5/28/2013

国際金融のトリレンマ:資本移動を犠牲にするのか???

黒田日銀総裁が、かなり面白いスピーチをした。ミルトン・フリードマンが言った「自由な資本移動と金融の安定、および国家単位の金融規制・監督の3つを同時に達成することはできない」という国際金融のトリレンマという考え方があるのだが、この話を態々持ち出したのだ。この話自体は、大学の国際金融のクラスを一つ取れば紹介される話であり、何故固定相場制が上手くいかないのか、などの話につながる。

黒田氏と安倍首相は円を安くすることを公言している。そして、インフレ率2%を達成したうえで長期金利は抑えると言っている。すると、残りの一つを犠牲にする事になる。つまりは、自由な資本の移動である。黒田氏と自民党は、日本から、または日本への自由な資本移動を制限しようと企てるのであろうか?

態々トリレンマの話を持ち出したので、非常に気持ちが悪い。

乙武騒動について考える。障礙者に優しくないのが東京の強み

ツイッター上などで盛り上がっている話題について本ブログで思いを巡らせるのは嫌いなのだが、思う所があるので、自分自身のメモとしてこの記事を書いている。

乙武氏が銀座のトラットリア・ガンゾーというレストランで、エレベーターの止まらない二階まで運んでもらうのを拒否された云々という事件があった。はっきり言ってどうでも良い出来事である。その事件に対して、ツイッター上で人々が自分たちの意見をぶつけて、いわゆる炎上という事態になったという。

それに便乗しようとして、乙武事件がコラムなどで引用され、記事の「フック」として使われている。日経BOに載っていた慎氏の記事など、まさにそれである。慎氏の記事は、ユーモアが全くないうえ、論理展開が無茶苦茶なのと、浅はかな思い込みが鬱陶しいので、コラムは読むに値しないと考えているのだが、コメント欄が面白くて、興味深かった。慎氏は、日本人が不寛容なので障礙者に優しくない、などと面白いことを書いていた。この問題について少し考えてみたい。

私は今まで色々なところに住んできたのだが、特に欧米の先進国で、障礙者の人が公共交通機関を一人で使う事に出くわす。障礙者に手を差し伸べる人が多くて、かなり微笑ましい。助ける人も助け慣れているし、助けられる人も助けられ慣れている。そういう光景を見ると、こちらの気分も良くなる。アメリカでは、軍人系の筋骨隆々とした障礙者が多く、そういう人達にリスペクトを見せるという文化も定着しているし、車椅子を利用する人の割合が日本とは比べ物にならないくらい多い感がある。

老人が公共交通機関に乗って来る事も多い。欧米や台湾では、お年寄りが交通機関に乗ってくると、すすんで席を譲る。非常に気持ちの良い光景だ。だが、私の生まれ故郷、大阪でも人々は老人にすすんで席を譲る。日本であれ、老人には席は譲るものなのだ。

大阪人の私が東京に行くと、人々が冷たく見える。ニュースメディアに洗脳されてしまったのだろうが、東京ではベビーカー、妊婦や老人が来ようとも席を譲らない、らしい。そんな事はない。昼間の比較的空いている時間帯に電車に乗ると、結構みんな席を譲っている。ただ、通勤時間帯に席を譲ったりするのは不可能である。関西であれ、通勤時間帯に御堂筋線の梅田-難波間などで優先されるべき人達を優先することはできない。他にも、路線にもよるが、高齢化したわが国では、乗客がほぼ老人という場合もあり、老人が老人に席を譲る訳にはいかない。

シアトルで、レイクワシントンを越える州道520が課金されるようになってから、朝晩のバスが物凄く混むようになった。立っている人が大勢出て来たのだ。するとどうだろうか?老人がいようと、バスに乗った学生は寝たふりである。いつもは優しい人々が、混雑する公共交通機関内では冷たくなるのだ。パリでもロンドンでもニューヨークでも、電車が物凄く混雑した時に乗ってみればよい。「社会的弱者(この表現が嫌です)」を助けたくても助けられない場合があるのだ。

このコラムで何度も指摘しているが、東京首都圏は世界でぶち抜けた規模の都市圏である。公共交通機関の混雑具合は間違いなく世界一だ。住んだ事がある人なら知っていると思うが、ニューヨークやロンドンなどの交通機関の混み具合は、大阪圏と同等か、それ以下である。絶対的な混雑度が違う。自分が痴漢犯と間違われないように注意することに精一杯であり、あの環境下で人を助けろ、という方が無理である。

優しさとは、何か?品とは、何か?美学とは、何か?これらは文化毎に、そして人々の間でも大きく違う。アメリカに来て、日本とはずいぶん違う「マナー意識」があり、驚いている。まず一つ目に、食事中に何かを取ってもらいたい場合は、自分で取ってはならないというものだ。レストランであれば「給仕」に頼むべきである。欧米のレストランでは、給仕が執拗にテーブルに来て「ごちゃごちゃ」聞いてくるが、あれが欧米でのサービスなのだ。アジア人の感覚とすれば、食事中に鬱陶しい、となる。

家庭でも、塩や胡椒、ナプキンを腕を伸ばして自分で取ってはならない。絶対に、「Could you pass me the salt, please?」と言って、食事をしている相手を煩わせる必要があるのだ。日本人の感覚では、自分で出来る事は、人を煩わせず、自分でするのがマナーである、と考えるかもしれない。

あとは挨拶。相手が忙しかろうとも、欧米人は平気で挨拶をする。忙しいから挨拶をしない、といった行動がマナー違反と考えられる場合もある。日本では、人が忙しい時は挨拶をしないのがマナーであると考えられる場合がある。最後に、欧米では車を運転しているときに、運転手が会話をする相手に目線を合わせてくるのだ。同乗者としては、運転に集中して欲しいのだが、喋っている相手の目を見ることがマナーであると考える欧米人が多いのだ。日本人なら、事故を起こさない事がマナーであると考える人の方が多い、と思うが。これは文化的な違いであろう。

日本では幼少の頃より、「自分で出来ることは自分でしなさい」と習う。「出しゃばるな!」という事も同時に習う。この教育が行き過ぎて、中学生にもなると、生徒たちはクラスで手を上げて質問することをしなくなる。出しゃばる事は悪い事であるからだ。欧米の高等教育に参加し始めた日本人が初めにビックリすることは、欧米人はクラスで出しゃばるのだ。

私は大阪に生まれ、大阪に育った。商売の都、大阪という地では、出しゃばる人間に優しい文化がある。出しゃばりはユニークであり、そういった生き方をリスペクトする文化がある。ユニークな人ほど成功するという考え方が結構浸透している。大阪では、人々は優しい。困っていれば優しく手を差し伸べてくれる人が大勢いる。つまり、お節介な人たちが一杯いるのだ。ただし、それに隠れて詐欺師のように振る舞う人間も大勢いる。つまり、人を信じるも馬鹿、信じないも馬鹿である。神戸の山の手や、京都の人達は、そういうお節介な大阪人気質を侮蔑する。他人に干渉しない事が「品」であるそうだ。神戸や京都の人は、人情味を理解しない冷温動物であるのだろう。

過去何十年にわたり、日本人は、品があり、他人にできるだけ干渉しないで済むような社会になろうと努力してきたのだと思う。結果的にお節介な人たちを排斥し、出る杭を打って来たのだ。「自己完結」が推奨され、「自己完結」な強い生き方に反する者たちは「弱い人間」と見做された。武士は食わねど、の世界である。東京というスマートな街は、そういった流れを加速させ、人々を集めることに成功した。ある意味においては、それは日本の大きな強みであった。私たちは、「東京」のそういった強みを決して否定してはならない。

義理人情に溢れると言われている大阪人の私が思う。人間はみんな弱い。そして、そういう弱い私たちは2種類に分別できる。強い振りが出来る人達と、弱いままの日和見主義的な人達。その2種類しかいないのだ、と。だからこそ「善意」で人々を助けてあげる必要があるし、助けた時に自分の気分が良ければ、それはそれで良いのだ、と。そして東京人のように、自分の事を棚に上げておいて、優しくしてあげない人に批判をするような嫌らしい人間にだけはなりたくないのだ、と。善意なのだから、出来るとき(電車が空いている)は人に優しくしてあげれば良いのだし、出来ない時(電車が混んでる)は仕方ない。

人々が社会的「弱者」を助けるように社会を仕向けようとしたり、社会的弱者に冷たい態度をとる人を吊し上げることが健全な社会だとは思わない。身体障礙者が街に出て来やすいような社会基盤を整えた街を作る事が社会の役目であり、後は人々の善意に期待するしかないのである。障礙者に優しい社会を目指すことは必要である。しかし、そういった街づくりにはコストもかかる。必ずしも東京という世界一大きくて「効率的」な街が障礙者に一番優しい街である必要はない。小さな町こそ、その優位性を生かし、障礙者に優しいことを強みにすれば良い。「日本」=「殺人的に混雑している東京」という馬鹿げた一元論には辟易としている。東京と差別化出来得る可能性がこんなにも簡単に落ちているのだから、小さな自治体がそれを生かさない手はない。多様性とは何かをもう一度真剣に考えてほしい。そして、何よりも障礙者自身が、障礙者でない人達に翻弄されて、冷たい殺人的に混雑した東京という街で、社会の実験台に使われる必要が無いではないか?障礙を持っている人たちや老人たちを、社会的な「弱者」として上から視線で扱い、他人の行動や考え方にまで干渉しようとする人達がおかしいのである。人にはそれぞれ、出来る事と、出来ない事があるのだ。東京にも優しい人たちが一杯いる。ただ、出来ない事は出来ないし、東京には東京の美学があし、他人の目が気になる人も大勢いるのだろう。

大阪はかなり大きな町である。しかし、多くの人々は余り他人の目を気にせず、垢ぬけてお節介である。優しくされたい障礙者や老人には、是非とも大阪に来てほしいと思う。私たちの善意の範疇で、優しくしてあげます。ただ、優しくしてもらったスキに、財布が抜かれていないかにも注意してください。

グリズリーズ、老獪スパーズの前で点数入れられず。

これは2012-2013シーズン・プレイオフの記事です。2014年の記事はこちらから

私の中での優勝候補、グリズリーズが四連敗であっさりと負けた。バスケ好きの私でも、興醒めするくらいの地味な試合で、視聴率を心配してしまった。両チーム、フリースローを外したり、レイアップをミスしたりしていたが、それだけ両者のディフェンスが強かったという事だ。で、スパーズが決勝戦にコマを進めた。私の中では、けっこうあっさりとグリズリーズが勝つと思っていたので、何故グリズリーズが負けたのかを検証したい。

①グリズリーズはゾーンディフェンスを崩せず、それに対応した攻撃ができなかった。スパーズの研ぎ澄まされたディフェンスに阻まれ、ペイントの中でシュートを撃てなかった。ランドルフとガソールはボロボロだった。背が高い三人が中でディフェンスすれば、そりゃ、どうしようもない。

②ディフェンス要因のプリンスとアレンの得点力が無さ過ぎて、無視された。逆に、得点力がある他の三人にディフェンスのリソースが回された。これはパポヴィッチの戦略勝ちである。というか、プレイオフの試合を何度か見れば解る事である。問題は、これに対してホリンズが対策を打たなかったという事に尽きる。

③やっぱり、決めるにはルーディー・ゲイが必要。グリズリーズのディフェンスは光っている。問題の有った時間帯も何度かあるが、あれでもスパーズの攻撃を巧く抑えている。ただ、ディフェンスだけでは勝てない。ルーディー・ゲイをトロントに出したトレードが、こんなところで悔やまれる。ルーディー・ゲイがいれば、攻撃にもっと厚みが出ていただろう。スパーズは、グリーンやボナー程度の選手が簡単に点数を入れて来た。というよりも、マンツーマン+ダブルチームディフェンスをどのように潰せば良いのかを理解しつくしたチームプレイであった。

結局、攻撃力の単調さと、ホリンズの単調さ、パポヴィッチの老獪さ、そしてダンカンとパーカーの好調さが勝因であった。しかし、最後の三戦、スパーズのバスケは決して簡単ではなかった。が、グリズリーズは明らかに一枚(ルーディー・ゲイ?)足りなかったのだ。

グリズリーズは敗れ去り、また来年に挑戦となるのだが、このディフェンス力を解体して欲しくはない。ただ、トニー・アレンはFAであり、チームの中心が抜ける可能性があるのだ。ホリンズは典型的な硬直的な監督であるが、グリズリーズのチームはその良さが出ているだけに、変にチームをいじくって欲しくない。トニー・アレンの代わりに、レイ・アレンのようなシューターを入れると面白いかな?とも思うのだ。

一方で、勝ったスパーズであるが、調子が上がってきている。ジェノブリのプレーは悪かったが、パーカーとダンカンが素晴らしかった。ただ、GS戦の時にも問題だったが、早いシューター相手には、スパーズの組織的なディフェンスも翻弄される。マイアミは身体能力が優れた選手が大勢いる。

5/26/2013

カリフォルニア北部の群発地震

カリフォルニア州のグリーンビルで群発地震が続いている。グリーンビルはサクラメントから150マイルほど北東に行ったカスケード山脈南端の田舎町である。ここで群発地震と聞いて、ピンと来る人もいるだろうが、北にラッセン火山国立公園が位置する。ただ、震央がラッセンから50キロほど離れており、群発地震が「近い将来に危機をもたらす火山活動」によるものとする事は出来ないという。ただ、地下のマグマ活動と地震に全く関係がないとは到底考えられない訳で、引き続き警戒が必要との事だ。しかし、断定はできないが、一連の群発地震は、恐らくはモホークヴァレー断層帯による仕業であると考えているようだ。

ただ、アラスカではクリーブランド火山とパブロフ火山が噴火している。この場所はアジア―北米路線の目抜き通りなので、今後の活動如何によっては、空の航路に支障を生じ得る。サハリン沖ではマグニチュード8.2というかなり大きな地震が起きた。環太平洋火山帯の活動が「活発」になっていると危機を煽りたくなるのも、解らなくもない。

5/24/2013

ワシントン州マウントヴァ―ノン近辺、I-5のスカジット川にかかる橋が崩壊。

ワシントン州のマウントヴァ―ノンと言えば、シアトルから北に車で一時間強、バンクーバーから南に一時間半ほどの位置にあり、チューリップフェスティバルで有名である。サンファンアイランド行きのフェリーに乗る時の中継地でもある。

I-5はカスケーディアを繋ぐ背骨であり、カナダのバンクーバー(正確にはカナダ国境)からエヴァレット、シアトル、タコマ、オリンピアを経由し、ワシントン州のバンクーバー―オレゴン州のポートランド都市圏を繋ぐ。その一部である橋が崩壊したのだから、大変な事態だ。ただ、橋の一部のみが崩壊したうえ、橋自身も高くはなく、死者は出なかった。今後数週間、橋が復旧するまで、カナダと米国太平洋地域の間の交通の便が非常に悪くなる。

今回のニュースをみて、私が一番初めに抱いた感想は、「仕方ないな」である。あの橋であれば、崩壊しても仕方ないと思うのだ。というよりも、高速道路上には崩壊しそうな橋が五万とあるのだ。いつ作ったのか知らないが、物凄く「ちゃちい」作りの橋梁が一杯あるのだ。

シアトル地域で私が一番危惧するのは、ダウンタウン方面から北の大学方面に行く道である。
レイクユニオンの上にかかる高架であり、上り下り合わせて八車線。さらに二重構造であり、下にエクスプレスレーンが通る。遠くベルビューの街からキャスケード山脈も見渡せ、晴れた日の景色は最高だ。ただ、混雑時の渋滞はひどく、気分が悪くなることも多いスポットである。

いつも考えるのだが、シアトル界隈で少し大きめの地震がおこれば、まず間違いなくこの高架は崩落し、多くの死者が出ると予想する。地震が起きなくとも、ミネアポリスで起こったように、ある日突然橋梁が崩壊するような気がしてならない。

モアーのトルネードが学校を破壊した際、トルネードが頻繁に襲う事が分っているにもかかわらず、何故地下室がないのかという議論が巻き起こった。答えは、2億円近くの費用がかかるから、というものであった。アメリカでは、二億円で児童の命が救えたとしても、その金を投資しないという選択が罷り通るのである。

これも一つの考え方かもしれない。ただ、アメリカという国のリスク管理については、日本で育った私には理解できない部分もあるのだ。安全を強化する工事をするから、明日から通行料を課金する、と言われれば、それはそれで文句も言いたくなるのだが(そもそも安全強化の工事をするアメリカの土建屋を信用できるでしょうか?)。

これは考えるよりも意外と難しい問題なのかもしれない。

5/22/2013

モルヒネ投与を減らしていくと??QE4を手仕舞い、株価の調整。

本日のニューヨーク市場は非常に気持ちの悪い値動きをした。バーナンキ議長の証言の前にはダウジョーンズは1万5千5百ほどまで騰がったのだが、バーナンキ議長がQE4を手じまう可能性に言及した後、1万5千4百2十円ほどまで一気に下がった。しかし、それから盛り返したのだが、市場が萎えてしまったのか、午後になると徐々に下げ、最終的には1万5千3百円程で引けたのだ。一日内の中で、最近見たことが無いほどのボラティリティ―が見られた。

市場のコンセンサスは一つだけ。QE4を止めれば、株は下がるという事だ。ウォールストリートは、QE4の手仕舞いの準備が出来ていない。ただ、目下のアメリカ経済は滅茶苦茶良い。株高、住宅高、雇用復活。QE4どころか、利上げ局面にすら近づいている感があるのだ。

先月のヒンデンブルクのオーメンが出た後に少しだけ、そして昨日にポートフォリオをもう一度大幅に見直して株のポジションを下げたのだが、もう少し考え直さなければならなさそうだ。今後、アメリカ経済にとっての良いニュースを、ウォールストリートは「売り」機会と捉えそうだ。残念ながら、アメリカ経済はとても良い。

円安傾向は、アメリカ経済の復調が顕著であり、ますますブレーキがきかなくなりそうだ。短期投資家は別として、中長期でやっている方は、安心してドルを保有されれば良い。

5/21/2013

2013年ムーアのトルネード:トルネードから身を守る方法


私は日本で育ったため、地震、津波、台風などの自然災害の際にどうするべきか、という事は解っているつもりである。どういった規模の災害で、どのような状況であれば、命が無くなる虞がどのくらいなのか?リスクをある程度把握していると信じている。

アメリカの大西洋北西部では、数百年に一回という規模の大地震以外は、自然災害はほとんどない。大雪が降っても、嵐が来ても、洪水に見舞われようとも、命を落とす危険はあろうが、局地的な話である。

米国の南東部にやって来た。この地方ではグレートプレーリー地方ではないにせよ、竜巻(トルネード)が起こりうる。春は竜巻が特に多い季節であり、引っ越してきて既に竜巻警報に遭遇した。新しい土地で、地名も解らず、ウェザーチャンネルを見ても、私が住む場所が危ういのかどうかも解らない。どこに行けば安全なのかの知識もない。テレビもラジオも番組を中断して、警報を知らせる不気味な音が響き渡る。家の奥に逃げろと言う。急にゴルフボール大の雹が降って来て、あたりが暗くなる。そして、間断なく雷が鳴り響く。風が強くなり、雨がバケツをひっくり返したように落ちて来た。視界は不良で、20m先も見えない。停電して、テレビもラジオもない。どうして良いか解らない。トルネードは来るのか?クローゼットの中で待つこと20分。やがて雨が収まり、電気が戻る。トルネード警報も解除され、新しく移り住んだ町でトルネードの危険は去った、とラジオの気象予報士が告げる。正直、かなり焦った。

翌日、同僚に話を聞くと、そんな事は日常茶飯事らしい。私が経験した竜巻警報は、とても些細なものであったようである。いわば、小型の台風が室戸岬に上陸して、暴風警報が出ているので学校は一応休み、くらいの物であったようだ。

その後、トルネードの速報に対してはアンテナを張り巡らしている。ウェザーチャンネルでは、トルネードが発生する確率をToR:Conという数値にしている。例えば、ダラス4/10だとすれば、ダラスから50マイル以内の地域で、40%程度の確率で何らかのトルネードが確認される、といった具合である。

トルネードが来ればどうすれば良いのか?「地下の部屋に籠る」である。これ以上の答えはない。

もし、地下がなければどうするのか?家の最下階の、なるべく奥に囲まった、窓のない部屋で過ごす。たとえば家の奥まった場所にあるトイレ、それもバスタブの中に伏せて身を潜める。トルネードの中心では、猛烈な風が吹き荒れる。例えば、一番強いトルネードであれば時速300KM、新幹線から手を出すようなものである。それに巻き込まれた街路樹、木材や建材、金属片などが空を飛んでいる。それらが家に当たったとしても、家の中心部、例えば壁を3枚ほど隔てれば、助かる可能性は高い訳だ。窓のすぐ横や、シャッターのあるガレージなどは論外で、窓が割れたり、シャッターが剥がれたりすると、大怪我をする。この方法では、改良藤田スケールで4や5のトルネードが運悪く真上を通過すれば、ほぼ助からない。地上の物は根こそぎ引っ剥がされるからだ。

トルネードが多い地域では、トルネードシェルターなるものが売られており、それを常設した家も多い。そういう所に逃げると命が助かる可能性が上がる。

運悪く運転中にトルネードに遭遇した際は、橋梁を見つけ、橋と橋台の下の隙間に隠れると、生存率が上がるそうである。

トルネードは30分ほど前に予報が可能であるうえ、進路が比較的解り易い。トルネードがおこりそうな日は、常にウェザーチャンネルなどをチェックし、どこにトルネードが通るかを見極める必要があろう。可能であれば、トルネードが通過すると予報されている地域から出来うる限り早く逃げ切るという手もある。

地震も怖いが、トルネードも恐ろしい。オクラホマシティー近郊で起こったトルネードにより、ムーアは大ダメージを受けた。ウェザーチャンネルでは、トルネードの発生から、通過、消失までをヘリコプターからライブで完全に中継されていた。恐ろしい光景であった。小学校などが被害を受け、多くの幼い命も犠牲になった。亡くなった方の冥福をお祈りするとともに、迅速なる復興を期待したい。

因みに、ウェザーチャンネルに出てくるグレッグ・フォーブス博士であるが、フォーブス博士はシカゴ大学の偉大なトルネード研究家・藤田「テッド」哲也博士の生徒であり、前述のTor
;Conを開発したのをはじめ、改良藤田スケールの開発にも携わっている。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...