現在台北にいるのだが、今日は台風11号(颱風南瑪度)が襲来していることもあり外出できず、一日中NHKで民主党代表戦を見ていた。(何故台湾ではケーブルテレビでNHKを見れる状態にあるにもかかわらず、NHKの受信料を払わなくていいのでしょうか?)
いくつか驚いたことがある。一つ目は、代表が誰になるかによって、自分たちの未来が左右されるような状態であるという切羽詰った状況であるにもかかわらず、昼寝したりして討論を真剣に聞いていない人達が大勢いたという事実である。あの状況で昼寝できる人間は、政治家失格とかいう次元の問題ではなく、社会人失格である。こういう馬鹿げた人間を社会から抹殺する事が、政治に求められる自浄作用なのだと真摯に考える。
続いて代表候補たちの答弁内容の希薄さである。前原以外の候補は、人情に訴えるような最終答弁をした。これについては、候補者を責めているのではない。候補者が、最後の瞬間に、全世界にテレビ放映されているにもかかわらず、情に訴えるような答弁をしなくては「票に繋がらない」と理解していたのだと思う。それ程、民主党議員のレベルが低いのだと思う。
討論の巧さでは、馬渕候補が他者を抜きん出ていた。立ち振る舞いから、表情の作り方から、喋り方まで、スピーチの訓練をしっかりと受けているのだと思う。細かい数字まで記憶しておいて、聞いている人間を驚かそうという戦術も、スピーチの中級のクラスを取れば教えてくれる。ただ討論自体に誠実性がなく、作り話ではないかと疑うような内容であった。勝ち目が全くない馬渕が立候補した理由は、自身のスピーチの巧さをアピールして名前を売ることが狙いであったと考えられるので、馬渕は120%計算どおりに今回の代表戦立候補の目的を果たした、と考える。
一方で、前原はとんでもなく希薄な政治家であると言う事が判明した。政策のような物を喋っているようであったが、前原は「問題」を列挙しているだけであった。解決方法の道筋を示すのがリーダーの仕事なのだが、問題の解決方法については、「新体制が決める」などと言っているのだから始末に終えない。総理に立候補する人間が問題の解決方法を考えていないと言っているにも等しいのだ。前原はただの評論家であり、政治家ではないという事が世間にしっかりと示された。野田の支援要請を裏切って、自身が担ぎ出される形で最終的に立候補したのだが、二位にすら組み込めなかった。勝算もなく選挙に立候補したことにあり、国民には自身の軽薄さだけを晒した事になる。今回の代表戦を通して、前原は政治家として「終わった」人間となった。多分、前原は少し知能指数が足りないのだと思う。
傀儡万里候補と野田候補の決選投票となったが、小沢嫌い票が野田に流れ、なんと野田が民主党の代表に選出された。台風がやって来た、という感じだ。以前のブログにも書いたように、私は、民主党の力学では海江田が楽に当選するだろうとみていたのだが、野田を選んでしまうことに、民主党の党としての危うさを感じてしまう。一体、民主党には骨となる政策があるのだろうか?野田の政策は、民主党が掲げていた修正社会主義路線とは180度違う物だ。民主党議員はそれを受け入れる事が出来るのか?
結論から言うと、民主党の議員連中の殆どは、先ほども述べたように、社会人すら失格する程度の取るに足らない人間である。そういう人間に政策を持てだの、方向性を示せだの、言っても無駄であるということだ。民主党が政権交代で掲げたように、官僚主導はいけないというのはもっともだと思う。ただ、こんなレベルの政治家が官僚を主導するのは無理だと思う。根本的に何かを変えないと、私たちの国は壊れてしまう。逆に、官僚が言うように、あの程度のしょうもない政治家がいちびっていても日本国家が成り立っているように、官僚は優秀なのだ、とする意見すらまともに聞こえてしまう。
野田政権に何を期待したいのかは、次回に書くこととする。
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