8/13/2007

宴の後に-アメリカ住宅バブルの崩壊

アメリカの住宅ブームは、2006年5月、バーナンキが利上げの演説を行った直後に終焉したと見られている。それまで天井知らずで上がり続けていた住宅価格の伸びが鈍化し、市場に住宅在庫が溢れるようになって来た。南フロリダ(マイアミ近郊)、カリフォルニア、ワシントンDCなど、ホットだった市場が崩れ始めた。2007年にはアメリカの平均住宅価格が1929年に始まった大恐慌以来始めてマイナスを記録することになるようだが、現在の住宅バブル崩壊は局地的に限定されており、まだ全米中の住宅価格が下がっている状況では無い。                       

アメリカの住宅市場がバブルの様相を呈していることは、日本では常識だった。しかし、残念ながらアメリカ人はそうは思っていなかったようである。シアトルの人達は、未だに住宅価格が下がるとは思っていない。シアトルに関しては価格の伸びは鈍化しているとはいえ、住宅価格が下がっている事実は全く無い。

ただ、市場には在庫が溢れている。現在がピークだと解っている人達が家を売り出している。しかし、皆強気で値引きしないので中々売れない。買い手は待っていれば住宅価格が下がるだろうと、のんびりと構えている。だから、在庫は余り、価格はまだ下がっていないのだ。今後は、首が回らずに持ち家を早く売る必要がある連中が、価格を下げてでも売り抜こうとするだろう。その時こそ、シアトルでも住宅価格が下がり始める瞬間だ。

アメリカではリスクフリーの金利が5%強つくので、年間で5%以上住宅の値段が上がらなければ、それは実質的には価格がマイナスに転じているのと等しい。つまり、実質価格はすでにシアトルでも下がり始めている。だが、名目価格が下げに転じると人々の心理状態は変ってしまうだろう。現在、投機目的で家を何軒も持つ人がいる。そのような人達が家を売り払い始め、住宅デフレのプレッシャーは日に日に増すことだと思われる。

シアトル近郊では、アパートの値段が近頃急激に上がっている。これは、家を買わずにアパートを借りる人が多くなっていることの証拠で、住宅市場の流動性が低下しているからだろう。街中のいたるところで、家やアパートの代わりに、タウンハウスが林立している。これは低所得者層をターゲットにすれば、税金を取得でき、空き家になるリスクが軽減されるからだ。今まで見なかったような場所に、コンドミニアムの広告がやたら増えた。ディスカウントの字すら良く目にするようになった。シアトルの住宅市場が下を向いていることは明らかだ。

だが、私がこのような意見を言うと、アメリカに住む多くの人達が敵意をむき出しにし、私に突っかかってくる。そんな事はありえない、と。日本でもバブルが崩壊する前夜はこのような状況であった。ある人達は、私の意見に対して、「それでは何年で住宅価格の調整が終わるのか?」と聞いてくる。そんなこと知る訳が無い。ただ目安としては、住宅ローンで支払わなければならない金額と、家を借りた場合に支払うレントが同じくらいになれば、住宅価格がフェアヴァリューに戻ったということではないだろうか?現在、大雑把に、モルゲージの支払いはレントの二倍以上である。調整が進んでしかりの状況であろう。

ここに書いた事は、これから起こりうるだろうストーリーだが、勿論、アメリカ政府や邦銀が黙ってみていない可能性もあろう。バーナンキは学者時代よりデフレーションこそが諸悪の根源だと言っている。デフレに落とさないために、アメリカがスタグフレーションの道に進む、などというシナリオも考えられなくはない。そこまでのハードランディングをせずに、インフレで低空飛行を続けるということも考えられよう。さらには、アメリカのバブルの損失を前話でも書いたように、日本に押し付けるという裏技は十分にある。実際に、日銀は日本があまりサブプライムの問題と関係ないはずなのに何故かオペを出した。つまり、日銀は、円キャリートレードで支払能力の無い人にお金を貸す行為を救済しようとしているのだ。まあ、政府が何をやるかは解らないが、私たちは個人で身を守るしかない。個人レベルでも、アメリカ不動産価格の調整というような素晴らしいチャンスを見逃さない手は無いだろう。

8/11/2007

サブプライム、クレジットクランチ、リキデーションクランチそして円高

アメリカでサブプライム・モルゲージ(低所得者層相手に高利で貸す住宅ローン)が焦げ付き始め、多くの貸し手が損を算上し始めた。モルガンスタンレーや英国系のHSBCがサブプライムで大損したという。さらにはサブプライムが原因で、飛ぶ鳥落とす勢いだったベアーズスタンの子会社が倒産したという情報まで入ってきた。7月の終わりにニューヨーク市場は暴落を始める。2007年前半は世界の株価が好調だった事も手伝い、利益確定売りが発生。マーケットは混乱し、売りが売りを呼んだ。株価のボラティリティーが異常に高くなり、ギャンブル相場に突入した。やがてサブプライム問題はクレジットクランチと呼ばれるようになった。つまり、誰にでも金を貸せないほど信用度が逼迫して来たのだ。ダウジョーンズ工業指数は一日の取引内で3桁のマイナスから3桁のプラスに転じるというような極端な動きをするようになった。

金融とは、資産の現在価値を見極める事であると言ってしまっても過言では無いだろう。現在価値を判断するためには、未来のキャッシュフロー(収入)と利率を予想しなければならない。企業にとっての利率とは資金調達コストであり、非常に厄介な指標だ。何故なら、中央銀行が都合によって金利を変えるし、リスクが高ければ高い利率を用いることになる。

まさに、ここ数年、問題があったのはリスクの評価であろう。大手の投資家は、リスクをほとんど無視していた。顕著な例は、発展途上国の国債の取引だ。普通、発展途上国の国債の金利は先進国に対して高いものだ。だが、フリーマーケット下では、その分為替が動く上、発展途上国には異常なインフレが付きまとうもので、金利が多少高くともそんなに儲からないのが常識である。しかし、近年では、リスクがあまり顧みられず、利率が額面どおり儲かってしまう異常事態になっていた。極端な場合には、北朝鮮の国債などにまで投資銀行が手を出していた。

債権から株に話を移すと、外国株のETF(Exchange Trade Fund)やミューチュアルファンドがアメリカの株に比べて高い配当を持続的に叩き出した。個人レベルでも、法人レベルでも、外国株が飛ぶように売れている。 日本でも同じような傾向があった。為替が動かないので、日本株に比べて、外国株の配当が異常に高くついた。

そして、リスクに関する問題で、かなり深刻なのが上記で述べた住宅ローンだ。アメリカでは猫も杓子も住宅ローンを借りることが出来る。私は銀行に行くたびに銀行から住宅ローンを奨められるし、毎日のように住宅ローン会社から電話が掛かって来る。アメリカ国内で違法労働をしているような連中さえ住宅ローンを組むし、初め数年は利率だけを払えばよいなどというようなタイプの住宅ローンまで売り出されていた。私の知り合いには、利率だけを支払う変動相場の住宅ローンと既に買った住宅を抵当に入れるという荒業を駆使して、リバレッジを効かせ、住宅を5件も6件も持っている者もいる。そういう人達と会話すると、アメリカの不動産は決して下がらないと言い張るものだ。何故なら移民はどんどんアメリカにやって来るし、アメリカの住宅の値段は大恐慌以来下がったことが無いかららしい。実際に現在カリフォルニアで住宅価格が下がっていることを指摘すると、シアトルは失業がないので住宅価格は安定的に伸びるという。現時点ではタイムラグのせいで指標上のシアトルの不動産価格に陰りは見えていない。しかし、サンフランシスコやサンディエゴの地価が下がっているのに、シアトルは大丈夫という理論には無理があろう。日本でバブル崩壊後の空虚な時代に多感な青年時代を過ごした私としては、全く聞いていて呆れるような話である。

このように、異常な事態が発生していた。大体において、リスクとリターンは比例する。高いリターンを求めるならば、高いリスクをとらなければならない。投資家はそのリスクをきっちりと審査する必要がある。しかし、近年、リスクの高いはずのものに誰かが大量にお金を入れており、投入されたお金が七難を隠しているのだ。不動産の値段が崩れないというような事はあり得ないし、為替が崩れないというような事もおかしい。しかし、実際に投機目的のお金が市場に溢れ返り、七難は隠され、リスクは存在しないかのように錯覚する。

何故そうなったのか?原因はいくつかあるだろうが、平たく言ってしまえば市場にお金が余っているということだ。その一因は日本のゼロ金利だろう。日本銀行が80年代の後半に政治目的でバブルを制御せず、バブルが急激に崩壊した後は政治的に住宅着工と株価を上げる目的のために金利を下げた。さらには不良債権問題が露出し、政府の赤字が表面化すると、政治目的で決して陥れてはいけない筈のゼロ金利を敢行した。それが金融不安を呼び、仕方なくマネーサプライに上限をつけず、市場を金でジャブジャブにさせた。グローバル化が進む世界の中で、どこの阿呆がこんなチャンスを見逃すのだろうか?結果、日本国民の貯蓄は、世界中に流れて行き、例えば、上海やドバイの高層ビルに化けてしまった。 日本銀行はまさに世界にとってはサンタクロースのような存在なのだ。

私は、日本国民の貯蓄が世界に流動し、グローバル経済に寄与することには大賛成だ。ただ、政治的な失敗によって生まれたゼロ金利政策を将来どのような形で国民の富に転嫁していくのかを日銀に問いたい。世界的な規模でおこっているお金の流動性の増加は、スペキュレーションを呼び込み、不安定な形での金融資産の増徴とインフレ圧力を齎している。ある日、人々が何らかの形でリスクに気づいたとき、スペキュレーションで膨れすぎた世界の資産の値段が崩れ、資金を回収できずに、投資家が万歳する時が来るかもしれない。その時、お金を貸している日本国が巨額の損失を計上するという事態にはならないのだろうか?

当たり前だが、ゼロ金利解除を大手企業は嫌う。資金を調達するリスクが上がるし、円が高くなって輸出が滞るからだ。輸出企業が力を持つ経団連は頭の悪い政治家を囲い込み、政治から独立しているはずの日銀に必死に圧力をかけ利上げを牽制する。さらに、日銀が利上げすることによって、コスト増によって世界的な流動性が低下すると、アメリカ経済が大幅に後退したり、中国のバブルがはじけ飛ぶリスクすらある。経団連はマスコミや政治家を操り、低金利継続の重要性を訴えている。利率が上がると、国の借金が増えるなどという戯言を真剣に信じる人さえいる。名目金利ではなく、実質成長率が国の借金に大きく影響するという基本すら認識できていない。国連や外国は、世界経済の不安定さを指摘しながらも、世界経済のハードランディングを嫌い、日本国民の利益に関係なくゼロ金利を継続させる方針を支持する。

日本には様々な問題が横たわっている。貧困すら問題になってきた。規制緩和や構造改革を私は支持しているが、根本的な問題は日本経済の成長だ。規制緩和や構造改革は「公正」という観点から必要である。しかし、それらが経済成長を根本的に助けると考えるのは余りにも楽観的である。日本経済が成長しない限り、規制緩和や構造改革をしても、あまり意味はないだろう。最近良く耳にする「格差」など実は問題ではなく、貧困が日本の諸悪の根源なのである。日本にお金が集まり、お金が上手く回り、日本経済がある程度成長すれば、日本の諸問題は簡単に解決する。第一、政治家は政策を練ることで所得の分配には寄与できるだろうが、経済サイクルを決定するのは日銀の仕事だ。日銀こそが日本人の財布の紐を握っているのだ。

今回、世界中でクレジットクランチが起き、リスクが再認識されるようになった。すると、びっくりするくらいの速いペースで、円キャリートレードをしていた投資家が恐れおののき、ポートフォリオを組みなおし始め、円が高くなる圧力がかかっている。グローバリゼーション下での薔薇色の世界経済は一気に萎えて、流動性が低下した。世界中の中央銀行がオペを出し、パニックに陥ることを必死に食い止めている。

そこで私の提言だが、日本円がある程度日本に戻ってきた時点で利上げを敢行し、2年ほどで3.5%まで持っていくとターゲットを明言してみてはどうだろうか?フィリップカーブではないが、資産価値を決定するのは利率そのものではなく、利率の期待値である。金利目標を設定することにより、日銀は今まで失っていた期待金利の上げ下げという武器すら取り戻すことになる。日本に戻ったお金は日本国内に吸収され、やがて資金が国内に溢れてくる。消費者は貯金に利子がつき、資産価格が上昇することで、購買力が上がり、貧困や格差の問題を一気に解決できるかもしれない。大手企業の中には苦しくなる会社も出てくるので、政治家は一気に本当の意味での改革を断行できよう。勿論、そのような事を行えば、アメリカが不景気に陥るだろうし、北京五輪が開けないというような事態すら起こるかもしれない。だが、日銀は世界のためではなく、日本国民のために政策を打って出るべきだ。民主党は消費者のための政治などと嘯くのならば、このくらいのシナリオを前面に打ち出して欲しい。

デフレは既に問題ではない。コモディティーの価格上昇はインフレプレッシャーを齎している。日本の消費が伸びないのは、貧乏な人が大勢いるからだ。価格の上昇を、需要の低下で必死に抑えるけなげな我が日本。日銀が日本の一般の消費者のために、自分たちが過去に犯した愚策を清算する時がやって来ているのではないだろうか?