ジマーマン事件、特集
陪審員の長い審議の結果、ジョージ・ジマーマンは無罪であると確定された。予想通りと言えばそれまでだが、前述の書き込みを見ていただければ解るが、この判決には勝者はいない。敢えて言うならば、お金も儲かり、名前も売れた弁護士のみが勝者なのだろう。法治国家で、法律の上で裁きが正しく下された事は良かったと思う。だが、その法律そのものは大幅な改良を要する不良品であった。
未だに人種問題が言われているが、この特定の事件の背景に人種問題があるようには見えない。「銃社会」が引き起こした悲劇にしか見えないのだ。そして、メディアは銃についての話を避け、安易な人種問題に話をすり替えようとしている。完全に何かが間違っている。人種問題で騒ぐ人たちも、タブーに触れたがらないメディアも、狂っていると思う。
フェースブックの書き込みなどを見ていると、この判決に不満を持っているリベラル系の友人が多くいるのに驚かされる。この話を無罪と無期懲役、ジマーマン対マーティンの遺族、或いは黒人対白人といった白黒で語ろうとしている人の多さに驚かされる。社会の法律的な不備をもって、人々を犠牲にする社会が良い社会だと言えようか?
西海岸を中心にデモが巻き起こり、ジマーマンを公民権違反で起訴しようとする動きすら出ているという。第一に、今回の事件が差別的な要素を含まないと信じて疑わない上に、個人対個人で公民権が犯されるという意味が解らない。敢えて言うなら、そのような報道を受けたり、マスメディアにでっち上げられているジマーマンの公民権が犯されているようにすら見える。デモに繰り出した一部のアフリカ系アメリカ人は暴徒化し、店舗や車を破壊している。一方、フェースブックやツイッター上では、マスメディアの行き過ぎや、黒人人権擁護派のがめつい行動を非難する、尤もな意見が並んでいるのだが、こう言ったものが日本のメディアに取り上げられることもない。
永遠の真理も理解できる。黒人たちの貧困は解決しなければならない社会問題だし、人を肌の色で「差別」するべきではない。では、社会に何ができるのか?黒人社会自体が一丸となって頑張らない限り、この問題が解決することは無い。黒人社会は文句ばかり言って、義務を果たしていないと考える尤もな意見も多いと思う。父親が子育てを放棄して、シングルマザーに育てられる。そして、家でMTVを見て、ギャングスターに憧れを抱く。貧困の中、都会のゲトーに住む。黒人が多くなったゲトーは治安も悪くなり、誰も商売などを始めようとせず、社会インフラも欠けていき、ますます貧しくなる。
人種問題を絡めて、政局を二極化し、法律にイデオロギーを含ませ、社会コストを無視しているアメリカの空気については怒りを禁じえない。色々チェンジしてもらわなければ困る事があるのだ。
元アトランタ・ファルコンスのマイケル・ヴィックがドッグファイト(闘犬)をやって禁固三年を喰らった。ジマーマンは黒人の高校生を射殺して、正当防衛で無罪である。法律や制度が可笑しいとは思わないのか?次の大統領選出馬も囁かれているテキサス州知事リック・ペリーは、自ら音頭を取り、中絶の禁止を急ごうとしている。銃で高校生を殺すのは構わないが、胎児を殺すことは決して認められない、と言うのか?
コネチカット州のサンディフックで、小学生が銃器で虐殺されて以降、アメリカは銃規制に舵を切ったと思っていたが、オバマは結局何もやっていない。オバマがやっているのは、スノーデンを捕まえようとしたり、中共政府と折衝したり、バーナンキの首を飛ばそうとしたり、違法移民を市民にしてラテン系の選挙民を増やしたり、シリコンバレーに恩を売るために移民法改正したり、自分の政党の基盤を拡げる為の政治戦略ばかりである。選挙で約束したような、アメリカ社会のリベラル化はどうなったのか?「チェンジ」などと言っていたのは懐かしい。誰でも、大統領の椅子を取れば、自分こそがリベラル化の抵抗勢力に「チェンジ」してしまったのだろうか?
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