怪しい時の、コスト高だった。コスト高はインフレの懸念材料になる。経済を齧っている人なら解ると思うが、インフレそのものは経済にとって悪影響は無くとも、サービスや賃金や物によって価格の柔軟性が違うので、インフレは価格のひずみを引き起こして中長期的に経済を悪化させる。新興市場がアメリカの購買意欲によって経済が買い支えられていたことが明白だったので、アメリカ経済の失墜は、一歩間違えれば世界大不況にまで発展する可能性があった。これに反応して、ベンバーナンキは利上げを行ったのだ。インフレにだけ照準を合わせた利上げだった。この利上げは、FRBがあくまでもインフレと戦うという姿勢を示したものだった。かつてからアメリカでは住宅バブルの様相を呈していたので、利上げによって人々が住宅ローンを組むことを嫌がり、消費が一気に醒めるのではないかという見方もあった。バーナンキの利上げを疑問視したマーケットは5月に大きく株価を落とすことになる。新興市場は急落した。そして商品市場も冷め、住宅価格も下降に転じた。

しかし、これでよかったのだ。商品市場の冷め、特に原油価格の落ち着きと、住宅価格の安定で、インフレ懸念がある程度払拭されたのだ。となれば、ハードランディングは無く、ソフトランディング路線を辿ることになり、世界同時恐慌という最悪のシナリオは避けられることになったのだ。その結果、夏以降、ニューヨークの株価格は上昇に転じている。結果的にバーナンキの政策は完璧だったのだ。

これで天晴れ、となるのは話が早い。根本的な問題は何も解決していない。何故商品価格が急上昇したのか?経済紙など機関投資家が市場に流れ込んできたためだと結論付けている。しかし、機関投資家が理由無しに市場の値段を吊り上げることは出来ない。マーケットでは値段が吊上がるだけの理由が存在する。それはドル安である。ドルが他の通貨に比べてどんどん安くなったからだ。何故か?それは、中国の責任だ。中国が人民元を人為的に低くするために、必死に米ドルの準備高を積み増しているからだ。この不安定な政策が、ドル高を招いていたのだ。

さらに、何故新興市場が元気だったのかも付け加えたい。これはアメリカのせいである。アメリカの個人消費が旺盛であるため、世界中がアメリカに商品を売ることで経済を拡大させた。日本の利率はほぼゼロだった。そこに目をつけ、日本で金を借りて、経済が拡大する他の国で回せば、いくらでも儲けることが出来るのだ。そして、それらの国で資源供給が盛んになる。マイナーな原因ではあるが、これらの要因も商品高にある程度関連している。

では、何故アメリカの個人消費がそこまで旺盛なのか?それも中国のせいである。中国から安い商品がいくらでもやって来るのだ。全てを単純化させると、アメリカ人は安い中国製品を買うことで、お金に余裕が生まれ経済が拡大していたのだ。

バーナンキが今週北京を訪問した際、人民元が人為的に低く抑えられており、それがある意味、中国の輸出業者の助成金となっているという旨のスピーチを行った。私は非常にそのスピーチに感服した。それは紛れもない事実だからだ。中国政府は、雇用を創造し、海外の直接投資を受け入れるために人民元を人為的に低く抑えている。このことにより、中国中が大安売り状態となっており、外国人が鞘取り機会を狙ってどんどん中国に進出するのだ。そして、それらの金が中国人民を潤わすことはない。人民元が低く抑えている以上、中国人民はインフレ圧力に苦しみ、低賃金を甘んじて受け入れ続けなければいけないのだ。そのくせ、街やインフラなどだけは整備されていくといった歪んだ発達が持続されることになる。残念ながら、総GDPがいくら大きくなろうとも、それは何にもならないのだ。丁度、体重が重いことが人間にとって何も誇れないのと同様に。

人民元が低く抑えられている状態は、世界の消費者、特にアメリカの消費者には素晴らしいことなのだ。中国相手に輸出をしている人を除けば、本心では人民元が上がることを誰も歓迎していない。それでも、人民元を上昇させたい理由は、世界の不均衡を無くすためである。人為的な人民元の安さが、世界中のマクロ経済に大なり小なりの影響を与えている。軋みを無視し続けると、私たちが将来払わなければいけないツケが増えるだけの話であるのだ。現在の説明のつかないユーロ高などが例に挙げられる。そして人民元上昇は誰のためでもなく、中国の為なのである事を、残念ながら中国は全く理解していない。将来的に人民元がマーケットの意思で動くようになるまで、世界のゆがみはますます酷くなるであろうし、世界中の人々が鞘取りの機会を狙い中国に進出するのだ。最終的にそれらの付けを払って血を流すのは中国なのだ。そして、その歪みを一時的に誤魔化す重い役目を一身に背負っているのが、バーナンキ議長なのである。

人民元の固定制度は、まるで指輪物語「The Lord of the Ring」の壊すべきリングのような物だ。しかし、とても魅力的で、皆が保有したいという欲を持つ。中国政府はまるで指輪に固執するゴブリンのようなものだ。バーナンキが陣頭指揮をとり、悪の指輪を炎の中に投げ入れ、変動相場制に遷ることを願いたい。その時、初めて我々は問題が解決したと高らかに謡えるのだ。

サウスビーチに行きたい!

この時期になると、クリスマス休暇の話で持ちきりになる。私は休みどころではないのだが、周りの人は色々と予定を立てている。一般的なのは、近隣へのスキー旅行、実家に帰る、そしてビーチリゾートであろう。雨が降り続く冬のシアトルにいると、やはり暖かいビーチリゾートに行きたくなるものだ。地政学的な制限が付きまとい、シアトルの人はよくハワイ諸島に出かける。しかし、私としては、やはりフロリダに行きたい。

私はハワイがとても嫌いだ。何故なら、妙に老人臭いからだ。ハワイは良い波があるし、海の中も綺麗だ。ビーチの砂も最高だ。しかし、泳ぐ以外に何もない。残念ながらフラダンスやサンセットクルーズを楽しめる程の年齢にはまだ達していないし、ドールのプランテーションや真珠湾に行っても仕方ない。さらに、個人的に日常に出来る買い物をリゾート地ですることは好まない。ハワイの夕暮れはハワイアンブルーの名に相応しく憂鬱だ。やる事を探すのに四苦八苦してしまう。どこのバーに行っても退屈なアロハオエの音楽が響いているし、年上の連中しかいない。日本人がいると思っても、殆どサラリーマン風の中年だ。学生達がパーティーで集うような雰囲気はハワイには皆無である。文字通り、ハワイは若さの無い老人保養地に成り下がっている。

翻して、フロリダを考えたい。遊ぶのならオランドーもいいが、ビーチリゾートといえば、クラシックにマイアミだ。どこまでも続く海岸線。白い砂浜。そして、殆どの人がスペイン語で話している異国の雰囲気。輝く太陽、藍い大西洋、そしてビーチに寝そべるスタイルのいいおねえちゃん達。

マイアミにも老人は大勢いる。アメリカでリタイアした老人達はマイアミに住む。ウェストパーム、ハリウッドからフォートローダデールあたりのビーチ沿い高層マンションは、ジューイッシュの老人で溢れているとも聞いている。しかし、サウスビーチは列記とした学生のためのパーティープレイスだ。昼間は最高のビーチに若者が集う。MTVの収録なども頻繁に行われている。夜になると、スタイルのいい小麦肌のスパニッシュ語を操るお姉ちゃんたちが、薄い服を着て、音楽に合わせて踊っている。そこにシカゴやボストンからやって来た学生たちが混じって、まさにパラダイスである。棲み分けが出来ているというのは、非常に心地よい。サウスビーチは学生。そして北に行けば富裕層。さらには老人用のビーチと家族用のビーチ。ビーチ毎にきっちりと年齢層が分かれている。若者が老人やサラリーマンに混じってがっかりする事はまずない。

東海岸に住んでいた頃、休みごとにマイアミに行った。ニューヨークから南フロリダまでは往復で200ドル程だった。飛行機も2時間半ほど。サウスビーチで泳ぎ、パブに繰り出し、そしてレンタカーでエヴァーグレーズ国立公園に行ったり、キーに繰り出し、ダイビングをする。

残念ながら、現在私はシアトルにいる。フロリダに行こうと思えば、乗り換えの時間も含めて10時間くらい掛かってしまう。しかも飛行機代もかなり値が張る。日本に帰るのとそう大差ないのだ。結局残念ながら、消去法でハワイがバケーションの候補地となってしまうのだ。フロリダにはハワイのようなブルーな音楽はない。常に間の抜けたラテン音楽が響き、そこは遊ぶために作られた場所である。若者たちが集い、若さが漲るバケーション地。手軽な場所にないものか。

12/10/2006

海外の日本レストラン認証制度という馬鹿げた案

農林水産省が今回実施するという世界の和食レストランの認証制度は非常に面白い。誰がこのような馬鹿げた考えを思いついたのか知れないが、このような事に税金が使われるのであれば、断じて反対するべきである。日本にはやたらと認証制度が多いが、政府の雇用を約束するために認証やライセンスを次々と交付している。特に、役人は天下り先を増やす事に躍起であり、そのような裏の背景は絶対に見逃してはならない。一般的に認証やライセンスは、市民生活やビジネスの機会を大きく退かすものであり、社会コストを上げ競争を阻害する以外に何の役にも立たない。日本では、政府や政府系の組織が遂行する認証や資格に基づく試験や手続きなどで、一体いくらのお金を無駄にしているだろうか?一体どれだけの時間を人々から奪っているのだろうか?

海外では和食と呼べないものを出す日本料理店がたくさんあり、農林水産省はそれを憂いているという。確かに、アジア系の人が経営する店には酷いものもある。だから、なんだと言うのか?おかしな料理を出そうとも、美味しければそれで良いし、不味い料理を出していれば店は潰れる。それだけの話だ。政府がでしゃばる隙間は全くない。

日本でも、インチキなイタリア料理、フランス料理、そして中華料理が横行している。本場のものからはかけ離れていると言う意味でインチキではあるが、中にはびっくりするほど良い味の店もあろう。美味しいところはインチキでも残っているし、ブームに便乗した不味いところは潰れていく。そして、料理とは、インチキなものから、次の新しいものが生まれるべきものだ。イタリア政府がわざわざイタリアの税金を使って日本に来て、それらの料理店をチェックするだろうか?馬鹿げている。フランスのミッシュランの例があるが、ミッシュランはプライベートカンパニーで政府ではない。

そもそも、日本料理が何なのかという議論がそもそも抜け落ちている。カリフォルニアロールは日本料理なのか?餃子は日本料理なのか?神戸牛は日本料理なのか?テリヤキは日本料理なのか?全く馬鹿げた議論だ。私に言わせてもらえれば、日本の和食ですら本来のものからは大きく変わっている。例えば、ポルトガル語に起源を持つ南蛮由来の「天婦羅」が日本料理なのか?で、それがどうしたと言うのだ?与太話としては面白いが、根本的には全くどうでもいい話であると同時に、政府が口出しするべき問題ではない。

確かに多くの「本格的」高級日本料理店は、日本から大量に食材や酒を輸入しているようだ。松岡大臣にとっては、日本の農業振興の絶好の機会だと考えるのかもしれない。そういった店に認証を与えることは、日本の誇りだ。たとえ税金が大量に投入されたとしても。松岡利勝は、地元の葱やイグサを護るために、セーフガードを発動したいわく付の人物だ。役人は先ほども述べたが、無駄な組織を一杯作って天下り先を確保したいわけだ。全く持って馬鹿げている。

今回の海外日本食レストラン認証有識者会議メンバーには、「ぐるなび」やJTBの社長も名前を連ねている。本当に面白いプロジェクトであると思うのであれば、政府がやらずに、JTBや「ぐるなび」が自分たちでやればいいのだ。ミッシュランのように。こんなことは、民間或いはNPOがやる事である。このような趣旨に対するスポンサーを募ってするプロジェクトではないか。政府主導でやるという馬鹿げた考え自体がまるで時代遅れであり、時代遅れの権化のような松岡大臣を指名した阿倍首相の人を遣う手腕には正直落胆している。

12/09/2006

イラク戦争の怪

政治的な話は控えようとも思っていたが、昨今のブッシュ政権の路線転換は非常に気になるので、敢えてこの場で言わせてもらう。2007年のセネター(上院議員)から民主党が事実上の議会多数を占めることが決まってからは(49対49だが、無党派のヴァーモント州のサンダースは社会主義にも近い左派、コネチカット州のリバーマンは元民主党)、次の大統領選を意識してか、ブッシュは弱腰外交をスタートさせた。これも政治戦略上の策略であるとは信じたいが、非常に無責任な決断だと思う。

ラムズフェルドが更迭され、元CIA長官のゲーツが新たな国防長官に指名された。民主党は鬼の首でも獲ったかのように、イラク戦争を否定し始める。イラク研究グループは12月6日に奇怪な内容のレポートを提出した。その中で、ジミー・カーターは、ブッシュ政権のイラク政策を否定し、テロリスト国家であるシリアやイランとの対話を薦めている。さらに、イラクの民間兵に後を託して、アメリカはイラクを去るべきであるという意見すら書いている。これはある意味、イラク政策を間違っていたと認めたうえで、白旗を揚げろと言っているような物だ。さらに議会の支持を受けられなかった国連大使のジョン・ボルトンも国連大使の座を去ることは規定路線となっている。無能国連のアナン議長は、これみよがしとイラクは内戦状態であるとマスメディアに話し、世界の世論を反イラク戦争に持っていこうとする。

私は別に共和党を擁護したいわけではない。ただひとつ気になるのは、アメリカの政治の無責任さである。民主党は反ブッシュを叫び、イラク戦争を批判する。しかし、イラク戦争は共和党とブッシュが独自にやっているわけではなく、「アメリカ」がやっているのだという認識が全くない。共和党に全ての濡れ衣を着せて自分たちは責任がないとばかりの態度には、呆れるを通り越して、憤りすら感じる。

イラクに侵攻したことが是か非かを論じることはしたくない。ただ、アメリカを中心とする軍隊は実際にイラクに侵攻し、フセイン政権を転覆させた。侵攻した際の建前上の理由は、イラクが大量破壊兵器を放棄することと、テロリスト勢力を一掃し世界平和を勝ち取ることであった。しかし、イラクに大量破壊兵器は見つけられなかった。そしてフセインを倒したアメリカ軍は、テロリストを根絶させることも出来ず、未だに問題は何も解決していない。それどころか、皮肉なことに、テロリストは以前にも増して増えているし、シリアとイランの二つの近隣するテロリスト国家が、独裁者の元でかつてない纏まりを見せ、力をつけてきた。

世界が思っているように、アメリカのせいでイラクが内戦状態に陥っているのか?違う。テロリストが問題を拗らせているのだ。中東は遅かれ早かれ民主化の道を辿り、世界の一員にならなければならない。しかし、孤立主義に固執するテロリストが実際に人殺しをする。それを軍隊や多国籍軍が鎮圧するのだが、その鎮圧を妨害しようとして、さらにテロが起こる。無知でまともな教育を受けていない人達は、それを全て外国や異教徒のせいにする。外国がやって来たから平和が無くなったのだと。まともなイラクの人間の意見は全くどこにも届かない。イスラエルやアメリカに反対する扇動者や無知な人たちの声だけがニュースに響く。

イラクをまともにしようと思えば、時間がかかるだろう。人々を一から教育しなおさなければならない。イスラムの教義を曲解した人々が、多くの人を殺し、世界から孤立しようとする。たとえば、イスラエルがガザで作った学校では、パレスチナ人たちはパレスチナの子供達がイスラエルの教育を受けることを拒否している。中東では、教育そのものが悪いと信じている人達が未だに多いのだ。アメリカやイスラエルがまともな考えを説こうとしても、中東にいる人々は聞く耳を持たないだろう。まともな議論が理解できるのはまともなレベルに達した人だけなのだ。中東の現状は黒船が来た時の頃の日本と似ているのかもしれない。尊皇攘夷を叫ぶものたちの影に隠れて、私腹を肥やそうとするものや、ただの不定浪士が町を荒らす。しかも、攘夷理論にかぶれた者達がさらに事態をややこしくする。イラクでも荒そうなものを集めて、新撰組でも作ってテロリストを一掃させたらいいのだ。

どちらにしても、ボトムラインは、民主党であれ、共和党であれ、尻拭いだけはきちんとするべきだ。対話が通用しないことが解ってるくせに、中東で対話を持ちかけている国連の議長やジミー・カーターの無能な発言には耳を傾けてはならない。残念ながら、解決方法は、おかしな狭義を伝播する原理主義者を文字通り一掃し、まともな教育の普及をしなければならないだろう。国連が主導するべきだが、多くの国連のメンバーはテロリスト国家であり、機能していない。アメリカがきっちりと警察の役目を引き受けるべきなのだが、問題は他国が血も流さず、金も使わず、傍観を決め込んでいることにある。テロリストを一掃すること無しに平和は訪れないと解っていながらも、フリーランチを求めていることにあるのだ。

12/01/2006

西に美味いピッツアは在らず

シアトルには美味しい珈琲屋が沢山ある。しかしどこを探しても美味しいピッツアを出す店は見当たらない。カリフォルニアも含め、残念ながらアメリカの西海岸では美味しいピザ屋は存在しないようだ。

ピッツアは下衆い食べ物である。故に下衆く食べるべきなのだ。ピッツアの歴史はそう古くない。丁度、今日食べている殆どの料理がそうである様に。ピッツアはナポリの貧民が生み出した料理である。当時は観賞用であり、食べられることがなかった新大陸からやって来たポモドーロ(トマト)をパン生地の上に乗せて、余った食材と共に焼いたものが始まりと伝えられている。ピッツアはまさに庶民食として誕生したのだ。

イタリア移民と共に、ピッツアはアメリカにも伝えられた。新大陸から来たトマトソースが再びアメリカに再輸出されるのは皮肉なことだ。ニューヨークではナポリ風の薄い生地の上にトマトソースやチーズを乗せるニューヨーク・ピッツアが発展していく。一方シカゴでは、厚いパン生地を使ったシカゴ・ピッツアが主流となる。やがて、ピッツアは全米中に普及し、アメリカ人の最も一般的な食べ物となったのだ。私は個人的に、ニューヨークスタイルを好んでいる。

ピッツアは皆で楽しく囲んで、出来立てのアツアツを食べるべきものだ。数人でピッツア屋に行き、直径50-60センチほどのピッツアを注文する。ピッツアが焼きあがるまでは、ビールを飲みながら楽しくやる。やがて、石釜から出来立てのボリュームのあるピッツアが運ばれてくる。とろけるチーズを皆で切り分け、ビールやコーラと共に流し込む。それこそがピッツアであり、そのような雰囲気がある前提で、さらに味の事を吟味するべきだ。舌の上で美味いだけのピッツアはピッツアではない。東京の表参道界隈や、南カリフォルニアのレストランなどでは、イタリア風の小さめの皮が薄いパリッとしたパンチェッタやゴルゴンゾーラなどを乗せた“高級”なピッツアが流行っているが、あれはいくら美味しくとも紛い物である。庶民の食べ物と言うピッツアのコンセプトからはかけ離れた、違う世界の食べ物だ。ピッツアは、友人たちや家族と共に食べるべきである。決して恋人とデートで食べるものではない。

ニューヨークからメトロノースで終点まで行く。裕福なことで知れらているコネティカット州だが、そのニューヘイブンと呼ばれる小さな街は荒れ果てている。中心には大学があり、その付近だけは妙に綺麗だ。裕福さと貧困さが同居しており、アメリカ社会の歪んだ縮図のような嫌な街だ。冬場は気温は氷点下10度くらいまで下がる日もあるし、雪もすぐに積もる。娯楽は殆どなく、楽しみはと言えば、仲間とピッツア屋やマイクロブリュワリー付のバーに繰り出す事だ。街には有名なピッツア屋が数店ある。人気のあるピッツア屋は常に混んでいる。雪積もる寒空の下、半時間は待つ覚悟が必要だ。ボストンビールのサミュエルアダムスを注文する。クラムのホワイトソースピッツアなる物があるが、これはお勧めできない。クラシックに、イタリアンボンバーを頼む。トマトソースベースのピッツアで、カナダベーコン、イタリアンソーセージ、数種類の野菜が乗っている。勿論、上にはとろけるチーズがたっぷり。石の釜から取り出されたアツアツのピッツア。皆で揃って楽しく食べるには最適だ。

ビール、ピッツア、そして友人たち。東海岸に置いて来た物を、暮らしやすいシアトルの地で思い出す。地獄のような街だったが、時間が経つとそれもまた懐かしくなる。シアトルには雪が積もり、雪を見ているとニューイングランドで過ごした日々を思い出した。妙に美味いピッツアが食べたくなった。しかしこの街では美味いピッツアがないのだ。

Modern Apizza
874 State Street
New Haven, CT

雪に埋もれた街とデイアフタートゥモロー

シアトルは西岸海洋性気候に属する。つまりアイディアは、一年を通して常に西から吹いてくる偏西風に気候が影響を受けているということだ。西には海があり、一年を通じて温度の変化が小さい。シアトルには四季が無く、大きく分けて、晴れ渡った夏と、雨が降り続く冬があるのだ。

夏には太陽熱で陸の温度が上がり、温度が低い北の海では上昇気流が発生しにくい。風は晴れた海の方から流れてくるので、雲も無く晴れ渡った晴天が毎日続くことになる。逆に冬場は、凍てつく陸に比べて海の温度の方が高くなり、上昇気流が発生しやすくなり、雲が発生する。その雲が偏西風に乗りシアトルに吹き付けてくるので、シアトルは常に雨が降る訳だ。ただし、シアトルの東部にはオリンピック山脈が聳え、ある程度の雨はオリンピックの東側(太平洋側)で落ちてしまう。その後、空気が山を越えてピュージェット湾の方向に進む際にフェーン現象が起きるため、シアトルでは冬場でも緯度の割には比較的温暖(4~10℃)で、霧雨のように細かい雨が降り続くことになるのだ。シアトルの冬は、毎日曇っており、霧雨が降る。

昔ヨーロッパの小説を読んでいる時に、良く解らない文面に直面した。ロンドンやドイツの街が舞台の小説では、秋になってくると天気が悪くなり、主人公が憂鬱になって来る事がよくある。大阪で育った私には全く意味が解らなかった。何故なら日本の太平洋側では、秋と言えば気温も涼しくなり絶好の行楽日和であるからだ。日本で秋になって気分が滅入る人は、プロザックでも飲まなければいけないほど深刻な人だけだろう。では、何故北ヨーロッパでは皆秋になると鬱になるのか?

その答えはシアトルで出た。シアトルも北ヨーロッパの多くの町と同じ西岸海洋性気候だ。夏が過ぎると、寒い雨季がやってくる。シアトルでは文字通り冬場に太陽は出ない。永遠に小雨が降り続く。夏が終わると人々は鬱になり、エスプレッソ・コーヒーを愛で、インターネットの世界に逃げるようになるのは当然の帰結であろう。シアトルを含むワシントン州が全米一の自殺率を誇るのも、このあたりの話で説明されている。

感謝祭明けの月曜日、大変なことが起こった。昼過ぎから雪が降り始めた。当初は地面に落ちた途端に溶けていたのだが、夕方になり急激に気温が下がり路面が凍結し、さらに激しく雪が降ってきた。直ぐに街はすっかりと雪に埋もれてしまった。私はシーホークスのマンデーフットボールを見ようと楽しみに帰路についたのだが、雪の中を待てど暮らせどバスが来ない。暫くすると、ある人が「この路線は坂道があるので動いてない。他のバス路線なら動いているはずだ。」と言うので、雪が降り積もった中を1キロほど移動する。そこでもバスが中々来ない。結局二時間ほど待ち、漸くバスが来る。いつもなら二十分で着く道を1時間かけて帰る。途中、3件の事故を目撃した。完全にひっくり返っていた車さえあった。夜半前、漸く家に辿り着く。寒かったとは言うものの、厚めの手袋とスキーウェアを着用していたのは不幸中の幸いであった。

I-5(西海岸の主要高速道路。バンクーバーの南からサンディエゴまでを結ぶ)は雪でタイヤを取られた車の駐車場と化していたし、多くのフットボールの観客たちは家まで辿り着くことが出来なかったようだ。シアトルは基本的に雪が降らないため、雪に対しては無防備だ。以前、東海岸の町に住んでいたときは、雪が始まる前には除雪車がスタンバイしており、住民が歩道に凍結防止剤を撒いていた。シアトルにはそのような準備は全く無い。マイナス8度ほどまで気温が下がった。シアトルでは計測を始めて以来の最低気温のレコードだという。

雪の中で長時間待ち、バス停で他の人達と空を愚痴り、ひっくり返った車を見ていると、脳裏に陳作映画、デイアフタートゥモローが浮かび上がってきた。昨今、異常気象がメディアに取り上げられ続ける。ランダムに異常があるのはまさに正常であるのだが、自分が酷い目にあってみると、地球温暖化の影響なども責めたくなってしまうものだ。