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2/02/2017

馬鹿左翼に支配される完全にくるっているシアトルの政治

全米の他の大都市も同じなのだろうが、私はシアトルに住んでいて思うのは、シアトル市の政治という物は完全に狂っているという事だ。パフォーマンスレベルのお笑いの政治をしている。シアトルは非常に住みやすい町であるが、この町の政治的な雰囲気は決して好きになれない。

同性愛者を公言している市長のエド・マリーは極端な左翼である。私は、同性愛者と言うのも実は政治をする上でのパフォーマンスではないのか、と思っているのだが、それはどうでも良い話だ。まあ、この町とキング郡がどれだけ馬鹿な政治判断をしてきたかという事を箇条書きで見てみよう。

〇 1962年のシアトル万博の時に作られたリニアモーターカーを延伸してウェストシアトルとバラードを繋ごうという案が90年代の後半に出た。124億円の税金が、調査名目に使われたのだが、その後住民投票で合意を得られずに話は無くなった。未だに渋滞の問題は解決していないし、消えたお金はどこに行ったの?

〇 シアトルスーパーソニックスが市が保有しているキーアリーナの席数を増やせと言う要求を突っぱねた。色々と代替案があったが、当時の市長とソニックスオーナーが合意して、チームはオクラホマへ出ていくことになった。裏でどのような取引があったかは不明。市長はウハウハだったようだ。

〇 ホームレス問題に対し、ホームレスを警察や地方政府が強制排除できないという法律を作る。それだけでは飽き足らず、ホームレスが勝手に公園を占拠しても良いという案が出て来る。流石に、この案は市民の反対を受けて流れた。ただ、エド・マリーはいまだに税金を上げて、ホームレス対策に力を入れると言っている。ホームレス対策とは、勿論ホームレスに食事や住居を提供する政策を言う。そんなことしたら、もっと大勢のホームレスがシアトルに流れてくることは火を見るよりも明らかなのだが。

〇 シアトル北部の空き地に警察署を作るという案があったが、市議員であるインド人移民のシャマ・サワントの活躍で、代わりに市営の貧困層向けアパートを建てようという案が協議中。

〇 ウッドランドパーク動物園に飼われていた象さんがかわいそうだと動物保護団体からプレッシャーを受ける。で、広くて友達が一杯いるオクラホマの動物園に象さん二匹を連れて行くと約束した。長い間住んでいたシアトルから引越しを余儀なくされた37歳のチャイは、なんと移動直後に死亡。冗談抜きでアホで自分勝手な判断だと思う。が、市長は野生の象さんを動物園で飼うというのは酷い事だ、などと自分の判断の悪さを棚上げして動物園を非難。シアトルに今後ともゾウさんが帰ってくることはないだろう。チャイが可哀そうでならないし、ゾウさんを見れないシアトルの子供たちが可哀そうである。

〇 ノースダコタのスタンディングロックで、インディアン居住地の下に石油パイプを通すなとデモを続けている環境活動家たちがいるのだが、オバマは何故かこの件に介入せずに活動家の不法占拠を認めた。活動家は石油燃料に頼るなとか、急進的な事を言っている連中である。トランプの鶴の一声で、不法占拠する活動家を排除する命令が出され、パイプライン建設が進むことになった。このプロジェクトにお金を貸しているウェルズファーゴという銀行から、シアトル市は取引を中止する事を決定した。意味不明であるし、特定の運動に市政が関与しても良いのだろうか?

〇 メーデーの日にはデモが行われるのだが、「反資本主義者」と言う名のただの愚連隊が毎年暴れる。暴れるのを解っている癖に、言論の自由を理由にデモを許可する。窓を割られたり、ゴミを巻き散らかされた近隣の店舗は大迷惑。第一、機動隊の給料や清掃費も税金で賄われているというのは解っているのか?

これでも、アメリカのリベラルな政治家を信用できますか?私は出来ません。あの人たちは頭のお花畑に虫が湧いています。しかも、まともな話を投げかけても話を聞いてくれません。

7/26/2016

バンクーバーの住宅取得税、外国人は+15%!

バンクーバーが面白い事をした。ご存知の通り、バンクーバーの不動産市場は外国からのホットマネーの流入で異様に過熱しており、普通のカナダ人には手が出ないレベルになっている。何度か、バンクーバーの不動産は終わったのかな、とも思う現象があったのだが、そういう心配も杞憂で終わっていた。ブリティッシュコロンビア大学の先生が、最近、まだ若いのに急に退官して引っ越したのだが、家を売り払ってバンクーバーの外で余生を楽しむという事だった。

で、バンクーバー都市圏で不動産を買う外国人は住宅取得税が15%引き上げられる。2億の家を買えば、300万円余分に払う必要が出て来るという訳だ。現時点では、2千万円までは1%、それから2億までが2%、そしてそれ以上は5%の住宅取得税がかかった。で、外国人が不動産を買うときは、プラスで15%かかるという事である。

中華系の金持ちは、住宅を取得しても、貸しもしないで持っている人がいるので、人が住んでいない部屋を賃貸として活性化する税制変更もして欲しい。例えば、空き物件の固定資産税を大幅に上げるとか、である。

オーストラリアや香港でも同様な措置が取られたが、その後はある程度住宅市場が冷却した。バンクーバーは北米一高い町となってしまったが、お金持ちの外国人はトロントに向かうのか、はたまたシアトルに来てくれるのか?

10/27/2015

世界の食のレベルが高い都市、独断のトップ20 ランキング

* この記事では、食堂や屋台も含め「外食を食べられる場所」という意味で「レストラン」という言葉を使うので注意してほしい。

旅先での楽しみといえば、食事がどうしても上位に来る。食事の味はレストランによりけりであり、美味しいところも、イマイチのところもあるだろう。しかし、食事業界の競争が激しく、全体的にレストランのレベルが高い街というものがある。今回はそれを経験と主観に基づき、ランキングとしてみた。行った事がない街は入っていない。このリストには載っていないものの、裾野が広く美味しい料理が溢れている街をご存知であれば、是非とも教えて頂きたい。

20位 ニューヨーク
NYは何でもある。が、ほとんどのものが一歩届かない。食材にしても、調理技術にしても、少し足りないのだ。ただ、何でも揃っており、知ってさえいれば美味しいものにありつける。中華やイタリア料理。そのあたりに美味しいものが揃う。ラテン系、ユダヤ系などのストリートフードも悪くない。高いレストランは外れも多いが、悪くないのも多々ある。大都会で競争が激しいためか、全米の中では比較的安い食べ物が多いのもNYの特徴だ。ピッツアに関しては、店にもよるが、本場のイタリアよりも美味しいところもある。蛇足だが、ランキングに入れなかった北米の街で食事が悪くない場所として、ポートランドORやプロビデンスRIがあげられる。

19位 ブリュッセル
ブリュッセルの真ん中にはレストラン地区がある。パリに比べると値段は低めに設定されているが、工夫がとぼしい卒のないフレンチ風の料理が出てくる。ワッフルとかも有名だ。「美味しい」か、と問われれば、ちょっと難しいところである。

18位 北京
中国の都市として唯一のランク入り。上海や広州などと比べると、北京は比較的マシなものが揃っている。高級レストランはなかなかの店が多いが、普通の屋台などは、安全性の問題から躊躇することもあるので、本来であればランキング外にしても良い。

17位 トロント・バンクーバー(カナダ大都市)
バンクーバーでは香港や台湾からの移民が美味しい中華レストランを営業する。中華系経営のいんちき和食レストランも、それはそれで悪くない。トロントは人種の坩堝であり、移民一世が作る色々な国の料理が食べられる。ただ、どれも本場には遠く及ばず、「ワオ」という言葉を発する確率は少ない。国境の南に位置するアメリカの北部都市よりはずっと良い。

16位 東京
日本の事情を知らない外国人にアンケートをとると、東京は世界の5本の指に入るグルメタウンという事になっている。外国料理(イタリアン、フレンチ、中華)など、高級な店はなかなかである。が、普通一般のレストランに入ると、濃い味付けをしたハズレが意外に多い。濃い口醤油と鰹節の味で、料理が下品になっている。天ぷら、ラーメンや握り寿司などの、本来の意味での和食でないものが有名なことからも、他の日本の町に比べて料理の文化は浅はかであると結論付ける。良い食材は高級レストランにとられてしまい、庶民はお零れにしか預かれない。本当なら東京は10位以内でも良い(どう考えてもニューオーリンズよりは上だろう)が、東京のランクが低いのは、世間の認識とのギャップを強調したいという私のバイアスがかかっているためだ。

15位 シンガポール・ペナン(マレーシア)
トロピカルな食材と、南方系の華僑の腕が出くわして、とても美味しい中華料理が出来上がった。海南鶏飯、シンガポールフライドヌードルにチリクラブ。福建系や客家系の人たちが作り出した伝統が、ホーカーズであれ、高級レストランであれ、シンガポールの中華風料理に生きている。シンガポールのマレー系の料理はペナンに由来するものが多い。ただ、ジョージタウンに行って色々試したが、マレー風の料理を食べると、がっかりすることも多かった。

14位 モントリオール・ケベック(フレンチカナダ)
フランス文化の影響を受けたモントリオールは、やはり全体的にレベルの高いレストランが多い。ケベックシティーに行けばもっと美味しいものを食べられるという根強い意見もあるが、かなりの高位にランクさせる。

13位 メキシコ湾沿いのアメリカ南部
テキサスのバーベキューは牛を使う。ブリスケットのジューシーさは筆舌に尽くしがたい。フロリダ北部からアラバマ、ミシシッピ。フライドチキン、フライドオクラ、豆、グリーンズ、ナマズに生牡蠣。安い食材を上手に使う。アメリカ北部は食事が良くないが、南には古きよきアメリカが残っている。

12位 ボローニャ(北イタリア)
イタリア料理を食べて文句を言う人はいない。万人受けする味であり、外れは極端に少ない。北は肉類や乳製品を南よりも多用する傾向にあり、私の中では後述の南には勝てない。私が訪れた中ではボローニャがかなりレベルが高かった。どの料理にも安っぽい赤ワインが合うのだ。ワイン的にはピエモンテやトスカーナに決まっている。

11位 バルセロナ(地中海沿いの「スペイン」の街)
スペインの料理は美味しい。バルセロナはカタローニャでありスペインではないのだろうが、私にとっては美味しければ何でも良い。ワイン、海鮮、ハム類、野菜。どれをとっても新鮮であり、町全体の食に対する情熱は賞賛に値する。値段も安い。タパスで小腹を膨らませるというのが正しい地球の歩き方だろう。

10位 ニューオーリンズ
アメリカにあり、アメリカらしからぬ街、ニューオーリンズ。フランス人の植民地として栄えただけあって、食は素晴らしい。ニューオーリンズで給されるのはケイジャン料理やクレオール料理であり、一般的な南部料理とは全く違う。ガンボ、エトフェ、ザリガニなどなど。スパイスの効き方といい、ケイジャンの食事は何度食べても飽きない。ジャズを聴いて、ケイジャンを食べて、通りでダイキリーを飲む。最高だ。

9位 ソウル
ソウルは美味しい。屋台とかでも、安っぽくて味の濃い料理は、まあまあ美味しい。上品なのもそこそこあるし、はずれも少ない。ああいうのが好きな人も多いだろうが、個人的にはベスト5入りはしない。

8位 サイゴン
フォーとかバンミーとかゴイクンが頭に浮かぶが、ベトナム料理は素晴らしい。他の国ほど辛いものを使わないが、きっちりと出汁をとり、新鮮なものにこだわる。やはり、フランス人の影響なのか、イーストミーツウェスト的な料理も多い。トロピカルなハーブ系の使い方も上手い。ホーチミンシティーもよいが、北のハノイの方が食事が美味しいという人も多い。

7位 サンセバスチャン
スペインのグルメ都市として、サンセバスチャンの名前はかなり知られるようになった。タパスを食べ歩き、飲み歩くのは、ある種感動を覚える。サンセバスチャンはグルメの町として豪勢な食事を用意しお金を課すようになったが、スペインの他の町では、ドリンクさえ注文すればいまだにタパスは食べ放題のところも多い。

6位 南イタリア
イタリア料理が嫌いな人がいるだろうか?そして、海の幸をある程度使ってもらうと、ランキングが自ずと高くなる。甘いトマトソース、モッツアレラ、豚のモツ。海の幸をふんだんに使うフルーティディマーレ。ローマとかでさえも、美味しいものには事欠かないが、ナポリとかだけでなく、さらに南に行けばもっと美味しい。ローマがあるラッツイオ周辺は山の起伏がなくて、ワインは全然ダメ。唯一飲めるのはフラスカーティの白くらい。全般的に南は赤ワインは全然駄目。白中心で。料理も白と合うのを頼もう。

5位 バンコク
パッタイ、クッティオ、カオマンガーイ、ソムタム。言うまでもなく、タイの屋台料理もレベルが高い。生牡蠣とか蟹カレーだとか、タイ風にすれば何でも美味しい。北に行って、もち米を多用したり、昆虫を使ったような料理も出てくるが、あれはあれで旨い。食材豊富なタイは、屋台でもレストランでも、なんでも美味しい。ハズレを引くほうが難しい。

4位 パリ
万人受けするイタリア料理よりも、フレンチを食べるほうが心が躍る。料理にイノベーションが垣間見え、あっと驚かせてくれるのだから、楽しくて仕方ない。パリのサンドミニクあたりは世界の五本の指に入る優良ランチ地域である。フランスはレストランの裾野が広いので、加工食品が発達している。フォアグラのテリーヌとか、サラミのセットなどは、おそらく工場で作ってレストランに支給しているためか、どこに行ってもそれなりに美味しい。ただ、日本人の中には、ある種類のフレンチ料理が重すぎたり、チーズっぽかったり、味気がなかったりするようだ。言い方を変えると、ハズレの店に結構出くわしてしまうのがフランスの難点である。リヨンがパリよりもずっと美味しいという話を聞くが、行ったことがないので解らない。

3位 台南・台北
台湾では何を食べても美味しい。屋台やその辺のレストランは、美味しいだけでなく、安い。陽春麺に黒白切をつけてみる。魯肉飯や台南油飯とスープを掻きこむ。夜市でジャンクフードを漁る。最高である。ただ、異国料理や高級店には外れも多い。台湾でイタリア料理や日本料理を試してみるとよい。がっかりすること間違いなしである。台湾では、安い地元のものの方がずーっと美味しい。台北101とかQスクエアの小奇麗な店は、大概イマイチだ。マーケティングに長ける鼎泰豊で一食無駄にしないで欲しい。MRTに乗って、台北市よりも南(永和・中和)や西(三重・板橋)で降りて、色々なものをトライして欲しい。驚くほどの掘り出し物にありつけるだろう。余談だが、台南の方が台北よりもさらに食を理解しているなぁ、と私は思っている。

2位 香港
香港は誰もが知るグルメタウンだ。飲茶、屋台の味、デザート類、朝ごはんの御粥に本格海鮮料理。何をとっても美味しいし、外れを引くことなど、先ず考えられない。さらに、英国の植民地であった香港では異国料理のレベルも高い。訳の解らない変わったレストランに入っても、台北のように外れを引くことはない。日本料理なども値段は別として、かなりまともなものが数多く存在する。

1位 大阪市
世界一のグルメタウン、それは大阪で間違いないと思う。私は大阪出身でバイアスがかかっているとか、そういう事ではない。大阪の食の文化と情熱が、他の都市と比べて抜きん出ているのである。市場に行ってみるとよい。食材の新鮮さが見て取れると思う。あまり物事を知らない人に「大阪はお好み焼きとか、たこ焼きとか、うどんとか、串カツとか、美味しいものが色々あって良いね」と言われる事がある。私は鼻で嗤って、あえて反論しない。知らん人は知らんでいいのだが、大阪の食文化の懐の深さは、そういう所にあるのではない。大阪には本物の日本料理を育てた下地があり、その技術や知識が、他の料理にも波及しているのだ。だから、和洋ジャンクを問わず、どのレスランを訪れても、ハズレにあたらない。世の中には「お得な料理」と「美味しい料理」があるが、大阪では「お得で美味しく一段上の料理」が気軽に食べられる。「ケバい調味料」をなるべく使わない、昆布でとった出汁を活かした上品な和食。瀬戸内で取れる新鮮な海の幸。ここ数十年は、東京でも大阪の味を食べられるようになっているが、人気の和食店は結局「関西系」だ。本物を知りたい人は一週間くらい大阪に滞在され、色々な店や市場など、特に市内中心部の割烹を回られることをお勧めする。

ただし、京都は入れていない。京都の和食は、上品さは光っているものの、無理やり京野菜とか鱧とか湯葉とかを使って、伝統を守り抜き独自色を出そうとし過ぎて敷居が高い。湯豆腐とかお茶漬けとか、形にこだわり過ぎている嫌いがある。世界には美味しいものが色々あるのだから、そういったものを積極的に用いれば良いではないか?大阪はうまいもんを提供しようと、よき伝統と革新が混じった素晴らしい食文化を持つ。牛フィレが美味しいのなら、それをカツにして和食として出せば良い。そういう大阪気質が好きなのだ。中途半端にお客さんの財布が緩い神戸は外れが多い。やはり、けちんぼが多く、競争が激しい大阪市内が抜けている。寿司、天婦羅、ラーメン、蕎麦。そういうものを和食と思っている外国人観光客は東京だけ観光しておけばよい。

旅先では、ハズレのレストランにあたる事が多く、結構がっかりさせられる。今後はハズレの話も書いていこうと思う。ただ、インターネット環境が整いすぎて、最近では狙ったレストランに皆行くので、ハズレることが少なくなっているようだ。そして、フランチャイズ店の進出で、不味くない店が増えてきた。だが、旅の醍醐味は、その辺の訳のわからない店にふらっと入って、その土地の文化と味を味わうことにあると私は信じている。このランキングは、ふらっと入った普通の店に感動させられる確率、と考えて欲しい。絶対的に美味しいレストランが存在するかどうかではない。

食のレベルが高い都市というのは、歴史、食産業の裾野の広さ、そして消費者の嗜好によって決められている。歴史的に食を愛し、新鮮な物を消費者に届ける物流を発達させ、食に五月蠅い消費者が不適なものを駆逐する。そういう皆の努力が、食に対する魅力的な都市を作り上げているのである。

4/29/2014

米国南部に竜巻警報発令中!

カンザスシティーの辺りに低気圧が停滞し、アメリカの真ん中からメキシコ湾にかけて、寒冷前線が伸びてくる。カナダの方から冷たいポーラーボ―テック(極循環)がジェット気流に挟まれて降りて来て、メキシコ湾からは低気圧に向け、暖かく湿った風がアメリカの真ん中まで吹き付ける。そして、前線上に無数の気流の乱れが出来て、回転を起こしだすものが現れる。それがトルネードの正体である。春には無数のトルネードがアメリカの南部で発生する。

昨日、私の住む街ではトルネードウォッチ(竜巻注意報)が発令されていた。ウェザーチャンネルを見ていると、西から順番に雷雲が近づいており、一部がスーパーセルに発達し、竜巻も起こっている。私の住む街に雷雲が来るのも時間の問題であった。

深夜二時頃、雷が鳴り始める。そして、大雨。香港銅鑼湾の電飾くらいの勢いでひっきりなしに雷が光り続け、轟音で窓が振動する。スーパーセルを伴う雷雨がここまで凄いとは思わなかった。そして、トルネードウォーニング(竜巻警報)が私の住む街に発令された。サイレンが深夜の田舎町に鳴り響く。ただ気象図を見ると、竜巻のコアは自分の家からは南に10キロほど行ったところを掠めそうだったので、緊張は続けながらも楽観視していた。

家の中心にあるクローゼットには、水や非常食、懐中電灯や手袋などを用意しておいた。しかし日本で生まれ育ち、竜巻という自然現象には縁がなかった私は、米国の南部に移り住んだ当初には、竜巻に対してどのような行動を取れば良いのかが長い間解らなかった。答えは、ウェザーチャンネルを見続けて、天気図の雷雲を追う、というのが正解だ。そこからスーパーセルの進路を判断し、どう非難するべきかを判断すれば良いと思う。

結局ベッドに行ったのは朝の五時。今日は寝不足ですが、夜にまた大気の状態が悪くなり、近隣50マイル以内で竜巻が起こる可能性は70%以上あるという。

残念だが、英語に自信がなければ、アメリカの南部の竜巻銀座で正確な情報を手に入れる事は難しいのではないか?米国南部に住むことになりそうな人は、この辺りの事は是非とも事前に研究しておいて欲しい。致死的な竜巻にヒットされる確率は低い。ただ、知識が生死を分ける場合もあるのだ。

2/07/2014

ザ・トゥナイトショーのジェイ・レノ、涙の勇退

ザ・トゥナイトショーのジェイ・レノが2月6日の放送をもってして、勇退した。夜11時35分からの深夜のトークショーの顔として、NBCテレビで同時間帯の視聴率一位に長らく貢献してきたのだが、若返りを図りジェミー・フェロンに司会の座を託すことになった。

ジェイ・レノは、2009年に一年ほどコナン・オブライアンに司会の座を譲った事もあったのだが、基本的に1992年のジョニーカーソンの引退とそれに伴うデイビッド・レターマンと袂を分かちあって以来、22年かも司会の座を勤め上げた。



トゥナイトショーは先ず、15分ほどのジェイ・レノの漫談で幕を開ける。そして、企画ものが入り、二人のゲストにインタビューを行い、最後は音楽のゲストの演奏で締める、という形をとっている。私はジェイ・レノのトゥナイトショーの前半部を欠かさず見てきた。ジェイ・レノの漫談は、色々な時事ジョークが聞けるので、情報収集として非常に有意義であり、アメリカ社会の潮流がはっきりと解るのだ。ジェイ・レノのジョークは嫌味がない割に、面白さの含蓄が豊富で、非常に爽快である。皮肉が効いた政治ネタなども得意であったが、不思議なほど嫌味さはないのだ。ジェイ・レノの勇退は、非常に悲しい所である。今までLA近辺のバーバンクで行っていたトゥナイトショーはこれで見納めとなる。

さて、トゥナイトショーを引き継ぐのはジミー・フェロンである。ショーもニューヨークに移る事となる。ジミー・フェロンはサタデーナイトライブに出ていたので知っている人も多いだろうが、その後はトゥナイトショーの後に放送されているザ・レイトナイト・ショーに出ていた。

私はジミー・フェロンが嫌いである。ジミー・フェロンのジョークは、セレブの物真似や、ミュージカルや音楽を取り入れたものなどが多い。一方、時事ネタに皮肉を込めた政治ネタなどは不得意である。ジョークには嫌味さが目立つが、含蓄は少ない。あと、ジミー・フェロンは、セレブとゲームをして絡むなど、人任せの芸が目立つ。まあ、敢えて言うと、高校生くらいまでにしかうけないネタばかりなのだ。私は多分、ジミー・フェロンのトゥナイトショーは見ないだろう。

巨星が消え去った。関西生まれの私がアメリカで本物の「漫才師」であると認めてきたジェイ・レノ。今までありがとう!




1/24/2014

イルカは殺すな!

ケネディ大使がイルカ漁を批判したという事が話題になっている。

それに対して、アメリカはキリスト教国家で豚や牛は殺しても良く、イルカを殺すのは駄目!などといった意味の解らない主張を信じている人が大勢いる。これはかなり偏った見方である。一言でいうと、アメリカ人の主義主張はかなり分かれており、日本の鯨類漁などを批判する人は一部の人間である。

この一部の人間の殆どは、ヴェジタリアンやアニマルウェルフェア主義者であり、基本的には動物を殺めたり、管理したりする事に反対している人達である。鯨類漁を反対するのと同じ理由で、食肉畜産業やハンティング、動物実験、野生動物の管理などにも反対している。酷い人になると、動物園やペット産業にまで反対する筋金入りの人達である。「イルカ漁に反対する人たちは豚や牛は殺しても良いと考えている」というのは、そういった筋金入りの運動家たちに対する冒涜である。

この問題に関して、アメリカ人の大半は全く関心がない。遠い国で起こっている事情がよく解らないニュース、であるのだ。ただしほとんどの人達は、鯨類を殺して食べた事がない。イルカやクジラは雄大で可愛いので、そんな物を態々殺して食べる必要はないではないか!という当たり前の感情を抱いているだけである。テレビや広告でイルカ漁の反対を言うと、そういった考え方に靡く人が出てくるのは当たり前だと思う。何も、日本文化を馬鹿にしている訳でもなんでもない。

私達日本人も、中国人がハクビシン(菓子狸)などを食べているというのを聞く。可愛いハクビシンの写真を見ると、中国人の行為を野蛮だと考える。態々ハクビシンを食べる必要があるのか?ハクビシンを食べる事が文化であるかどうかなど、あまり気にしない。

それはある意味で自然な考え方だと思う。事情を良く知らず、日本人が可愛らしいイルカを殺していると聞けば、誰でも「酷いなぁ」と思うだろう。昔の日本人は、欧米人が牛を殺すと差別していたのだから。いくら美味しくとも、動物を殺すという行為は気が惹ける。仏教では動物を殺してはいけないとされている筈だし、だからこそ私たちは食べる前に「いただきます」と唱える訳である。事情を良く知らない日本人の子供に言ってみれば良い。太地町ではイルカを追い込んで捕まえて殺して食べます、と。天真爛漫な子供は、たとえ日本人であれ、泣くだろう。

ただ、アメリカではアンドリュー・ズィマーンの「ビザール・フード」やアンソニー・ボーデンの「ノー・リザベーション」「パーツ・アンノーン」など、色々な面白い食材を食べる旅番組も流行っている。野生のシカ類、ラクダ、アザラシ、ヤマアラシ、アルマジロ。色々な動物を世界各地で食べ歩き、その土地の文化を紹介し、人気を博している。ただ、アンソニー・ボーデンの番組では、トニーがアイスランドに行って明らかに食卓にクジラ肉があったが、それをクジラ肉だとは紹介しなかった(クジラは一応絶滅危惧種に指定されたままなので、恐らくテレビでは扱えない)。

まあ、ここまで解ったうえで、私はベジタリアンやクジラ漁に文句をつける奴が大嫌いです。ああいう人達とは、価値観も違うし、友達になれません。私は、アンソニー・ボーデンを尊敬し、肉食という禁忌を犯して自分の舌を満たしている快楽主義の外道野郎である。外道上等!

ただ、クジラ肉は大好きですが、臭いイルカは個人的にはお断りします。

10/23/2013

留学系のフィクション本に騙されるな!留学して得する事、損する事。

「日本の教育はレベルが低い!アメリカに留学すれば人生が開ける!」そんな勇ましい事が書かれた書籍にすっかりと騙されて、私は日本の大学を卒業した後にアメリカへ留学した。

たまに日本にいる若い学生に「留学して自分を高めたいのですがどう思いますか?」などと質問される。10年ほどが経ち、客観的に自分を見つめられるようになり、色々思う事があるので書いておく。基本的には「留学すれば成功する!」といった単純な論調に「すっかり騙された」と思っている。が同時に、日本にいても手に入らなかったような物を、色々手に入れた実感もある。

留学して得する事①
「外国人話者」としての英語力がつく。留学して手に入れられる最高の利益である。留学をしたい理由の第一位は英語を身に付けたいからだと思う。

留学して得する事②
外国人の友達が一杯できる。特に発展途上国の金持ちの子息と簡単に友達になる事ができ、自分の視界が広がる。これも留学して得られる利益である。

留学して得する事③
他の日本人留学生と深い友人になれる。留学は楽しい反面、様々な苦労にも直面する。それらの過程で、他の留学している日本人と深い絆が出来る事になる。友情は金では買えない。

留学して得する事④
視界が広がる。今まで日本で常識であると思っていた事が常識ではないと気付く。「コロンブスの卵」的な考え方、つまりは常識にとらわれないような考え方が出来るようになるかも知れない。日本の現状を第三者的な視線から冷静に観察する事も可能になる。

留学して得する事⑤
日本語で書いたり話したり読んだりする能力や、コミュニケーション能力が格段に上達する。これは英語という普段は使い慣れていない拙い言語で、無理やり他人に何かを伝えようと頭で考えながら四苦八苦するうちに身に着く能力なのではないか、と考えている。自分の母国語でも理路整然とコミュニケーションできるようになる。面白い事に、他の言語を勉強しても早く身に付くようになる。

留学して得する事⑥
アメリカの大学院を介すると、簡単に学歴ロンダリング出来る。学費を自分で負担できるのであれば、名の通った大学院に簡単に進学することが出来る。ただし、これはMBAやロースクール、或いはプロフェッショナルスクールと呼ばれている大学が中心であり、研究分野はコネが無ければ入るのは難しい。ハーバードやイェールなどが凄いと言われているが、日本の帝国大学に入れるくらいの頭脳があれば、英語能力さえ鍛えれば、簡単に入学できる。しかも周りの人からはエリート扱いしてもらえる。しかし、東大を卒業して、アメリカの州立大学で修士を取ったりしている人を良く見かけるが、これは学歴を落としているようにしか見えないのは私だけだろうか?

留学して得する事⑦
やたらと自身がつく。英語で授業を受けたり、英語で発表したりしているうちに、自分は凄い事をしていると感じるようになる。例えば日本でMARCHくらいの大学に行っている人がアメリカの州立大学の大学院に留学したとする。そうすれば、計算能力や知識的にはクラスでもトップレベルであるのだが、当初はアウェーでの戦いであり、気後れする事になる。しかしテストなどを受けると、特に数学系や暗記系の科目においては良い点数が取れる。これは半端じゃない達成感を得られる事になる。

留学して得する事⑧
行動力や生活力がつく。不便な中で頑張るので、ゴキブリ並みの生命力がつくし、楽しく生活する知恵も生まれる。

達成できるかもしれないが時間を要する事①
アメリカ人の深い友達を作るのには苦労する。外国人留学生の友達は簡単に作る事ができるのに、アメリカでアメリカ人の友達が出来ないのだ。クラスには普通アメリカ人が大勢おり、アメリカ人同士の会話の中に入っていけない事が原因だと考えられる。あわよくば金髪碧眼の美人と付き合いたい、などと考える日本男児にも会うが、そういう事をしたいのであれば、日本に来訪する外国人女性をターゲットにした方が簡単だと思う。

達成できるかもしれないが時間を要する事②
英語はそんなに簡単に上達しない。1年くらいではコミュニケーション能力もままならない。2年くらいで漸く授業についていけるようになる。5年くらいたつと、アメリカ人との会話がかなりスムーズになる。意思疎通には全く問題がなくなるという物の、10年たっても綺麗な文章はまだ書けない。何十年いても日本訛りは消える事がない。英語能力のせいで、周期的に自分がとても惨めに思える日がある。これは辛いものだ。

留学して失敗する事①
アメリカでの仕事探しは高い確率で失敗する。米国で修士を取った程度で英語力が無い人は、まず仕事を見つけられない。英語力があったとしても、これは運とコネだけの問題である。簡単に見つかる事も有るが、簡単に見つけられない事の方が多い。ビザの問題がさらに事をややこしくする。インターンなどから地道に就職活動をするしかなく、日本の様に「集団就職」で簡単に仕事が手に入るとは思わない方が良い。特に、経験もなしで大学院を始めたような人は黄信号が灯っている。

留学して失敗する事②
日本で外資系や大会社に簡単に就職できない。留学している人など掃いて捨てるほどいるのだが、企業が留学生に期待する事はネイティブ並みの語学力である。修士課程を終えたくらいの中途半端な英語力の人は、大抵跳ねられる。ボストンのキャリアフォーラムに参加したり、コネを使ったりして就職したとしても、思っていたほどの給料は貰えない。この時になって、初めて留学のコストパフォーマンスが低かったことに気付かされる。

留学して失敗する事③
無駄に高学歴に固執する。ダラダラと学生を続けて、博士号を取ってしまう。博士号を取得すれば、大学教員を目指すべきなのだが、博士号取得者がポストの数に比べて多すぎる。良い椅子を取るには、優秀な中国人やインド人との戦いに勝たねばならない。教員として成功するためには中途半端ではない英語能力も求められる。そんな競争に残ったとして、給料は驚くほど安い。ポスドクになろうものなら、貧乏奴隷生活以下で、最低賃金の貧困生活を強いられる。課目によっては大学教員以外の道もある。工学部などでは大学に残らずインダストリーに行くと良い給料が貰える。文系科目でも、巧く就職活動をすれば楽な仕事なのに高い給料を貰える事もある。ただ就職活動は日本の様に整備されていないうえ「運」と「コネ」が決め手の世界だ。就職活動に力を入れると、間違いなく研究に支障が出る。苦労こそが生きる意味、などと考える人を除き、生命科学や基礎科学などで博士号を取ってはいけない。あなたは不幸になります。

留学して失敗する事④
井の中の蛙になる。アメリカの某都市の大学院で勉強したとしよう。某都市の常識はアメリカの常識でも、世界の常識でもない。某都市の常識だけをして、世界を語るようになったり、日本のシステムのすべてを否定し始めたりする。こういう行動をとる人が多いので、「留学生」というブランドは日本国内で反射的に嫌われる。まあ、それで本などを書いて食っていける人もいるのだが、そういう人達に騙されて留学する人が増える事には疑問を感じる。

留学して失敗する事⑤
スキルや英語力を追求しすぎて時間がかかり過ぎ、コストパフォーマンスに合わなくなる。完全主義を求めたところで、人間が出来る事は限られている。しかも、人間には等しく一日に24時間、一年に365日しか無い訳だ。すべてを成し遂げる事など出来ない。アメリカの大学院は、修士課程は基本的に二年間だが、博士課程などに進むと、下手をすると10年近くかかる事もある。どれだけの知識や能力が身に付こうとも、若い時の10年という時間を取り戻せるほどの逆転ホームランを放てるかどうかには疑問が生じる。博士号取得のみが目的であれば、日本でサクッと取った方が簡単であるし、英語圏で博士号を取りたいのであれば、英国やオーストラリアなら素早く博士号を与えられる。

留学して失敗する事⑥
虎の威を借りる狐。アメリカで受けた教育が「虎」に過ぎない事が多い。あなたの能力やキャパシティーは所詮キツネかもしれない。残念ながら、キツネは虎にはなれない。

留学して失敗する事⑦
ガラパゴス化。あなたの最終的な目標が日本での就職であれば、留学をしたところで日本からの情報に疎い、使いがっての悪い人間になる。留学という箔漬けが目的なのか、留学して自分を磨きたいのか、あなたのゴールをはっきりさせなければならない。

留学して失敗する事⑧
びっくりしなくなる。昔は驚いたような事が、むしろ当たり前になる。逆に言えば、図太くなる。日本に帰った時に、テレビ番組を見たり、古い同級生と会話したりした時に、驚くほど詰まらないと感じる事がある。

留学して失敗する事⑨
痛いアメリカ人と結婚してしまう。これは日本人女性において顕著である。アメリカ人男性の中には積極的な人がいる。そういった人についつい押し切られて、結婚してしまう日本人女性が周りに多くいる。まあ、日本人女性側もアメリカに行ったという事で、無意味に無節操になっているというパターンが多いのだ。こういうパターンでは8割くらいの確率で、女性側が不幸になる。ただ、残りの二割に、とても幸せなカップルが数多くいる事は強調しておきたい。アメリカで金髪の可愛いおねえちゃんが日本男児に言い寄ってくることは余りないので、男性諸君はそんな心配をする必要はない。日本人男子とアメリカ人女性の結婚は、珍しいというものの、かなりの確率で上手くいくようだ。

このように、留学にはプラス要因もマイナス要因もある。いずれにせよ、スキルの向上や能力を磨くことは時間がかかることである。時間に合った効果をどの程度求めるかで、留学に意味が有るか無いかが変わって来る。人生の目標を先に設定した上で、アメリカへ留学するという手段をとればあなたは成功するだろう。だが「とりあえずアメリカへ留学!」というような態度をとると、思わぬ落とし穴にはまる可能性が高いので十分に注意して頂きたい。本屋で売っている留学本や日本教育批判本は、本を売る為に書かれており、実社会では通用しないような類の物が殆どである(だからフィクションとして読めば面白いのだ)。あなたの人生は自分で決めなければならない。きっちりと戦略を立てて良い留学経験を積んでいただきたい。特に、出口戦略か保険戦略を留学する前にきっちりと考えておくべきだ。留学によってしか得られないような貴重な体験が多い事も事実であるが、留学が生涯賃金の向上には全く結びつかない事が多いのもまた事実である。

9/17/2013

ケンイチ・エビナのダンスパフォーマンス

私はアメリカ・ガット・タレントという番組をずっと見ているのだが、ケンイチ・エビナという日本人パフォーマーが破竹の勢いでこの番組を勝とうとするかのようだ。

ロボット・パントマイムやゲームを模したダンスなど、見ていて面白いダンスパフォーマンスを次々に繰り広げる。特に、一番初めにシカゴのオーディションで見せた、顔が落ちたり、マトリックスを模したようなダンスは、かなり衝撃的だった。辛口だが常識人のハワード・スタンも、ディール・オア・ノーディールのハウイー・マンデルもベタ褒めだ。

蛯名さんはアメリカの大学を出ているというが、ジャパン・ガット・タレントではなく、アメリカ・ガット・タレントに日本人が出て来て勝ってもいいのかな、と思うのだが、それは問題ないだろう。

日本野球でも、オランダ領キュラサオ人が中華民国人のホームラン記録を抜いただの、抜いてはいけないだので盛り上がっている。年間55本は中華民国籍の日本国民栄誉賞を受賞されたスーパースターだけの単独記録ではなく、名球会資格を有するアメリカ人も、ベネズエラ人も追いついているのだ。つまり、実力主義のエンターテイメントに国籍も糞もない。実力に物を言わせて、蛯名健一さんには快進撃を続けて欲しい。

ただ、このアメリカ・ガット・タレント、ディレクターは英国人のサイモン・コーウェルだし、審査員はジューイッシュ系アメリカ人のハワード・スタンを除けばジューイッシュ系カナダ人のハウイ、元スパイスガールズの英国人メルB、ドイツ人モデルのハイディ・クルムと、なんとも羊頭狗肉な面々である。これで、日本人の蛯名さんが勝てばお笑いである。因みに前回のシーズンもペルー人かチリ人だかの英語が拙いワンちゃん使いが優勝している。

しかしこの番組、視聴者に投票させているのだが、演出が入りまくっている。ベスト6に、カントリーミュージック、ポップミュージック、オペラシンガーグループ、手品師、漫才師、ダンサーと6種類の異なるパフォーマーが揃ったのも胡散臭い。9月18日の夜に結果が発表されるので注目である。

8/09/2013

シアトルの生活費:全米で本当に高いのか?

シアトルの物価はどんなものか?シアトルは全米の中でどの程度高いのか?生活の仕方は人それぞれであり、この問いに対する明確な答えを用意することは出来ない。ただ一般論として、平均的なアメリカ人がどの程度の生活費をそれぞれの項目に使っているかを都市ごとに見ていただきたい。シアトルで大学か大学院を出て平均的な一般職に就くと、年収は50,000ほどである。色々天引きされるので、一か月の手取りはおよそ2500ドルだ。この人が出来る生活と、月に$2500(25万円)の仕送りを貰える日本人との生活に、そう差はない筈だ。この人がアメリカの違う街に移り住み、同じような生活を期待すれば、一体いくら位くらいかかるのかを纏めたのが次の表になる。年収が解りにくければ、その横に一か月の仕送り換算が載っている。これを生活費と考えて貰えればよい。シアトルを100%として他の街の物価を計算している。まあ、参考程度に使ってほしい。



シアトルは電気水道代が全米でも一番安いが、車・交通関連や保険・医療関連の値段が高い事が解るだろう。食料品については、東部ほど高くないが、南部よりはずっと高い。家賃は、北東部やカリフォルニアよりは安いが、他の多くの街よりは高い、という事になる。(注意:シアトルはソフトウェア産業を中心に景気が良く、家賃相場は年間5%くらい騰がっています。この記事を書いた当時よりも高くなっている可能性が高いです。)

米国南部はかなり物価が安い。私も現在はアトランタ近郊に住んでいるのだが、家賃などは間違いなく安い。ただ、食料・雑貨などについては、金額的には僅かに安くとも、質の悪いものしか買えないような気もする。田舎で生活すると、競争がない為、結構強気な値段設定をするし、ちょっとした用事で近くの大都会まで行く必要があり、コスト的にはバカにならない。後述するが、一回日本に帰ると、航空券が高く、今まで貯めていたお金は全部パーである。

まあ、だらだらと長くなっているが、シアトルでESLに通ったとして月に最低いくらかかるかを下に記述した。学費には教科書代も入れておいた。家賃は、1人で住むか、ルームメイトとシェアするか、下宿するかでかなり変わって来る。1人暮らしならもっと高く、シェアすると若干安いと考えてほしい。

電気水道インターネットなどについても同じである。食料雑貨については、日本人は宇和島屋に行ってしまうので高くつく。交通に関しては、バスパスを買えば月に45ドル、車があればガソリン代や駐車場、そして車の保険代が高くつく。ただし車があれば遠出ができ、賢く買い物が出来たり、家賃の安い場所に住めたりするメリットもある。外食には、昼飯代(7-12ドル)やコーヒー代(3.5ドル)などを定期的に捻出し、安価な夕食(10ドル―15ドル)をたまに食べると仮定した。5ドル以下とか、3ドル以下とか、昼飯代を安く上げるのは、車でもあってマクドナルドのダラーメニューなどを利用しない限り至難の業である。コンビニ弁当程度のものでも、6ドル以上は軽くすると考えてほしい。シアトル近辺の場合、外食税が10%、消費税は9パーセントで、スーパーなどで加工されていない食料品(つまり、サンドイッチヤ弁当など以外の食料品)を買った場合は消費税は加算されない。



上記は最低生活費だけを羅列したものである。往復の日本からの航空運賃を合わせると、一年間で車無しで32,000ドルを仕送ってもらえれば、ESLの学生として、最低限の「文化的な生活」を送ることになる。外食を控えたり、マルチャンのラーメンを夕食にしたりすると、もう少し削れるかもしれない。ただし、こういう「ひもじい生活」を送ると、色々な経験を犠牲にしなければならず、留学する意味が失われる可能性がある。態々アメリカに来て短期間勉強するのであれば、出来るだけ「遊んで」経験を積んだり、人々との友好の輪を広げたりしてしなければ、人生の中での大きな何かを見失う事になる。

というわけで、少しばかり遊んでほしいのだが、遊びには色々な種類がある。毎週末の行事としては、ハッピーアワー、中華料理満喫、カラオケ、野球観戦など、色々なチョイスがある。一回20-30ドルか?シアトル近郊には、国立公園、キャンプ場やスキー場など、日帰りで行ける遊び場が溢れている。一回で100ドルくらい見ておけばよいし、満足度も高い。少し遠出をして、ブリティッシュコロンビア、イエローストーンやバンフにまで足を運んでみるのも良いだろう。一回で300-400ドルかかる。ただし近場の「山」に飽きてきて、違う事をしたくなるとかなりコストがかかる。ビーチで泳ぎたければハワイやロスカボスまで行かなければならない。カリフォルニアや米国東部に行くのもお金がかかる。こういう遊びをすると800-1000ドルくらいは最低みておかなければならない。

シアトルの長所は、日本へ近いという事だ。カリフォルニア程ではないにせよ、日本行きの航空運賃は比較的安い。最近では東京への往復だと、$1000くらいが基本になっているようだが、東海岸や米国南部から日本に行くとなると軽く1.5倍はするだろう。

全てを考慮して、日本人としてアメリカで気持ち良く一、二年程度過ごすのであれば、総合的にシアトルは安い方であると考えて問題ないだろう。一年間ESLに通いながら結構遊んだ場合、車無しで35,000ドルくらい。車有りで40,000くらいかかるというのが私の計算である。この額は年収500万から600万に相当する。基本的にアルバイトは出来ないが、東京で1人暮らしをしながら学校に通いバイトもしないで悠々自適な生活をすればもっとかかるだろう。これを人生の経験として高いと受け止めるか、安いと受け止めるか?その判断は読者に委ねる。

ただし、現在の米国は現在の日本に比べて物の値動きが激しい事に注意が必要だ。まあ、どこに行こうと、安くしようと思えば賢く安くできるし、贅沢しようと思えばいくらでも贅沢できるので、ここに書いてある事を鵜呑みにされる事は望まない。この記事は、あくまでも学生用の物であり、仕事をしながら子育て生活するとなると、シアトルは馬鹿高い。まあ、その辺の話は機会があれば書く。

追記(2015年年末の時点):1ドルは120円くらいになっています。また、学費は10%ほど値上がりしています。家賃は、2割ほど値上がりしています。

5/21/2013

2013年ムーアのトルネード:トルネードから身を守る方法


私は日本で育ったため、地震、津波、台風などの自然災害の際にどうするべきか、という事は解っているつもりである。どういった規模の災害で、どのような状況であれば、命が無くなる虞がどのくらいなのか?リスクをある程度把握していると信じている。

アメリカの大西洋北西部では、数百年に一回という規模の大地震以外は、自然災害はほとんどない。大雪が降っても、嵐が来ても、洪水に見舞われようとも、命を落とす危険はあろうが、局地的な話である。

米国の南東部にやって来た。この地方ではグレートプレーリー地方ではないにせよ、竜巻(トルネード)が起こりうる。春は竜巻が特に多い季節であり、引っ越してきて既に竜巻警報に遭遇した。新しい土地で、地名も解らず、ウェザーチャンネルを見ても、私が住む場所が危ういのかどうかも解らない。どこに行けば安全なのかの知識もない。テレビもラジオも番組を中断して、警報を知らせる不気味な音が響き渡る。家の奥に逃げろと言う。急にゴルフボール大の雹が降って来て、あたりが暗くなる。そして、間断なく雷が鳴り響く。風が強くなり、雨がバケツをひっくり返したように落ちて来た。視界は不良で、20m先も見えない。停電して、テレビもラジオもない。どうして良いか解らない。トルネードは来るのか?クローゼットの中で待つこと20分。やがて雨が収まり、電気が戻る。トルネード警報も解除され、新しく移り住んだ町でトルネードの危険は去った、とラジオの気象予報士が告げる。正直、かなり焦った。

翌日、同僚に話を聞くと、そんな事は日常茶飯事らしい。私が経験した竜巻警報は、とても些細なものであったようである。いわば、小型の台風が室戸岬に上陸して、暴風警報が出ているので学校は一応休み、くらいの物であったようだ。

その後、トルネードの速報に対してはアンテナを張り巡らしている。ウェザーチャンネルでは、トルネードが発生する確率をToR:Conという数値にしている。例えば、ダラス4/10だとすれば、ダラスから50マイル以内の地域で、40%程度の確率で何らかのトルネードが確認される、といった具合である。

トルネードが来ればどうすれば良いのか?「地下の部屋に籠る」である。これ以上の答えはない。

もし、地下がなければどうするのか?家の最下階の、なるべく奥に囲まった、窓のない部屋で過ごす。たとえば家の奥まった場所にあるトイレ、それもバスタブの中に伏せて身を潜める。トルネードの中心では、猛烈な風が吹き荒れる。例えば、一番強いトルネードであれば時速300KM、新幹線から手を出すようなものである。それに巻き込まれた街路樹、木材や建材、金属片などが空を飛んでいる。それらが家に当たったとしても、家の中心部、例えば壁を3枚ほど隔てれば、助かる可能性は高い訳だ。窓のすぐ横や、シャッターのあるガレージなどは論外で、窓が割れたり、シャッターが剥がれたりすると、大怪我をする。この方法では、改良藤田スケールで4や5のトルネードが運悪く真上を通過すれば、ほぼ助からない。地上の物は根こそぎ引っ剥がされるからだ。

トルネードが多い地域では、トルネードシェルターなるものが売られており、それを常設した家も多い。そういう所に逃げると命が助かる可能性が上がる。

運悪く運転中にトルネードに遭遇した際は、橋梁を見つけ、橋と橋台の下の隙間に隠れると、生存率が上がるそうである。

トルネードは30分ほど前に予報が可能であるうえ、進路が比較的解り易い。トルネードがおこりそうな日は、常にウェザーチャンネルなどをチェックし、どこにトルネードが通るかを見極める必要があろう。可能であれば、トルネードが通過すると予報されている地域から出来うる限り早く逃げ切るという手もある。

地震も怖いが、トルネードも恐ろしい。オクラホマシティー近郊で起こったトルネードにより、ムーアは大ダメージを受けた。ウェザーチャンネルでは、トルネードの発生から、通過、消失までをヘリコプターからライブで完全に中継されていた。恐ろしい光景であった。小学校などが被害を受け、多くの幼い命も犠牲になった。亡くなった方の冥福をお祈りするとともに、迅速なる復興を期待したい。

因みに、ウェザーチャンネルに出てくるグレッグ・フォーブス博士であるが、フォーブス博士はシカゴ大学の偉大なトルネード研究家・藤田「テッド」哲也博士の生徒であり、前述のTor
;Conを開発したのをはじめ、改良藤田スケールの開発にも携わっている。

5/18/2013

馬鹿げたチップという制度。15%が基本なのか?

10年以上もアメリカに住めば、アメリカの良い所も悪い所も見えるようになる。私がアメリカで最も嫌いなことは、チップを払う事である。チップはアメリカだけの文化ではないのだが、アメリカにおけるレストランでのチップ制度は以下の理由で非常に腹が立つのだ。

ウェイター・ウェイトレスに対するチップの相場は、税金を足す前の額の15%-20%が基準とされており、最低それだけおかなければならない事になっている。もし、15%以下のチップの場合は、チープ(ケチ)だと見做されるという。ウェイターやウェイトレスの給料が低いので、チップをもらわなければやっていけないとする一般論がある。確かに州によっては、連邦最低賃金しか渡しておらず、ウェイターやウェイトレスはチップなしでは食べていけない。因みに、連邦最低賃金は2.13ドル。これは馬鹿げている。一方で、シアトル近郊では最低賃金の9.19ドルが保障されており、チップクレジットは認められていない。これにチップを足すと、かなりの手取りになる。州の政策によって、チップ制度に歪みが生じているのだ。計算上、ウェイターがもらうべき給料を考えると、チップクレジットを最低賃金に勘案していない西海岸地域(ワシントン、オレゴン、カリフォルニア)で15%以上を渡すのはあげ過ぎだと思うのだ。一方で、タックスクレジットのある米南東部やニュージャージー州などでは20%くらいあげなければしんどいだろうなぁ、とも思うわけだ。

レストランの経営者側も、ウェイター達も、チップ制度は維持したい。何故なら、ほとんどの人が、現金で得たチップは申告しないからだ。税金逃れが蔓延っており、チップの大部分は統計上、闇経済となっているのだ。しかも、一部のレストランでは、違法就労者を無賃で雇い、その人たちはチップで全額生活費を賄っている。皆が知っている制度上の不備であるが、当事者たちが一応喜んでいるのであるから仕方ない。

テーブルに着く外食をすると、大体10%の税金をむしり取られる。そこに15%から20%を足すと、25%から35%の余計な出費が食費につくことになる。普段はスーパーやウォルマートやガソリンスタンドで1セント単位の割引に必死になっているくせに、何故レストランでは気が大きくなってチップを弾む人が出てくるのか?結論から言うと、お金にうるさいアメリカ人は思っている以上に少ないという事だ。結構、みんなの財布の紐は緩い。が、一部にはガメツイ人達もいる。アイオワ州立大学の研究によると、チップの平均額(ミーン)は16.1%で、標準偏差は6%であったという。つまり、15%以下しか払っていない人も結構いるのだ。

昔は、朝ごはんや昼ご飯は10%、ディナーで15%と言われた。最近では、バッフェで10%、ランチで15%、ディナーに20%とかいうプロパガンダを説く人たちが増えてきた。勿論、ウェイターの立場で言うと、多ければ多い方が良いだろう。ただ、私自身の時給を鑑みて、テーブル一席だけをサービスして、仮に支払いが40ドルだったとして、8ドル(20%)は貰いすぎだ。ウェイターは普通複数の席を同時にサーブするし、食事を食べても30分程度で席を立つこともある。特に高めのレストランでは、食費も高い。20%渡すのは、正直ふざけていると思う。私は、レストランでウェイトレスがいくら程稼ぐのかを考えることがあるのだが、流行っているレストランのウェイトレスは、多分時給100ドルくらい軽く稼いでいると思う。ただ、多くのウェイターやウェイトレスはそんなに貰っていない。可哀想な人も大勢いる。しつこいようだが、自分が自給900円のアルバイトで日本でウェイターをやっていた事と比較すると、アメリカのウェイター・ウィトレスは貰い過ぎだ。

アジア人やユダヤ人の中には、私のような「ケチ」な意見を抱く人たちが多い。アジアでは基本的に欧米のようなクラス階級意識がなく、ウェイターやウェイトレスを下の立場として扱わないからだ。ウェイターやウェイトレスの生活を考えろ!という人もいるが、それはレストラン経営者が悪いのであり、客の問題ではない。或いは、国の制度の問題だ。だから、レストランでアジア人の客は嫌われる。財布の紐が固い、と。白人や黒人には見栄っ張りな人が多い、というのが真相のような気がするが。

チップがかさむので、外食を控える人も多い。或いは、ファーストフードを利用するという手もある。そうすればチップを払う必要がなく、15%分浮くからだ。これは経済活動にとってはかなりのマイナスであるし、まわりまわってレストランオーナーの収入を削ぐ事になる。国にとっては税金を徴収できないし、違法行為が罷り通る。

で、誰がチップ制度を止めさせたいのか?外食を利用するアメリカ人の大半は、チップ制度をなくして明朗会計にするべきであると考えていると思う。チップ制度を止めさせれば、経済的にもプラスになるだろうし、雇用も増えるはずだ。チップ制度を残して欲しいと考えるのは、逆にレストラン業界従事者である。チップのおかげで、上手くやってると勝手に考えているウェイターやウェイトレスも多い。ファストフードチェーンは、レストランのチップのおかげで自分たちの客が増えていると理解している筈なので、チップ制度の存続を望んでいる。長く続いていた文化なので、急になくせないのだろう。

私は、ケチだと言われようが、ランチ10%、夕食15%を四捨五入して押し通したいと思う。申し訳ないが、チップに20%払うような余裕はない。私は仕事をしてもチップなど貰えないし、給料もそれほど高くない。

PS チップがいくらか計算する際に、税金を二倍にすれば良い、などという人がいる。外食につく税金は場所(市単位)によって全く異なるため、この作戦をする際は気を付けてほしい。18%のGratuityがすでに加算されている場合は、チップは払う必要がない。大人数(6人以上)の際は、チップを多めに払うというのが常識であるといわれている。

チップを弾むのが格好良い、と考える粋な人は多い。人それぞれであるので、そういう人はこの記事を読んで、「大阪出身の糞ケチ野郎のブログが!」と吐き捨てて、自分の心情に沿って行動して頂きたい。アメリカ人に、「どのくらいチップを払うべきか?」と聞くと、綺麗事で「15-20%」と答えるだろう。ただ、本当の支払い額を見ると、かなりばらけている。凄く気前のよい人もいるし、言っている事とやっている事が異なる人もかなり多い。バラつきがあるので、額面通りには受け取らない方がよい。アメリカ人は結構計算できない。

勘定をもらった後、さくっとスマートにお金を払いたいと考える旅行者がいる。しかし、多くのアメリカ人は、勘定をもらった時と、チップを計算するときには、かなりの時間を要する。日本人の感覚からすると信じられないくらいゆっくりと支払いをする(個人的な話だが。私は時間の浪費が大嫌いで、アメリカ人が非効率に支払いをダラダラするのが許せない)。日本人の慣れていない旅行者が、日本の感覚でサクッと支払いをしたいと考えるのだろうが、地元の人は支払いに時間をかけるものである、と覚えておいてほしい。慣れていないのなら、ゆっくりとスマートフォンで15%を計算すればいいのだ(多くのアメリカ人もそうしてる)。

アメリカのレストランでは、ウェイターやウェイトレスが何度も席に寄ってきて、全てOKか聞く。あれは「チップを忘れるなよ!」という催促であると考えてほしい。お洒落なレストランではレシートに18%、20%、25%のチップならいくらですよ、と書いてあることが良くある。だが、細かい話だが、税金を足した値段の18%を計算していたりして、いんちきっぽい事も良くある。ケチナ私は態々税金前の値段の15%を計算しなおしている。(糞ケチ野郎と呼んでください!)

学術的な研究では、ウェイターやウェイトレスのサービス内容とチップに相関関係は余りなかったらしい。寧ろ、ウェイターやウェイトレスの容姿などとチップの額が比例するようだ。アメリカのレストランを利用した人なら解るだろうが、ウェイターやウェイトレスは必至でチップの値段を上げようと頑張っている。が、計算して15%丁度を渡しておけば、何の問題もない。世の中はそこまで甘くないのだ。

5/14/2013

アメリカで売春や性風俗の話はしてはいけない。大阪には必要である。

アメリカという国は、思っている以上に保守的で宗教的である。アメリカ流のキリスト教的な価値観があり、右も左もその上で戦う。マリファナを推奨したり、同性愛結婚を推奨したり、戦争反対を言ったり、死刑廃止を訴えたり、中絶を支持したりする人達も、キリスト教のアンチテーゼとしての政治的な発言を行っているに過ぎないのだ。「米流キリスト教」の足枷からは抜けられないのだ。アメリカ流のキリスト教的な価値観を理解しない人には、アメリカ社会の政治動向は理解できない。

自由の国と言われるアメリカだが、タブーが数多く存在する。女性問題もその一つである。女性を貶める発言は、完全に「NO、NO」である。政敵を駆逐する際には、その人が女性を軽視していると吹聴すればよい。敵国家を冒涜する際には、その国家が女性の地位を蔑ろにしていると宣伝すればよい。

橋下知事の発言が注目を集めている。慰安婦問題に触れ、米軍に風俗利用を推奨したのだ。これはアメリカでは「NO、NO」である。アメリカでは、売春行為に対する過度な不忍容さがある。アメリカでは、ネバダ州のナイ郡などを除いて、売春は違法である(トリビア:ラスベガス市内では売春は違法!)。政治家や会社経営者が売春行為を行ったことがばれると、ほぼ間違いなく職を追われる。売春などの話に関して綺麗事を述べないことにはアメリカ社会では生き残れない。一般の日本人とはモラルの基準が違うのだ。どのような意見を持っていようと、公の立場のアメリカ人が売春問題について触れることはない。そういうタブーの話題が出てくること自体が不快なのだ。

私は大阪の繁華街で育った人間として、橋下発言はもっともだと思うし、橋下市長の考えている「人間」の快楽主義に沿った社会の在り方が、大阪の繁栄には必要であると考えている。歴史的にも、例えば江戸時代などは日本では「快楽主義」は許容されてきた筈だ。ただ日本人の中にも、こういった話を「攻撃対象」と考えるメディア関係者もいるし、綺麗事を好む視聴者・読者もいるわけだ。私は、橋下市長には大阪の快楽主義に沿った人間臭さを政治信条として、大阪市の発展に寄与して欲しいと考えている。ただ、モラル意識の違う政治基盤との間で、自由奔放な発言を政治摩擦に利用されないように、慎重に発言して欲しいとも思う。

アメリカでは売春行為が違法である。昔の映画に出てくるような、車道やモーテルの前にハイヒールを履いたけばいお姉ちゃんが突っ立っているような光景は、絶滅危惧状態である。高級エスコートは安心して利用できるだろうが、べらぼうに高い。アジア人が経営している小汚い「サウナ」でも売春行為は罷り通っているが、東アジア人か貧困層出身の初老(50代くらい)のおばさん達が相手をしてくれる。手早くサービスを受けたい一般の猛者は、クレイグズリストや地元のフリーペーパーなどを通してエスコート、アウトコール(客のところに行く)やインコール(客が指定された場所に行く)などの違法な売春行為を利用する。最近ではリンクドインなども利用されていたようだ。

アメリカで上記のサービスを受けようとすると他の先進国と比べて、べらぼうに高い事に気付かされるだろう。サービス内容にもよると思われるが、日本のように売春に「準ずる」行為が明瞭会計で一万円以内などという事はあり得ない(売春行為は日本でも違法です!)。何故このような違法行為が蔓延るのか?理由は橋下氏の言うように、猛者の性的なエネルギーをコントロールできないからである。しかし、繰り返しになるが、虎の尾を踏みたいアメリカの公人は、絶対に存在しない。アメリカ人の中にもこういった行為を好む人たちは少なからずいる。そういった人達の多くは、南米、ヨーロッパやアジアに行く。米国は「性風俗遊び」には適さない不毛の地であるのだ。日本人の中には勘違いしている人たちが多いが、アメリカは日本以上に「本音」と「建前」をきっちりと分けている国なのだ。政治の場で「ぶっちゃけ」トークは罷り通らない。

余談だが、南部を中心に一部の州においては、ソドミー法と言う物が未だに存在している。例えばヴァージニア州では、如何なる男女も、オーラルセックスや肛門性交をしてはならない、となっている。これに違反すれば、一年以下の懲役に処せられる。これは結婚しているカップルにも適用される。守られる筈もないこのような法律が存在している事自体、何をかいわんや、である。

閑話休題。「平均」的な話をするが、エリート主義がなく、快楽主義をある程度許容する物分かりの良い日本人。ピューリタン的に快楽主義を認めたがらず、ストイックさの建前の下で、家族の価値を説きながら、離婚率が高かったりするアメリカ。これは、文化的な背景の違いである、とするしかないのだと思う。欧米などと一括りにする人がいるが、ヨーロッパに行くとこれらの常識がまた通用しなくなるのだから面白い。ヨーロッパでは場所ごとにキリスト教を背景とするモラル意識が異なって発展している。宗教戒律的には厳しい筈の南欧の方が性に大らかであったりするのだから、宗教問題のみに注目するのも間違いである。「キリスト教」自体が一枚岩ではないので、アメリカの政治現象を本当の意味での「キリスト教」に源を求めることは間違いだ。ただ、文化と宗教は切っても切れない関係だ。アメリカにはアメリカ流のキリスト教が発展し、人々はそういう文化に縛られている。外野から見ると、滑稽でもあり、羨ましくもある。

日本には日本人がその歴史的コンテクストの中で培ってきた文化がある。我々日本人は、自分たちの文化がどういった物であるかを綺麗事を排除して意識する必要があるだろう。誇れるべきものも、好きでないものも、すべて含めて日本で培われた文化であるのだ。そして、日本の地域ごとに根差したローカルな多様性も考慮するべきだ。それを他国と単純に比較して優劣をつけても仕方ない。多様性こそがグローバリゼーションの合言葉な筈なのだから。

* アメリカにやって来る日本人の中には、パーティーなどの場で風俗に行った経験などを臆面もなく語ってくる人がいます。社会的な地位がある医者やビジネスマンの中にさえ、そういう人達を見かけます。そういった話題を公の場で許容する下地は米国にはありません。お金を出して女性から性的なサービスを受けたなどという話題をした時点で(仮に男同士であっても)最低人間のレッテルが張られます。そういう話題は、本当に仲の良い人たちとマリファナを吸っている時のネタにしてください。不特定多数の人がいる中で、こういう話題は絶対にダメです。性の話題自体は、状況次第で可能です。学生同士や、ユダヤ人社会には常に受け入れられます。ただ一般的に、クリスチャンのエリート層は、大多数の日本人と同じように、性の話も嫌がります。

12/08/2012

ワシントン州でついに大麻解禁!注意点など

仮にあなたが大麻草を吸うためにシアトル旅行を画策している場合、下記の理由で、早くとも2013年12月までシアトルを訪れる事はお勧めできない。残念ながら、現時点では旅行者が気軽に大麻草を手に入れられる環境にはない。

ご存知の様に、ワシントン州では議案502が州民投票により可決されたため州法の下、2012126日より21歳以上の成人が1オンス(約28ミリグラム)以内の大麻草を保有しても違法ではなくなった。スペースクッキーや72オンス以内のマリファナ使用液体類、例えば大麻オイルなどについても保有が認められる。議案は1年の期間を経て、マリファナの流通や栽培、販売に関する免許制度を構築する、としている。

シアトル市内においては語弊があるかも知れないが、既にマリファナの所持や使用に関しては半ば認められていた。2003年以降、40gまでのマリファナを個人の使用目的で所持する事に関して、法執行をしないという、灰色のシアトル市「議決75」と呼ばれる条例があったのだが、今回のワシントン州「議決502」により、少なくともシアトル市条例とワシントン州法の間にあった法のグレーゾーンが消し去られた形となる。

現時点において医療目的以外のマリファナの売買は違法である。ただし使用や保有に関しては州法下では問題がない。シアトル警察は大麻草に関しては、連邦法を無視して州法を遵守する事に決めた。ただシアトル警察は、連邦政府による法執行についてはシアトル警察の管轄外であり、これを予測もしくは制御する立場にはない、という見解を発表している。極端な話、ワシントン州内でマリファナの使用をすると、連邦政府の管轄であるFBIに検挙される可能性があり得る。連邦政府(国)がどう動くのかはこれから見極める必要があろう。

マリファナの保有は認められるものの、公共の場でマリファナを他人に見せることは出来ない。ワシントン州ではマリファナを公共の場で使用することも、公共の場所で飲酒ができないのと同じ理由で禁止されている。逮捕はされないが違反者には切符が切られて罰金を課せられる事になる。禁煙区域において(玄関から数フィート以内など)、マリファナを喫煙する事はもちろん違反となり、罰金の対象となる。

ワシントン州は、2013年の12月1日を目処に販売などについての法整備をするとしている。つまり、来年の年末までは医療目的のマリファナを除き、ワシントン州内でマリファナを栽培したり購入する事は違法となる。嗜好目的のマリファナを合法的に購入する事は、免許制度が整備される2013年の12月までは出来ないのだ。従って、現在のマリファナの保有は違法な闇マーケットを通している。従って、今後一年間は大麻草使用に関しては灰色の部分が多くなり、マリファナ所持や使用が警察に発見された場合、なんらかの口頭の注意を受ける可能性があるらしい。逆に、2013年の12月1日からは免許を持つ大麻販売者からのみ、合法的に嗜好目的の大麻を購入できる。それ以降でも大麻を免許のない闇ソースから買う事は違法である。

未成年(21歳未満)のマリファナ使用は厳格に禁止されている。使用が発見されれば直ちに逮捕される。21歳未満の未成年者は絶対にマリファナを使用したり所持したりすることがないよう、注意して欲しい。

マリファナを使用した後に車などを運転をすることは出来ない。運転を止められた際に、警察や警察犬がマリファナの使用を疑った場合は、血液検査を受けさせられ、これは拒否できない。現時点では、1ミリリットルの血中に5ナノグラムのTHCが検出された場合は、ドライブ・アンダー・イントキシケーション(DUI)となり違反切符を切られるか、豚箱行きとなる(この数字は今後変更されることが濃厚と言われている)。マリファナ使用によって事故を起こした場合は、飲酒事故と同等に厳しく罰せられる。

日本国籍を保有するものは、「法の理論的」には日本国の大麻取締法の影響下にある。「大麻から製造された医薬品の施用を受けること」はできない。及び「大麻を、みだりに、所持し、譲り受け、又は譲り渡した者は」、五年以下の懲役となる。これらは、刑法第二条に従うため、「日本国外において」も「すべての者に適用」される事となる。(笑)

こういった事を理解したうえで、ワシントン州の大麻草の合法化を盛大にお祝いください!

注意:このブログの内容は2012年12月8日現在に解っている事のみを著者の法解釈と伝聞により書き綴ったものです。法律は頻繁に変わります。法は異なる解釈をする余地があり、著者の解釈が適当でない可能性があります。このブログの内容について著者は一切の責任を持ちません。なお、当記事は大麻使用を推奨する目的で書かれたものではありません。

11/12/2012

ゲイの権利は守るべき。バイセクシャルはただの変態(LGBT)

ここシアトルの街を歩いていると「レズビアン、ゲイ、バイセクシャルとトランスジェンダー(LGBT)の権利を保護しよう!」などといった標語を目にする事が多い。私は同性愛者の権利を保護しようという意見には諸手を挙げて賛成する。が、LGBTの定義が良く解らないので、LGBTの権利という物について、公的な支援をする事には声を荒げて反対したい。

ただ、私がここでいう同性愛者とは、生化学的に脳の機能が体の表現型である性別と乖離している状態の人間をいう。LGBTの中だと、トランスジェンダーに一番近いものと思われる。つまり、男性器を有しているのに、脳や自律神経が遺伝的な原因などで女性として反応している場合。或いは、女性器を有しているにも関わらず、脳や自律神経が男性的に反応している場合を呼ぶ。こういう人は必ずクラスに一人くらいいるものだ。

表現型で性別を判断し、無理矢理こういった人達を社会の「男らしさ」や「女らしさ」という型にあてはめ、脳の認識を無視して社会的に男性や女性を演じさせる事は可哀想である。本人達も不幸になるし、関わった回りの人達も不幸になる。日常生活内で、色々な軋轢も出てくるだろう。私の小学生の同級生なども、ゲイだと誰の目にも明らかだったにも関わらず、大学を出てすぐに親に無理矢理結婚させられたが、すぐに離婚した。親はその子の事を黙殺している。

そういった不幸を避ける意味で、ゲイの人達はゲイとして生きて欲しいと思うし、きちんとカミングアウトしてくれる事を望む。そうする事で無駄な軋轢を減らす事も出来るのだ。ゲイの人たちをゲイとして受け入れると、ゲイの人達も幸せであるし、ゲイで無い周りの人達も幸福になる。周りの目があるので結婚もして子供がいるにもかかわらず、週末にこそこそと新宿二丁目のサウナ発展場に通う、などといった不幸を助長する一時凌ぎの馬鹿げた行為も起こらなくなる。

数年前、知り合いのアメリカ人が、ある日突然ゲイをカミングアウトした。それまで、その男が嫌いで仕方なかった。物凄く陰鬱で嫌な奴だったのだ。しかしゲイをカミングアウトして、物凄く付き合いやすい奴になった。今では一緒にビールを飲んだりする良い友達である。ゲイである自分を認めなかった何かが、彼(?)の性格までをも歪めていたのかも知れない。

サウジアラビアから留学しているゲイの友達がいた。ご存知の通り、アラビア社会ではゲイは死刑に値し、親からは勘当される。異国のアメリカの地で、彼は完全にゲイの生活を満喫していた。楽しいんだろうな、と思った。いつもは私たちにオネエ言葉で喋る癖に、アラビア人同士で会うと急に男っぽい声になり、ナヨナヨした素振りも見せなくなった。何をかいわんや、である。

日本でも、社会がもっとゲイに寛容になるべきだと思う。ゲイがカミングアウトしやすいような環境を作ってあげる事が皆の為だと思う。ここまではセクシャルオリエンテーションの話であり、当然守られるべき人権の話であると同時に、全ての人を幸福にするための社会的示唆である。日本とは「辛抱」が強いられる社会であるが、こんな事は我慢できる問題ではないし、他の人にとっても不幸になる問題である。

ただここで問題になるのは「誰がゲイで誰がゲイでないか」という問題である。ゲイという問題が歴史的にタブーであったからか、ゲイであるかどうかの判断が「自分自身がどう思うか」に委ねられている場合が多い。しかも、タッチーな問題であるため、科学者や医者は見解を避けている。しかも、心理学者が賢いフリをしてリベラルな意見を言う傾向にある。となると、生化学的にゲイでない人達がゲイである、などと言ったふざけた見解を持つに至る。社会的に人権を蔑ろにされているゲイの人達、そしてゲイのふりをするただの変態。この境目を見極める事が、不可能でないとすれば、非常に難しい。もちろん、私自身、ホモセクシャルかヘテロセクシャルの間にはっきりした線引きがなされるとは思っていない。ただ、私は概念的にこの両者をはっきりと分ける事こそが、セクシャルオリエンテーションを理解させる近道だと考える。

脳機能に問題がない普通の人が同性愛を楽しむのは、ただの変態行為である。たとえば、江戸時代や昭和の初期頃まで蔓延っていた男色行為があるが、あれはただの変態行為であった。特に未成年の少年相手に性行為を強要するなど、今の世の中では牢獄に入れられるような行為が黙認されていたわけである。これらの男色は、ホモだから楽しんでいるのではなく、普通のセクシャリティーを持つ人間が、マスターベーション代わりに少年を使っているだけである。そういう事が「粋」だと信じられていた時代があったのだから、隔世の感がある。寮でストレートの女子学生同士が経験として同性愛を楽しんだ、などというのは興味本位の変態行為であり、セクシャルオリエンテーションとは関係のない話である。逆に、ゲイの男(心は女)が普通の女性と性行為を楽しむのも、ただの変態行為と言っても良いだろう。

バイセクシャル(両性愛)な人が存在する事は良く知られている。が、バイセクシャルという権利はあり得ない。その時々において、バイセクシャルの人は、同性を愛するか、異性を愛するかのどちらかの選択肢しかないからだ。バイセクシャルの権利を尊重しろなどとうたっている人達は、ただの「フリーセックス主義者」である。男と女の両方を同時に相手にする事は、本人が勝手にする問題であり、社会が人権を守るような問題ではない。そういった行為に眉を顰められれば、それは本人の落ち度であり、社会的な差別ではない。現時点で特定の男を愛するか特定の女を愛するかわからないので、どちらとも付き合いたい、などと言うのは優柔不断のわがままであり、どちらか一方に決めなければならない。そこに権利が侵されている事実は全く存在しない。そういった問題があるならば、精神科医に見てもらって、自分がどちら側なのか、自分探しに重きを置くべきだ。

「社会がバイセクシャルの権利を守れ!」という意味がわからない。バイセクシャルの人に、同時進行で男と女と結婚する事を社会が認めるのか?それは、多重結婚を認めろ、浮気をする権利を守れ、変態行為に陽の目を当てろ、未成年との性交を許可せよ、などと言った荒唐無稽な要求となんら変わりはない。バイセクシャルなどといった括りは存在してはならない。異性愛者にせよ、同性愛者にせよ、本人が自由恋愛や乱性交を繰り広げてたいという欲求は守られるべき権利ではない。やりたければ勝手にすればいいだけの話であり、それを不道徳な行為と考える人も当然出てくるだろう。バイセクシャルを公言してフリーセックスに励むただの変態たちが、ゲイの権利要求に参加している為、まともな意見ですら面白おかしく聞こえることがある。本当に困っているゲイの権利を社会は尊重せねばならない。ただしゲイの権利は認めるものの、ゲイ以外の変態がゲイに与えられた権利を拡大解釈して濫用する可能性があり、慎重に法律を作ってもらわなければならない。それこそはゲイの為でもある。

社会が真っ当な方向でマイノリティーを守るため、「ゲイの権利は守るが、バイセクシャルの人権を守ろうとしている人達は多田野変態です!」と大きい声で言って欲しい。味噌と糞を一緒に討論しないで欲しい。(注:「只の」と打ちたかったのに多田野と変換されました。あまりにも正当な変換なのでそのままにします。)

11/07/2012

シアトルがアムステルダムに。ワシントン州、歪んだ「リベラル路線」をとる

12月6日、いよいよワシントン州でマリファナが解禁!注意事項などについて


大統領選挙の影に隠れて、ワシントン州の知事や上院議員などの選挙もこっそり行われていたのだが、アメリカでは選挙のときに州民投票のような事もする。今回、ワシントン州で話題になったのは、ゲイマリッジ(同姓婚)とリクリエーショナル・マリファナ(嗜好品としての大麻草の少量所持・使用)の話である。で、二つの法案は両方とも州民に支持された。

シアトル市は今後、アムステルダムの様になるのだろう。同性愛者はドメスティックパートナーではなく、結婚と言う法手段の行使を許可されるわけだ。さらに、連邦法、つまり国が禁止薬物に指定し、使用や栽培が禁止されている大麻草が、ワシントン州では医療目的及び少量の嗜好目的でも許可されるわけである。承認された提案によると、ともに21歳以上なら1オンス(約28グラム)以下の大麻を所持したり、使用したりしても罪に問われなくなる。今後1年かけて販売規則を整備。販売価格に25%課税する。タバコ税が1パック$3.025、つまり60%-100%くらいなのを勘案すると、えらく安い課税である。

この数ヶ月、このふたつの法案に関するコマーシャルキャンペーンが繰り返された。同姓婚に関しては賛成の宣伝が多いものの、何故ドメスティックパートナーだけではいけないのか?という反対の宣伝もあった。

しかし、問題はマリワナである。「地下経済を許すぐらいなら、州政府がコントロールして税金を取り、その金を教育に使おう。州の経済も発達します!」「ギャングは若者にも薬物を売るが、州政府がコントロールすれば若者の大麻草使用を防げます。常識で選びましょう!」などというふざけた広告がひっきりなしに流された。気持ち悪いのは、嗜好用大麻草使用を反対する広告にお目にかかったことがない事である。普段は喫煙に目くじらを立てる雰囲気の街で、嗜好目的のマリファナ使用はOKというのは筋が通らない。州政府関係者は、マリファナ関連の利権で一体どれだけ儲かるのだろうか?

私はどちらにも反対である。別に人の自由にとやかく言うつもりはない。しかし、アメリカのリベラルの意見がコンサバティブの対極として、ぶっ飛んでいると感じるのだ。同性愛者を嫌っているわけではないし、同性愛者の良い友達も大勢いる。だが、結婚という何世紀にも行われてきた社会的契約を再定義する必要があるのであろうか?すでにパートナーシップ制度があるわけだが、寧ろ結婚と言う手段以外で同性愛者を救済する政策をつくるべきだと思う。あるいは、男同士で「結婚」していた人間が、離婚して女性と「再婚」できるのだろうか?本人同士はいいが、子供や養子達はどう思うのだろうか?こういう事を法的に許可すると「わがまま」による家庭崩壊や「結婚詐欺」などまで法律が許す可能性がある。第一私は、結婚は義務であれ、権利だとは信じていない。

今後はマリファナの使用も州法で許可されるようになる。マリファナの使用が違法であれ常態化している現実を打開したい事は理解できる。ただ、国連の麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約との整合性はとれないし、連邦法と州法が矛盾するという大問題がある。つまり、州政府の許可を取ったマリファナの育成や販売は、州の警察に逮捕される事がないとはいうものの、FBIに逮捕される可能性があるという事である。喫煙者の権利は奪うくせに、国連の禁止薬物に指定されている大麻草使用は許可する方向で、しかも合法のタバコよりも税金が安い。こんな馬鹿な話がまかり通っていいはずが無い。

アメリカのリベラルの政策はヒッピー文化を良しとするようなふざけたものが出てくる。動物愛護であったり、環境保護であったり、健康促進であったり、違法移民に目を閉じたり、国際養子を推進したり。極端にばかり走らないで、もう少しバランスと言うものを重視して欲しいと思う。リベラルが社会問題のモラル是正に努めているという、単純な先入観を持っている人が多いが、こういった法整備がどれだけ多くの利権を生み出しているのかという、社会経済的な側面もじっくりと観察して欲しい。

小言になるが、日本では属人主義で大麻の使用自体が違法となっている。アムステルダムであれ、デンバーであれ、シアトルであれ、日本人が大麻を使用する事は違法となる(注:コメント欄を参照)。当たり前だが、それを理由に日本の警察に罰せられる可能性はゼロに等しいのだが。万が一、あなたが有名になってしまった後(例えば政治家になったりして)、ブログなどで国外で大麻使用を告白した事などがバレたら社会的な制裁を加えられる事は目に見えている。(従って匿名であれ、私は個人的な大麻の話にはブログ上では絶対に触れない。)何度も繰り返すが、ワシントン州で大麻の使用が譬え合法になろうとも、アメリカの連邦法では違法である。それを理解したうえで、個人の責任に則り「遵法精神」と「リスク」をしっかりと考慮して大麻草を使用して欲しい。私は法律の整合性の話をしているだけであり、マリファナの是非については個人が自由に判断すれば良い事であり、興味がない。

9/10/2012

49日ぶりの雨

先ほどから雨が降っている。シアトルでは49日ぶりの雨である。1951年夏に記録された51日連続で降雨記録無しに迫らんとする勢いであった。

確かにシアトルの夏は素晴らしい。涼しいし雨も降らない。西海岸特有の、妙に眩しい光が輝き続ける。しかし、暑くなければ夏を感じられない。普通に生活していると、ほとんど汗をかかず、代謝が年々おかしくなっているような気がする。

秋になれば、雨が降る。酷いときでは数ヶ月にわたり太陽が見えなくなってしまう。日本は気候が悪いと思っていたので、シアトルで生活を始めた頃は天国に思えた。しかし、長い湿った冬は気を滅入らすに十分であり、年々この街の天気が嫌いになってきた。こんなに極端な天気は正直キツイ。

7/23/2011

アリューシャン列島の火山が噴火か?

アラスカのクリーブランド火山に大噴火の兆候が見えていると言う。3月にあれだけ大きな地震があったので、環太平洋リングのどこで火山の噴火が起こっても驚かないが、アリューシャン列島での大噴火は太平洋間の航空飛行に莫大な影響を齎す可能性がある。

クリーブランド火山の位置は、アラスカのアンカレッジから1500Kmほど北海道側に行った所である。アリューシャン列島のちょうど真ん中くらいに位置する。間太平洋路線の航空機の通路にあたるのだ。火山灰が空に撒き散らされたりしたら、数週間、周辺地域を飛行できなくなる可能性がある。トランスパシフィック路線はローコストキャリアー、いわゆるLCCにもまだ汚染されていないため、基本的には飛行機会社にとってはドル箱路線だ。それが寸断されれば、色々と経済的な問題が起こりうる。アメリカから日本に行くのに、わざわざハワイ経由とか、時間の掛かることになりかねない。

昨年の4月に、用事でドバイに行った。行きはデルタとロイヤルダッチに乗ってシアトルからアムステルダム経由でドバイに向かった。アイスランドの上空を飛行中は、座席のモニターで地図を見ながら、エイヤフィヤトラヨークトル火山が爆発したという事をジョークとして考えていた。ドバイで用事を終えて、帰路に着く終日前、事態が深刻化した。イギリスや北ヨーロッパの主要空港が軒並み閉鎖されたのだ。私もアムステルダム経由だったので、アウトであった。

最低二日はどうにもならないとの事だったので、諦めて色々観光を楽しんだ。オマーンに行って海水浴をしたりした。ホテルのプールは、安物の市営プールのような混み具合である。と言うのも、ヨーロッパ人が何も出来ず途方に暮れて、プールで泳いでいるからだ。プールでは泳いでも、観光する気にはなれないようだ。

結局、二日後に、デルタ航空が、アトランタ行きを手配してくれて、私は砂漠に佇む人工張りぼて人工巨城をあとにしたのだが、アトランタ行きの飛行機は、火山灰を迂回して、最短コースではない北アフリカ上空あたりを飛ぶ。フライトは17時間に及び、機内で4回不味いものを食べさせられた。そこまで長いフライトを体験したのは初めてであった。私の場合は、人の金でドバイに滞在していたので、痛くも痒くもないどころか、滞在日数が増えて喜んだのだが、忙しい人達や自費を削っている人にはかなわない話だ。

まあ、こういう経験もあったので、火山情報には敏感になっている。近いうちに太平洋上空を数回飛ぶことになっているので、火山情報は注視したい。

9/29/2008

海外で成功する日本人、失敗する日本人

米国の金融界がかなりきな臭くなってきた。ヘリコプターからお金をばら撒いて金融パニックを起こさないようにするはずのバーナンキ博士の目論見が、民主党を中心とする政治屋の思惑で潰れかけそうになっている。昨年の夏以降書き続けている事ではあるが、金融界の外にさえも悪材料が拡がり始めている。グローバルレベルでデフレプレッシャーがかかりだすと、かなり不味い事になって来る。ポールソンのベイルアウトプランを早急に通すべきだ。

懐の心配をしたいところだが、マーケットのスペキュレーションが私の理解を超えだし、モメンタムさえも掴めない。ボラティリティーが高すぎるこの状況は、現金保有の静観が正解だ。

さて前回のコラムで、城島氏がマリナーズの捕手としては使い物になっていない旨を示唆した。イチロー選手と城島氏は、共にマリナーズで活躍する日本人として一括りで語られているが、この二人を見ていて思う事がある。イチロー氏が海外で成功する典型的なタイプの日本人であるのに対して、城島氏は海外で失敗する典型的なタイプの日本人であるのではないのか、と思うのだ。

私も海外生活が長くなってきて、色々なタイプの日本人と付き合いをしてきた。しかし海外で成功している日本人には、たったひとつの共通性を見ることが出来る。それは「自然な適応力」である。ただそれだけなのだ。勿論、適応力にも色々な種類があるし、人によって生きている状況が全然違う物だ。だが、総じて適応力の高い日本人の多くが海外で成功を収めているし、楽しく時を過ごしている。逆に、自然な適応力が無い人は、適応しようと無理な努力をしたり、不満をぶちまけたり、傷のなめあいをしたり、病気になったり、荷物を纏めて日本に帰ったりする。

日本のメディアで触れる海外に住む日本人といえば、殆どがスポーツ選手であろう。鈴木一朗氏や中田英寿氏が成功した日本人として高い評価を得ている。その他にも、アカデミア、音楽、芸能、ビジネスなど、様々な場所で活躍する日本人も多い。逆に、芸能界にせよ、スポーツ界にせよ、成功しなかった日本人も山の数ほどいる。

成功しないタイプの人は、海外で妙な「サムライ魂」のようなものを掲げる。「日本人である」という事実を必要以上に意識し、日本人である自分が頑張ればどうにかなる、などと言った甘い考え方を口にする。それ故に、海外の人間や文化などを変に気にして、自分のやらなければならない以外の事に労力を注ぐ。スポーツにせよ、勉学にせよ、ビジネスにせよ、音楽にせよ、「成功」という形というのは決まっているものであり、その成功の形に持っていくために、その土俵内で頑張るのが当然だ。だが、妙な「サムライ魂」を持った人は、「日本人」としての足枷のようなものに縛られ、無理やり「日本人」を演じようとする。成功の形にまで、「日本人」としての独自性を反映させようとする。それは完全な間違いだ。第一、殆どの人は百姓か町人の子孫であるにも関わらず、海外に来たら「侍」になるのも非常に可笑しな話である。

独自性とは個人由来のものであり、個人の独自性は育った環境に由来することが多い。勿論、日本人の多くが日本で育ったわけであり、独自性に日本的な要素が見え隠れする事は当然である。しかし、個人の独自性の中に、他者が客観的に見出すものこそが、日本人のアイデンティティである。日本人のアイデンティティというものは、個人が無理やり作り出す類のものでは決して無い。アイデンティティはあくまでも発見するものであるのだ。

イチローや中田や中村俊介は個性的ではあるが、無理矢理「日本人」を演じているようには思えない。彼らは現地のやり方に適応し、その中で結果を残す事だけに、たゆまぬ努力をしている(していた)。イチローや中田は日本人であり、一流のプレーの中に、我々は彼らの日本的な物を見ることが出来る。それは至極客観的な物なのだ。蛇足であるが、もしかすると、IQが高い人達は意外と簡単に何にでも「適応」できるのかも知れない。

城島氏が繰り返す「日本の野球を遂行する」という考え方は完全なる愚か者の意見だ。イチローが良く言う。アメリカの野球が一番だと考えている馬鹿が多くいる、と。城島氏の言っていることは、イチローが馬鹿にしているアメリカ野球にどっぷりと浸かっている選手たちと、どう違いがあろうか?ナショナリティを間違って主張する人は、やがて疲れ、矛盾を感じ、祖国に戻る。どこの国の出身であろうと、そういったタイプにはなりたくない。一流は、そんな負け犬の理論に固執せず、自分の仕事を全うするものだ。

特に海外で生活をしたことが無い人に、「日本人として海外に住むと大変でしょ」などと同意を求められる事が多々ある。それは半分当たっているし、半分間違っている。真実は、日本人が海外で生活すると得をするのだ。多くの場合で優しくして貰える。しかし、その国の人達との本気の競争になると、見えない壁が出てきて、「調整」を余儀なくされる。城島氏やイチロー氏を報じる日本の報道を読んでいて、上記に述べた理由で、いらいらさせられる事がとても多い。

第一、国境が昔ほどに意味を持つのだろうか?国境など、好き嫌い以外の何物でもないような気がするのだが。

8/23/2008

歪な街ローマに見え隠れする関西との共通点

関西地域が停滞して久しい事は何度もこのブログで書いている。関西地域には競争力が全く無い。というのも、関西全域が魅力が無い都市圏と化してしまったからだろう。大阪に本社機能を構えていた企業は挙って首都圏に移転してしまった。周りを見ていると優秀な人材から順に関西を離れていった。私もたまに大阪に里帰りするのだが、廃れ行く自分が育った土地を見ると、かなり鬱になってしまうのだ。私は関西の風土や文化が好きではあるが、正直言って関西に戻りたいとは到底思えない。

関西の地方自治体の政治を見ていると、様々な疑問が浮かび上がる。小学生が考えてもおかしな事に自治体は税金を注ぎ、努力をしている人間に対しては非常に冷たい政策を執っている。ごねた人間が得をする、正義のかけらもない社会を地方自治体は必死で作り出し、それを平等と呼ばせる。問題は確実に存在し、多くの人(少なくとも関西人)はそれを理解している。それらの問題に真摯に取り組み、企業活動や社会の効率化を図れば、関西はまだ捨てたものでは無いはずだ。しかしそれらの処々の問題は、「言ってはいけない」問題として取り扱われ、決して公に晒される事はない。タブーや禁断を21世紀の情報化社会でも必死に守ろうとし、そしてタブーがゆえに政治のサボタージュが起こる。はっきりと存在するものを「無い」と言い張り、その根本的な問題を無視し、表層のどうでも良い物だけをいじくる政治。勿論、何かを変えれば、そこにまた蟻は群がる。そして、努力した人たちはやる気をなくし、ますます地域全体がどす黒く染まる。存在しないはずのもを必死に残したい勢力が存在し、それら負の遺産とともに社会が真綿で首を締め付けるがごとく凋落していく様子。こんな街に誰が住みたいのだろうか?

私はこの夏をローマで過ごしている。ローマの日常を見ていると、私は関西のどす黒い禁断の社会構造と比較せずにはいれなくなってしまう。ローマで生活すると、否が應にもヨーロッパ社会の負の遺産である階級社会を垣間見てしまう。貧しい人と、知的階級がはっきりと二分しており、その間を自由に行き来することは出来ない。貧民の子供は貧民であることを約束されており、EU統合以降にイタリアに入ってきた移民の連中が貧民たちに混じる。アメリカの格差社会はアメリカンドリームと呼ばれる一発逆転が可能だが、それとは全く違う生まれたときに既に豊かさ決まっている階級社会。これはまるで関西に存在する、あの存在しないはずの階級社会のようだ。古い町並みや、遺跡群。そして、観光産業で生業を建てる街、ローマ。階級社会が足枷になり古都を蝕む。もしや、この街は京都そのものではないか?ただ住んでいる人々は、京都人ではなく、泉州人のように見えるのだが。

生活のにおいがする筈の無い観光の街に、泥臭い生活臭がこみ上げる。人々の稼ぎは少ないものの、物価は観光地の値段である。朝の地下鉄、北部の優秀な人達がスーツに身を包んで役所に出勤する横で、アコーディオンを弾きおひねりを乞う人がいる。ローマの若者たちはマナーの欠片もなく大声で地下鉄ではしゃいでいる。その風景に違和感を覚える観光客たちが眉を顰める。競合力の全く無い街、ローマ。

ピラミデから西に行くと、テスタッチョと呼ばれる地区がある。元々、屠殺場があった場所と聞き、関西出身の私は少し緊張して街を歩いた。市場の近くのトラットリア(安物レストラン)の外の席に腰を掛ける。ペンネアル・アッラビアータをプリモに、そしてトリッパ・アラ・ロマーナと呼ばれる、臓物の煮込みをセコンドで注文する。そのような歴史のある街では、やはり臓物のようなものが出てくるのは古今東西一緒なのか?赤ワインをがぶがぶ一人で飲む。待てど暮らせど注文した物は出てこない。既に小一時間が経過している。ローマで効率を叫んでも仕方ない。通りを行きかう人々を目に、一人でレストランに来たことを後悔する。夏といえども、夜風は肌寒い。空腹と寂しさに嫌な感じにアルコールが回る。

やがて、アッラビアータが出てきた。ペンネは上手く湯掻かれていた。そして、それにしても辛い。非常に出来のいい仕上げだった。乾燥させた単純なペペロンチーノだけの辛さではない。恐らくは熟成させたペペロンチーノを使って深い味わいを出しているのだろう。非常に出来の良い一品だ。

プリモに続きセコンドのトリッパがやって来た。牛の胃袋は柔らか過ぎず、硬すぎる事もなく、歯ごたえを残した最高の出来だ。トマトソースの味に、妙にコクが残る。このコクはチーズか?かと言って、しつこくも無い。トマトソースの酸味と、たまねぎや香草の匂いが、臓物特有の匂いを完全に消している。これだけで十分に満足できる仕上げだった。

しかし、会計で30ユーロは高すぎる。だが、これがローマでは水準だ。隣席の人達は私よりも豪華な物を食べながら、私の半額も払っていないことも気になる。人々が歪な形で助け合い、価格を歪める。非効率と、一部市民のたかり体質が歪さに拍車をかける。この国が何故にG8に入れてもらっているのかは理解に苦しむ。私は思う。いくら美味しくとも、一人で食べるくらいなら、レストランに行かずに、アパートで自分で作ったほうがマシだった、と。そして考える。ローマに生まれるくらいなら、まだ大阪に生まれたほうが良かったのかも知れない、と。

12/15/2006

サウスビーチに行きたい!

この時期になると、クリスマス休暇の話で持ちきりになる。私は休みどころではないのだが、周りの人は色々と予定を立てている。一般的なのは、近隣へのスキー旅行、実家に帰る、そしてビーチリゾートであろう。雨が降り続く冬のシアトルにいると、やはり暖かいビーチリゾートに行きたくなるものだ。地政学的な制限が付きまとい、シアトルの人はよくハワイ諸島に出かける。しかし、私としては、やはりフロリダに行きたい。

私はハワイがとても嫌いだ。何故なら、妙に老人臭いからだ。ハワイは良い波があるし、海の中も綺麗だ。ビーチの砂も最高だ。しかし、泳ぐ以外に何もない。残念ながらフラダンスやサンセットクルーズを楽しめる程の年齢にはまだ達していないし、ドールのプランテーションや真珠湾に行っても仕方ない。さらに、個人的に日常に出来る買い物をリゾート地ですることは好まない。ハワイの夕暮れはハワイアンブルーの名に相応しく憂鬱だ。やる事を探すのに四苦八苦してしまう。どこのバーに行っても退屈なアロハオエの音楽が響いているし、年上の連中しかいない。日本人がいると思っても、殆どサラリーマン風の中年だ。学生達がパーティーで集うような雰囲気はハワイには皆無である。文字通り、ハワイは若さの無い老人保養地に成り下がっている。

翻して、フロリダを考えたい。遊ぶのならオランドーもいいが、ビーチリゾートといえば、クラシックにマイアミだ。どこまでも続く海岸線。白い砂浜。そして、殆どの人がスペイン語で話している異国の雰囲気。輝く太陽、藍い大西洋、そしてビーチに寝そべるスタイルのいいおねえちゃん達。

マイアミにも老人は大勢いる。アメリカでリタイアした老人達はマイアミに住む。ウェストパーム、ハリウッドからフォートローダデールあたりのビーチ沿い高層マンションは、ジューイッシュの老人で溢れているとも聞いている。しかし、サウスビーチは列記とした学生のためのパーティープレイスだ。昼間は最高のビーチに若者が集う。MTVの収録なども頻繁に行われている。夜になると、スタイルのいい小麦肌のスパニッシュ語を操るお姉ちゃんたちが、薄い服を着て、音楽に合わせて踊っている。そこにシカゴやボストンからやって来た学生たちが混じって、まさにパラダイスである。棲み分けが出来ているというのは、非常に心地よい。サウスビーチは学生。そして北に行けば富裕層。さらには老人用のビーチと家族用のビーチ。ビーチ毎にきっちりと年齢層が分かれている。若者が老人やサラリーマンに混じってがっかりする事はまずない。

東海岸に住んでいた頃、休みごとにマイアミに行った。ニューヨークから南フロリダまでは往復で200ドル程だった。飛行機も2時間半ほど。サウスビーチで泳ぎ、パブに繰り出し、そしてレンタカーでエヴァーグレーズ国立公園に行ったり、キーに繰り出し、ダイビングをする。

残念ながら、現在私はシアトルにいる。フロリダに行こうと思えば、乗り換えの時間も含めて10時間くらい掛かってしまう。しかも飛行機代もかなり値が張る。日本に帰るのとそう大差ないのだ。結局残念ながら、消去法でハワイがバケーションの候補地となってしまうのだ。フロリダにはハワイのようなブルーな音楽はない。常に間の抜けたラテン音楽が響き、そこは遊ぶために作られた場所である。若者たちが集い、若さが漲るバケーション地。手軽な場所にないものか。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...