7/16/2013

ジマーマン事件の感想をフェースブックに載せると、「差別主義者」と罵られる。

ジマーマン事件、特集

ジョージ・ジマーマンの事件で色々思う所があったのでフェースブックに書き込みをした。日本語に翻訳して要約すると「今回の件は銃が問題であるのに、メディアは人種問題にばかり光を当てている。これを一番喜んでいるのは銃規制に反対する者たちだけだ。」というかなりオブラートに包んだ表現を使ったのだが、結構評判が悪かった。私のアメリカ人の友人にはリベラル系が多いのだが、「人種こそが今回の事件の元凶である」や「黒人のお母さんの気持ちを考えよ」などといった「リベラルな」意見を沢山頂いた。酷いものになると「お前は差別主義者だ!」と来た。アメリカ人に差別主義者と罵られたことは、ある意味嬉しかった。いつもは「Like」を押してくれる友達も、羹に触りたくないのか、反応はかなり悪かった。

私の主張ははっきりしている。
  1. ジョージ・ジマーマンがトレイボン・マーティンを殺した今回の一連の経緯に、人種差別はなかった。
  2. フロリダの法律に則ると、ジマーマンに下された無罪判決は予想通りの常識的なものであったし、それこそが「正義(ジャスティス)」である。
  3. フロリダの銃に関する法律は、混乱が生じないように積極的に改良するべきである。
  4. 出来る事であれば、国家レベルで長期的な視点をもって銃規制に力を入れるべきである。
  5. アメリカの人種問題、特にアフリカ系アメリカ人の貧困は深刻な問題であるが、それは今回のケースとは別の社会問題である。

ただ、1と2は、アメリカの感傷的な左派には到底受け入れられなかったようである。私は理路整然と、今回の一連の話を考え続けた。が、どんなに努力しても、人種問題がこの事件に直接影を落としているようには考えられないのである。しかし法廷の外では人種が問題とされた。メディアは視聴率稼ぎの為か、人種問題に焦点を絞り、事件の「台本」を作った。そして一部の人、特に格差是正などのデモをしている人たちが、この事件を人種差別の象徴と使い始めたのだ。

NCAAP(全国有色人種向上協会)がマーティン家の弁護士を務めたり、法廷外のデモを主導していたりするのだが、この団体が事件を人種問題と結び付けたいようだ。NCAAPは国民の公民権問題で数十年前には色々な功績を残したが、近年は人権圧力団体に成り下がっている節がある。この団体は、銃規制についてはほとんど触れないし、そっちの方向に話が行かないように気を付けている節すらある。NCAAPは、ジマーマンが人種プロファイリングした事を問題視している。

人種プロファイリングとは、人種帰納とも呼ばれ、「人種」によって不審人物かどうかを推測して、職務質問などをしたりする事である。黒人が分譲住宅地の中を歩いていたと言うだけで、ジマーマンはマーティンを怪しく思い、尾行し、最終的に射殺に至った、と言う物である。つまり、マーティンが黒人でなければ、マーティンは殺されていない、という事になる。

私が法廷のやり取りを掻い摘んで聞いた情報から推測する物語とは、かなりかけ離れている。ジマーマンが住む分譲住宅の敷地内で、空き巣などの被害が相次いでおり、黒人少年が逮捕された。しかし、いまだに空き巣の被害は減っていないので、自警団であるジマーマンは、警察の対応に不満を募っていた。ある寒い雨の夜、黒人の少年がフードを被って、家々を物色しながら、裏地を歩いていたので、不審に思った。しかも、薬物等を使用している様子すらあった、というのが事件公判で明らかになっている。

勿論、この話がジマーマンの都合に合わせて作られていないとは限らない。ジマーマンは警察に電話をし、「最近この辺りは空き巣にやられているのですが、明らかな不審者がいるのです。この男は、多分良からぬ事を企んでいるのか、それともクスリか何かをやっているのか、そんな感じです。」と告げた。それに対し、電話交換手の女性が「その男は、白人ですか?黒人ですか?それともヒスパニック系ですか?」と聞いたのを、ジマーマンが「黒人みたいです」と受け答えをしている。

しかし、左寄りのNBCは、このテープを編集して「This guy looks like he’s up to no good. He looks black.(こいつは、良からぬことを企んでいる。こいつは黒人だ)」としたのだ。このように続けられると、かなりの印象操作である。NBCのニュースで何度も流されたのだが、これを聞けば視聴者はジマーマンが黒人だからマーティンを追いかけたと考えても仕方ない。しかも、下の二組の写真を見て欲しい。上の写真の代わりに、下の写真が使われていたのだ。かなりイメージが違うだろう。

この日は二月の雨のフロリダにしては寒い時期で夜7時だったので、ジマーマンは「Fucking Cold!(糞寒いなぁ)」と言った。それを、左寄りのCNNもジマーマンが「Fuckin coon!」と言ったと誤報道したのだ。Coon(クーン)は黒人に対する差別用語である。クーンと言えばラクーン、つまりアライグマの事でもあるが、それとは関係ない。奴隷貿易の時に、「Barracoon」と呼ばれる檻に入れられて黒人がアメリカ大陸に運ばれていたことから、黒人をクーンと蔑むようになったという。こんな事がニュースに伝えられれば、色眼鏡で見てしまうだろう。

メディアのレベルの低さや、視聴率目当ての誘導的な手法を批判しだせば、5冊くらい本が書けるところであるが、その話は脇に置いておこう。私は、この「射殺」事件の背景には人種問題はなかったと信じて疑わない。しかし、何故黒人たちを中心に、そこまで人種の問題が取り上げられるのかが理性的に理解できないのだ。ニュース番組に出てくる人種問題根拠説を唱える人達は、物凄く感情的である。勿論、あの人たちの知能指数が足りないので、メディアにころっと騙されて、ジンマーマンに対して感情的で不公平な逆差別をしている、などと断じる事は簡単かもしれない。しかし、それでは腑に落ちないのである。

マーチンは暴力を振るったにせよ、所詮は未成年である。黒人の不良なら、正当防衛の名の下に殺されてもいいのか?黒人の不良が虫けらの様な扱いを受ける社会は、おかしいのではないか?私は、色々な点でこの意見を支持することは出来ない。まるで、素行不良を容認するような発言であるし、黒人やラテン系を中心とする未成年のギャングメンバーによる殺人事件が後を絶たない社会の現実を無視しているようにすら思うからだ。しかし日本でも、偏差値の足りない未成年がお祭りでバイクなしで暴走族の真似をするような事もあり得るわけだし、カツアゲ行為などをしている人達も多くいるわけだ。アメリカでなら、これらの子供同士が殺し合いをしたり、一般人を死傷させたり、正当防衛の名の下に殺されたりすることもある訳だ。アメリカでは「ワル」をすると命を失う可能性が高いわけだ(注:日本でもワルは良く死亡事件に巻き込まれています)。何故か?アメリカでは簡単に銃を手に入れることができ、人を簡単に殺すことが出来るからだ。

しかし、NCAAPは銃ではなく、「プロファイリング」を問題としている。言うまでもなく、人種によって人を犯罪予備軍と見做すことはおかしい。特定の人種が悪名高くとも、ほとんどの人は善良である。ベイズの簡単な式を使って考える。例えば、ある町では犯罪者で逮捕した者の80%が黒人であるとする。この町の住民のうちの30%が黒人であるとする。犯罪率は1:1000人である。こういった状況で、黒人をランダムに職務質問して、その黒人が犯罪者である確率は0.3%に満たないのだ(ベイズによりP(犯|黒)=P(犯)*P(黒|犯)/P(黒))。つまり黒人のうち、375人に1人しか悪い奴はおらず、残りの374人は善良な市民という事になる。374人の善良な市民は悪くもないのに職務質問を受け、気分が悪くなる。その犠牲のもとに、1人の犯罪者を検挙することは社会的に許されるのだろうか?これがNCAAPの主張である。まあこれはランダムに選んだ場合にいえる事であって、実際にプロファイリングする際は人種以外の要素も考察されようし、明らかに悪そうな奴もいる。だが、実際に黒人は日常的に不審な目で見られることがあるようで、イラつく事も多々あるようだ。

私が以前住んでいたシアトル近郊の町で、ある時期に空き巣が頻繁に起こった。ある日、私の大家が不審な黒人を見つけ、警察に通報した。連絡を受けて駆け付けた警察が職務質問をした結果、その不審な黒人が連続空き巣犯である事が判明した。私の大家は警察から感謝状をもらった。どうも電話したのは私の大家だけではなかったようで、何人かが感謝状を受け取ったようだ。何故私の大家が警察に電話をしたのか?その人物が不審であったからだ。それが偶々黒人であっただけである。今回のジマーマンのケースと全く同じである。NCAAPの主張に沿えば、これも人種差別なのか?

もし、NCAAPの主張が正しいとして、NCAAPは一体どんな政策を提案出来るというのか?もし人種によって、犯罪のプロファイリングが禁止されれば、不審者がマイノリティーであった場合に警察等に電話することを躊躇う事態が出てくると思われる。不審かどうかなど、直感に頼るしかない訳だ。理性的に判断などできないし、予防的な措置が犯罪を防ぐ可能性もある。フォールスアラームもあろうが、犯罪者を捕まえる事が出来る方が良い、と私は考える。警察は、不審者を見かけたらすぐに通報するように、市民に促しているではないか。

NCAAPが差別のない社会を作りたい、肌の色が障礙にならないような社会を築きたいという理想論を説くのは自由であるし、私もそうなって欲しいと切に願う。しかし現実問題として、社会の安全性の中で、犠牲にしなければならないものも多くある。プロファイリングを責めるのは、個人の心の領域に踏み込む行為であり、社会の安全を脅かす可能性も考えられ、自重するべきであると考える。社会に対してマイナスが大きすぎるのだ。私は怪しい人物を見かけたら積極的に通報しろと言っているのであって、黒人を見つけたら通報しろ、と言っているのではない。ましてや、人種差別を助長している訳でもない。逆に、行動を起こす人種差別主義者や、面白がって差別的な主張を繰り返す者たちは、社会の福祉に反する犯罪者であると考えている。差別のない社会を作るべきであるが、教育の向上など、気長に投資していくしか解決方法はないのではないか?

ジマーマンに対するレッテル張りは、黒人社会と「普通の」白人社会の間に溝を作る行為である。ジマーマン自体は警察ではないし、でしゃばり過ぎた。しかし、正義感に溢れたコミュニティーを大切にしたいタイプの人間である、と私の目に写った。メディアが面白がって人種問題を扱えば扱うほど、政局が二極化して、法案も通らなくなるだろう。フロリダなど、米国南部でいまだに健在な自己防衛法の在り方など、社会的に議論することは山ほどあるというのに。

今回の事件ではマーチン側にも自己防衛の権利があった筈だ、と論じる人もいる。状況証拠からは、マーチンが最初に殴りかかったものと考える方が妥当なのだと信じているのだが、目撃者がいないので100%そうだとは言い切れない。仮に、マーチンがジマーマンを撲殺していたとしよう。銃をもった男に脅された為に、自己防衛したのだといえば、無罪放免になる可能性もある訳だ。「もしも」の話をしだすとキリがない訳だが、スタンド・ユア・グラウンド法がどれだけの悪法かが解ると思う。ただ、法治国家では、悪法も法なり、であり、悪法故に個人を裁くことはあってはならない。気に入らなければ、選挙によって選ばれた政治家が法律を変えるしかない訳だ。

まあ、一つ学習したことは、SNSで政治発言をすると危ないという事だ。匿名のブログの中だけで好き勝手言います。長文に付き合わせて、申し訳ない。

7/15/2013

ジマーマン事件で再考した差別問題とアメリカ

レイカースを離れたメタ・ワールドピース氏(笑)が、ニックスとサインしたという事である。ワールドピース氏を獲ろうとは、ニューヨーク・ニックスは面白いチームである。NBAの話はこの辺で置いておこう。

ジマーマン事件、特集

で、アメリカの人種差別の問題だ。アメリカでは人種差別の問題は、いまだにタブーであるし、「隠れ人種差別主義者」が年上の層を中心に、結構いる。アメリカも広い。シアトル界隈では、アフリカ系アメリカ人が比較的少ないので、人種差別的な問題を感じる事はなかった。しかし、ニューイングランドに住んでいた時は自分が外国人であると日々思い知らされた。現在は米国の南部にいるが、人々は以外にも優しいという物の、ほんの数十年前まで黒人を迫害していた傷跡は未だに残っている。

アメリカでは、奴隷制度が敷かれており、1800年代半ばまではアフリカ大陸から大量の黒人奴隷を新大陸に連れてきたわけだ。しかし、1865年に内戦である南北戦争が終結し、北軍が勝ちをおさめ、合衆国憲法を修正し、憲法上は黒人奴隷の解放が実現した。

しかし、憲法は公民権を与えただけであって、「私人」や「民間企業」による差別を禁止した訳ではないと解釈された為、20世紀の前半はアメリカ全土で人種差別が罷り通っていた。黒人だけではない。アジア人なども、カリフォルニア州では白人と結婚できないが、ワシントン州では白人とでも結婚できる、などと言った人種隔離政策のようなものが幅を利かせていたわけである。

二つの大戦中は軍隊の内部などでも、白人と黒人で制度的な差別が蔓延していた。1948年になり、初めて軍隊内での人種隔離を禁止する命令が下されたもののベトナム戦争までは白人と黒人の混合部隊は実現していない。

50年代はアメリカ南部ではジムクロウ法の影響もあり、黒人差別が色濃く残っていた。しかし、マーチン・ルーサー・キング牧師の公民権運動を経て、1964年にようやく、ジョンソンが公民権法を制定させ、黒人差別が米全土で禁止されるようになる。

つまり、アメリカでは黒人差別が終わってから、50年も経っていないのである。古い人々の記憶の中には、差別が許されていた時代が色濃く残っている。そして、差別問題で「左」と「右」に分かれて政争を繰り広げられたことも覚えている訳だ。

日本でも、戦争の是非や在日問題が、一種のタブーだった時代が長く続いた。そして、現役世代が完全にボケ始めたころになって、漸く自由に議論できる風潮になった。草の根レベルでは、小林よしのりが果たした役割がかなり大きいと思っている。「戦争論」だけでなく、「差別論」なども、戦争問題や差別問題のタブーを取っ払い、左と右の拗れを消し去って、戦後意識を本格的に終わらせた偉業であると考えている。

しかし、アメリカでは、小さい時に差別社会で育った人たちがいまだに現役である。先月には、フードチャンネルで南部料理を紹介するポーラ・ディーンと言うカリスマお料理タレントが、黒人蔑視発言(注:ニガーと言っただけ)をしたという事で、フードチャンネルと契約を切られてしまった。過剰とも言えるニュースメディアの反応を見ていると、正直、違和感を抱くが、人種差別を受けて育った人たちが大勢生きている事を考えると、複雑な気持ちにもなる。

アメリカの若い子供と接していると、人種の垣根はあまり見られないと思う。まあ、オバマ大統領が当選したことでも、人種差別時代からは大きく変化したのであろう。しかし一方で、中年より上の人達は、いまだに人種差別や南北戦争を引き摺っている。アメリカ北部に住む人たちのアメリカ南部地域に対する蔑視は、気持ち悪い。黒人の白人に対する偏見は聞くに堪えない。貧乏な南部の白人は、未だにプランテーションメンタリティーを抱いている。

アメリカも、まだまだ時間がかかるのだろうと思う。公民権的な考え方では、明らかにアメリカ社会には大きな問題が横たわっている。しかし、若者たちを見ていて、こうも思うのだ。きっと、近いうちに、アメリカ版の小林よしのりが現れて、この問題に終止符を打ってくれるのだ、と。

アシアナ航空が地方テレビ局を「差別」問題で提訴

アシアナ航空がサンフランシスコの地元地方局であるKTVUテレビを人種差別的なパイロットのデタラメな名前を公表した為、訴えることにしたという。興味は、どんな酷い人種差別をしたのだろうか、という事になる。以下の四つの名前が公表されてしまったのだが、

Captain Sum Ting Wong
Wi Tu Lo
Ho Lee Fuk
Bang Ding Ow.

初めの名前は、Captain, something wrong (キャプテン、何か異常です。)
次は、we're too low (当機の高度は低すぎるぞ!)
そして、holy fuck (こんちくしょう!)
最後は、飛行機が bang, ding (バーン、ディーン「激しい衝突の擬声音」)そして乗客はow(オー「激しい驚きを表す擬声音」)

と来た。無理やり日本語にすると面白くないが、英語が解る人なら、結構考えられたジョークであると思う。このジョークは、その地方局の夏休み中のインターンが作ったものだったが、何故か放送されてしまったという。まあ、趣味の悪い放送事故である。これが、11時台のトゥナイトショーのジェイ・レノ(ABCテレビのナイト・イン・ナイトみたいな物)や、コメディチャンネルのダニエル・トッシュが漫才として言ったのなら、「めっちゃ、おもろい」で終わる話だ。だが、地方局のニュースでこれを流すのは、プロ意識に欠ける最悪の放送事故である。

しかし、これは人種差別的な名前なのだろうか?中華系の名前を持つ人は、違う文化圏の人にその名前をからかわれることもあるだろう。しかし、それが「人種差別」であるとするのは行き過ぎていると思う。日本人がパーティーなどに行くと、酔っぱらった外国人に「フジツー・カワサキさん、アリガトゴザイマス」などとからかわれることもある。気分が乗らない時は鬱陶しいものであるが、人種差別ではないと思う。

アシアナ航空は、品の悪いプロ意識に欠けた放送事故を逆手にとって、金科玉条のごとく「差別」論を展開したと考えるのが適当であろう。差別のレッテルを張られれば、メディア側はあらゆることを自制しなければならなくなり、ある事ない事を放送されるリスクが減るからだ。

米メディアは日本のメディアと同じで、基本的にリスクを取らない。一方で、攻撃できない対象は徹底的に叩く。そして、ある事ない事を必死で煽って、視聴者を鼓舞させ、視聴者をテレビの前に釘づけさせる。自由な意見を言っているように見えて、出演者の役割分担がはっきりしており、些細な問題であれ、二極分化するように持っていこうとするし、すぐに政争化する。

勘違いしている人も多いと思うが、アメリカのメディアは、質的には日本のメディアとほとんど変わらない。ケーブルニュース系の、フォックスにしても、CNNにしても、MSNBCにしても、かなり質が低いし、大衆迎合的で、下世話が好きである。ABC、NBC、CBSの三大ネットワークのニュースも「ソフトニュースを流し過ぎている」と考えている年配の人はかなり多い。前回の書き込み、ジマーマンのケースもメディアの行き過ぎが混乱を招いているとして、間違いないと思う。

あらゆる事に「人種差別」を持ち出して、自分の相対的な立場を上げようとするやり方は、卑怯以外の何物でもない思う。実際に人種差別に合って権利を侵されている人に対しても卑怯であるし、人種差別意識が無くていざこざを起こしている相手に対しても公平ではない。さらに、社会を煽動するという意味でも、卑怯この上ない作戦であると思う。社会的な立場を考慮すると、第三者は表立って反論できないという事も強調しておきたい。

アシアナ航空に言いたい。恥を知れ、と。そして、ジマーマンのケースで人種差別問題を炊きつけられて騒いでいる人達にも言いたい。頭を冷やせ、と。そして、ジマーマンのケースで人種差別を煽っているNAACPにも言いたい。あんたらの使命は既に終わっているのだ、と。メディアにも言いたい。視聴者を煽るな、と。そして、視聴者に諭したい。メディアに騙されずに、真実だけを冷静に見ろ、と。

人種差別を金科玉条のごとく使ってくるグループとしては、黒人グループ、ユダヤ人グループ、そして韓国人グループがある。多くのアメリカ人は、大きい声で公式的な立場では言えないが、正直「Again?(またか…)」と思っている。そして、こういった事を利用して、リベラルな政治的立場を表明する左寄りの人達が溢れて来て、それらの団体をサポートし始める。上述のグループは、そういった一連の動きの中で、ますます政治力を強めることになり、やがては票が欲しい政治家なども関与してくる。資本主義社会で民主主義的な国では、良く見る光景と言ってしまえば、それまでなのだが。

人種差別などを簡単に濫用できないような社会になることを、切に願う。

7/13/2013

ジマーマン、無罪確定!


ジマーマン事件、特集

陪審員の長い審議の結果、ジョージ・ジマーマンは無罪であると確定された。予想通りと言えばそれまでだが、前述の書き込みを見ていただければ解るが、この判決には勝者はいない。敢えて言うならば、お金も儲かり、名前も売れた弁護士のみが勝者なのだろう。法治国家で、法律の上で裁きが正しく下された事は良かったと思う。だが、その法律そのものは大幅な改良を要する不良品であった。

未だに人種問題が言われているが、この特定の事件の背景に人種問題があるようには見えない。「銃社会」が引き起こした悲劇にしか見えないのだ。そして、メディアは銃についての話を避け、安易な人種問題に話をすり替えようとしている。完全に何かが間違っている。人種問題で騒ぐ人たちも、タブーに触れたがらないメディアも、狂っていると思う。

フェースブックの書き込みなどを見ていると、この判決に不満を持っているリベラル系の友人が多くいるのに驚かされる。この話を無罪と無期懲役、ジマーマン対マーティンの遺族、或いは黒人対白人といった白黒で語ろうとしている人の多さに驚かされる。社会の法律的な不備をもって、人々を犠牲にする社会が良い社会だと言えようか?

西海岸を中心にデモが巻き起こり、ジマーマンを公民権違反で起訴しようとする動きすら出ているという。第一に、今回の事件が差別的な要素を含まないと信じて疑わない上に、個人対個人で公民権が犯されるという意味が解らない。敢えて言うなら、そのような報道を受けたり、マスメディアにでっち上げられているジマーマンの公民権が犯されているようにすら見える。デモに繰り出した一部のアフリカ系アメリカ人は暴徒化し、店舗や車を破壊している。一方、フェースブックやツイッター上では、マスメディアの行き過ぎや、黒人人権擁護派のがめつい行動を非難する、尤もな意見が並んでいるのだが、こう言ったものが日本のメディアに取り上げられることもない。

永遠の真理も理解できる。黒人たちの貧困は解決しなければならない社会問題だし、人を肌の色で「差別」するべきではない。では、社会に何ができるのか?黒人社会自体が一丸となって頑張らない限り、この問題が解決することは無い。黒人社会は文句ばかり言って、義務を果たしていないと考える尤もな意見も多いと思う。父親が子育てを放棄して、シングルマザーに育てられる。そして、家でMTVを見て、ギャングスターに憧れを抱く。貧困の中、都会のゲトーに住む。黒人が多くなったゲトーは治安も悪くなり、誰も商売などを始めようとせず、社会インフラも欠けていき、ますます貧しくなる。

人種問題を絡めて、政局を二極化し、法律にイデオロギーを含ませ、社会コストを無視しているアメリカの空気については怒りを禁じえない。色々チェンジしてもらわなければ困る事があるのだ。

元アトランタ・ファルコンスのマイケル・ヴィックがドッグファイト(闘犬)をやって禁固三年を喰らった。ジマーマンは黒人の高校生を射殺して、正当防衛で無罪である。法律や制度が可笑しいとは思わないのか?次の大統領選出馬も囁かれているテキサス州知事リック・ペリーは、自ら音頭を取り、中絶の禁止を急ごうとしている。銃で高校生を殺すのは構わないが、胎児を殺すことは決して認められない、と言うのか?

コネチカット州のサンディフックで、小学生が銃器で虐殺されて以降、アメリカは銃規制に舵を切ったと思っていたが、オバマは結局何もやっていない。オバマがやっているのは、スノーデンを捕まえようとしたり、中共政府と折衝したり、バーナンキの首を飛ばそうとしたり、違法移民を市民にしてラテン系の選挙民を増やしたり、シリコンバレーに恩を売るために移民法改正したり、自分の政党の基盤を拡げる為の政治戦略ばかりである。選挙で約束したような、アメリカ社会のリベラル化はどうなったのか?「チェンジ」などと言っていたのは懐かしい。誰でも、大統領の椅子を取れば、自分こそがリベラル化の抵抗勢力に「チェンジ」してしまったのだろうか?


違和感だけが残ったジョージ・ジマーマンのケース、結審へ。


ジマーマン事件、特集

米国で現在、お茶の間(笑)を賑わせたある事件の判決が下されようとしている。その事件とは、2012年の二月に、ジョージ・ズィマーマン(George Zimmerman)というゲートコミュニティー(要するに分譲住宅地の入り口に警備員がいる所)の自警組織のボランティアが、トレヴォン・マーチン(Trayvon Matin)という17歳の黒人の子供を射殺したものである。 


ジマーマンは父がドイツ系の白人で、母はペルー人であり、ヒスパニック系のアメリカ人である。ジマーマンはマーティンを打ち殺したとき、そして警察に電話した時に、アフリカ系アメリカ人を蔑視するような発言をしたため、この事件は人種間問題に発展した。

もう一つ事件をややこしくしているのは、フロリダでも採用されていたふざけた法律である。スタンド・ユア・グラウンド法と言われるものだ。非合法行為により身の危険を感じた者が、殺傷能力のある武器を使って身を守ったとしても、罪状には問われない、という法律である。多くの州で採用されている 正当防衛と、南部を中心に採用されているスタンドユアグラウンド法は大きく異なる。正当防衛の下では、喧嘩になった時に、相手を殺傷する前に、逃げる事を優先させる義務が生じる。だが、スタンドユアグラウンド法の下では、命の危険を感じる状況下においては、逃げる事を最優先する必要はなく、相手を死に至らしめても罪状には問われない。防衛する権利が銃を所持する権利と重なり、解釈の余地を残す法律となっているのである。ただ後述するが、今回のジマーマンの行動は正当防衛の範囲内であり、スタンドユアグラウンドが発動したかどうかも怪しいケースである。

自警組織のジマーマンは、コンビニで買い物をして父親のガールフレンドの家に帰る途中の丸腰のトレボン・マーチンが分譲住宅地の敷地内の裏側の路地を歩いているのを見た。ただ、マーチンはマリファナを吸ってラリパッパか或いは家の中を物色している様子で、ジマーマンの弁護士によると、その事でマーチンを怪しく思ったという事である。一方、ジンマーマンを差別主義者として見立てる論調もある。ジマーマンは「黒人」がいたので、肌の色から怪しい奴であると判断したと主張されている。  ジマーマンは車を停めて、中から911(警察)に電話した。その時点で、マーチンが事件を起こしているような事実はなかったため、警察はジマーマンの行き過ぎた追跡行動を窘めたのだが、ジマーマンは車から降りて追いかけた。どのように追いかけたのかは色々な話が出ており、事実は解りかねる。そして、マーチンと何らかの接触をしたようである。他の人が警察にかけた電話に記録された時の録音によると、大声でジマーマンかマーティンか、どちらかは不明であるが、甲高い声で助けを求め続けている。その後、一発の銃声がする。警察が到着した時には、マーチンは帰らぬ人となっていた。 ジマーマンは仰向けになり、武器を持ったままの状態で呆然としており、警察によって武器から手をほどいてもらったという。

ジマーマンは警察で軽い取り調べを受けた後、マーティンに明らかに殴られた跡などがあったために、上記の正当防衛としてその晩のうちに解放された。人を殺してもアメリカではそんなもんであるという事実が、銃規制派などを逆なでした。 一方、高校生を殺されたという悲しみは理解できる物の、マーチンの友人や家族がメディアである事ない事を主張し、マスメディアは「黒人蔑視」が事件の背景であるように報道を始める。私などがニュースを見ると、かなり偏った報道であるな、と思う事もあった。 

で、ジマーマンは恐らくは政治的な圧力により再逮捕され、一度釈放しておいたジマーマンを第二級殺人で告訴した訳だ。最悪、終身刑という重いものである。 だが、銃規制派、アフリカ系アメリカ人、そして人種問題にうるさい人たちは、すべてメディアの報道を都合よく信じ、黒人差別主義者が丸腰の高校生を射殺したというイメージを信じていたように思う。 だが、裁判が始まると、どうもメディアの報道とは話が違うのだ。ジマーマンは不良の高校生に馬乗りで殴られたので、銃を使った、というのが真相のようだ。マーチンを擁護する人達の証言は、信用しかねるような物も多く含まれていた。しかもフロリダでは、銃を所持する権利も、身の危険が及んだ際に武器を使う権利も認められているのだ。 

ジマーマンという人間が丸腰の高校生を射殺したことは、結果論的にはモラルにもとる行為であると思う。いくら不良であったとはいえ、自分の子供を殺されたマーチンの親など、いたたまれないだろう。コンビニに行った17歳が射殺に巻き込まれるような社会はイカレテいる。しかし不幸にも、銃社会のアメリカでは十分に有り得る事態なのだ。フロリダでは法的に許されている訳であり、この騒動自体が法律の不備が招いた混乱だという事も出来る。逆に、マリファナの所持や吸引はフロリダでは違法行為であるわけだし、マーチンがジマーマンを殴る事も許されない。私が思うに、法律の不備を政争に使われた中で、ジマーマンはどのような判決が出ようとも犠牲者であると思う。間もなく素人の陪審員により、ジマーマンへの刑が決められることだろう。 

この事件を見ていると、所謂慰安婦問題などともダブルところがある。法律的には問題ないが、モラル的にはどうなのか?そういった事を政争に使われれば、モラル的に劣る側は、常に防御側に立たされ、社会的制裁を加えられることになる。タックスヘイブンを使った税金回避などもこういう問題であろう。法律の抜け目を用いた行動は許されないのか?法社会なのだから、政治家が混乱が起きないように、法律を整備するべきであるし、こういう問題で個人を陥れてマスメディアが騒ぐ構造こそがモラルハザードのように思うのだが。

7/11/2013

選挙も経ないまま、日本は事実上の移民受け入れ国へ。

私のブログを読んでもらえば解るのだが、私は日本の中長期経済成長には「移民の受け入れ」が一番簡単で且つ効果的な政策だと考えている。当然、こういった政策が参議院選の卓上に乗って来るのかな、と思っていたが、流石に選挙民と関係のない事は誰も言わない。これはアメリカでも同じで、移民政策は選挙の焦点にはなり得ない。心の中では移民を受け入れたいと願っているのに、政策論争ではまるでタッチしない。何故なら票には繋がらないからだ。 今回、厚生労働省が急に、「3年間、技術者や経営者として日本で働けば移民権がもらえる」といった政策を持って来た。昨年から「高度人材ポイント制度」を導入し、それまでの10年の滞在要件を5年に引き下げたばかりであったが、今回の改正案はそれを更に3年にまで短縮することで、優秀な外国人が日本で長く活躍できるようにしようと言う物である。更にその配偶者、親、家政婦の帯同も可能になるという。これは、オーストラリアやカナダの移民政策よりも緩い政策である。 恐ろしいのは、選挙も経ないまま、このような大切な法案が霞が関でこそっと策定され、知らない間に「日本が移民を容認国家」への布石を準備しているという点である。移民を受け入れるか否かは大変重要なかじ取りであるので、民主主義にのっとって、選挙の争点としてもらわないと困る。選挙も経ずに知らず知らずのうちにこっそりと霞が関が国家の未来を決めてしまうのは、如何なものなのか?いくら良い案であるからと言っても、民主主義を無視するような政策立案には怒りを覚える。

7/10/2013

トロントの人気者、カワサキに見る成功する日本人

川崎宗則が昨年マリナーズにやって来た時、私はシアトルに住んでおり、友人の奥さんに付き合わさられて「ムネリン応援隊」のような事をしていたのだが、その川崎がトロントに加入して大変なことになっている。川崎だけでなく、王建民も加入した事で、トロント・ブルージェイズの試合をしばらく見ていたのだが、川崎がトロントで愛された理由は、川崎こそが「成功する日本人」のお手本のような存在だからであろう。

以前、このブログで「 海外で成功する日本人、失敗する日本人 」という記事を書いた。私としては「城島憎し」で書いた記事だったのだが、かなりの反響があった。イチローのような天才なら、どこに行こうと成功すると思う。城島も実力以上の契約を勝ち取ったのだから、金銭的には失敗していないという人もいるだろう。川崎が成功したのか否かを論ずるのは早すぎるという意見もある。そもそも「成功」と「失敗」をどう判断するのか?という人類の究極の謎に対して私は全ての人が納得する答えを用意できない。しかし、今の時点で思っている事を書き留めておくのは有意義だと思う。

川崎の現在の立ち位置は、アメリカ野球を代表する、「とある日本人」を思い起こさせる。イチローは別格としても、下手をすると松井よりも知名度が高い「メージャーリーガー」である。それはタナカである。サンフランシスコ・ジャイアンツで昨日にメジャーデビューを果たした田中賢介ではない。イスロー・タナカの事である。

タナカは東京ジャイアンツから、前年に奇跡的に優勝したクリーブランド・インディアンスにやって来た。が、シーズン前半に低空飛行を続けた状態になったのだが、タナカが選手の士気を上げさせ、奇跡の快進撃を突き進む。そう、映画メジャーリーグ2に出てくるイスロー・タナカ(石橋貴明)の事である。因みにタナカは、メジャーリーグ3に出てきたときは、タカ・タナカという至って日本的な名前に変わっていた。

怪しげな東洋人キャラクターとして下手な英語でチームを盛り上げる。でも、守備は堅実で、クラッチヒットで仕事はきっちり。新庄もニューヨークメッツに在籍していた時は、イスロー・タナカと比べられていたが、川崎のタナカぶりはお見事の一言である。

ただ、川崎を見て、日本風にふざけさえすれば外国人受けすると考えてはいけない。川崎は野球に真摯に取り組んでおり、仕事はきっちりとしている。打撃についても、マリナーズに入りたてのスプリングトレーニングでは4割近くを打っており、非力さを十分にカバーできるだけのバッティングセンスを有している。犠打など、チームプレイに徹しているところもチームが喜ぶところだ。仕事をキッチリした上で、英語が出来ないというハンディキャップを埋めるがために、プレイ以外の所で「英語が出来ない外国人」としての武器を使っているのだ。自分の強みと弱みをはっきりと理解しており、完璧なポジショニングをしている。

ただ、ホセ・レイエスが復活したので、今後の活躍の場は狭まると考えて間違いない。レギュラーで使ってもらわなければ、滅私奉公だがクラッチもできるという川崎の打撃は活かされないだろう。昨年もマリナーズでは、シーズン後半にイレギュラーな使われ方をして、打撃成績は悪かった。ブルージェイズにはボナファシオもいるし、今後の展望は明るくない。チームが何らかのトレードをしない限り、残念ながら数週間前に見せたような川崎劇場を見る事は出来なくなると考える。ギボンズ監督も、ここで川崎を含めて中途半端に打撃オーダーを動かし過ぎると、チームのタガが外れてしまう。慎重な采配を望む。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...