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5/14/2012

すぐに原発再稼動をしろ。ウルトラマンは来ない。


55日に北海道の泊原子力発電所3号機が定期検査に入り、54-450其全原発の稼動が停止した。5月は電力需給が比較的低い季節だが、気温が昇りエアコンをつける季節になれば、電力需給が逼迫する事態は避けられそうに無い。

私は大阪出身であり、関西圏の事のみに注目してこの記事を書くが、およそ半分の電力を原子力に頼っていた関西電力が、大飯の原発を再稼動させない限り、この夏は大変暑い夏になるだろう。逆に財布は寒くなる。家庭の電力は節電云々で遣り繰りできようが、産業のエネルギー需要は単純な足し算引き算問題であるので、電力需要の逼迫はモロにValue-AddedGDPの一部)低下に繋がる。それどころか、電力不足は関西地域に対する投資意欲を低下させるため、中・長期的な域内の競争力も落とすことになろう。

そういった事態を避ける為には、とりあえず福井の大飯原発を再稼動させれば良いのだが、政治家が足を突っ込み事態がややこしくなっている。

大飯原発に関しての解決策は二通りしかない。「すぐに動かす」か「廃炉」かである。再稼動ありきで議論を尽くしてから動かす、などという物の考え方は間違っている。動かさずに現状を維持した場合、燃料は原子炉内に留まる為、万一の場合は「いずれにせよ」事故が起こるのである。さらに現状維持をするにせよ無駄な労力やコストを費やすことになる。忘れては困るが時間はお金であるのだ。稼動させつつ将来的な対策を講じるのと、稼動させないままで無駄な議論を講じるのとでは、安全性に関して殆ど差が無い訳である。従って「今」動かさない理由が無い。原発問題の回答は二者択一でしかないが、プラスでもう一つの糞意見が存在する。

1)原発を廃炉にする。
原発を廃炉にしたい人たちが大勢いる。「危ないものはNO」という考え方だ。人命や国土を守るという事を犠牲にして、経済的な恩恵を受けようなどと言った意見は受け容れかねると考えている人達である。「事故が起こらない可能性」がゼロという事などあり得ない。人命が危険に晒される可能性があれば、お金をいくら使ってでも、経済が後退しようとも、域内の競争力が低くなろうとも、原発は廃止するべきである。原発は不必要である。電気代が高騰しようが、税金が跳ね上がろうが、株価が低くなろうが、NEETが増えようが、経済が没落しようが、原発廃炉を敢えて選ぶという人達である。

2)原発をすぐに再稼動させる。
原発がもたらす経済恩恵に比べれば、原発が起こす事故の可能性などは考慮するに当たらない。原発による経済発展を享受し、将来のエネルギー問題も経済発展の延長上のイノベーションの世界で実施していこうと考えている人達である。自然代替エネルギーで日本の電力を全て供給できるわけでもなく、化石燃料を外国から購入量が増すことは貿易黒字を減少させると考えている。少々田舎の人たちが土地を追われる様な事があろうと、少々癌患者や死人が出ようとも、セシウムの数字が少々気になろうとも、地震やテロなどの危険性が排除できそうに無くとも、経済を発展させることが今を生きる人間の至上命題であり、資源の無い日本国は経済を発展させないことには国際社会の競争化ではおいてけぼりになる。そう考える人達である。

3)ウルトラマンが助けてくれる。私は知らん。
福島の浜通りは酷い事になっている。あのような事態になることは許されない。原発再稼動を嫌がっている人が大勢いるのであるから、今は原発を動かすべきではない。ただ輪番停電や電気料金の高騰も看過できない。全て原発マフィアと東電が悪い。事故対策をきちんとして、事故リスクをゼロにしろ。電気は自分たちの権利なのだから、政府がしっかりと供給しろ。本当は電力足りるんだろ、嘘つき野郎が!本当は自然エネルギーの風力や水力を使えば原子力なんていらないんだろ!うちの家は省エネ冷蔵庫とクーラーを使ってるんだから、自動販売機とコンビニが悪い。とりあえず、利権無しで官僚と電力会社と政治家が策を練れ。国民を騙しやがって。ピンチになればウルトラマンが来てくれるんだよ!自分達の豊かな生活は誰かから保障されていると勝手に考え、テレビの可哀想なシーンを見て涙を流し、細かい技術論は余り深く考えていない人達である。


と言う事で、残念ながら3)を支持する人達が大勢います。寧ろ3)の意見が過半数です。多数の意見を尊重する水商売職業が政治家であるため、政治家は原発の再稼動や廃炉といった決断を下す事ができません。私は2)を支持しますが、1)という筋の通った意見は尊重します。その人達とは良い友達になれそうもありませんが。

7/25/2011

揚水発電を使う??

揚水発電を積極的に使え、などとほざいている人がいるが、揚水発電がどれほど効率が悪い発電なのか御存知だろうか?原発や水力や風力は夜間に抑えることが出来ないので、夜間の余剰な電力で水を下から上に移し、ピーク時に下に落として位置エネルギーでタービンを回すと言うのが揚水発電だ。エネルギー的に非常にロスが多い発電方法である。

現在、原発が死んでいるので、揚水発電を使おうと思えば夜間に石炭を燃やす必要がある。どれだけエネルギーを無駄に使用するのか解った上で発言しているのだろうか?そんなことするくらいなら個人が自家発電機を買うか、電気以外のエネルギー使うかすればいい。大手新聞の記者はもう少し真面目にエネルギーについて勉強したほうがいいのではないか?第一、毎日新聞は専門家の話によると、みたいな表現をしていたが、専門家がこんな事すら解らないのか?ただの胡散臭いNGO代表とかに聞いただけではないのか?

5/30/2011

日本のエネルギー政策は簡単ではない

エネルギー政策についての議論が喧しく起こっている。感情論でエネルギー政策を語る人が多くなってきたのだが、一度冷静に日本のエネルギー政策を分析する必要があるだろう。

原発が危険な事は論を待たなくなった。「実は想定していた」最悪の事態が起こってしまったのだから。原子力行政が利権構造で腐っていた事も明らかになった。国と電力会社と学会のトロイカ体制の下、民主主義に反するようなエネルギー政策が行われていた事も白日の下に晒された。それでは原子力発電を今すぐ浜岡のように止めるべきなのか?一部の狂った人間が日本の原子力を推進してきたから日本には原発が54基もあったのか?

昔からやってる反原発派の人達、例えば京都大学原子炉研究所の小出裕章助教などの話を聞いていると、火力をフルに動かせば電気は賄えるであろうし、もし足りなければ国民は節電するべきだ、という意見である。私は小出先生を学者として尊敬しており、原発行政への批判や原発が危険である事に対する指摘には頭が上がらない。しかし代替案の話になると、小出先生からはイデオロギー的なあやふやな話が出てくる。小出先生は生粋の学者であり、行政・政治向きではない。

孫正義氏の意見は完全なる商人の意見だ。技術発展とともに代替エネルギーの可能性が拡がってきているので、規制緩和と投資促進により、エネルギー政策は抜本的に変えられるという訳だ。私は諸手を挙げて賛成しているのだが、詳しくは以前に当ブログで紹介したので割愛する。だが孫氏は、ソフトバンクが太陽発電で作る電気エネルギーを政府が責任を持って買い付けない限り投資しない、と言っている訳である。原発利権を代替エネルギー利権に変えろ、と言っているに過ぎないのではないか、と言った批判もある。(私はそれでいいと思うのだが。)

私が現在住んでいる米国ワシントン州のシアトル市近郊では、シアトル・シティー・ライトと呼ばれる公営企業が、民営企業などが作った電気を送電している。シアトル市近郊の電気のうち、91.2%は水力で賄われており、以下原子力が4.4%、風力が2.4%、そして石炭が1.4%、天然ガスが0.6%、そしてバイオマスが0.1%と続く。非常に面白いポートフォリオだと感じるのではないだろうか?電気料金を払うのは鬱陶しいものだが、シアトルでの電気料金は日本と比べれば無茶苦茶安いし、東海岸に住んでいた時と比べてもかなり安い。

そうならば、日本も水力や風力を増やせないのか?勿論、そうは問屋は卸さない。シアトルは西岸海洋性気候に属し、冬場は雨が降り続ける。険しいカスケードの山々では雪が積もり、その雪解けの水と冬場の雨で、豊富な水量が一年中望めるわけだ。風力に関しても、偏西風が吹き続けるため、一年を通して安定的に風力発電が行われて、効率的である(北ヨーロッパも偏西風の影響を受け、風力発電が盛んである)。しかし夏以外は雨が降り続けるシアトルでは、太陽光などはジョークにしかならない。

そして何よりも強調しておきたい事は、シアトル・タコマ・エベレットといった都市部を合計した人口は300万人に過ぎず、世界の都市圏としての規模は118位にランクしているに過ぎない。

人口が比較的少ないこと。西岸海洋性であり、雨が多く偏西風が吹き続けること。急なカスケード山脈が近くに聳え立つこと。これらの事がシアトルのエネルギーポートフォリオを決定している。結論を言うと、シアトルと日本を比べるのは地理的にも人口動態的にも無理だという事だ。自然エネルギーは、当地の自然状況によって選択肢が異なり、社会的要因によって政策が変わる。

我が国の話をする。我が国の人口分布はヨーロッパや北米とは大きく異なる。東京首都圏の人口は3700万人であり、都市圏人口においては断突の世界一位である。京阪神の人口は1700万人で、ランキングを徐々に下げてはきているものの未だに世界12位である。名古屋圏にしても1000万人を誇り、世界の都市圏人口では27位にランキングされている。日本は人口が都市部に極端に密集しており、規模の経済を使えない自然エネルギーの享受を受けるのが社会的要因で制限されている。

それでは人口が都市に異常に密集しており、資源が無い日本では何が一番効率的な電気エネルギーになりえるのか?結局、そこで原子力という結論に達したのだと思う。原子力ならば、規模の経済を最大限に活用できるし、都市部を避けて福島、新潟や若狭の田舎を犠牲にすれば(東京や大阪の)安全性も問題ないのだ。このような日本特有のエネルギー事情の議論を避けて、原発反対を謳うのは少し理想論に過ぎないと思う。地震があり津波があるのは解っており、原発が機能不全に陥る可能性も高いが、3700万人が住む街の電気が効率的に供給されるのであれば、多少の犠牲もいた仕方ない、という見方も出来る。

そして火力依存を増やすというアイディアだが、天然ガスをロシアから樺太を通じてパイプラインで運ぶとか、例の国産メタンハイドレードを開発するとか、そのような裏技を駆使しない限り、現状では無理だと思う。現在でも買い負けしているのに、今後新興国相手に十分な石油を中東などから確保できるのか?石炭はこれ以上どこから持ってくるのか?コモディティー価格はこれ以上騰がる事は無いのか?世界の供給量が増えずに日本の消費量が増えれば、新興国の発展を遅らせることになるのでは無いのか?輸出が増えれば財政赤字化が顕著となり、国債暴落などが引き起こされるのではないのか?コモディティーが騰がり電気代が高くなれば、産業が外国に逃げるのでは無いか?産業が外国に逃げて日本の国力が落ちれば、石油を外国から買うのがさらに高くつくのではないのか?火力に頼る事も非常にリスクが高いし、70年代の二度のオイルショックで日本は懲りたのではないのか。

そして何よりも歴史を思い出して欲しい。我が国は資源不足の問題で戦争を起こして、最終的に原爆まで落とされる羽目になったのだという事を。

エネルギー政策は真面目にやるべきだ。しかしそれはイデオロギー論争ではない。そしてエネルギー政策は一国だけで終始するものでもない。エネルギー政策は、場所、場所、によって異なった最適化の形があり、ヨーロッパの猿真似は日本では通用しない(何故か民主党やインテリの人達はヨーロッパのモデルを日本に輸入したがる)。私達が快適な生活を続けたければ、エネルギー政策を解決させる魔法の杖は存在しない。多角的な観点から喧々諤々やって欲しいが、一時的な感情論に流されるべきでもない。原発絶対反対を言うのであれば、電気使用量の減少、産業の海外への移転、日本の国力低下、そして東京や関西都市圏の人口抑制などにまで言及しなくてはならない。

現在の日本のエネルギー政策が間違っていたと結論付けてしまうのは、大変浅はかな考え方であると思っている。批判するのは簡単なのだが、前の世代の人達が色々な事を考慮し、必死に努力した結果がこの状態(皮肉にも福島第一やもんじゅ)なのだという事も私達は真摯に受け止める必要がある。別に「奴ら」が糞馬鹿で、私達に天罰を与える為に暴走したのではないのだ。勿論、今までのばら撒き癒着原子力推進政策は破綻しているので、私達は可能な限りの代替案を探す必要がある。世界中の知を集めて、外国の猿真似をするのではなく、日本の特殊な状況を考慮し、真剣に議論する必要があろう。

5/24/2011

もんじゅ重大事故想定

高速増殖炉「もんじゅ」の原子炉容器内に落ちたままになっている核燃料交換用装置(以下、UFOキャッチャーと呼ぶ)を引き抜くための作業が24日から再び始まっているという。核燃料サイクルの問題点は色々指摘されていたわけだが、核爆弾保有に対する淡い夢と、技術が確立された場合の無限の電気供給量という素晴らしい果実を見せられると、国が計画を止められなかった事も理解できる。

「もんじゅ」の恐ろしさについては色々な識者によって議論し尽くされている。ナトリウムで満たされた炉、そして大量のプルトニウム。壊れたUFOキャッチャーをどうにかしない事には、廃炉も運用も出来ないが、冷却は続けざるを得ず、オペレーションに莫大な税金が毟り取られている。いざ事故が起これば、ナトリウムがあるので、水を使えるでもなく、最悪の場合を想定せざるをえない。若狭湾で強い地震が起こったり、北朝鮮がもんじゅを攻撃すれば、非常に厄介な事態になる。風向きにもよるが、名古屋や京都は放射能汚染をもろに被るだろう。そして琵琶湖水系も使えなくなり、関西圏も生活不適切区域になる。典型的な東向きの風があれば、首都圏も再び放射能で汚染される可能性が出てくる。

しかし、「もんじゅ」の問題で私が本当に恐ろしいと思う事は、福島原発の問題がなければ多くの人はこのニュースを非常に軽く見ていたという点だ。原因は、メディアがもんじゅの事件をあまり積極的に報道していないという事にあると思う。危険性をある程度予測して国民に知らしめていなかった。超重大事象が起こる可能性があるというのに、日本原子力研究開発機構はさっさと作業を終わらせて本格的な運用への足がかりを作ろうとしている。福島第一の事故のせいで、世論が政策を変える可能性があるのを恐れているのか、少しでも早くUFOキャッチャー問題を解決しようと必死に動いている。福島の件で東電がしくじっている間に、どさくさに紛れて穏便に済まそうというのが「奴等」の見え透いた魂胆なのだ。

私達国民は日本原子力研究開発機構相手に何も出来ないのだろうか?情報をきっちりと出させる事は出来ないのだろうか?そして大手マスコミはそれでも報道したくないのだろうか?「奴等」は一体何が一番大切だと考えているのだろうか?

私は自分の両親に万が一のもんじゅの事故の際のために「非常時のマニュアル」を示している。常に車のガスタンクを半分以上にしておくこと。飲料水をある程度備蓄しておくこと。そして事故がおこれば車に乗って何も考えずに明石海峡大橋を渡って四国方面に行き、そこで情報を集めて帰れるかどうかの判断をすること。避難は長引くかもしれないので、四国方面に到着してから当面の生活必需品を調達すること。長引きそうなら福岡空港から台北経由でシアトルに来ること。

5/23/2011

参議院で孫正義と小出助教

参議院行政監視委員会に孫正義と小出裕章助教の掛け合いがあります。すごく興味深いですね。孫正義が小出さんと協力するなどのコラボができれば、日本も良くなるのではないでしょうか?


孫正義が打ち出した方向性の礼賛記事



日本のエネルギー政策は困難を極めるであろう事

5/15/2011

東電と大手マスコミの方向転換

マスコミ大手が徐々に東電や政府にとって都合の悪いニュースを流し始めてきた。

メルトダウンしていただの、原子炉圧力容器の底が落ちているだの、地震ですでにある程度ダメージがあっただの、再臨界があっただの、すでに識者は知っていたことだ。テレビからのみ情報を得ているなどという人は21世紀のこの世の中にいないと思うので、ほとんどの一般人はインターネットの情報などを通して既にこれらの事は知っていたと信じている。こんな事は三月の時点で専門家が指摘しているし、東電の記者会見でも幾度となく質問されていたことだ。

政府は福島市や磐木市などの人口が多い場所を避難地域に指定させないため、東電は会社の体制を維持して補償金を低く見積もる為に、今回の事件を過小評価しようと必死である。霞ヶ関は自分達の仕事を遂行する為に、殻の外の事には手をつけないようにしている。大手マスコミは何か(政府かスポンサーと思われる)を恐れて流す情報をコントロールしていた。

大手マスコミが徐々に情報を開示し始め、東電も後出しながらも都合の悪い事を徐々に認めだし始めた。隠しきれないから観念した、というような程度の問題ではないと思う。数日前に何らかの変化があったとしか思えない。一体誰がどのような指示を出したのだろうか?日本の権力の中心ではどのような力が働いているのだろうか?非常に興味が持たれる。そのうち内部からリークがあるだろうから、それまで想像を膨らませておくことにする。

今となってはどうでもいい事なのかも知れないが、3号機の爆発も、水素爆発ではなくて水蒸気爆発だった、などといった話もそのうち出てくるのだろう。その3号機にホウ酸水を入れ始めたようだ。ホウ酸を入れているという事は、再臨界の可能性が起こっているという事なのだから、食中り気味で原発ニュースに飽きてきた人も多いと思うが、少々注視する必要はあるだろう。バスケやホッケーだけを見ていたいのだが、未だに原発の事を気にしなければいけないのが悲しい。

5/01/2011

311の結論

書きたい事は山ほどあるが、原発や津波の事ばかりに気を取られて、自分の作業が出来ないような状態になっているので、結論を書いて他の話題に移りたい。正直、新鮮味がなくなってきたからか、ニュースにもそろそろ飽きてきた。解決していない問題が山ほどあるのは火を見るより明らかなのだが。

まずはエネルギー政策について。東電の国有化論はしてもしなくても一緒。脱原発思想はイデオロギー論争で無意味。代替エネルギーは推進するべき。原発利権は一掃すべきだし、コストエフェクティブネスを考えろ。脱化石燃料依存も一緒にテーブルに載せろ。省エネは推奨、節電は経済にマイナス。電力9社独占体制は再考しろ。

経済について。東京の競争力は今後極端に下がる。電気供給がおぼつかないような所に投資は来ない。日本経済は増税をしようが、しなかろうが今後ますます悪くなる。一次産業について考え直せ。中期で土建屋やコマツとかが儲かるだけ。日本経済はますます空洞化する。外資の東京アジア本社は香港とシンガポールに全部持っていかれる。

政治について。なんでもかんでも国が補償するな。霞ヶ関はどさくさに紛れて大きな政府を作ったり、増税したりするな。民主党政権は情報を隠蔽する能力もなく、ただ無能なだけ。民主の情報開示は自民党よりはマシ。民主党は無能な糞だが、旧自民党は黒い悪魔。東電や官僚は自分にかかる火の粉を避けるのに必死なだけ。無駄な委員会を撤廃させろ。東電が研究室に寄付するのが産学協同なのか?SPEEDIなどでも無駄が明らかだったが、国の研究費は仕分けするべき。歪な政官財の癒着を改めよ。個人を蔑ろにして大企業に有利な法律を改めろ(自然災害による免責免除。自賠責も自然災害免除。地震津波は保険免除。これ、何??)とりあえず、日本の法律は個人にリスク被せ過ぎ。緊急時に解釈が変わる法律を作るな。

マスコミについて。大手マスコミは腰抜け。スポンサーと癒着するな。地上波を見て真面目に文句を言うな。嫌なら地上波を見るな。インターネットが既に情報媒体で、地上波はこんなことしてたら、今の団塊の世代が死に始めたら完全に終わり。記者クラブという枠組みは国民の敵。

放射能について。過去に前例がなく、不確定要素と長期影響を鑑みると実際のところは良く解らない。すべては自己責任。私は福島の野菜は食べたくないし、暫く日本の牛乳は飲みたくない。それだけ。
要約する。科学とは解っている事と解らない物を明確にする作業。行政の仕事は万が一の事を考えておく事。政治化の仕事は法律を作ること。解釈を180度変えれるような法律は作らないこと。行き詰ったら大きな政府を政策を言い出すのは止めろ。エネルギー論争は損益計算、分散投資、安全政策の三点で。

以上。

4/20/2011

孫正義はわかっている!

今週末はアースデイ(Earth Day)だ。色々なイベントが企画され、毎年参加しているのだが、私は今年は参加を自粛する事にする。福島原発の問題で被災者も日本国民も被害者のフリをしているが、見方によれば私達は立派な加害者である。私は原発を止めろとか言っているのではないが(第一、今すぐに止められるわけがない。どうやって燃料棒を処理するの?)、色々な問題が露呈したのは明らかだ。今までのような不透明な原発推進を勧めていくのは到底不可能だ。事故によるコストを考えると、真剣に安全性を再考する必要がある。

政治をおろそかにし、結果的に利権団体などが中心になった原発行政を民主主義下で看過してきた国民の一員として、私は今回の事件を未だにどう捉えるべきなのか困り果てている。蔑視ではないが、こういう事件はロシアや中国や調子に乗った新興国で起こるべき類の事件であり、日本で起こるべきでは無かったと未だに思っている。或いは、日本は所詮は調子に乗っていた新興国だったのかも知れない。

経済的にはすでにコーナーを回りきった感じがある我が日本であるが、終に社会や技術問題までおかしな事態になろうとしている。国民全体が真摯に今回の事件を受け止めて、どういった日本を作っていくべきなのかを考えなければ冗談抜きで明日はないと思う。1945年(終戦)には競争相手がいなかった。1991年(バブル崩壊)には競争相手は極端に弱かった。2011年(東日本大震災)、成熟し始めた競争相手は日本の沈没に憐れみを感じてくれている。

孫正義が面白い事を始めようとしている。代替エネルギー財団を設立して、100人ほどの科学者を集めて政府に提言していくという事だ。これは将に正しい方向だと思うし、孫正義にしか出来ないことである。ただ金を出すのではなく、こういった活動を通して日本の未来を作っていくべきだ。募金をしたって、どうせ政府や組織やがめつい被災者に非効率にお金を使われるだけなので、こういった復興の仕方を望んでいる。私もこのような動きに参加していきたいと考える。

4/19/2011

NGOやシンクタンクが未来の社会を作る

ヒラリー・クリントン国務長官が来日して、松本外相(誰それ?)と会談した。そこに、非常に面白い事が書いてあった。

「両外相は、復旧・復興に向け、両国政府と企業・シンクタンク・非政府組織(NGO)などによる官民のパートナーシップを進めることで一致した。(毎日新聞4月18日)」

つまり米国は復旧復興案に積極的に関与する、という事だ。しかも、シンクタンクやNGOまで関与させたいと言っている。松本外相は二つ返事をしたらしいが、これがどれ程の重要な意味を持つかを理解しているのだろうか?

既に私は何回もこのブログ上で書いているのだが、日本では今まで自民党と霞が関を中心とする密室癒着政治が行われて来た為に、透明性も何も無く政策が決定されてきた。そして透明性が無い為に、その影で不明瞭な税金の使われ方が罷り通っていた訳である。税金を使う側は、競争が無いために革新を怠るだけではなく、新規参入者を力(権力・金・法律)で排除してきたため、社会全体が沈滞するという「日本病」が蔓延していたのである。

ヒラリーの今回の提案は、日本ムラの構造にメスを入れるものだ。本当に日本政府が意思決定に海外のシンクタンクや「まともな」NGOなどを受け入れれば、社会は劇的に変わっていくと思う。私はもろ手を挙げて賛成したい。

ただ公平な競争が導入されれば、NGOやシンクタンクは海外の物が中心となると思われる。何故なら日本ではNGOなどは社会の内側には入れてもらえず、優秀な人材が全く集まっていないからだ。翻って、アメリカやヨーロッパなどでは、NGOに優秀な頭脳や金が流れており、社会の一部として成熟したNGOも多々見受けられる。(という事は日本の震災復興が欧米人の雇用の受け皿になるという事だ。)

まともなNGOを意思決定機関として受け入れると、独立行政法人や官僚組織と対立する事になるだろう。地元の利権団体とも対立する可能性がある。まともなNGOが議論に加われれば、効率性や長期投資を優先する政策決定が国民の目の前に晒され始めると思う。そしてそれこそが我々が望む社会の形だと思う。責任者が隠れ続け、利権を一部のトモダチ達が分け合うような腐った社会はもう懲り懲りだ。「仕分け」とはそういういった社会を目指すことについての比喩ではなかったのか?

日本の政治家は自分達は「立法」をする仕事を受け持っているという事を自覚するべきだ。そして立法権を持った人間がするべき事に集中し、訓練を受けていない事に関してクビを突っ込まないようにするべきだと思う。日本の政治家は自分達の能力を弁えずに出しゃばり過ぎだし、受身に回って政治にパラダイムチェンジのアイディアを期待している日本国民もどうにかしていると思う。アイディアは社会が出すものだ。政治家は法を作る仕事。官僚は行政を行う機関。内閣は官僚を監視する機関。そういったプロフェッショナリズムに基づいたタスクの分担を国民が共有するべきだ。

民主党有力議員の秘書をしている友人がいるのだが、そいつの認識などを聞いていると日本に未来を感じられない。結局は古い枠組みの中でしか物事を見れず、未来をどうしたいのかといった発想がそもそも欠落している。日本の現状に疑問を感じ、やる気だけが満ちているのであれば、ボランティアでもすればいいのであって、政治にクビを突っ込んで欲しくない。良い友達であるが、もしそいつが政治家に立候補でもすれば、私は反対運動をする。話が逸れて申し訳ない。

行政のあり方、立法のあり方、そして国民の社会に対するコミットメント。それらをきちんと理解し、誰が何を受け持つべきかをしっかりと定めなければ日本に明日は来ないと思う。逆の言い方をすれば、今こそが方向転換のチャンスであると思う。

4/18/2011

責任を取らないでいい社会。事なかれ主義の東電

東電の会見も回数が少なくなり、解決に向けてのロードマップを発表して一段落着いてきた感じがする。ロードマップは、会見中にフリーの記者に出せと言われたから作って出したはいいが、二号機をはじめ近づくことも出来ないくせに9ヶ月で解決といった、超がつく楽観論を出してきた。このロードマップを作るのに1ヶ月必要なわけは無い。

東電の会見をインターネットで見るたびに時間を浪費したと感じるのだが、あの暖簾に腕押しの会見が東電なりの情報公開の仕方なのだろう。東電自身は、ああいった会見を開くことで説明責任を果たしていると本気で思っているのだろう。東電は事故の実態を少しでも小さく見せようと努力していた。そして事実から推し量れる予測を全て隠蔽していた。データを出せと言われれば適当な数字は出てくる。工程表を出せと言われれば、とってつけたようなものを出す。副社長を連れて来いと言われれば、連れて来る。社長を出せと言われれば、最後の最後で出る。辞めろと言われれば、会長は辞任を言い出す。

東電は役所よりも役所的だと言われているが、まさにその通りである。マックス・ヴェーバーではないが、官僚的とは労働者をロボットとして効率化することにあり、東電の社員はすべてがロボットに見える。誰かに批判されるのを恐れる余り、自らを厳しく規制をする。愛社精神も無ければ、国民に説明しなければならないという意思も無い。結局、会長、社長、副社長から社員まで、全てが言われたことだけをするという体質なのだ。会社から社員まで、事なかれ主義が浸透しきっているのだろう。隠蔽体質と揶揄されているが、それは事なかれ主義に起因しているのだと思う。

東電を国有化するべきだ、などと言った意見を良く見るが、私は意味が解らない。国有化したらどうなるのか?東電は政府に独占を認められている企業である。手厚く独占を許されて競争をする必要の無い会社が、株式を発行しているだけなのだ。東電が国有であれ、民間であれ、実際問題として何も変わらないし、それ程どうでも良い話も無い。国有化しないと被災者にお金を払えないというのも嘘で、どうせ税金を使うのだ。株価がゼロになって資産が底をついた時点で、東電を国有化すれば良いだけの話では無いか?それまでは市場に任せればいいのだと思う。

銀行や証券市場が東電の株式や債券を大量に持っているので、潰すと大変な事になるという人がいる。それは原発のリスクを評価しないで投資した投資家が問題なのだ。リスク評価が出来なかった人達を救済するのは、明らかなモラルハザードを引き起こす。その人達は、リスクを無視して投資した責任を負うべきである。それが経済の悪化を招こうとも。

そもそも東電の存在自体が公平な資本主義社会に反するのである。何を根拠に独占を許されているのか?電気代はどのように決定されているのか?余りにも優遇されていると思う。もともと電力会社が嫌がっていた原子力を国が押し付けたというのは理解できるが、それでも、天災が起これば政府が原発事故を救済するという法律にしても、余りにもふざけ過ぎだ。東電は全くリスクを取る必要がないではないか?一民間企業にそんな事が許されていたのか?そしていざとなれば独占企業の株主や債権者まで救済されるような社会であれば、日本に資本主義を謳う資格はない。

民主党は、日本社会を変えるといっていた。永田町と霞ヶ関とインチキ独占会社が作ってきた非効率的な資本主義を、この際に仕分けしてはどうだろうか?民主党は、原発を許可した原子力安全委員会の面々や、津波を過小評価していた土木学会や、原発行政に関わってきて政治献金を受けていた自民党議員や地方政治家、歴代の経産省の責任者、天下りした連中、福島県知事、東電の歴代幹部達、勝俣会長の兄弟でウラン利権を持っている丸紅社長、さらには金を貸した銀行など。そう言った連中を全て国民の前に晒し、責任という意味をきちっと定義して欲しい。

事無かれ主義が蔓延り、誰も責任を取らなくて良い我が日本。この事件の責任者が菅でも清水でもない事は誰の目にも明らかである。が、この件で攻められているだけではなく、未来の日本のためにきちっと責任というものを示して欲しい。責任者出て来い、といって誰も出て来ない社会は病んでいるだろう。或いは、時間が経ってこのニュースに飽きてしまえば有耶無耶になるのだろうか?今はとりあえず耐えろ。事なかれ主義者たちはそういう合言葉の元、ほくそ笑んでいるのかも知れない。自分達の勝利である、と。

4/14/2011

日本病を治すため、被災地復興案は公募しなければならない

日本は誰のものか、という命題がある。人文系の日本人の知り合いができて、馬鹿らしい話に巻き込まれることがある。日の丸は悪いだの、国民全体が売国奴になっているだのと言った概念的な話だ。文学を齧っている暇な人の相手はしたくないので、話にすら乗らない事にしている。日の丸が悪い云々言っている頭のイカれている共産主義者(あくまでも比喩的な意味で)は、自分が歴史を含めて国全体を所有(共産)していると勝手に考えている。そういう意味で、この連中は共産的な全体主義者である。一方、愛国だ売国だといっている回顧的な権威主義者は(これも比喩的な意味)、国家が国民全体を所有していると勝手に考えている。これら二つのグループは、違う軸上にいるというだけで、結局は全体主義者である。このあたりの話は既に書いているので、今更繰り返したくない。何故この話と、復興の話が関係あるのかは本文に譲る。

地震から一ヶ月以上が経過して、いよいよ復興の話が上がってきた。菅総理は自分のトモダチ連中を中心に声をかけて、委員会を作ってそこで復興案を決めようという事だ。その復興委員会が、福島の原発の問題を入れるか入れないかで揉めているというニュースを読んだ。ちょっと待って欲しい。こんなのでいいのだろうか?微妙な面々も含まれているこの得体の知れない委員会が、何を思い上がって日本の未来を描くのか?菅さんにしても、素人の癖に街づくりの話にクビを突っ込むと痛い目にあうと思う。未来の街を、国が計画して国民に示すことをリーダーシップとは言わない。

一方で自民党や民主党の一部の政治家連中は、利権の香りが満ちている「復興」に関わりたくて仕方ない。こんなに美味しい話はそう滅多に無いからだ。菅総理主導では何をされるか解らないので、良く解っている気心の知れた連中に政権をとってもらいたいと思っている。そして、官僚が主導になって復興案をまとめれば、今までの手法で簡単に利権作りが出来るのだ。鬱陶しいが、これが日本の政治家達の真相だ。そのような官僚主導の復興となれば、それは旧田中派的な、「大きな政府」を中心とした復興となる。勿論これだけの災害から復興しようと思えば、効率性を鑑みた際に政府が多少大きくなる事は仕方ない。ただ官僚主導の復興は、日本の未来志向という意味で禍根を残すことになると思う。

今回の地震や津波についての復興にあたっては、多くの国民が色々な意見を持っており、自分達の力を少しでも貸せたならば、と考えている筈だ。直接力を貸せた人達もいる。ある者は自衛隊員・消防員・警察・海保員として、ある者は実際にボランティアとして現地に赴き瓦礫除去の作業に当たり、ある者は避難所にて献身し、ある者は放射能の脅威に晒されながらも福島原発で未だに作業をしている。しかしその他大勢の被災していない国民は、テレビの前で繰り広げられる光景にヤキモキしながらも、僅かながらの募金をしたとはいうものの、歯軋りをしながら日常を送らなければいけない。しかし、それら多くの人は何か貢献したいという気持ちを持っている。そして自分達の無力さに絶望しながらも、日常に耐えているのだろう。

恐らく菅総理もそんな一員だと個人的に考えている。菅さんや民主党の連中は、当初自分達の力で色々な事を解決できると考えていた節があるが、結局人間や社会の出来ることには限界があるという事を思い知らされる結果となった。菅総理の大罪は、限界をきちんと把握していなかったことにあったと思う。そのことについては改めて書くことにする。

私の意見では、復興案は公募するべきだと思う。家、市場、学校、街、交通インフラ、技術、産業、農業、漁業、林業、環境。そういった項目ごとに分けて、被災した地域ごとに、全国から色々な案を公募するべきだと思う。全国どころか、全世界からでも良い。学や技術を究め、何かに貢献したいと考えている人達が日本中、そして世界中にいる。そういった多くの人達は日本の閉鎖的な社会の外にいる場合もある。そういった世界中の知恵を集める。そしてその人達に意見を発表する。公募案で一定の水準に達したものはすべて公開し、その地域に今後住む若い人達に復興案を選ばせる。優秀な案を提示した人達は、復興委員として復興に従事し、専門家同士のチームを作らせる。私達の社会には専門家同士のチームが必要なのだ。そして、各地域同士で、それらの専門家同士を競わせれば良い。官僚や政治家の仕事は、選ばれた案を国民の意思だと理解し、法律的に可能にするようなサポートに徹してもらう。

何故復興案を公募にする必要があるのか?何故官僚と委員会が適当に復興案を纏めてはいけないのか?日本は長い間、上から下へ上意下達の社会を作り上げてきた。だが、そういった社会と人々との位置関係が希薄になり、個人と社会がどのように結ばれているのかさえ解らない状態になっており、それこそが「日本病」の源泉だと考えている。待っていれば誰かがやってくれるのだ、と。そして一個人は何も出来ないのだ、と。

復興案の公募を通して、日本や世界中に散らばっている専門知識を有した「知」が日本の未来に貢献しているという実感を持つ事が出来ると思う。そしてそれらの専門家にチームプレイの大切さを憶えて貰おう。そして日本の未来は誰のためにあり、日本という国がどうあるべきなのか?それをサポートする統治機構がどのようになるべきなのか?そういった根本的な疑問に対して多くの人が考える機会を持つことが出来るかもしれない。国土、街、人、自然。それらと自分達の専門性を繋ぎ、「社会」とは「個人」にとって何なのかという、今まで避け続けていた問いかけへの答えに光が見えてくると考える。私達は国に所有されている訳でもない。かと言って国を所有しているものでもない。未来の日本と社会、そして私達個人。未来の明るい日本を皆で作りたいし、それに貢献していると感じたい。バブル後の日本が患ったしらけムードが蔓延する日本病を治すいい機会ではないか?

4/13/2011

全ては選挙優先

狂牛病問題の際に農水省がアメリカの牛肉に対して行った措置。鳥インフルエンザの際に行った外国産鶏肉に対する処置。毒入り餃子事件の後の中国産冷凍食品に対する度を越えた反応。スワインフルー(新型インフルエンザ)やSARS問題が生じた後に人通りが途絶えた街並。そして、それらに対する報道姿勢。

今回の福島を中心におきている農作物や魚介類の放射能汚染問題を比べてみる。報道や政府の対応、そして消費者の反応に温度差を感じるのは私だけなのか?それとも、消費者の反応は同じだが、所謂「大本営」発表で、報道のみが真実を映していないだけなのか?

国産と外国産を比べた際の消費者の嗜好性と安全認識、政府の対応、そしてマスコミの報道姿勢。前者の外国産のものは確率は低くてもアウトの可能性がある事象、今回の福島の件は全体的に汚染されているが基本的には基準値以下。このような違いはあるというものの、これら二つの間で大きくバランスを欠いている事だけは間違いないだろう。アンバランスの原点が人々の心理であり、理性や科学が全く通用しない事なのだから面白い。

レベル7評価についても、飯館村の避難勧告指示にしても、選挙の後まで発表しなかった日本政府の対応。政府や官僚達がそこまでして守りたいものが何なのかが良く解らない今日この頃である。そこでも理性や科学が動かず、皆が感情と思いつきで行動して、「和を乱さない効能」を最大にしようとしているだけなのかも知れない。リーダーシップとは輿論に迎合して行動することの対極に存在するものであると信じているのだが。

民主主義を否定する気は毛頭ない。ただ、現状の「選挙ばかりしていて安定が望めない政治システム」は早急に変えなければいけないと思う。政府や政党は理性的とは言い難い国民の顔色を見て行動しているし、マスコミの報道もそれを意識している。従って、長期的な政策を打とうという動機が上がってこない。それが東電の急場しのぎの事故対策とどう違うのだろうか?

解決方法が見つからず、途方に暮れる中で、一部の政治家連中は地元の業者達を従えて、すでに瓦礫処理や産廃などの利権を漁り始めているという話も伝わっており、はっきり言って笑うしかない。復旧に向けた草の根ボランティアをするのもいいが、20年先を見越してシステムを改良し、ゴキブリ達を撃退するような社会活動をしなければ、日本に未来がなくなると思っているのは私だけではあるまい。

4/02/2011

「頑張ろう日本」ではなく、「冷静になれ東京」に標語を変えろ

東京電力、自民党政権、保安院そして福島知事というゴキブリの話をしたくて仕方がないのだが、今回は全体主義の話をしたい。世の中には個人の自由を束縛したい連中が沢山いるようだ。前の記事のフレームワークに従うなら、全体主義者(共産党・旧社会党・公明党)と右翼思想家(立ち上がれ日本・国民新党など)が個人自由を認めたくない連中となる。当たり前であるが、民主党や自民党の中にもそれらの思想に近い人が大勢いる。地震以降こういった勢力が躍動しており、余り深く考えていない人達が追随する風潮があり、警鐘を鳴らしておきたい。

震災以降「頑張ろう日本」なる標語を多くの人が使うようになり、被災していない人までもが「喪に服す」ような状態となっている。ハリウッドじみた映像がテレビに映し出されたのだから、理解はできる。しかし、被災地でもないのに無用な萎縮モードを実施してみたり、地震を言い訳に(電力や品不足に関係なく)仕事量が減っているような状態はどうも腑に落ちない。こんな事をしていると経済の炉心が溶融する事態になる。誤解を覚悟で言えば、愛国のつもりで「頑張ろう日本」などと唱えながら経済をメルトダウンさせているのだとすると、それこそが売国行為に他ならない。

買い溜めの象徴として、ボトルで売られている水の問題がある。官房長官を始め多くの政治家やマスコミが、首都圏に住む一般市民に罪を擦り付けている。一部のモラルの欠如した市民がボトル水を買い込むので品不足に陥っている、と。まさかこれを鵜呑みにしている首都圏の市民はいないだろうが、このような責任逃れの話を垂れ流しているマスメディアや政治家は糾弾されるべきだと思う。ボトル水は無くなるべくして無くなっている。まず、日本の流通業は在庫を極限に減らすビジネスモデルを構築してきた。例えばコンビニなら、在庫は一日から数日分しかないのである。近くの小学校で想定外の運動会でも開催されれば、ボトル水の在庫など瞬く間に無くなるものだ。つまり「モラルの欠如した人」が100本の水を買い込まなくても、多くの人がいつもの3倍ほどの商品を買うだけで在庫は尽き、サプライチェーンは許容量を超えてしまう。ブルウィップ(牛の鞭)効果があるので生産者は急な消費量の増加にはいちいち対処したくないし、工場の許容量を考えれば無茶な増産などそう簡単にはできない。だから慢性的に品が不足してしまう事態が生じる。

それでは消費者はなぜボトル水を買い込むのか?質問するまでもない当たり前のリスク回避行動だ。未曾有の地震が東北を襲い、停電や液状化などの被害が実際に都心で起こっている。都心は間違いなく被災地なのだ。気象庁は余震に警戒せよと言っているし、油断していて備えがなかった人も多くいたであろう。そういった人達を含めて、3000万人の人が理性的なリスク回避の行動を行えば、ボトル水が店頭から消えるのは当たり前なのだ。理性的に考えれば危ないと感じるし、将来のリスクを考慮して、量の差こそあれ、ボトル水を少しだけ大目に買っているのだ。それをこの期に及んで、大臣ポストまでわざわざ作って政治パフォーマンスをしている民主党は常軌を逸脱している。

放射性物質が水道水に検出された事が事態の悪化に追い討ちをかけた。実際に放射性ヨウ素が水道水から検出されていると発表されているのに、ボトル水を買いにいかない人の気が知れない。乳幼児がいる家庭に優先させるべきだと言う議論は「~するべき論」としては卓越している。科学者や医者がメディアに出てきて、放射性ヨウ素があの程度の濃度であれば大人の健康には全く被害がないと繰り返してみる。それも科学的には解らなくもない。だが政府発表を鵜呑みにできるのか?教科書に載っている放射線による健康被害の数字は本当に実証されてたものなのか?発癌リスクの数字をどのように捉えればいいのか(アサンプションをもって統計技術を使った係数ではないのか)?放射性ヨウ素以外は本当に検出されなかったのか?検出する機器の精度はどの程度であったのか?第一、結果的に原子炉の状態は小康を保っているとは言うものの、あの時点で事態が悪化する可能性はあったはずである。これらの事を真剣に考えた上で、理性的に水道水を使おうとするのは個人の自由だ。ただ、このような不確定要素が多い状態にありながら、水道水を飲めとばかりに主張している人は、個人の自由を認めたくない狂気じみた人であると思う。多くの首都圏の人々は、ボトル水が手に入らないが故に、恐々と水道水を飲んでいるのだと思う。

蛇足だが、塩素や黴臭さ、或いは水道水中の重金属も健康にはただちに被害を与えるものではない。なのに、多くの人が濾過機を買ったり、ミネラルウォーターを飲むのは馬鹿げた行為なのだろうか?そういった質問にきっちりと答えられる人がいれば、堂々と意見を言って欲しい。水道水を濾過する事は科学的に馬鹿げているからやめるべきだ、と。濾過器はインチキだから買うな、と。

野菜にしてもそうだ。福島や北関東で作られた野菜の一部から放射性ヨウ素が検出された。官房長官は「洗えば問題ないのだが、念のために出荷を停止した。食べたところで(ただちに)害はないのだが、念のために市場には出さない」と言った。その後、パフォーマー達が福島産の野菜をカメラの前で食べたり、農家が可哀想だと言うことで福島産の野菜を買うイベントを主催したりしている。勿論そういった行為は個人の自由だ。しかし買わないことがモラルに反すると言うような報道には疑問を感じる。農家の人達は本当にかわいそうだと思う。ただし責任ゼロとまではいかない。何故なら、自分達もあの原発をリスク査定を無視して誘致した福島県知事を選んだのだから、民主主義社会下に於ける責任の一端は免れないからだ。

個人的なわがままで申し訳ないが、現時点で私は東日本で生産された農作物が店頭に並んでいたとすれば絶対に買いたくない。汚い話だが、お皿を汚物の残る便所の水につけた後、洗剤で綺麗に洗うとする。そのお皿は生化学的には100%綺麗である。しかし私はそれでご飯は食べたくない。同様の理由で私は個人的にそれらの野菜は食べたくない。モラルを盾に、無理矢理それらの野菜や農作物を首都圏の人間に食べさせるつもりなのだろうか?「風評被害」などといった単純な型にはめて、モラルのみを昂揚させる政治やメディアのあり方に疑問を持つ。風評被害とは言われ無き被害であるが、今回は放射性物質が付着しているわけであり、風評では無い。選ぶのは消費者であり、消費者に情報を隠蔽する行為はあってはならない。

モラルといったものが前面に立つときは注意する必要がある。全体主義的な流れの中で、個人の自由は完全に蔑ろにされる。こういった流れが出てくること自体が社会的なパニックなのだと思うし、外国にいるが故に私はこのような無責任で傲慢な記事を書けるのだと思う。首都圏は被災地である。そしてそこに住む人達は完全な被災者である。政府は3000万人以上が被災しているという事実を矮小化するために頑張っているのかもしれない。そして被災者である首都圏の人々には選択権も無く、このような議論は解っていたとしても、ただ我慢するしか方法が無いのかもしれない。政府も報道機関も三次被災地の中心にあり、冷静な判断など出来ないのかも知れない。

批判だけしても仕方ないので解決策も提唱したい。私は「安全税」を導入するべきだと思う。要するにミネラルウォーターの値段などを政府主導で4倍くらいにする。そして東京以西で栽培された野菜は5割くらい値段を上げるのだ。値段を上げれば需要は減るし、相対的に安ければ需要は上がる。放射線はただちに影響がないので、老人などは先が短いので放射線に汚染された野菜を食べても問題がないはずだし、安いので家計も助かると思う。安けりゃ買いたいという人は一杯いる筈だ。私のように放射物質が付着している可能性があるものは絶対に口にしたくないと言う人間からは、きちんと税金を取ればいい。アイディア自体は簡単だが、実際に施行は難しいかもしれない。野菜や魚は卸市場やJAといった流通経路でコントロールすると言うのも手であろう。店頭でそれらの農林水産品が混じることがないのかどうかも疑問であるが、個人の自由を尊重するのであればこのくらいしか出来ないと思う。さもなくば、福島などで作った野菜は完全に破棄されるか(保証するとすれば莫大な税金が投入される)、内緒で市場に収められて有耶無耶になるか(日本の農産物自体の風評被害が発生)、或いは無理矢理モラルで押し切って食べさせられるか(日本のソビエト化)。現時点では、政府はこっそりと放射能安全基準を変えようとしている。

政府が無策のまま今の状態を続けていけば、最悪の結末が待っている。この問題は短期間で解決する問題では無い。10年どころかそれ以上続く可能性もある。本当に政府は農家を保証できるとでも考えているのだろうか?補償するのは農家だけにとどまるものではない(例えば漁師や観光など)ので、その前に日本経済も国債もメルトダウンするのは避けられそうにない。日本の先行きは赤信号が点っている。政府が全てを補償しようとするのは、すぐにでも止めさせるべきである。たとえそれが東北を切る事態になろうとも、日本の経済をメルトダウンさせる訳にはいかない。何が一番大切なのか、一歩高い位置から考えて頂きたい。それこそが政府(行政)の役目だと思う。

うどんの出汁に髪の毛が落ちていたら食べるのか?ゴキブリが出る中華料理屋は安全か?ただちに影響はないし、全く何の問題も無いと思う。ただ、それを食べるか食べないかは、個人が自分の意思で判断すればいい。今回の放射能の危険性は、主観抜きできっちりと不確実性まで考慮して説明できる人は、恐らく皆無だと思う(何度も言うが確率論的には安全とされている)。食べても大丈夫、食べると危険、食べるべき。外野がパニクって乏しい知識でごちゃごちゃ言わぬことだ。個人が与えられた情報と与えられた情況を考慮しつつ、個人的な美学も鑑みて適切に判断すればそれでいいのだと思うし、その判断に他人や社会がケチをつけるべきではない。科学を齧った人が、グーグルや教科書の知識で、消費者の行動も理解せずに数字だけを見て、やれ水道水を飲め、やれ汚染野菜を食べろ、やれ魚を食べろ、などという社会は異様だ。全体主義的な風潮が蔓延っているのは、都心の人間を中心に、パニクっているからだろう。少なくとも西日本に住んでいる人や海外にいる人は、少し冷静になるべきではないか?そして被災地の都心でパニクっている連中を叱咤する事は、外野が出来る数少ない貢献の一つだと思う。外野の人間が中心になって、被災地東京にいるパニクった連中の頬をしっかりと叩き、冷静になれと嗜めるべきだと思う。

3/25/2011

神戸の地震と比較する愚かさ

今回の地震について、中長期的には日本経済にとって良いなどとする論調を良く見る。特に海外の経済番組でそのような発言を多く聞く。その人達は今回の地震を阪神大震災と比べているのである。今回の東北大地震と神戸の地震を比べるのには無理があると思っている。

まず地震そのものの規模であるが、阪神大震災と呼ばれる1996年に起きた地震の被害は至極限定的な物であった。武庫川を越えたあたりから須磨や垂水まで。加えて淡路島の北端。最も大きな被害は兵庫県の南、海沿いを中心に15~20kmの範囲内で起こっていた。豊中などの大阪府北部でも死者が出た為に(兵庫圏外の死者数は36名のみ)、神戸大震災ではなく阪神大震災と呼ばれたわけだ。大阪の町は殆どノーダメージであった訳だし、京都も何の問題もなかった。阪急電車も数日後には梅田から西宮北口駅まで運転が再開したし、JRや阪神も西宮界隈まで運転を再開した。西宮まで電車で行ってしまえば、深刻な被害にあった西宮市や神戸市灘区、中央区や兵庫区には徒歩で行こうと思えば行けるわけである。阪神高速、東海道新幹線、神戸市内の私鉄やJRの復旧には数ヶ月を要したとは言うものの、国道二号線は混んでいるとは言えども、使えたわけである。神戸港は機能不全となったが、大阪や京都から物品が消える事は無かった。阪神高速はだめでも、中国道は問題なく走れたのである。神戸の町がズタズタになったというものの、サプライチェーンはしっかりと維持されていたのだ。神戸の地震では、家屋倒壊や人的被害は大きかったというものの、工場施設や物流、農業やエネルギーといった我々の生活を直接支えるものに対する被害は今考えると限定的であった。それは、地震そのものが起こった場所は悪かったが、規模そのものは比較的小さかったためであろう。そして、どのような形で何を中心として復興させれば良いかの政治判断が比較的簡単に出来た。

神戸市中央区、灘区、芦屋や西宮などは日本有数の裕福な地域であり、住民の懐は深い。それらの地域で被災した多くの人達は、家が多少壊れても自分達でさっさと立て替えた。大阪などを中心に工務店などの業務は全くと言っていい程ダメージを受けていなかったので、再建は比較的早く進んだ。1997年には橋本内閣下で消費税増税が行われる事が解っていたので、3%のうちに家を建て替えようと考えた人も多く1996年の住宅着工数は異様に伸びていた。ただ神戸市長田区などの比較的貧しかった地域は復興も大幅に遅れていた。

一方で、東北大震災の被害地域は尋常でないほど範囲が広い。津波の被害が特に酷かった海岸沿い地域だけでも300kmをゆうに越えている。勿論歩いて行ける距離ではない。東北地方は一言で言えば「田舎」であり、人口が密集している訳ではなく、被災地も散らばっている。そして、仙台以外の小さな漁村の被災地について、復興をするべきかするべきでないか、そしてどこを優先するべきかの判断がつき辛い。しかも、工場などが広く多岐に渡ってダメージを受けており、都心はもちろん、西日本などの関係がないと思われている地域の産業にさえ影響を与え始めている。それどころか、韓国や台湾、アメリカの企業まで製品が日本から輸入されないと困っている事態なのだ。そして、電気と食料の問題。これらが日本全体にボディーブローのように効いて来る。

勤務していた工場が津波で壊滅したり、漁をしていた人の船が壊れたり、或いは津波や放射能の影響で農業が出来なくなっているなどの理由で、現金収入がほぼ立たれたと考えられる人達が大勢いる。その人達が神戸の時のように自力で復興できるのだろうか?震災の後、政府は何かと大盤振る舞いを始めている。なんでも政府が保証すると言っている。津波で壊滅した街も、放射能で農業製品を出荷できない人達も、かなりの長期戦を覚悟しなければならない。政府は本当に保証できるのだろうか?

どさくさに紛れて消費税をあげようとする動きがある。私はある意味仕方ないと思うのだが、これは経済を殺すだろう。橋本政権下で3%から5%に消費税を上げると、日本経済が風邪をひいただけでなく、香港、タイ、マレーシアや韓国は死にそうになった。最後にはロシアにまで飛び火する事態となった。あの頃に比べれば、日本の地位そのものが低下しているので、今回の事態は日本経済をずぶずぶと下向かせるだけになるかも知れない。

嫌なことばかり書いているので、すこしばかりジョークも書く。東京の電力不足のおかげで一つだけ日本の社会的な問題が解決することになった。停電の中何もやる事が無くなった首都圏では2012年にベビーブームを迎えることになり、日本の人口減少に歯止めがかかったのである!

3/22/2011

地震、津波、原発、そして東京の落日

地震、津波、原発のニュースをNHKで見ているのだが、他のことが手につかない。さらにアメリカでは、ナショナルとローカルにかかわらず津波と原発のニュースがトップ扱いになっており、英語での放送なのだが、映像を見ていて日本にいるのではないかという錯覚を覚えてしまう。多くの人が悲劇が好きなだけと言う事は良く理解しているつもりだが、日本の惨状が報道されているというのは非常に有り難い事である。私は社会科学を本職としているので、メガネを曇らせる虞がある「お涙頂戴の話題」はなるべく避けているのだが、被災者の報道には心を砕かれる。若かりし頃、神戸で自分の目で見た事と比べても、明らかに規模が違う。地震とそれに伴う津波で不幸にも命を落とされた方達にはご冥福を心から申し上げる。

しかしながら、いつまでもヒューマニタリアンの話をしていても仕方がない。不謹慎と言われるかも知れないが、これは三陸沖で起きた地震であり、比較的人口が薄い地域が被災したものであり、その地震が日本を殺す必要はない。原発の問題など、信じられないような事態も起きている。しかし心臓が機能不全になると、私達は傷口に血液を送れなくなる。人命が第一。そのステージは恐らく終わった。被災者の秩序だった行動に助けられた事は否定のしようがないが、政府の人命救助の対応にはAプラスをあげられると思う。食料や水、燃料が被災地に行き届くか?日本には食料も水も十分にあるので、ロジスティックの問題が解決されれば心配する必要がないだろう。被災地があまりにも広大である為に、実際問題として解決には時間がかかると思う。自衛隊にイニシアティブを取らせてロジスティックを一元化している事も評価できる。

地震の直接の被害は16-25兆円ということであり、これはすぐに復興できる。今回は原発に端を発する三次災害の問題を語りたい。既に多くの専門家が指摘されているように、チェルノブイリのような事態になる事は恐らく無いだろう(この時点においても、今後絶対に安全であるとは保証できないが)。ただ原発問題から派生した災害は長期で日本経済を苦しめると思う。私の結論を言うと、原発に端を発する社会問題は金銭的にもかなり深刻であり、東京の国際競争力を大きく落とすことになろうと推測する。

まず原発自身の問題については、冷却をすれば良いと言う事である。という事は、今後も冷却する必要があるという事だ。燃料が暖かいうちは処理も出来ないので、今後もこの状態で冷やし続けることになる。言い換えると、燃料がある程度冷えて処理できる状態になるまで、このままの状態を続けざるを得ないと言うことだ。微妙に放射能が放出され続け、そこに被曝覚悟で誰かが冷却作業をする。放射能度が高いので、今後も建物を作るなどの作業は簡単には出来ない。どのくらいの期間で燃料は冷えるのか?恐らく今後3-5年はかかるだろう。その間、原発から20km以内は立ち入り禁止が続くであろうし、誰も帰ってこないだろう。2014年から2016年の頃まで、この問題はだらだらと続くのである。その間、土壌汚染、空気汚染、そして水の汚染など、放射能問題はだらだらと長引くことになりそうだ。

次に農業や漁業に及ぼす被害である。土壌や海水が汚染されているので、今後数年間は北関東から福島県、宮城県といった場所を産地とする農産物や漁獲物は買い手がつかない。それでなくても水田が津波による塩害で今年は無理という状態であるが、さらに輪をかけて状況は悪くなる。洗えば大丈夫だと科学者は言うだろう。しっかりと洗いさえすれば放射性物質は流れ落ちるので、農作物が放射性物質を吸収していなければ大丈夫という寸法である。しかし、私は安全だと解っていても食べたくない。科学者にはこう問いたい。何故有機野菜が売れ、そういったマーケットが存在するか、という事を。人間の消費行動などは、理性で行っているのではなく、所詮はパーセプションなのである。いずれにせよ、日本の食糧供給は危機的状態を迎える。食料のかなりの量を輸入に頼ることになる。今年の秋くらいには、再びタイ米とのブレンドライスを食べなければならないような事態すらあり得るのでは無いだろうか。東電は資金が底をついて公営化されるであろうから、福島を中心とした農家や漁師に保証を始めれば、それはつまり税金を使うという事になる。一体いくらかかるのだろうか?

一番深刻なのは電力供給であろう。何機もの原発が停まっているし、火力発電所の多くもやられている。3月は比較的電力需要が低い月ではあるが、東京を中心に、現時点でもかなり需給が逼迫している。7月から8月と電力需要は冷房の使用と共に上昇していくのだが、東京地域では恐ろしいほどの電力不足が発生するだろう。政府や閣僚も馬鹿では無いだろうと信じているので(頼みます!)、今後は色々な政策が出てくることと思う。東電主導で実施している不公平輪番停電は緊急策であり、すぐにマシな政策が出てくるに違いない(頼みます!)。サマータイムの実施、電気料金を上げて需要を抑制、土日の廃止による需要の平滑化、長期間の強制夏休みなど、考えられる事はあると思う。しかし、電力のうちの半分以上は産業用、特に製造業用であるのだ。つまり、関東に工場を持っている会社は終わり、という事になる。電力を食う、製鉄、金属、製紙パルプ、化学、材料。これらの製造業は関東では製造がおぼつかなくなる。夜間や土日に仕事をするなどしたとしても、電力が復活しない限り、かなりのダメージを受けるだろう。それらの産業がダメージを受ければ、サプライチェーンがダメージを受け、コーポレートジャパンはガタガタになる。どのくらいGDPが下がるのかは怖くて予想もしたくない。鉄道が混乱しているため、交通網全てが混乱し、首都圏のロジスティックにも影響が出ている。東京港や横浜港は機能不全に陥っている。そして、この状態は少なく見積もっても、秋口までは続くだろう。前々から言われていた東京一極集中リスクの脆弱性が露呈した格好となったのだ。私が企業の社長であれば、顕在化した東京リスクを認識して、会社機能の一部を大阪に移すと思う。製造拠点は、この際海外に移すことを真剣に考える(ただ、日本に残れば助成金がもらえる可能性があるので、それはしっかりと取りに行く)。もし、外資系の企業であれば、東京本社機能縮小、そしてSGかHKに機能をどんどん移す。電機の通っていない東京の世界競争力はいまや大阪以下なのである。政府がしなければいけないのは、東京圏の電力料金の値上げである。そして、西日本の電気代は据え置く。そうすれば、大阪、名古屋や福岡に出て行く企業の後押しも出来るし、首都圏の電気需要減にも貢献できる。

野球は電力使用ピーク時を外して夜の九時半から始めればいいだけの話だし、電力を抑える為に夜間などに営業している店を閉じる必要は無い。西日本で電気を消す必要もない。問題の本質は、最大アウトプットが制限されていることなので、そんな無駄な節電をしても何の足しにもならない。寧ろ非理論的な萎縮モードはGDPを押し下げるのでさせるべきではないのだ。要はピーク時を避けて、時間や曜日あたりの電力使用量を平滑化させるように努めなくてはならないのだ。ただ、残念なニュースは、社会主義民主党のリーダーシップで思い切った政策は出ず、東京がじりじりと貧乏になり、大阪や福岡の景気は萎縮モードで伸びず、日本全体が沈滞してしまうといったシナリオが一番起こりうるのだろうが。

最後に水。日本は地表水を飲んでいる。空気中の放射能濃度が上がれば、勿論水も汚染される。何度も言うが、科学的には問題は無い。最悪フィルターを通せば多くの放射線が落ちるのだろうか。ただあなたならどう思うか?沸かせばいいのか?フィルターを通して飲むのか?歯は磨けるのか?シャワーは浴びても問題はないのか?私は放射線学の授業を取ったこともあり、科学的な見地からこの程度では問題は無いと解っている(ただ、放射能については実証実験がきちんと行われていないし、不明な点が多すぎるし、放射性物質によって解答は変わってくる)。しかし今思う事は、東京にいなくて良かった。そういう事である(福島の回りに住んでいる方たち、申し訳ない)。

日本国が今後2-3年に経験する事は見えてきた。東京が極端に衰え、ハブ機能すら失う。慢性的な食糧不足により、外国からの輸入が増える。鉄、紙、金属、燃料などの輸入も増える。翻って、製造業は不振を極め、輸出量が減る。日本は貿易赤字国に転落する。東北を中心とした土建屋などが儲かるだろうが(ただ津波で流された街は残念だろうが無駄なので復活させないで欲しい)、首都圏の金融や知的産業は外国に逃げる。復興という名の下に、支出が緩む可能性もある。地震の直後にゴキブリさん達の活躍により円高に振れたが、中期的に日本には何の希望も無い。マーケットは地震明けに記録したロスを取り戻して小康状態になっているが、今後は徐々に深刻さがばれてくると思う。明るいニュースは、大阪が少しばかり元気を取り戻すことくらいだろうか?

食料品の消費税減税は、理想的な形ではないが、良い方向。

食品の消費税が1%になる事が決まり、低所得者層には1%分の給付を行うらしい。 私が理想とする世界は、消費税は10%フラット、例外なし。インボイスも外人控除も、医療費や教育費の控除も、何なら土地売買や株式取得、相続も例外なし。日本国内に物理的に存在する人がサービスの享受者、あるいは...