原発問題を含むエネルギー問題を国民投票で決めるとか、税制と歳出のあり方を国民が決めるとか、集団的自衛権の問題を国民に決めさせるとか、余りにも幼稚で大衆に迎合した意見である。情報が限られている国民にとって、これらの事を責任を持って決定する事は不可能である。私はエネルギー問題と経済問題についてある程度の基本知識を携えているつもりである。しかし個人では入手し得ないデーターもあり、情報を全て集めうる事は出来ず、公表されている情報の真偽を確認する術もなく、意思決定を下す事は不可能である。従って、このブログに思い込みの意見を書くのが関の山だ。
政治家連中もただの素人である。政治家の資源は限られているし、総ての事を理解し得るほど社会は単純ではない。それでは政治家はどうやって政策を作るのか?例えば、政策秘書に政策を作らせるのかも知れない。政治家の秘書をしている友人が数人いるのだが、思い込みの激しいニート上がりばかりである。まともに社会に出たり、勉学に励んだりした事のない人物が秘書をしている場合も多い。普通社会で失格の烙印を押されたような秘書たちが、ヤフーニュースなどを元に政策を練っているのが日本政治の現状である。政治主導とは笑わせてくれる。
そういった素人政治を打破するため、ブレーンを雇えばどうだろうか?しかし、まともなコンサルやシンクタンクを雇おうと思えば物凄く金がかかる。そんな金を政治家個人は持っていない。アメリカの政治家のように個人政治家が自前の政策チームを作り、コンサルを雇ったり、NPOを従えるほど、日本社会は豊かではない。金を出さずに寄ってくるブレーンとなると、売名目的のインチキ学者が殆どとなる。派閥の勉強会などには、一応まともなブレーンの人達もやって来るようではあるが。
ところが、与党になった瞬間にブレーンを無料で使うことが出来るのだ。そのブレーンの名を官僚と呼ぶ。この事実は非常に恐ろしい。つまり与党にならない限り、まともな情報を得る事すら出来ないのである。選挙のたびに与党の政策がまともで、野党の政策がぶっ飛んでいるのもこういった経緯があるからだ。まともなブレーンを携える与党と、お花畑政策を言い放つ野党。「政策で党を選べ」とは、笑わせてくれる。
私はこのシステムは二つの理由でおかしいと思う。一つ目は情報のバイアスの問題だ。二つ目は「ただ乗り」問題だ。
情報のバイアスの問題から始める。霞ヶ関で働く殆どの官僚は選挙を経ておらず、身分が安定している。そして一つの組織に浸っているため、官僚個人が優秀であろうとも、柔軟な視点を持ち得ない可能性がある。またエージェンシーの問題が発生し、官僚は国家と言うよりも自分たちに都合の良いシステムを推す可能性がある。こういった理由で「官僚から政治を取り戻すべきである」などという意見が罷り通る訳だ。
与党等による「ただ乗り」問題に移る。官僚は行政の仕事をする存在であり、政治家や政党の利益のために存在するものではない。官僚は国民が所有し、官僚のシステムは税金で運営されている。与党が党利党略、あるいは個人のために官僚をブレーンとして利用する場合には、それ相応の「コンサル料」を払うべきだと思う。また野党時代の長妻氏の様に、政治家が無駄な質問をこしらえて、官僚たちに答えを用意させる事もあるが、これもしかるべき質問料を払うべきだと思う。官僚が政治家の馬鹿な質問に答えるために、一体どれほどの時間を割いているのかご存知だろうか?官僚は国民の為にあるのであって、政治家のおもちゃではない。
こういった弊害を防ぐために、政党が官僚をブレーンとしてパートタイム・またはフルタイムで雇わなければいけないシステムにすればどうか?ほとんどの政治家が党利党略のみで動いており、国民の事など興味がないにも拘らず、日本が誇る優秀な頭脳をただ使いすることは許されない。自分達が気に入った官僚を霞ヶ関から借りる形で、ブレーンとして組み入れることができるシステムにすればよい。使える官僚をブレーンとして採用したければ、政党間で競合して高い年棒を払わざるを得ない。しかし使えないブレーンや無駄な省庁のブレーンは需要が低く、今までどおりの給料で霞ヶ関の棺おけのようなビルで働かなくてはならない。ブレーン同士が切磋琢磨するので、党利を代表すると言うことは起きにくくなる。良い官僚をブレーンとして雇う事は党の存続にも関わる。もちろん、官僚を雇うことが気に入らない人は、外のコンサルを雇えばよい。ただし、誰を雇っているのかの透明性は確保しなくてはならない。それを、見える政治と呼ぶ。
官僚側からすれば、天下り先などを探さなくとも高給の仕事が手に入る。となると「反天下り」や「歳出削減」などと言ったタブー政策すら提唱することが可能になる。しかも、キャリアの途中でコンサル的な仕事を経験できるため、官僚自体の経験値を上げる事も出来る。
反対に党の経営には相当のお金がかかるようになり、ふざけた政党は生き残る事が出来なくなるだろう。「雨後のたけのこ」や「金魚の糞」を防ぐ意味でも、そのくらいで丁度いいと思う。まともなブレーンが入れば、政治家やその秘書連中も勉強せざるを得ず、政党の質も上がると思われる。官僚と対峙出来る人材以外は残りえない。そういう事無しに政治の質を正しても、政治家にはリソースすらないので、現状はどうしようもない。アホに精神論をふりかざそうと、アホのままなのだ。アホなら高い金を出そうとも、まともな家庭教師が必要である。現状では、詐欺師連中がアホによってきて「無料で勉強を教えてあげよう!」などとあり得ない事を言っているのである。「いんちき」だが優しい詐欺師に、アホは喜び、洗脳されてしまう。
法律を多少換えなければならないが、霞ヶ関の良い部分を残したまま、部分的な猟官制へと移行できるかもしれない。そして頭脳に対して新しいマーケットを作ると言う意味でも有用な制度だ。日本国の経済を押し上げるためには、需要を喚起する必要があったはずだ。そうすれば税金の負担も減るし、政治家連中ごときに官僚が弄ばれて資源を無駄にする事もなくなる。政党は必死で外部からお金を集めてくればよい。霞ヶ関は日本の宝だ。現状は、その宝を持ち腐れているだけだ。(勿論霞ヶ関にも糞は一杯います。ただ、永田町ほどはいません。)
維新の会に面白さを感じるのは、橋下のリーダーシップの取り方と、ブレーンたちの顔である。そして、ブレーンは顔は見せるが、舞台には上がらない。それがあるべき姿だと思う。
「素人」はいらない。日本もそろそろ「専門家」を尊び、「専門家」を育てられる社会になって欲しいと願う。
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