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海外で成功する日本人、失敗する日本人

米国の金融界がかなりきな臭くなってきた。ヘリコプターからお金をばら撒いて金融パニックを起こさないようにするはずのバーナンキ博士の目論見が、民主党を中心とする政治屋の思惑で潰れかけそうになっている。昨年の夏以降書き続けている事ではあるが、金融界の外にさえも悪材料が拡がり始めている。グローバルレベルでデフレプレッシャーがかかりだすと、かなり不味い事になって来る。ポールソンのベイルアウトプランを早急に通すべきだ。 懐の心配をしたいところだが、マーケットのスペキュレーションが私の理解を超えだし、モメンタムさえも掴めない。ボラティリティーが高すぎるこの状況は、現金保有の静観が正解だ。 さて前回のコラムで、城島氏がマリナーズの捕手としては使い物になっていない旨を示唆した。イチロー選手と城島氏は、共にマリナーズで活躍する日本人として一括りで語られているが、この二人を見ていて思う事がある。イチロー氏が海外で成功する典型的なタイプの日本人であるのに対して、城島氏は海外で失敗する典型的なタイプの日本人であるのではないのか、と思うのだ。 私も海外生活が長くなってきて、色々なタイプの日本人と付き合いをしてきた。しかし海外で成功している日本人には、たったひとつの共通性を見ることが出来る。それは「自然な適応力」である。ただそれだけなのだ。勿論、適応力にも色々な種類があるし、人によって生きている状況が全然違う物だ。だが、総じて適応力の高い日本人の多くが海外で成功を収めているし、楽しく時を過ごしている。逆に、自然な適応力が無い人は、適応しようと無理な努力をしたり、不満をぶちまけたり、傷のなめあいをしたり、病気になったり、荷物を纏めて日本に帰ったりする。 日本のメディアで触れる海外に住む日本人といえば、殆どがスポーツ選手であろう。鈴木一朗氏や中田英寿氏が成功した日本人として高い評価を得ている。その他にも、アカデミア、音楽、芸能、ビジネスなど、様々な場所で活躍する日本人も多い。逆に、芸能界にせよ、スポーツ界にせよ、成功しなかった日本人も山の数ほどいる。 成功しないタイプの人は、海外で妙な「サムライ魂」のようなものを掲げる。「日本人である」という事実を必要以上に意識し、日本人である自分が頑張ればどうにかなる、などと言った甘い考え方を口にする。それ故に、海外の人間や文化などを変に気にして、自分のやらなけれ...

城島が自発的にダイエーホークスに帰ってくれることを期待して

私はローマという街とそこに住む人々に嫌悪感を抱いて仕方ない。大都会パリにぶらっと遊びに行って帰って来ると、ますますその兆候が酷くなった。そして、そろそろ、どんなに天気が悪かろうと、シアトルが恋しくなってきた。 しかしながら、シアトルに2008年の秋にいなくて良かったと思える理由が二つある。一つ目は、スーパーソニックスをオクラホマシティーに奪われてしまった今季の開幕時期に街にいる必要が無かった事。そしてもう一つは、100敗以上と低迷する我がマリナーズを見ずに済んでいる事だ。本日は2009年のマリナーズに向けて、苦言を少々言わせてもらう。 シアトルタイムズに、イチローが多くのチームメイトに嫌われており、暴行計画まで画されていた、というショッキングな記事が載った。イチローの態度の悪さ、というよりも、社交性のなさは今に始まった事ではない。多くのチームメイトやメディア関係者に嫌われているのは当然といえば当然だろう。スポーツをしたことが無い私なら、どんなにイチローが良い選手であれ、できればイチローとは一緒の職場では仕事したくない。しかし、プロの世界で社交性の無さ故に暴力を加えるなどというような考え方は、リグルマン監督が言う所の中学一年生のメンタリティーだ。まあ、Goeff Bakerも地方紙のスポーツ記者からの出世を画策して、色々と面白おかしい記事を供給する必要があるのだろう。 しかしながら、ベーカー記者はマリナーズ番として色々興味深い指摘をしており、日本のメディアでは取り上げられないマリナーズが直面する大きな問題についても深く追求している。 以前このブログでも書いたが、マリナーズの一番の問題はフロントとGMバベシの戦略無きチーム作りであった。そもそも、オーナーである任天堂の山内がスポーツとしての野球に興味がないので、このチームに明確な指針は無い。GMバベシは2008年のシーズン中盤にクビを飛ばされたが、フロントは任天堂出身のハワード・リンカーン及びチャック・アームストロングと変わる事はない。 だが、戦略や経営指針の無さの話は、一昼夜にして解決できない。ただ、直ぐにでも解決できる処方箋もある。つまり、チームメンバーの一新だ。フロントの責任ではあるが、明らかに力が劣る選手に対して長期契約の多額の賃金を支払っていたのは問題だった。セクソン、バティスタ、シルバ。枚挙に暇が無い。 しか...

汚い罵り言葉のボキャブラリーが乏しい日本の同世代

外国生活も長くなり、外国人との交流での新鮮さを長い間忘れていたのだが、ローマで外国人同士で酒を飲む機会が多く、英会話学校に通っていたときのような新鮮さを覚えたので、このコラムを書く。 酒を飲んで酔っ払ってきた時、外国出身者同士の話題として持ち上がるのが、自分の国の汚い言葉についてである。私は世界各国の汚い罵り言葉をずいぶん教えてもらった。性的な表現、神を冒涜する言葉、特定の外国人を罵る言葉。世界各国、直訳するとかなり汚らしい言葉を日常的に使っているものだと感心する。相手は私に教えた見返りとして、日本語の汚い言葉を私から教えてもらう事を期待するのだが、この時点で私は非常に困ってしまう。 殆どの外国人は、日本人との交流を既に持っており、私に自分たちの知る汚い言葉を疲労する。その殆どが、「あほ」や「ばか」、或いは「くそ」である。しかし、これらは汚い言葉でもなんでもない。英語にすると、StupidやShitでは、酒を飲んでいる時にお互いに交換するほど汚くもなんともない。私は、そのような何の変哲もない言葉を、何も知らない外国人に汚い罵り言葉であるとして教えたそれらの日本人のセンスや価値観を卑下してやまない。 「糞喰らえ」や「阿婆擦れ」などといった言葉も考えられよう。Eat shitそしてBitchに相当する言葉であり、第一弾の罵り言葉としては有効だろうが、文学作品や漫画では目にする事が多いものの日本人が侮蔑の言葉として日常茶飯事に使っているとは思えない。また、とてつもなくひどい言葉を教えてもらっているので、対等な程汚い言葉だとも思えない。女性器を指す言葉を教えてもいいのだろうが、それは方言バラエティーがあまりにも多く、性的な表現ではあるが卑下の表現としては一般化されているとも思えず、断念する。 私の友人の多くも、このような経験を持っている。友人たちの結論は、日本社会が紳士的であるため、そのような言葉が育まれなかったというものだ。しかし、私は全面的に肯定できない。何故なら、幼少の頃、近所の年寄りたちは私たちが使わなくなったような表現を悪ぶれる事もなく使っていたからだ。日本人が紳士的だというだけでなく、何らかの理由で言葉狩りが横行しており、近代世界から汚らしい罵りの表現が抹殺されていったものだと考える。いわゆる「差別用語」である。 そういった言葉狩りへの皮肉も込めて、私は汚い罵り...

国の借金の話をするな!

一般の人達と国の経済対策について喋っていると、違和感を覚える事が多い。というのも、多くの人達が、日本は過度の借金漬けであり夕張市のごとく破産するのではないのか、という意見を持っている。輪転機を回せば紙幣などいくらでも発行できるので、理論上国が破綻する事はない。しかしながら、輪転機をフル回転させるような事態になると、円が相対的に安くなり、強烈なインフレのプレッシャーが生まれる事になる。だが、日銀や財務省が節度のある政策を執り続ける限り、ハイパーインフレに陥る事はまずないだろう。マクロ経済の観点からすると、デフレよりもインフレの方が健全なので、ある程度のインフレは歓迎するべきである。 プライマリーバランスが黒字化したほうがいいのか?と問われれば、そんな簡単な話ではない。もしロシアのように大きく黒字化すると、それはそれで問題になる。現時点では、日本が近い将来にそのような問題に直面する可能性が低いので、こんな事を討論しても意味がない。ただ、財政赤字が急激に大きく膨れ上がる事態は、「日本売り」の投機的なシグナルを発してしまい、日本の資産や円が投資家に売りたたかれる事態が起こりうる。多くの人は、このような事態を心配しているのではないか? 結論からいうと、プライマリーバランスの問題は、大きく動かさなければ問題ない。税収が減れば、それ相応の予算を組めばいいわけだ。ただ税収が減っている状態は、現在のような不景気と直結する場合が多く、その時に増税の話をする事は全くのナンセンスである。増税は景気が良い時にするもので、不景気下で実行して投資や消費を滞らせると大変な事になる。それこそ、対処のしようがない事態に陥る可能性すらある。金融危機を引き起こしたくなければ、景気浮揚を待ってから増税するしか方法はない。 不景気下では、通常お金をばら撒くものである。消費を増やすと、短期的にGDPが膨らみ、その後の政策次第で、経済が過度に停滞するリスクを防げる場合がある。ただ日本国では、個人消費が完全に滞っているので、どのように消費を増やすようにばら撒くかが問題だ。ばら撒かれたお金が貯蓄に回されると、ばら撒く意味は全くない。公明党が以前イニシアティブをとって実施したギフト券も殆ど意味がなかった。もう一つの問題が利権団体の存在だ。予算を組んで、利権団体に無駄に吸われることなく、消費者にどのようにすればお金を回せ...

清和会政権が終わりを向かえ、ゴキブリたちが微笑む

福田首相が辞任した。既に福田政権はレイムダックと化していたので、社会に与える影響は極めて少ないのだろうが、内閣が何かの操り人形に過ぎないことが明確となって、日本国内に諦めにも似た雰囲気が蔓延してしまう。 私は小泉内閣を大きく評価している。勿論、個々の政策に対しての批判はある。しかし批判が全くおこらないような完全な内閣などありえない。個々の不完全な政策については、それを順次是正すれば良いだけの事だ。私が評価している理由は、小泉内閣が目指した方向性は完全に正しいし、堤に開けた穴は余りにも大きい、という事だ。最近では小泉政権が格差を拡げたなどといった罵詈雑言が罷り通っているが、この評価は余りにも針小棒大に過ぎる。 何故小泉政権が評価されるべきか?それは小泉氏が多くの守旧派を蹴散らしたからに他ならない。日本の政治がいかに利権団体に蝕まれているかは、国民の皆が知るところである。しかし、マスメディアに露出していることなど、氷山の一角に過ぎない。詳しくは書けないが、気心の知れた官僚の友人たちと酒を飲みながら聞く話から察すると、黒い利権団体の圧力は「恐ろしい」の一言に尽きる。政治家や政権担当者が、傀儡のごとくそれらの団体を代表して、飴や鞭を利用して政策に影響を与えているのだ。 逆に、官僚に対する批判はマスメディアで大きく紹介される。官僚は文句を言うこともほとんど無いので批判しやすい。法律を犯して大きくしくじらない限り損を被る事も無いので、官僚も黙っている。いくら恐ろしい圧力を受けていたとしても、それを黙って甘んじて受け入れている官僚の姿ほど情けないものは無い。しかしその後ろで糸を引いている連中の事を我々がメディア等を通して認識できるチャンは殆ど無い。 個人的に利権政治自体は問題としない。何故なら政治の目的は分配であり、政治家の仕事は誰にどれだけ分配するかを決めることに他ならないからだ。が、全体の国益を損なう利権団体は排除するべきだと思うし、政権が交代しないわが国において利権政治が行き着く果ては受け入れがたい現実だ。一部の暴力団まがいの利権組織が膨張する。膨張する過程で権力をつけ、政権工作に奔走する。膨張し権力をつけた利権団体は、民業を圧迫し、新規参入者を阻害し、競合の少なさにより消費者に負担を掛ける。利権は自民党が存続する限...

グーグル・マップ・ストリートビュー

ついに日本でもグーグルマップのストリートビュー機能が加えられた。ただこの時点では、シアトルでストリートビューサービスは始められていない。アメリカ国内でストリートビューがカバーされていない都市はメンフィスとDCくらいなもので、シアトルが除外されているのはライバルのマイクロソフトに対抗する意図的なものを感じる。 さて、非常に面白いと思ったのは、日本国内ではプライバシーに関する議論が過剰に沸き起こっているからである。確かにストリートビューを一目見ると、新しい技術に対する恐怖感のような物が湧き上がるのは事実だ。実家を見た時は、妙に嬉しい気分となったと同時に、不慣れが齎す複雑な気分も交錯した。しかし、それがプライバシーと直結するかどうかは別の問題である。犯罪に利用されるかも知れない、などという議論は見当違いも甚だしい。 情報化社会が目指すものは、最終的には社会活動のコスト削減並びに新たな富の創造に他ならない。特に、効率化が齎す社会コストの削減は、私たちの生活を大変豊かにしている。例えば、私は海外にいながらにして、サンスポと夕刊フジの記事を毎日チェックできる。これは、15年前くらいにはあり得なかったことだ。その他にも、情報化が齎した恩恵はそこら中に溢れている。私は、図書館に行く必要が無く、オフィスのコンピュータで大抵のデータや論文を手に入れることが出来るし、自宅にいながら自分が株を買おうとしている会社の最新のデータを閲覧できる。商店に行く前に価格を調査できるし、実際に商品を自宅から購入することすら出来る。最新の音楽をレコード屋に行くことなくダウンロードする。さらにアメリカでは、役所の書類の申し込みや税金の申請などもほとんどインターネット上で完結する。 これらは、コンピュータやインターネットのおかげで急に降って沸いたような事柄ではない。今まではアナログで行われていて、時間や金銭を浪費していたタスクを、情報技術を使ってユーザーのために簡便化しただけに過ぎない事柄なのだ。つまり簡便化できるものは全て簡便化してしまおう、それこそが情報化の一つの目的であるのだ。つまり、お金と時間を書ければ手に入るものは、全てネット上で公開してしまおうという事こそ、情報化社会が目指す正しい方向性なのである。 そういう意味で、ストリートビューは完全に正しい。切符を買って電車に揺られるか、ガソリンを燃やして車...

歪な街ローマに見え隠れする関西との共通点

関西地域が停滞して久しい事は何度もこのブログで書いている。関西地域には競争力が全く無い。というのも、関西全域が魅力が無い都市圏と化してしまったからだろう。大阪に本社機能を構えていた企業は挙って首都圏に移転してしまった。周りを見ていると優秀な人材から順に関西を離れていった。私もたまに大阪に里帰りするのだが、廃れ行く自分が育った土地を見ると、かなり鬱になってしまうのだ。私は関西の風土や文化が好きではあるが、正直言って関西に戻りたいとは到底思えない。 関西の地方自治体の政治を見ていると、様々な疑問が浮かび上がる。小学生が考えてもおかしな事に自治体は税金を注ぎ、努力をしている人間に対しては非常に冷たい政策を執っている。ごねた人間が得をする、正義のかけらもない社会を地方自治体は必死で作り出し、それを平等と呼ばせる。問題は確実に存在し、多くの人(少なくとも関西人)はそれを理解している。それらの問題に真摯に取り組み、企業活動や社会の効率化を図れば、関西はまだ捨てたものでは無いはずだ。しかしそれらの処々の問題は、「言ってはいけない」問題として取り扱われ、決して公に晒される事はない。タブーや禁断を21世紀の情報化社会でも必死に守ろうとし、そしてタブーがゆえに政治のサボタージュが起こる。はっきりと存在するものを「無い」と言い張り、その根本的な問題を無視し、表層のどうでも良い物だけをいじくる政治。勿論、何かを変えれば、そこにまた蟻は群がる。そして、努力した人たちはやる気をなくし、ますます地域全体がどす黒く染まる。存在しないはずのもを必死に残したい勢力が存在し、それら負の遺産とともに社会が真綿で首を締め付けるがごとく凋落していく様子。こんな街に誰が住みたいのだろうか? 私はこの夏をローマで過ごしている。ローマの日常を見ていると、私は関西のどす黒い禁断の社会構造と比較せずにはいれなくなってしまう。ローマで生活すると、否が應にもヨーロッパ社会の負の遺産である階級社会を垣間見てしまう。貧しい人と、知的階級がはっきりと二分しており、その間を自由に行き来することは出来ない。貧民の子供は貧民であることを約束されており、EU統合以降にイタリアに入ってきた移民の連中が貧民たちに混じる。アメリカの格差社会はアメリカンドリームと呼ばれる一発逆転が可能だが、それとは全く違う生まれたときに既に豊かさ決まっている階...

ダライ・ラマ14世法王の公演を聞く

もっと早く書くべきだったかも知れないが、先日シアトルを訪問されていたダライ・ラマ14世の公演を聴きに行った。冗談ではあるが、ダライラマ14世ことテンジン・ギャツォがテロリストであるか、生き神であるかを確認しに行ったわけだ。 結論から言うと、非常に良かった。ダライラマ14世と会えば、多くの人が尊敬の念を抱くであろう、という事が解った。ダライラマ法王は80歳の高齢でありながら、冗談を愛し、機知の富んだ話をされる。私は、常日頃、冗談の上手さで相手の知性を測っている。大抵において、冗談が上手い人は非常に頭が良いものだ。このようなレンズで判断した所によると、ダライ・ラマ14世は、非常に頭が切れる人物であった。だが宗教家にありがちな、全てを知っているという態度を全くとらず、自分の専門外の事は解らないとはっきりとおっしゃった。知らないという事をはっきりと言う事は非常に難しいことだ。ダライラマ14世は、頭の切れと、謙虚さを兼ね備えた人物であるのだ。多くのアメリカの文化の端切れを齧った人のせいで勘違いされがちではあるが、謙虚さは日本だけではなく西洋でもはっきりと尊敬を持って受け入れられる物であるという事はここではっきりと記しておきたい。 ただ一つだけ悲しかったことがある。会場の外に、中国人学生(明らかに年上の連中も混じっていた)のグループが反ダライラマのデモを行っていたことだ。情報が閉ざされている中国国内でダライラマの事を悪く思うのは仕方ないのかもしれない。しかし、情報が溢れるアメリカに在住し、両方の立場から公平な情報に触れる機会を持つ中国人留学生がダライ・ラマに対して、反対のデモを行うというのは、理解に苦しむ。もう一つ理解に苦しむことがあった。中国人学生がダライラマに対して反対している映像は、中国人コミュニティーや共産党政府にとって非常にネガティブなものになるということだ。中国人が徒党を組んで、共産党政府が流布している信条を繰り返している光景は、多くの民主主義国家で生きている人間の目からすれば異様である以外の何物でもない。 恐らく中国共産党政府は、対外イメージ政策のことなど何も考えていないのだろう。共産党の一党支配が齎す幾千もの矛盾や不公平感の中で、どのように国内の人々を支配するかだけに興味があるとしか思えない。聖火リレーで、その都市に住む中国人を導入して歓迎行事をさせた映像を国内...

ケンタッキーダービー、撃沈。

ケンタッキーダービーは、ご承知の通り、大外20番のビッグブラウンが、妙にゆったりとしたペースに功を奏してかなり強い勝ち方でゴールした。一番人気を得ていたので、バウンダリー産駒でケント・デザーモが騎乗したこの馬が勝つのも、しょうがないと言えば、しょうがないのだが、どうも合点がいかない。過去に3戦しかせず、ダービーをあっさり勝つなど、ヨーロッパの貧弱な競馬のようだ。東海岸で西海岸で中2週くらいのペースで、三冠が終われば故障しても何でもいい、といった酷使する競馬こそがアメリカの売りだったはずだ。今回のビッグブラウンの勝ちは潮流変化さえも感じさせる。 もう一つニュースは、2着のエイトベルズがゴール後に両前足を骨折して、予後不良になったことだ。牝馬で唯一の参戦で、2着を得た同馬は賛美に値する。先行で我慢して、埒沿いをしっかりと追い込んできた。ただ、ビッグブラウンの勝ちよりも、エイトベルズの悲劇のみがニュースで繰り返されるのは競馬ファンとしては不愉快だ。悲しくはあるが、競馬ではある程度予後不良が発生することは、仕方ないといえば仕方ない。このニュースをもって、チャーチルダウンズを全天候型のポリトラックにするとか、PETAが騎手を制裁するべきだなどと言うのは、あまりにも見苦しい討論だ。政治的な主張のために、競馬の歴史を変えるのはどうかと思う。が、ポリトラック導入の動きは、恐らく止められないだろう。そういう意味でも、今回のダービーはアメリカ競馬の変化の曲がり角にいるような気がしてならないのだ。 今回のダービーを観戦して、私の脳裏を掠めたのは、サニーブライアンがあっさりと二冠を取った時の光景だ。ゆったりしたペースを作り出し、人気の追い込み馬が不発で、皐月賞を勝った。ダービーではサイレンススズカの上村が控えて、またしてもゆったりとした流れになり、二冠をとった。クリスザブレイブがいたなら、或いはサイレンススズカが飛ばしていれば、サニーブライアンの活躍はどうなっていただろうか?今回も、ウォーパスが元気で殺人ペースで飛ばしていればなあ、と思ったのは私だけだろうか? 何事も無ければ、プリークネスはあっさりビッグブラウンが勝つだろうし、使い込まれていない強みで、以外にあっさり三冠をとる可能性もかなり高い。そもそも、他の馬が弱すぎる。カジノドライブに、ベルモントSで嫌がらせのように、ぶっ飛ばしてくれ...

Kentucky Derby 2008

まったくブログを更新することなく、またもや五月の一週目がやって来た。今年のシアトルの春は酷く寒く、春が来た感じなどしない。ケンタッキーダービーがあるので、仕方なくここに予想する。 実力は別として大本命と目されていた二歳王者のウォーパスが故障。よって、大混戦が予想されている。しかし、よく見ると、三頭抜けた馬が存在する。カーネルジョン、パイロ、そしてビッグブラウンだ。ただ、それぞれ問題を抱えており、簡単にこの馬が勝つ、と断言しにくい状態である。そこで、一頭ずつ見ていくことにする。 カーネルジョンは、終いで物凄い脚を使う。過去の映像を見る限り、私はこの馬を買いたいと思う。しかし、問題がある。一度もダート競争を経験していないのだ。出走した過去の六レースが全てポリトラック。ポリトラックで使える鬼脚がダートでも通用するのか?ただ、稽古で5F57秒をつけているし、楽観できないでもない。鞍上のナカタニも、距離が長ければ不安材料でしかない。父はティズナウで、マンノウォー系の貴重な担い手。 パイロも同様に鬼脚を使う。届いてはいけない場所からやって来る。パイロの場合はカーネルジョンと正反対の問題がある。前走のトヨタブルーグラスステークスで初めてポリトラックを経験し、10着と撃沈した。出遅れて、内埒沿いを中断で折り合った後、三コーナー過ぎから、まるでやる気を無くした様に沈んでいった様は、どう判断していいのか解らない。父プルピットに母父がワイルドアゲインという本格的な血統だけに大舞台では大いに期待できるし、直線の長いチャーチルダウンズならなんとかなりそうな気もする。昨年のストリートセンスと比べるのもなんなのだが、まあ、前走度外視といっておこう。 ビッグブラウンは一番人気になるだろう。フロリダダービーで逃げて好時計で勝った。直線ではどんどん後続を引き離した姿は見事の一言だ。CNBCなどでは、ビッグブラウンが共同馬主であり、新しいビジネスプランであることなどが紹介されていたが、それは日本では日常の事なのだが。ただ、前走の価値時計は優秀とは言え、ガルフストリームパークは圧倒的な先行優位の競馬場。これが、2001年のモナーコスのように追い込んで勝っていれば価値はあろうが、逃げでフロリダダービー制覇は、私としてはあまり評価に値しない。父はバウンダリー、祖父ダンジグ、そして母父ヌレイエフ。上手く逃げれば...