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7月, 2013の投稿を表示しています

私が民主党の復活を望む理由

私は民主党が嫌いである。だが、民主党が瓦解して自民党の一党体制に戻る事には違和感を覚える。一党体制では権力が集中するし、権力の集中が腐敗を産むことは皆が知るところである。民主党以外の政党に期待すれば良い、という意見もあろうが、私はその意見にはくみ出来ない。何故なら、自民党と民主党以外のまともなinstitutionが存在していないからである。このinstitutionをどのように翻訳するかは難しい。例えば、エジプトではムシル元大統領が追放されるという「クー」紛いの事が起こったが、民主主義になろうともエジプトにはムスリム同胞団以外の政治institutionが存在しない為、民主主義が機能していなかった。まあ、党としての「体制」とでも翻訳しておこう。民主党が「党としての体制」を失ってしまうと、日本の二大政党制は終わりを告げる。それは日本社会に悲劇をもたらす事になるだろう。 対立軸が無くなってしまったため、参議院後の自民党は変化を望む必要が無くなる。無駄な社会的な抑制が日本には存在しているが、自民党が汗をかいてそれらを変えてくれるとは思えない。数年前、民主党はリベラル色を表に出して政権を握った。しかし、民主党は「夫婦の苗字決定を自由にする(いわゆる夫婦別姓)」などと言った誰にも問題が生じない簡単なリベラル政策にすら取り組まないまま、下野してしまった。今となっては民主党が何をやりたかったのかは解らない。というよりも、やりたい事があったのかすら怪しい。リベラル色の濃い鳩山から、社会主義者の菅直人を挟み、最後は自民党田中派の正当総理大臣のような野田に党代表を任せた。前原のように古き良き保守のような人間もいる。民主党には全く芯が通っていない。 民主党の批判を始めればキリがないのだが、日本の二大政党制度復活の為にも、まずは民主党に頑張ってもらわなければならない。私からすると民主党を復活させる方法は、とても簡単であると思うのだ。民主党の最大のスポンサーは労組である。ならば、労組の使命に違わないような党要綱を作ればいいのだ。 日本社会の対立軸ははっきりしている。会社VSサラリーマンである。労組が共産主義を標榜する古い体質の夢見る夢子ちゃんである事は論を待たないので、民主党が世間のマジョリティーである現代のサラリーマンの為に、自ら労組を現状に合うよう改革していくような政策を立...

ジマーマン事件を人種問題として政争化させたアメリカ、韓国併合問題がいまだに政争化している日本

ジマーマン事件、特集 ジョージ・ジマーマンが無罪になったケースを「人種問題」にすり替えている米メディアに辟易としており、言いたいことが一杯ある。何故ここまでイラつくのか自分でも解らない。この記事によってきちんと整理し、一旦区切りをつけ、自分の仕事に集中したい。 以前、 竹中平蔵の記事 を読んだ時に、「なるほど!」と驚嘆したのだが、その説によると批判するには三つのパターンしかないという。今回のジマーマンの事件の評決に関して批判している人は、自分の意見と異なる人達に「差別主義者」というレッテルを張り、永遠の真理を謳っているのだ。しかも、それを「正義」だと主張している。 今回の問題の根本には、黒人社会が自分たちの置かれている状況を嘆いているところにあるのだと思う。米国において、黒人層の貧困が解決するべき社会問題である事は論を待たない。多くの米国人が、故意であれ無意識であれ、黒人を色眼鏡で見ている事も間違いない。国籍、性別、人種などは自由に選択することが出来ず、本人の努力とは全く関係がない。生まれた時の運次第である。しかし、それらによって差異が生じている事は疑いのない事実だ。それらの差異は、多くの場合で残念ながら打開することは不可能である。これは人間社会における克服できない永遠の問題であると思う。そして筆者は黒人ではないので完全には理解できないのだが、単純に述べると、黒人に生まれた多くの人は、白人が生まれながらに手に入れている何かを妬んでいるのだろう、と信じている。 1.正義とは? サンデル教授ではないが、「正義」の話をしたい。法に則った行動がすべて「正義」であり、違法な行動は「正義」にもとるのか? 私たちの社会では、合法だがモラルに反する行為や、違法だがモラルに則った行為と言う物に頻繁に遭遇する。だからこそ、映画は盛り上がるし、小説家は話題に事欠かなかったわけだ。例えば、ナチズムは当時のドイツでは合法であった。しかし、それを「正義」とする事はどうか、という話が当然成り立つ。後述の奴隷制度や植民地政策もしかりである。確かに時代が進めば進むほど、モラルと法律を近づけようと努力されてきたため、そういったギャップは縮まりつつある。 正義にはいろいろな種類がある。ここでは、法正義とモラル正義を比べる。モラル的な正義には危うさが付き纏う。時代、宗教、生活環...

ジマーマン事件の感想をフェースブックに載せると、「差別主義者」と罵られる。

ジマーマン事件、特集 ジョージ・ジマーマンの事件で色々思う所があったのでフェースブックに書き込みをした。日本語に翻訳して要約すると「今回の件は銃が問題であるのに、メディアは人種問題にばかり光を当てている。これを一番喜んでいるのは銃規制に反対する者たちだけだ。」というかなりオブラートに包んだ表現を使ったのだが、結構評判が悪かった。私のアメリカ人の友人にはリベラル系が多いのだが、「人種こそが今回の事件の元凶である」や「黒人のお母さんの気持ちを考えよ」などといった「リベラルな」意見を沢山頂いた。酷いものになると「お前は差別主義者だ!」と来た。アメリカ人に差別主義者と罵られたことは、ある意味嬉しかった。いつもは「Like」を押してくれる友達も、羹に触りたくないのか、反応はかなり悪かった。 私の主張ははっきりしている。 ジョージ・ジマーマンがトレイボン・マーティンを殺した今回の一連の経緯に、人種差別はなかった。 フロリダの法律に則ると、ジマーマンに下された無罪判決は予想通りの常識的なものであったし、それこそが「正義(ジャスティス)」である。 フロリダの銃に関する法律は、混乱が生じないように積極的に改良するべきである。 出来る事であれば、国家レベルで長期的な視点をもって銃規制に力を入れるべきである。 アメリカの人種問題、特にアフリカ系アメリカ人の貧困は深刻な問題であるが、それは今回のケースとは別の社会問題である。 ただ、1と2は、アメリカの感傷的な左派には到底受け入れられなかったようである。私は理路整然と、今回の一連の話を考え続けた。が、どんなに努力しても、人種問題がこの事件に直接影を落としているようには考えられないのである。しかし法廷の外では人種が問題とされた。メディアは視聴率稼ぎの為か、人種問題に焦点を絞り、事件の「台本」を作った。そして一部の人、特に格差是正などのデモをしている人たちが、この事件を人種差別の象徴と使い始めたのだ。 NCAAP(全国有色人種向上協会)がマーティン家の弁護士を務めたり、法廷外のデモを主導していたりするのだが、この団体が事件を人種問題と結び付けたいようだ。NCAAPは国民の公民権問題で数十年前には色々な功績を残したが、近年は人権圧力団体に成り下がっている節がある。この団体は、銃規制についてはほとんど触れないし、そっち...

ジマーマン事件で再考した差別問題とアメリカ

レイカースを離れたメタ・ワールドピース氏(笑)が、ニックスとサインしたという事である。ワールドピース氏を獲ろうとは、ニューヨーク・ニックスは面白いチームである。NBAの話はこの辺で置いておこう。 ジマーマン事件、特集 で、アメリカの人種差別の問題だ。アメリカでは人種差別の問題は、いまだにタブーであるし、「隠れ人種差別主義者」が年上の層を中心に、結構いる。アメリカも広い。シアトル界隈では、アフリカ系アメリカ人が比較的少ないので、人種差別的な問題を感じる事はなかった。しかし、ニューイングランドに住んでいた時は自分が外国人であると日々思い知らされた。現在は米国の南部にいるが、人々は以外にも優しいという物の、ほんの数十年前まで黒人を迫害していた傷跡は未だに残っている。 アメリカでは、奴隷制度が敷かれており、1800年代半ばまではアフリカ大陸から大量の黒人奴隷を新大陸に連れてきたわけだ。しかし、1865年に内戦である南北戦争が終結し、北軍が勝ちをおさめ、合衆国憲法を修正し、憲法上は黒人奴隷の解放が実現した。 しかし、憲法は公民権を与えただけであって、「私人」や「民間企業」による差別を禁止した訳ではないと解釈された為、20世紀の前半はアメリカ全土で人種差別が罷り通っていた。黒人だけではない。アジア人なども、カリフォルニア州では白人と結婚できないが、ワシントン州では白人とでも結婚できる、などと言った人種隔離政策のようなものが幅を利かせていたわけである。 二つの大戦中は軍隊の内部などでも、白人と黒人で制度的な差別が蔓延していた。1948年になり、初めて軍隊内での人種隔離を禁止する命令が下されたもののベトナム戦争までは白人と黒人の混合部隊は実現していない。 50年代はアメリカ南部ではジムクロウ法の影響もあり、黒人差別が色濃く残っていた。しかし、マーチン・ルーサー・キング牧師の公民権運動を経て、1964年にようやく、ジョンソンが公民権法を制定させ、黒人差別が米全土で禁止されるようになる。 つまり、アメリカでは黒人差別が終わってから、50年も経っていないのである。古い人々の記憶の中には、差別が許されていた時代が色濃く残っている。そして、差別問題で「左」と「右」に分かれて政争を繰り広げられたことも覚えている訳だ。 日本でも、戦争の是非や在日問題が、一種の...

アシアナ航空が地方テレビ局を「差別」問題で提訴

アシアナ航空がサンフランシスコの地元地方局であるKTVUテレビを人種差別的なパイロットのデタラメな名前を公表した為、訴えることにしたという。興味は、どんな酷い人種差別をしたのだろうか、という事になる。以下の四つの名前が公表されてしまったのだが、 Captain Sum Ting Wong Wi Tu Lo Ho Lee Fuk Bang Ding Ow. 初めの名前は、Captain, something wrong (キャプテン、何か異常です。) 次は、we're too low (当機の高度は低すぎるぞ!) そして、holy fuck (こんちくしょう!) 最後は、飛行機が bang, ding (バーン、ディーン「激しい衝突の擬声音」)そして乗客はow(オー「激しい驚きを表す擬声音」) と来た。無理やり日本語にすると面白くないが、英語が解る人なら、結構考えられたジョークであると思う。このジョークは、その地方局の夏休み中のインターンが作ったものだったが、何故か放送されてしまったという。まあ、趣味の悪い放送事故である。これが、11時台のトゥナイトショーのジェイ・レノ(ABCテレビのナイト・イン・ナイトみたいな物)や、コメディチャンネルのダニエル・トッシュが漫才として言ったのなら、「めっちゃ、おもろい」で終わる話だ。だが、地方局のニュースでこれを流すのは、プロ意識に欠ける最悪の放送事故である。 しかし、これは人種差別的な名前なのだろうか?中華系の名前を持つ人は、違う文化圏の人にその名前をからかわれることもあるだろう。しかし、それが「人種差別」であるとするのは行き過ぎていると思う。日本人がパーティーなどに行くと、酔っぱらった外国人に「フジツー・カワサキさん、アリガトゴザイマス」などとからかわれることもある。気分が乗らない時は鬱陶しいものであるが、人種差別ではないと思う。 アシアナ航空は、品の悪いプロ意識に欠けた放送事故を逆手にとって、金科玉条のごとく「差別」論を展開したと考えるのが適当であろう。差別のレッテルを張られれば、メディア側はあらゆることを自制しなければならなくなり、ある事ない事を放送されるリスクが減るからだ。 米メディアは日本のメディアと同じで、基本的にリスクを取らない。一方で、攻撃できない対象は徹底的に叩く。そし...

ジマーマン、無罪確定!

ジマーマン事件、特集 陪審員の長い審議の結果、ジョージ・ジマーマンは無罪であると確定された。予想通りと言えばそれまでだが、前述の書き込みを見ていただければ解るが、この判決には勝者はいない。敢えて言うならば、お金も儲かり、名前も売れた弁護士のみが勝者なのだろう。法治国家で、法律の上で裁きが正しく下された事は良かったと思う。だが、その法律そのものは大幅な改良を要する不良品であった。 未だに人種問題が言われているが、この特定の事件の背景に人種問題があるようには見えない。「銃社会」が引き起こした悲劇にしか見えないのだ。そして、メディアは銃についての話を避け、安易な人種問題に話をすり替えようとしている。完全に何かが間違っている。人種問題で騒ぐ人たちも、タブーに触れたがらないメディアも、狂っていると思う。 フェースブックの書き込みなどを見ていると、この判決に不満を持っているリベラル系の友人が多くいるのに驚かされる。この話を無罪と無期懲役、ジマーマン対マーティンの遺族、或いは黒人対白人といった白黒で語ろうとしている人の多さに驚かされる。社会の法律的な不備をもって、人々を犠牲にする社会が良い社会だと言えようか? 西海岸を中心にデモが巻き起こり、ジマーマンを公民権違反で起訴しようとする動きすら出ているという。第一に、今回の事件が差別的な要素を含まないと信じて疑わない上に、個人対個人で公民権が犯されるという意味が解らない。敢えて言うなら、そのような報道を受けたり、マスメディアにでっち上げられているジマーマンの公民権が犯されているようにすら見える。デモに繰り出した一部のアフリカ系アメリカ人は暴徒化し、店舗や車を破壊している。一方、フェースブックやツイッター上では、マスメディアの行き過ぎや、黒人人権擁護派のがめつい行動を非難する、尤もな意見が並んでいるのだが、こう言ったものが日本のメディアに取り上げられることもない。 永遠の真理も理解できる。黒人たちの貧困は解決しなければならない社会問題だし、人を肌の色で「差別」するべきではない。では、社会に何ができるのか?黒人社会自体が一丸となって頑張らない限り、この問題が解決することは無い。黒人社会は文句ばかり言って、義務を果たしていないと考える尤もな意見も多いと思う。父親が子育てを放棄して、シングルマザーに育てられる。そして、家...

違和感だけが残ったジョージ・ジマーマンのケース、結審へ。

ジマーマン事件、特集 米国で現在、お茶の間(笑)を賑わせたある事件の判決が下されようとしている。その事件とは、2012年の二月に、ジョージ・ズィマーマン(George Zimmerman)というゲートコミュニティー(要するに分譲住宅地の入り口に警備員がいる所)の自警組織のボランティアが、トレヴォン・マーチン(Trayvon Matin)という17歳の黒人の子供を射殺したものである。  ジマーマンは父がドイツ系の白人で、母はペルー人であり、ヒスパニック系のアメリカ人である。ジマーマンはマーティンを打ち殺したとき、そして警察に電話した時に、アフリカ系アメリカ人を蔑視するような発言をしたため、この事件は人種間問題に発展した。 もう一つ事件をややこしくしているのは、フロリダでも採用されていたふざけた法律である。スタンド・ユア・グラウンド法と言われるものだ。非合法行為により身の危険を感じた者が、殺傷能力のある武器を使って身を守ったとしても、罪状には問われない、という法律である。多くの州で採用されている 正当防衛と、南部を中心に採用されているスタンドユアグラウンド法は大きく異なる。正当防衛の下では、喧嘩になった時に、相手を殺傷する前に、逃げる事を優先させる義務が生じる。だが、スタンドユアグラウンド法の下では、命の危険を感じる状況下においては、逃げる事を最優先する必要はなく、相手を死に至らしめても罪状には問われない。防衛する権利が銃を所持する権利と重なり、解釈の余地を残す法律となっているのである。ただ後述するが、今回のジマーマンの行動は正当防衛の範囲内であり、スタンドユアグラウンドが発動したかどうかも怪しいケースである。 自警組織のジマーマンは、コンビニで買い物をして父親のガールフレンドの家に帰る途中の丸腰のトレボン・マーチンが分譲住宅地の敷地内の裏側の路地を歩いているのを見た。ただ、マーチンはマリファナを吸ってラリパッパか或いは家の中を物色している様子で、ジマーマンの弁護士によると、その事でマーチンを怪しく思ったという事である。一方、ジンマーマンを差別主義者として見立てる論調もある。ジマーマンは「黒人」がいたので、肌の色から怪しい奴であると判断したと主張されている。  ジマーマンは車を停めて、中から911(警察)に電話した。その時点で、...

選挙も経ないまま、日本は事実上の移民受け入れ国へ。

私のブログを読んでもらえば解るのだが、私は日本の中長期経済成長には「移民の受け入れ」が一番簡単で且つ効果的な政策だと考えている。当然、こういった政策が参議院選の卓上に乗って来るのかな、と思っていたが、流石に選挙民と関係のない事は誰も言わない。これはアメリカでも同じで、移民政策は選挙の焦点にはなり得ない。心の中では移民を受け入れたいと願っているのに、政策論争ではまるでタッチしない。何故なら票には繋がらないからだ。 今回、厚生労働省が急に、「3年間、技術者や経営者として日本で働けば移民権がもらえる」といった政策を持って来た。昨年から「高度人材ポイント制度」を導入し、それまでの10年の滞在要件を5年に引き下げたばかりであったが、今回の改正案はそれを更に3年にまで短縮することで、優秀な外国人が日本で長く活躍できるようにしようと言う物である。更にその配偶者、親、家政婦の帯同も可能になるという。これは、オーストラリアやカナダの移民政策よりも緩い政策である。 恐ろしいのは、選挙も経ないまま、このような大切な法案が霞が関でこそっと策定され、知らない間に「日本が移民を容認国家」への布石を準備しているという点である。移民を受け入れるか否かは大変重要なかじ取りであるので、民主主義にのっとって、選挙の争点としてもらわないと困る。選挙も経ずに知らず知らずのうちにこっそりと霞が関が国家の未来を決めてしまうのは、如何なものなのか?いくら良い案であるからと言っても、民主主義を無視するような政策立案には怒りを覚える。

トロントの人気者、カワサキに見る成功する日本人

川崎宗則が昨年マリナーズにやって来た時、私はシアトルに住んでおり、友人の奥さんに付き合わさられて「ムネリン応援隊」のような事をしていたのだが、その川崎がトロントに加入して大変なことになっている。川崎だけでなく、王建民も加入した事で、トロント・ブルージェイズの試合をしばらく見ていたのだが、川崎がトロントで愛された理由は、川崎こそが「成功する日本人」のお手本のような存在だからであろう。 以前、このブログで「 海外で成功する日本人、失敗する日本人  」という記事を書いた。私としては「城島憎し」で書いた記事だったのだが、かなりの反響があった。イチローのような天才なら、どこに行こうと成功すると思う。城島も実力以上の契約を勝ち取ったのだから、金銭的には失敗していないという人もいるだろう。川崎が成功したのか否かを論ずるのは早すぎるという意見もある。そもそも「成功」と「失敗」をどう判断するのか?という人類の究極の謎に対して私は全ての人が納得する答えを用意できない。しかし、今の時点で思っている事を書き留めておくのは有意義だと思う。 川崎の現在の立ち位置は、アメリカ野球を代表する、「とある日本人」を思い起こさせる。イチローは別格としても、下手をすると松井よりも知名度が高い「メージャーリーガー」である。それはタナカである。サンフランシスコ・ジャイアンツで昨日にメジャーデビューを果たした田中賢介ではない。イスロー・タナカの事である。 タナカは東京ジャイアンツから、前年に奇跡的に優勝したクリーブランド・インディアンスにやって来た。が、シーズン前半に低空飛行を続けた状態になったのだが、タナカが選手の士気を上げさせ、奇跡の快進撃を突き進む。そう、映画メジャーリーグ2に出てくるイスロー・タナカ(石橋貴明)の事である。因みにタナカは、メジャーリーグ3に出てきたときは、タカ・タナカという至って日本的な名前に変わっていた。 怪しげな東洋人キャラクターとして下手な英語でチームを盛り上げる。でも、守備は堅実で、クラッチヒットで仕事はきっちり。新庄もニューヨークメッツに在籍していた時は、イスロー・タナカと比べられていたが、川崎のタナカぶりはお見事の一言である。 ただ、川崎を見て、日本風にふざけさえすれば外国人受けすると考えてはいけない。川崎は野球に真摯に取り組んでおり、仕事はきっちりとし...

参議院選は安倍首相が絶対多数を確保し、抵抗勢力が復活する布石

間もなく参議院選が行われるのだが、参議院に一度当選してしまうと、六年間固定されてしまう。そういった意味で、参議院は衆議院以上の意味を持つ。わが国では、特に2007年以降、国会が何度も捻じれてしまい、決まるものも決まらない事態が発生した。その原因のすべては参議院にあった訳である。 今回の参議院選は、間違いなく自民党が圧勝するだろう。言われ尽くされている感があるが、積極的に自民党を応援するというよりも代替が無いから仕方ない、という事だと思う。唯一政権担当が可能である民主党が悪すぎて、セカンドベストの党すらない、という事態に陥ったのだ。かといって、維新やみんなの党、ぶれない日本共産党に入れたところで、政権担当能力は皆無であり、所詮は死に票になるだけである。まあ、政局がぶれるのが嫌なので、安定した政局を望みたいので自民党に入れる、という真っ当な考えの人達も多数いるだろう(しかし、これは現状の二院制に辟易としているという事に他ならない。自民党は参議院を削減する話には加味していない)。 私は自民党を積極的に支援する理由が何一つ見当たらない。自民党が目指す国家の展望は良く解らないし、自民党が支援する利益団体にも属していない。寧ろ、農業支援や公共事業費増などのばらまき政策、そして円安政策など、自分の利益と反するような政策に嫌気がさしている。日本の未来を考えると「みんなの党」などに魅力を感じるが、心の底では「引っ掻き回さずに現状維持をして欲しい」と思っている自分もいるわけだ。まあ、自民党は多数さえ取れれば「現状維持」的な政策を進めると思われ、積極的に反抗する理由もない訳だ。 今回の選挙戦は、はっきり言って盛り上がりに欠く。選挙の焦点は経済だというが、「アベノミクス(笑)」で株が上がったのだから、自分たちを支持しろ、というようなスタンスが取られている。しかし、自民党は「第三の矢」については利権団体の顔色を窺いながらお茶を濁し、骨抜きの「ノーサプライズ」改革案を出してきた。その他の党はアベノミクスを批判するものの、対抗案は示していない。というよりも、そう言ったものはマスコミに流れない。 いつもは選挙戦前には、醜聞が溢れるものなのだが、今回はそういった噂すら出てこない。大手メディアからは、政権を批判するトーンはまるで聞こえてこない。批判を一手に引き受けているのは橋下大阪市長...

LAレイカースはセンターに禿のクリス・ケイマンを据える

ケイマンはクリッパーズの時にオールスターに出ていたが、クリス・ポールをクリッパーズがとった時に、見返りとしてニューオーリンズに出せれた。昨季はマーヴェリクスに行ったのはいいが、ディフェンス面で監督のシステムに合わず、かなり苦悩の日々を送っていたように思う。しかし、レイカースの問題は、パウ・ガソールをPFで使うのかセンターで使うのかを決める事。そして、コービーは何時復活できるのか?この二つの問題が解決しない限り、レイカースに明日はない。 一方、オマー・アシークであるが、ロケッツに公式にトレードを志願したが、チームに一蹴されたという事だ。ツインタワーのシステムで臨むのだろうか?まあ、ディフェンスマインドを持ったセンターを今は保持しておく。風向きが変わり、アシークの価値があがるまで待つつもりかも知れない。

ジョシュ・スミスはピストンズ

結局、デトロイト・ピストンズが4年:56ミリオンドルでジョシュ・スミスの獲得に成功したという。使い勝手が多い選手だけに、取りたい選手であるが、デトロイトはどのようにスミスを役立てるのかは不明である。これで、ジャーミー・リンとアシークがアトランタへ売られる話は消え去った。

ジャーミー・リンとアシーク、アトランタへ?

ヒューストン・ロケッツは、本気でアトランタ・ホークスからジョシュ・スミスを獲ろうとしているようだ。で、ハーデン、スミス、ハワードのビッグスリーでチャンピオンリングを狙いたい、という事のようである。 どうやってジョシュ・スミスを獲るのか?アトランタ・ホークスがサインアンドトレードでヒューストンに送るというものである。見返りは、なんとオマー・アシークとジャーミー・リンという事だ。リンがロケッツを去ってしまうのか?? というよりも、リンがアトランタに来るのか??これはアトランタに住んでいる私としては大変嬉しいニュースである。そうなれば、ホークスのシーズンチケットを買う事になろう。しかも、お気に入りのアシークも来るという事だ。そうなれば、ロケッツなどというテキサスの田舎町のチームなど、興味すらわかない。 まあ、現時点では「噂」の話しなので、これを元に未来を語るのは馬鹿げているのだが。

ハワード、ヒューストン・ロケッツへ決定。

勘弁してくれよ。 私のお気に入りのアシークは来季から名前を変えるニューオーリンズ・ペリカンズが招致を試みているようだ。見返りには新人のライアン・アンダーソンを出すかも、という事だ。 ハワードの加入で、来季はロケッツのバスケは間違いなくつまらなくなると思う。 まあ、ロケッツというチームは、70年代後半から80年代前半にはモーゼス・マローンというMVPも取ったセンターがいた。ツインタワーの一角であるラルフ・サンプソンは置いておくが、90年代は史上最高のセンターの一人であるアキーム・オラジュワンを擁して大成功を収めている。その後は、姚明をセンターに据えて、プレイオフ常連チームになった。ロケッツはセンター中心にチームを作りたい歴史がある。ハワードをその歴史を繰り返すための、次の偉大なセンターとしようとしている節もある。しかし、時代はセンターの役割を昔ほど大事にしていない気もするのだが? まあ、ハワードはオラジュワンやモーゼス・マローンと比べるには、かなり辛いものがあると思う。姚明とどちらが上かというのも、議論の余地があると思う。姚明は少なくとも、フリースローを入れられる。

ロケッツ、ジョシュ・スミスに焦点を合わせる?

オーバープライスのハワードの獲得に失敗すれば、ヒューストン・ロケッツはアトランタ・ホークスのジョシュ・スミスを狙うらしい。これは良いムーブだと思う。スミスはロケッツのチームにマッチするし、是非とも行って欲しい。とか言って、自分は今、アトランタに住んでいるんですが。

ドワイト・ハワードがヒューストン・ロケッツへ?

ヒューストンロケッツはアーロン・ブルックとカルロス・デルフィーノをウェイブして、サラリーキャップの隙間を開けてきた。本気でドワイト・ハワードを獲りに行くつもりのようだ。デルフィーノを切った事は、ある意味で正解だと思う。 当ブログを読んでもらえば解ると思うが、私はヒューストンロケッツが好きである。しかし、ハワードのような選手はあまり好きではない。ハワードは、どちらかと言うと、オフェンスよりもディフェンスの選手であると信じている。第一、フリースローが入らないではないか?ハワードは背が高いだけのディフェンス要因だ。さらに、ハワードはロッカールームの癌として有名である。この選手が入ると、チームのケミストリーが崩れる。ハワードがいるチーム(マジック、レイカース)が負ければ、すべて他の選手の責任である。ハワードは良いセンターではあるが、「歴代最高」のフロアーをドミネントするようなセンターでもない。 年棒的には、バカ高すぎる選手だと思う。良いセンターのオマー・アシックがいるのに、態々ハワードを獲りに行く必要が理解できない。アシックをパワーフォワードで据えるのか(あり得ない)?アシックを控えに回すのか(もったいない)?それともレイカース等にアシックをトレードするのか?アシックの頭の良いプレーは見ていてかなり楽しい。もし、トレードの選択肢であれば、私がロケッツの試合を観戦する回数は減ってしまうだろう。 まあ、この時期に移籍についてごちゃごちゃ言っても仕方ない。毎年メンバーが目まぐるしく変わるNBAでは、シーズンが開幕するまでは過剰反応は無用である。