大学の門戸を外国人に開くということに対して、長点と欠点がある。長点としては、外国から優秀な人材が集まってきて、日本の競争力向上に寄与してくれるかもしれないというものだ。ただ後述するが、日本の大学に優秀な人材が来るかどうかはかなり怪しい。第二に、色々な地域から学校に来る留学生と日本人学生が交流し、文化的な多様性を学ぶ場が出来る可能性がある。しかし日本の大学では留学生をお客さん扱いし、日本人学生との交流などが充分計られていない。学部の授業でのグループプロジェクトのようなものも少なく、留学生に限らず、研究室やサークルの外で学生同士の交流は限定されているのが大学生活の実情である。留学生が自分の国の言語を教える代わりに奨学金を受け取れるなどのWinWin政策も考えられようが、教官の仕事を駆逐するような政策は普通は上がって来ない。ミクロの問題については個々の大学の経営判断によるところが多く、筆を省く。 米国の大学で最近取り沙汰されているのは、大学経営にとっての短期的なキャッシュフローの追求と、大学の質を保つという意味での長期的な経営戦略が矛盾してしまうという問題だ。私は現在大学の授業を担当しているのだが、数年前から学部の中国人留学生の質が極端に落ちたと感じる。海のものとも山のものとも解らない中国人留学生を金づるとして大量に入学させ、結果的に全体的な授業の質を落としてしまっている。 数年前まで、当地の大学の学部において、質が悪い留学生といえば、韓国人留学生と相場が決まっていた。確かに韓国人留学生の中には、英語も碌に理解できないような連中が紛れている事が多々あった。その癖、自己主張が強く、採点方法などに文句を言いに来るのだ。そういった面倒臭い生徒が多い為か、教授(特に白人の教授)の中には韓国人留学生を毛嫌いする人達もいた。性格に関しては国民性というものもあろうが、何故韓国人留学生の質が低かったかの理由は簡単だ。不正に入学している韓国人留学生が極めて多かった為である。韓国で高校まで卒業し、留学業者にお金を払う。そうすれば出願書類を揃えてくれたり、推薦書なども書いてくれる。酷い場合には、内申書を改竄したり、toeflの試験で不正行為をしてくれたりもするようである。そういう業者が存在し、学歴というものを過度に意識する親たちがお金を払うというみっともない構造が出来上がっているのだ。韓国人の...
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