9/17/2011

正直者が馬鹿を見る生活保護制度

NHKスペシャルで、生活保護の特集が組まれていた。先の記事でホームレスが歌う賛美歌の話を書いたところであるが、公園の路上生活者は生活保護さえも貰えないということなのか?路上生活者は、食を乞うてはいないので、先の記事で乞食と表現したことは謝罪したい。ほんまもんの乞食は、生活保護を濫用する連中であるということが良く解った。大阪市の税収の17%が生活保護に使われているという。

数日前、ある市営の病院で働く友人の医者と喋っていた時、その病院には夜に救急車で風邪を見て貰うために生活保護受給者が殺到すると聞いた。救急車をタクシー代わりにするという。若い生活保護受給世帯も多いと聞いた。生活保護受給者は勿論医療費は無料である。病院は、生活保護者には多めに薬を処方すると聞いた。

そして今日のNHKスペシャルでは、テレビ番組としてはかなり踏み込んでおり、社会問題に詳しい人以外にも生活保護濫用の実態の一部分を映し出してくれた物だと思っている。本日の番組においては、外国人の生活保護受給者の実態、在日の人達と生活保護、そして部落問題。そして、それらの利権などについては触れられていなかったのは残念であった。生活保護が勤労可能な人達にまで支給されるようになった経緯には触れられていない。長田区役所襲撃事件などの名前すら出てこなかった。大阪にも、生活保護が簡単に受給できる区とそうではない区があったり、生活保護は役人のさじ加減一つである場合もあるという。四国や中国地方で、生活保護を受けようと役所にいくと、大阪の新今宮までの切符を貰えると言う、笑うに笑えない話まである。

政府はどのような取り組みをしているのであろうか?大阪市は生活保護受給プログラムの問題を解決させるために、さらに多くのプログラムを立ち上げている。生活保護を止めさせて、勤労させれば、生涯で数千万円の違いがある、というのは理解できる。それならば、プログラム自体を止めれば良い話しだ。今後は、孤児育成制度や障碍者基金など、別の形で生活保護にがいとうするような形にするべきである。勤労世帯が生活保護を貰えるのは、部落や在日問題の利権を持つ団体がごねた結果であり、条件が役人の匙加減で決定するような失敗政策が罷り通ってる事のほうが可笑しい。

生活保護政策では病院や薬局が儲かる。政府は色々なプログラムを作ることが出来て、権益を増やすことができる。受給者はプライドを捨てなければ行けないものの、働くことなく、それなりに利益を得る。しかし、そのツケを誰が払っているのかは良く考えなければいけない。納税者の意見は置いて行かれたままだ。

生活保護は全面的に廃止するべきだと思う。公平さの観点から、アメリカのように食料以外は買うことができない、フードスタンプを発行すればいいだけの話だと思う。家賃、電車代、貸しスーツ代など、現物配給でいいと思う。生活保護世帯の医療費が無料だなどという話しは、とち狂っている。障碍者など、働く能力を欠く人達については、役人が匙加減できない公平なプログラムを作るべきだろう。

政治家は、納税者の味方をしてくれているのか?答えは「否」である。「生活保護の廃止」などという政策は、ノイジーマイノリティー(在日朝鮮人の各種団体、部落解放連盟、医師会、ヤクザ)の琴線に触れるため、政治家は言い出したくない。大多数の納税者は、生活保護が一部の人間の利権になっている事を知らない。そして、本当に生活保護を必要としている社会的弱者も存在している。こう言った状況下で、生活保護の廃止を言い出すことは、政治生命の終わりを意味してしまうからだ。

では、どうすればいいのか?どうしようもない。野田政権は、増税について、消費税増税を選択肢から消し去り、所得税や法人税で歳出を賄うことを宣言している。つまり、働いてまじめに税金を納める人のお金を分配しようと言う事である。私は、消費税(あるいは付加価値税)こそが、公平な財源だと思っている。まじめな人達が税金を納め、ゴキブリたちが利権を貪る。そして、生活保護廃止といった議論さえままならない。日本は非常に平和な国である。

9/16/2011

乞食達の賛美歌

311の地震の後、初めて日本に降り立ったわけだが、ここは大阪であり、被災地に来ている訳でもないので、地震の爪痕は全く見て取れない。相変わらず大阪は景気も悪いが、地震のせいでさらに景気が冷え込んだのかどうかは不明である。市内では意外と大掛かりな建設工事が増えており「ハコモノ」を増産している。

街はというと、小奇麗に新設された場所(JR大阪駅など)に人々が集まっているものの、お金を落としている風には見えない。一方で、昔に賑やかだった場所などで、閑古鳥が鳴いている場所が多く見受けられた。新しい建築物を建てると、少し古くなった商業施設は陳腐化されてしまう。新たな建設はパイを大きくするのではなく、他のパイを食っているだけなのだろう。マーケットが飽和するというのはこういう事を言うのであろう。

新らしい施設に入ると、レストランだけが流行っている。服や高価な物を買う人はいないが、散歩がてらに新しい場所にやって来て、レストランで食事だけ済ますというありがちのパターンだろう。レストランは強気の値段設定をしているし、小奇麗なショッピングセンターにありがちな見た目だけ美味しそうではあるが、実質は安物の食べ物が2000円ほどで出されている。しかし阪急沿線のサバーバン(郊外)に住み、贅沢な雰囲気を楽しむために態々着飾ったマダム達は、2000円を出し惜しみしない。味は不味くなければ良いのだ。雰囲気を楽しみたいのだ。

一方で、私が世界一のランチが食べれると太鼓判を押す北新地には、寒風が吹き荒れていた。サラリーマンの数がますます減り、観光客のような人達が超豪華な1000円ランチを楽しんでいる。割烹やフレンチなど、北新地には最低でも20件ほど紹介したい店があるのだが、当サイトは真剣な食ブログではないので、敢えて記事にはしていない。JR大阪駅での2000円代で食べる見栄えだけのランチ。そして北新地で供されている1000円代で世界一のクオリティを保ったランチ。それでも若者は350円の弁当を追い求める社会の流れ。

大阪の街を歩く。昔流行っていた個人経営の零細飲み屋や食堂は、どんどん潰れている。若者の服装はどんどん貧乏臭くなっている。風俗嬢と一緒に手を繋いでホテルに行く人達をやたらと見かける。寧ろ、道行く若い女の子達が総て水商売従事者に見えてしまう。

公園で面白い光景を見た。基督教のボランティアの人が拡声器を持って、ホームレスを集めて賛美歌を歌っていたのだ。四、五十人にも及ぶ乞食達が賛美歌を歌っている。異様な光景に、不覚にも私はその場に呆然と立ち尽くしてしまった。

「慈しみ深き、友なるイエスは、変わらぬ愛もて、導き給う。世の友吾等を、棄て去る時も、祈りに応えて、労わり給わん。」

ホームレス達が飼っているのか、そこには猫が一杯いた。周りのベンチには専門学校にでも通っている若者たちがコンビニの小さな弁当を頬ばんでいる。2011年の9月の暑い日の昼下がり、自分が生まれ育った大阪で目にしている光景は、私が知る日本の物ではなかった。

8/31/2011

多数決で負けたのなら黙って潔く勝者の尻の穴を舐めろ!

自民党でもそうだったのだが、党の中に180度政策を異にする派閥がある。国民は選挙で政党を選ぶのであって、その政党内に色々な政策を掲げるグループがいるとすれば、間接民主主義は全く成り立たない。修正社会主義の鳩山氏や菅氏が掲げていた政策と、リバタリアンの野田氏が掲げている政策では、方向が180度変わっている。選挙を踏まえないで、このような方向性の大幅な変更が行われることは、民主主義の冒涜以外に、なんと表現すればいいのであろうか?

野田氏が民主党党首に選任されたあと、所謂新小沢系の議員が面白いことを言っていた。「コンセンサスが大事」だと。我が国にはおおよそ1億人ほどの有権者が住んでいる。そして、1億のわがままが存在する。他の人がどうなろうと、自分のわがままを通せば得をする。それぞれの有権者が、細かい部位で根本的に利益を異にし、コンセンサスを得ることは難しい。よって多数決というシステムが存在する。「私」と「あなた」は異なる意見を持つ。落としどころは決して見つからない。だから多数決をし、負けたら涙を呑んで、潔く勝った方の尻の穴を舐めて文句を言うな。これが多数決を採用する民主主義という残酷なシステムなのだ。このシステムを理解していない人が余りにも多すぎるし、一部の政治家は、自分のわがままを通そうとして、民主主義を愚弄している。

しかし、問題の根本は、国民自身が「良い政治」なるあり得ない物に幻想を抱き、ひとつの答えがあるかのように考えている。政治とは、「私」と「あなた」で利益が異なる事象の、割り振りを決定するシステムに過ぎない。全ての人にとって「良い政治」など存在しないのである。そのあたりの残酷な現実を認識することなく、美辞麗句に騙されている国民は、「哀れ」の一言に尽きる。

8/29/2011

颱風來了!(民主党の代表選挙の結果について)

現在台北にいるのだが、今日は台風11号(颱風南瑪度)が襲来していることもあり外出できず、一日中NHKで民主党代表戦を見ていた。(何故台湾ではケーブルテレビでNHKを見れる状態にあるにもかかわらず、NHKの受信料を払わなくていいのでしょうか?)

いくつか驚いたことがある。一つ目は、代表が誰になるかによって、自分たちの未来が左右されるような状態であるという切羽詰った状況であるにもかかわらず、昼寝したりして討論を真剣に聞いていない人達が大勢いたという事実である。あの状況で昼寝できる人間は、政治家失格とかいう次元の問題ではなく、社会人失格である。こういう馬鹿げた人間を社会から抹殺する事が、政治に求められる自浄作用なのだと真摯に考える。

続いて代表候補たちの答弁内容の希薄さである。前原以外の候補は、人情に訴えるような最終答弁をした。これについては、候補者を責めているのではない。候補者が、最後の瞬間に、全世界にテレビ放映されているにもかかわらず、情に訴えるような答弁をしなくては「票に繋がらない」と理解していたのだと思う。それ程、民主党議員のレベルが低いのだと思う。

討論の巧さでは、馬渕候補が他者を抜きん出ていた。立ち振る舞いから、表情の作り方から、喋り方まで、スピーチの訓練をしっかりと受けているのだと思う。細かい数字まで記憶しておいて、聞いている人間を驚かそうという戦術も、スピーチの中級のクラスを取れば教えてくれる。ただ討論自体に誠実性がなく、作り話ではないかと疑うような内容であった。勝ち目が全くない馬渕が立候補した理由は、自身のスピーチの巧さをアピールして名前を売ることが狙いであったと考えられるので、馬渕は120%計算どおりに今回の代表戦立候補の目的を果たした、と考える。

一方で、前原はとんでもなく希薄な政治家であると言う事が判明した。政策のような物を喋っているようであったが、前原は「問題」を列挙しているだけであった。解決方法の道筋を示すのがリーダーの仕事なのだが、問題の解決方法については、「新体制が決める」などと言っているのだから始末に終えない。総理に立候補する人間が問題の解決方法を考えていないと言っているにも等しいのだ。前原はただの評論家であり、政治家ではないという事が世間にしっかりと示された。野田の支援要請を裏切って、自身が担ぎ出される形で最終的に立候補したのだが、二位にすら組み込めなかった。勝算もなく選挙に立候補したことにあり、国民には自身の軽薄さだけを晒した事になる。今回の代表戦を通して、前原は政治家として「終わった」人間となった。多分、前原は少し知能指数が足りないのだと思う。

傀儡万里候補と野田候補の決選投票となったが、小沢嫌い票が野田に流れ、なんと野田が民主党の代表に選出された。台風がやって来た、という感じだ。以前のブログにも書いたように、私は、民主党の力学では海江田が楽に当選するだろうとみていたのだが、野田を選んでしまうことに、民主党の党としての危うさを感じてしまう。一体、民主党には骨となる政策があるのだろうか?野田の政策は、民主党が掲げていた修正社会主義路線とは180度違う物だ。民主党議員はそれを受け入れる事が出来るのか?

結論から言うと、民主党の議員連中の殆どは、先ほども述べたように、社会人すら失格する程度の取るに足らない人間である。そういう人間に政策を持てだの、方向性を示せだの、言っても無駄であるということだ。民主党が政権交代で掲げたように、官僚主導はいけないというのはもっともだと思う。ただ、こんなレベルの政治家が官僚を主導するのは無理だと思う。根本的に何かを変えないと、私たちの国は壊れてしまう。逆に、官僚が言うように、あの程度のしょうもない政治家がいちびっていても日本国家が成り立っているように、官僚は優秀なのだ、とする意見すらまともに聞こえてしまう。

野田政権に何を期待したいのかは、次回に書くこととする。

8/28/2011

浜松南、健闘むなしくカリフォルニアにサヨナラ負け

難敵メキシコに5-2で撃ち勝った浜松南が、リトルリーグ決勝に駒を進めた。相手はアメリカWest、カリフォルニア代表である。

カリフォルニアのブライドン・シャルツマン君のファストボールとスライダーに浜松南は苦しんだ。3回表には藤田君のヒットを、エラーがらみで効率良く一点をまさに捥ぎ取った。

しかし、その裏、先頭のダナー君にホームランを運ばれ、同点にされる。

試合は投手戦に。シャルツマン君と戸塚君の投げあいだった。日本はデフェンスもしっかりしていた。90球を投げて戸塚君は規定で交代。代わった高倉君が6回に、またもやコントロールが定まらない。四球とエラー絡みで満塁に。最後はニック・プラトー君がセンター前にクリーンヒット。2-1サヨナラでカリフォルニアが日本を下した。

試合の後、両者がきちんとお互いを称え合い、非常に気持ちの良い試合となった。カリフォルニアチームの日系、高田亮君が通訳をかって出た事も見ていて気持ちの良いものだった。リトルリーグの熱き戦いは、カリフォルニアの優勝で幕を閉じた。

浜松南は良く戦った。善戦を称えたい。

8/25/2011

浜松南、メキシコと再び

サウジアラビア、カナダを敗者復活戦で順調に破った日本隊は、ヴェネズエラとの一戦になった。ベネズエラは延長戦でメキシコに1-2で惜しくも敗れて、敗者復活戦に回ってきた。打撃に定評のあるチームである。

浜松南は3回にスラッガー鈴木君のホームランで3点を先制する。4回は四球から、高倉君の3ランホームランで6-0に引き離す。しかし、浜松南は監督もコーチも野球を楽しもうという雰囲気を選手に徹底させており、見ていて本当に気持ちよい。6回には鈴木君がダメ押しの二本目のホームラン。8-0として試合はあっさり決まったかと思われた。

しかし、ベネズエラも粘りを見せる。コントロールが乱れたピッチャーの岡本君を苦しめ、満塁にしてみせる。そして、ヒットで三点を返す。代わった杉浦君から、センターのナバエスが完璧なホームラン。8-6とされるも、ベネズエラの反撃はここまで。試合は結局9-6で日本が勝った。

明日は再びメキシコと。相手が強いのは分かっているが、浜松南にはリトルリーグ決勝への道を懸けて頑張って欲しい。

ところで、アメリカ側の決勝は、モンタナ(北西)対カリフォルニア(西)となった。カリフォルニアなどは、アジア系やラテン系など人種が混じっている。日系の高田亮君などがいるのだが、南東部やミッドアトランティスなど、アメリカの東部は白人の子供しかいない。こんなところでさえも、アメリカ社会の歪みがはっきり出ていて面白い。

8/22/2011

リトルリーグ、浜松南はメキシコに敗れる

私はリトルリーグの世界選手権を見るのが好きで、毎年ESPNで観ている。今年の日本代表は浜松南であり、エリミネーションマッチでメキシコと対戦した。メキシコ、ピッチャーのガルシア君は一回にはかなり緊張していた様子で、ストライクが入らない。しかも、二つのエラーにより、早々と二点を失点する。いつもの日本圧勝のパターンかと思ったが、このメキシコのチームがかなり組織的な野球をするのだ。何よりも内野の守りが良い。日本がバントで二塁手を送ろうとして、ダブルプレーを取ったのは圧巻であった。一方の日本も、ピッチャーの鈴木君が頑張っていたが、メキシコの巧みなバッティングに二点を失い、同点になる。日本の内野の守備も堅く、特に二塁手の松下君か井桁君のプレーが素晴らしかった。

延長戦になり、メキシコに競り負けてしまったが、浜松南チームも健闘した。メキシコは優勝候補の中華台北(要するに台湾)チームを3-0で蹴散らしており、かなり強いと思われる。ここ数年、インターナショナル代表は、日本対台湾という構図が目立ったが、今年は若干違う構図が見られる。

しかし、浜松南の選手が良い。野球を楽しんでいる。良いプレーをすれば笑みを浮かべるし、常にアップで試合をしている。見ていて気持ちが良い。監督もすがすがしく、日本を代表するに相応しいチームだと思う。それに対して、昨年の江戸川南は優勝はしたものの、非常に見苦しいチームだった。選手の子供たちは、何かに恐れてか、決して笑わない。狸のような老いた監督は、世界中で放映されているという事を忘れてか、「あのポンコツ相手に何点でもとれるだろ!」などと、相手を見下したような発言をマイクに取られている。ああいうチームがリトルリーグの日本代表として出て欲しくない。

浜松南はメキシコに負けてしまったが、サウジと戦い、恐らくその後は台湾と戦い、まだ決勝に進む可能性を残している。是非とも頑張って欲しい。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...