9/09/2008

汚い罵り言葉のボキャブラリーが乏しい日本の同世代

外国生活も長くなり、外国人との交流での新鮮さを長い間忘れていたのだが、ローマで外国人同士で酒を飲む機会が多く、英会話学校に通っていたときのような新鮮さを覚えたので、このコラムを書く。

酒を飲んで酔っ払ってきた時、外国出身者同士の話題として持ち上がるのが、自分の国の汚い言葉についてである。私は世界各国の汚い罵り言葉をずいぶん教えてもらった。性的な表現、神を冒涜する言葉、特定の外国人を罵る言葉。世界各国、直訳するとかなり汚らしい言葉を日常的に使っているものだと感心する。相手は私に教えた見返りとして、日本語の汚い言葉を私から教えてもらう事を期待するのだが、この時点で私は非常に困ってしまう。

殆どの外国人は、日本人との交流を既に持っており、私に自分たちの知る汚い言葉を疲労する。その殆どが、「あほ」や「ばか」、或いは「くそ」である。しかし、これらは汚い言葉でもなんでもない。英語にすると、StupidやShitでは、酒を飲んでいる時にお互いに交換するほど汚くもなんともない。私は、そのような何の変哲もない言葉を、何も知らない外国人に汚い罵り言葉であるとして教えたそれらの日本人のセンスや価値観を卑下してやまない。

「糞喰らえ」や「阿婆擦れ」などといった言葉も考えられよう。Eat shitそしてBitchに相当する言葉であり、第一弾の罵り言葉としては有効だろうが、文学作品や漫画では目にする事が多いものの日本人が侮蔑の言葉として日常茶飯事に使っているとは思えない。また、とてつもなくひどい言葉を教えてもらっているので、対等な程汚い言葉だとも思えない。女性器を指す言葉を教えてもいいのだろうが、それは方言バラエティーがあまりにも多く、性的な表現ではあるが卑下の表現としては一般化されているとも思えず、断念する。

私の友人の多くも、このような経験を持っている。友人たちの結論は、日本社会が紳士的であるため、そのような言葉が育まれなかったというものだ。しかし、私は全面的に肯定できない。何故なら、幼少の頃、近所の年寄りたちは私たちが使わなくなったような表現を悪ぶれる事もなく使っていたからだ。日本人が紳士的だというだけでなく、何らかの理由で言葉狩りが横行しており、近代世界から汚らしい罵りの表現が抹殺されていったものだと考える。いわゆる「差別用語」である。

そういった言葉狩りへの皮肉も込めて、私は汚い罵り言葉として「気違い」という表現を外国人に教える事にしている。これは短く、外国人にも覚えやすい。しかも、英語に直すと、ただのCrazyという非常に一般的な言葉である。昔は「気違い」などという表現は、差別用語でも何でもなく、ただのアホや馬鹿と同程度の言葉であった。しかし、精神病患者を「気違い」と俗称で呼ぶ事もあり、「気違い」はメディアから葬り去られる言葉となった。精神病患者を「神経病み」などという言葉で喩えて、侮蔑するのなら問題だろうが、「気違い」自体が特に精神病患者を指定したものではない。風変わりな人間や、常軌を逸脱した人を表現するのにもっとも的確な言葉だ。私が小学生だった90年代の前半には、国語の参考書では「気違いに刃物」という表現は健在であった。だが、この言葉は使ってはならない差別用語と化してしまったのだ。コンピュータの日本語入力IMEにおいても、ハクチやトサツ、シナなどと共に、キチガイは変換できない言葉として扱われている。修正主義としか思えない、これらの言葉狩りには断固として反対する。

私が「気違い」などと言う言葉を外国人に教えたとして、何度か他の日本人に糾弾された事がある。どんな場合であれ、差別的な表現を外国人に教えるのはどうか、という事である。しかし皮肉な事に、そのように差別用語にセンシティブな日本人ほど、権威主義や優越主義に支配されており、差別用語を用いない差別をする傾向がある。特定の外国人や低所得者、或いは自分より学歴の低いものを、差別表現を使うことなく意図的に貶めたりする。本当の差別主義者は、差別用語など使うことなく差別をするのだ。言葉狩りではそのような連中までをも修正することは出来ない。故に差別用語などといった言葉狩りをする必要性は全くない。差別的なコンテンツはあれども、一語一語はただの言葉であり、差別「用語」などというものが差別されてはならない。気違いじみた修正主義が一掃され、自由闊達に言葉が使える事を真に望む。叶わぬ事は承知しているが、差別用語を糾弾するような真の差別者がいなくなれば良いと切に望む。そして、ドイツでスイスでイタリアで韓国で、私の教えた「気違い」という言葉が日本の侮蔑の言葉として皆の記憶に残ってもらえれば、それは私のささやかな言葉狩りに対する反抗になろう。


しかし、Crazyという英語の文面をプロが日本語に翻訳する際、「気違い」という語を使わずに一体どのように翻訳しているのだろうか?「He is crazy!」は「彼は常軌を逸脱している」か「あいつはキチガイ!」のどちらが良い日本語か?「I am crazy about fishing!」は「私は狂おしいほど釣りに夢中です」か「俺は釣りキチ。」のどちらがより良い訳語であるか?読者に私の言わんとしていることがきっちりと伝わればよい。

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