12/08/2015

国家社会主義の安倍政権、社会主義的な経済政策を次々と打ち出してくる

安倍政権が何をしたいのか、ますます解らなくなってきた。「経済の味方、自民党」というイメージを植え付けて、経済音痴の民主党を駆逐し、安倍政権が誕生したのは2012年の終わりである。その後、いわゆる「アベノミクス」なる三本の矢という考え方を披露した。始めの二本、つまりは金融政策(円安)と財政政策(ばらまき)により、株価は大幅に上昇した。これは、典型的な計画経済の政策である。一方、三本目の矢という事で、民間の成長を促すための成長戦略を打ち出してくれると信じていた。小さな政府を支持する私の中では、小泉政権の時のように、大幅な規制緩和を敢行してくれるのだろう、と期待していたが、そういった話はほとんど出ていない。逆に、政府主導の話ばかりが出てくる。TPPとか税制改革、ええ加減にしてほしい。個人的なことを言わせてもらえば、株で儲かったし、FXも儲かったので、「あんたは安倍さんに文句は言えないだろう」、と言われるかも知れない。しかしながら、安倍政権は「大きな政府」を標榜する政権であり、私の理想とする「小さな政府」からは方向性が乖離しており、私は安倍政権を支持できない。

安倍政権は経済通である。そんなイメージが拡がっており、一部のビジネスマン、投資家や経済学者は、円安が続き、株価が上がりさえしているうちは文句がないという事になる。ただ、目下の経済基盤がぐらつき始めており、安倍政権に反旗を翻し始めた日和見的は人達も増えている。ただし安倍政権を倒したところで、安倍さんが禁じ手を全て出し切ってしまったので、円安や株価の問題は誰がやっても同じである。

ここに来て、安倍政権が切り出している政策がますます怪しくなってきた。民主党政権時よりも規制を強めて、大きな政府を目指している。私の中では安倍自民党は「国家社会主義」を標榜する政権であるという事になっている。マイナンバーで国民の財布の中を監視し、海外送金に目を光らせ、相続税は切り上げた。TPPの横で今後数年に及ぶ農民保障の話をし、消費税を上げても食料品の還付を言い出す。しかも、最低賃金を1000円に上げるとか、社会主義政策である。さらには、所得の低い年金受給者を対象にした1人3万円の給付金ときた。どこまで行くのだろうか?

安倍さんは経済の事は良く解らないので、取り巻きの意見を適当に聞いているだけなのかもしれない。日本経済は成長なくしては、どこにも行けない。日本に必要なものは「規制緩和」。この一言に尽きると思うのだ。ばらまいたり、さらなる規制をしてみたり、株が高くなっているので、お金に甘くなっている。

経済的に行き着く先は、国家の影響を受けた大企業寡占という事になるのだろう。個人のへそくりは、そのうち全部ドボンである。貯蓄に励む人たちは、数年後に絶対に泣きを見る。

民主党支持者たちは「反国家社会主義(左)」を標榜としている人達であり、自民党支持者は「国家社会主義(右)」を標榜している人達だ。自由な競争と自由な個人に魅力を感じる私は、一体誰を信じれば良いのだろうか?え、橋下?辞めるんちゃうの?

12/02/2015

ダックバスに追突された不運なノースコミュニティカレッジの生徒たち

ノースシアトルカレッジというノースゲートにあるコミュニティカレッジ(二年生の短大に相当、昔はノースシアトルコミュニティカレッジという名だった)の新入生を乗せたバスが、タイヤが外れた水陸両用ダックバスに横から衝突され、日本人のサトウ・マミさん、17歳の中国人女学生ソン・ルンジェさん、18歳のインドネシア人男子学生プリヴァンド・プトラダント君、それと15歳の息子に付き添いでシアトルにやってきた49歳のオーストリア人のお母さんクローディア・ダーシュミットさんがその日に亡くなられた。さらに、搬送先のハーバービューメディカルセンターで、三日後に20歳の韓国系女学生のキム・ハラムさんが亡くなっている。その他にも、怪我をされた人たちが数多くいる。いまだに入院されている方も数多くおられる。


このバスには、私の知り合いのお嬢さんが同乗しており、阿鼻叫喚の話を直接聞いたので、個人的に色々と気を揉んだこともあり、なるべく書くのを避けていた。楽しいアメリカでの新生活が始まろうかと言う時に、運悪く犠牲になられた方達は気の毒で仕方がない。お嬢さんは現在では元気にノースシアトルカレッジに通われているが、事故の話はなるべく避けるようにしている。

水陸両用のダックバスは、どこからどう見ても安全上の懸念があった。あんなに大きいのに、不釣合いな小さなタイヤが付いているだけだ。事故が起こったオーロラブリッジは、通称はオーロラと呼ばれている州高速99の、シアトルの北部(動物園・グリーンレイク方面)と中心部(クイーンアン・スペースニードル方面)をつなぐ橋である。高速道路なのに、中央分離帯もなく、オレンジの線が引かれているだけだ。以前もバスの運転手が射殺されて、バスが橋から転落するような事故が起きており、色々と問題がある道である。

シアトルはアメリカの中では比較的安全な街とされており、語学学校に短期で訪れる留学生たちが集まる。大学や短大は語学プログラムを用いて留学生を集めている。有名どころではワシントン大学のELPだが、シアトルセントラルコミュニティカレッジやノースシアトルカレッジも語学学校を開いており、アジア人留学生を中心に人気が高い。

若者が多いが、年齢幅は広い。私も含め、周りにも、本格的な留学の前に、語学学校をステップとして利用する人は多い。また、大学生やキャリア半ばの方が、半年から一年くらいの休暇を取り、英語を本格的に勉強するために語学研修に来られるケースも多い。私が語学学校に通っていたときは、新聞社を定年されてやって来た70に近い女性と、小学校教員を定年されてやってきた男性がおられた。お二人からは、人生の先輩として色々なことを教わった。或いは夫がシアトルに来たので、付き添いでやってきた奥様が語学学校に通われるケースも多々見られる。

ノースシアトルカレッジのバスには、語学研修(いわゆるESL)の外国人新入生達とカレッジを始める新入生とが混じっていた。オリエンテーション目的で、シアトルの市内観光をする予定だったため、バスに乗っていたのはアジア系を中心とする「外国人生徒(留学生)」やアジアからの移民ばかりであった。

知り合いのお嬢さんの話によると、いまだに大阪出身の男性がハーバーヴューに入院中との事である。骨盤を砕くほどの大怪我を負われたが、手術にも成功したとの事。以前に属していた職業柄か、体力的に自信があり、頑張ってリハビリをされているとのことだ。

同郷の若者が異国の地で不慮の事故に会い、不便を強いられながらも頑張っている様子にエールを送りたい。何故だか判らないが、この事故の被害者をサポートするような活動がまったく見当たらない。

在シアトル日本領事館には、こんな内部資料のようなふざけた記述があるだけだ。領事館の人が、犠牲者や犠牲者の家族たちとの連携に色々務められた事は耳に入っている。が、事務仕事だけではなく、個人の時間を割いてでも、もう少し「コミュニティ」の為に活動をして欲しいものだ。領事館に、被害者に届けてくれとメッセージを送ってみようと考えている。或いは、ハーバービューに直接メッセージや贈り物を届ければ、被害者に届けてくれるかもしれない。読者の皆様も、シアトル領事館やハーバービューメディカルセンターに連絡して、苦しいリハビリを続けている若き学生を是非とも応援してやって頂けないか?医療の問題だけではなく、今後は裁判などの問題も出てくると思う。シアトルにいる日本人として、全面的にサポートしたいと思う。

同乗していたその他の留学生達も大変な事になっている。あるベトナム人の女性は、年末に保険が切れてしまい、その後は自費での入院になるとの事。(勿論、ダックを訴えて、後でお金が返ってくる可能性はある。)シアトルに住む留学生や外国人コミュニティーの方達は、国籍を問わず不運なともたちを是非とも積極的に支援してあげてほしい。

11/24/2015

ISIS(イスラム国)のテロリストという亡霊

ニュースを読んでいると、ISISのテロ攻撃は先進諸国を中心に、絶大的な宣伝効果があったのだなぁ、と改めて思う。パリで起こった事件を「宗教・政治的に動機づけられた暴力である」、つまりテロリズム攻撃であった、と全てのマスメディアが認めているからだ。この事件が本当にISISの本部(もし、そのようなものが実際にあれば、の話)が計画して、そういう連中をパリに送ったかどうかということも現状では怪しい。ISISに感化されたアラブ系フランス人やベルギー人の不満分子が、「自分探し」の一環として起こした犯行である、と結論付けた方が、全ては納得がいく。

で、結局、テロリストとはどういう連中なのか?私の中では、連中は、素直であるがアイデンティティークライシスに陥っているやんちゃの不良少年や少女である、と考えている。社会に不満が鬱積しており、そのアンチテーゼの自分探しとして、ISISを選んでいるだけである。キリスト教や西欧社会のアンチテーゼとして、イスラムやアラブやを前面に出しているだけだ。本当の意味でムスリムを理解しているとは到底思えない。

若者が団体を作ると、物凄く厳しい馬鹿な規律を作り、チームの結束力を強める。その結果、裏切り者の粛清などを繰り返す。日本赤軍もそう。オウム真理教もそう。寝屋川や船橋の暴走族もそう。山口組もそう。高校のラグビー部もそうであった。海外に目を向けても、ソ連の共産党も、中国共産党も、朝鮮労働党も、全部そうである。或いは、そうであったのである。

ムスリムの連中は差別を受けて、ひどい仕打ちを受けて、その結果テロが起こっているのだろうか?答えは、NOだ。テロを起こすのはムスリムではなくて、「人生負け組の血の気の多い不良被れ」である。そういう連中が武器を手に持ってしまったからややこしい事件が起こっているのである。そして、ISの制服を着て、ISの掟に従うことで、安心感を求めている。ISの掟をイスラム原理主義だということは、オウムの教えを原始的な仏教だというのと同じくらいの馬鹿げたことである。ただ私たちは本当のイスラムを理解していないので、連中が奇異な格好でイスラムだと主張すれば、疑いなしにそうだと思い込んでいる。

移民の問題や、差別の問題は、勿論存在する。だが、普通の人たちは、そこで必死に頑張っているし、そういったひどい状況を改善しようと頑張っている政治家やボランティアも大勢いる。しかし、すべての人が状況を良く解っているわけではない。日本でもそうなように、金銭に余裕が無い人が大勢住む都会のアウトスカート(つまり、船橋や寝屋川)では暴走族が勢力を伸ばす。朝鮮人や部落差別地域の若者はやくざ者になってしまう確率が高い。

一部の良からぬ人間がテロリストになり、若くてバカな連中を脅しで洗脳し、筋力や反社会的な態度にアイデンティティーを見つけさせる。船橋や寝屋川の暴走族も、警察が存在しないとして、刀を持たせれば、目立つところで無差別に人切りをして男気を見せようとする輩が現れるかもしれない。実際に江戸時代には辻切りなどが起こっていたわけだし、オウム真理教や日本赤軍も同じような構図である。残念ながら世界中で起こっているテロリズムは、若気の至りが反社会的になってしまうという、有り触れた問題なのだ。

こういう問題を、西欧対アラブ、或いはキリスト教対イスラムというような、高等な仕分けをするから、ニュースは魅力的に聞こえてしまうが、現実が見えなくなってしまっている。で、頭の中にお花畑が咲いている人たちが、「戦争を助長する空爆をやめよ」云々を言い出す。一方、威厳を保ちたいマッチョな連中は、「イスラムを許すな」云々言い出すわけだ。一部の不良少年たちの行いにより、世界秩序を変えようとするような、極端な意見は止めて欲しい。

もう一度言いたい。世界中の市民の安全を守るため、我々は積極的に武装ギャング集団を撲滅するべきだ。馬鹿な連中にカラシニコフやトカレフを渡さないようにして欲しい。馬鹿な集団が生まれないように、貧困若年層の教育の強化や、その連中を強制的に社会貢献させるなどの公的機関による自分探しの手助け、も提唱したい。で、実際に反社会的行動を起こした際は、徹底的に懲らしめる必要がある。

11/16/2015

フランス国旗に反対するセンチなテロリスト礼賛者たちの声

パリで痛ましいテロ事件が起きた。それに対して、FBなどソーシャルメディアの写真をフランスの国旗に変えている人がいる。我々はフランス人をサポートしているぞ、と。

それに対して「何故フランスの国旗を使うのか?」という意見が溢れている。それらは大きく二つに分けられる。一つ目は、パリ以外のテロ事件にも関心を持って欲しい、というもの。ご存知の通り、フランス以外でも色々な場所でISISによるテロが起こっている。パリの事件だけを特別扱いするのではなく、ケニアやベイルートで起きたテロ事件にも関心を抱こう、というある種の啓蒙的な意見である。そんなことを知っている人達にとっては、説教臭くて辛気臭い意見かもしれない。が、何にも知らない人が意外と多いので、こういう啓蒙的な意見は社会の役に立つのかも知れない。

問題は二つ目の意見だ。フランスはシリア攻撃に加担しており、シリア市民を爆撃しているので、その報復としてパリジャンが殺害された、いわば自業自得である、という意見だ。これはお笑いを通り越して、非常に危険で害のある考え方である。というより、テロリストの一味かと疑ってしまう。

米英を中心とする有志連合軍がシリアを攻撃している事は良く知られている。それどころか、アフガニスタンやイラクなどでも軍事作戦を展開している。この軍事作戦により、無辜の市民が犠牲となっているのは事実である。では、何故わざわざ攻撃しているのか?ということである。ご存知の通り、シリア、アフガニスタン、イラクなどの政府は、自分たちの市民を守ったり、法を執行することすらままならない「ミッキーマウス国家」であるからだ。国家とは、最低限自国民の安全を法の下で守る必要があるのだが、そんな最低限のことすら出来ないのだ。自分の国の全域を完全には支配していないため、テロリスト、つまりは武器を持ったギャング、暴走族や愚連隊のような連中が暴走して、一般市民の生活を脅かしているのである。

それに対して、仕方ないので連合軍が行動を起こしている。治安の悪い場所に住む人たちの生活を、その限られたリソース(金・人・時間)で守っているのだ。消去法的に、空爆といった一番効率的な方法で暴徒を抹殺する方法を選んだのだが、それによって一般市民が多少犠牲になってしまう。

勿論、犠牲は防ぐべきだと思う。これに対して反対する人は誰もいない。が、短期間に攻撃しなければ、テロリストたちによる一般市民の犠牲が増えてしまうし、ほかの地域にまでテロリストの魔の手が伸びてしまう。自由を虐げられ、望んでいない生活を課せられている人たち。この人たちを一日でも早く解放してあげたいと、多くの人が考えて行動しているのである。まともな一般市民としては、誰でも良いから安全を守ってほしい、となる。テロリストにすれば、米軍ほど嫌な物はない。アメリカやヨーロッパの若者たちは、自分たちの命さえも犠牲にして、こういったオペレーションに参加している。こういった自己犠牲を顧みず、綺麗事だけをのたまうブロガーたちに、辟易とする。

「無辜の市民を殺すな!」これは全ての人が同意する最終目標である。悲しいかな、それに対する国際社会の答えが空爆である。空爆が嫌なら、オルタナティブの方法を挙げてみろと言いたい。

個々の作戦に対し「効果的か否か?」といった議論は大いにするべきだ。連合国側も色々な過ちを犯している。そもそもアラブ諸国の没落にヨーロッパが深くかかわったという根強い歴史観もある(が、その後アラブ国家は何も努力せず、金持ち国家と傀儡政権という政治家や王侯貴族の利権に感け、まともな市民国家というものを作ろうとしなかった)。しかし「空爆をしているからテロリストの標的にされる。テロを防ぐために空爆を止めろ」などといった夢見る夢子ちゃん達は、結局テロリストの価値観に共感し、贅沢をしている国の政府や市民に制裁を加えよ!と暗に考えているから、そのような話をするのだろう。頭がお花畑なのか、アナーキストに騙されているのか、私は知らない。バカな事であれ、何を書くのも自由だ。だが、私は声を荒げて真摯にそれらに抗議したい。

地球上の全ての人々の安全が保障される。そんな世界が訪れれば、人々はどれほど幸せだろうか?金曜の夜にレプブリークでロックンロールを楽しむパリジャンが銃殺されるのを見たくない。アンカラやベイルートで市民が爆殺される必要もない。エジプトでの休暇を楽しんでサンクトペテルブルクに帰る飛行機で一生を終える人たちを悲しく思う。そして、大勢の人々がISISが占領する地域で自由を奪われ、異教徒の烙印を押され、虫けらのように殺されることに胸を痛める。全ての人たちがここまでに同意すると思う。誰が悪いのか?欧米ではない。テロリストという名で呼ばれている、宗教を言い訳に使い、若気の至りに身を任せる暴徒たちが悪いのである。イスラム云々言っているが、テロリストと呼ばれている若者たちが、きちんとイスラムを理解していると考える方が無理だろう。連中は、若気の至りで暴れたいだけ。ヤンキーや暴走族が武器を持ったような連中なのだ。「喧嘩上等!」の代わりに、シャリーアやなんだの曲解をしているのだ。それに対して、真剣に宗教的な見地からコメントしている文化人達は、かなり痛い人達だ。

暴走する若者が大勢出てきて、暴挙に目を瞑る連中が多くなるから、世界が混沌とする訳だ。私たちの営みは身体の安全を保障され、法に守られているという前提のもとに成り立っている。自由な世の中は、きっちりとした最低限の統治がなくしては成立すらできない。弱肉強食の動物のような世界から人類が文明を得たのは、その一点に尽きるのだ。そして、それこそが「国家」というものの存在理由なのである。

自分の国を治めることも出来ない失敗国家が数多くある中で、世界の警察たるは「欧米だけ」だというのが現状だ。世界はアメリカ人やヨーロッパ人の若者たちの血に「ただ乗り」している。本来であれば、アラブの金持ちの国が連合して、自分たちの「兄弟」の失敗に尽力を尽くすべきだ、と思うのは私だけだろうか?難民もヨーロッパを目指さず、ドバイやサウジにいくべきじゃないのか?日本ももっと積極的に世界平和のためにリソースを使うべきである。ぼんくらガルフ国家が信用できず、薄汚れて腐敗に塗れた発展途上国の無能政府、そして去勢されて鎖国気味に繁栄を謳歌するアジア国家。血を流しながら世界平和のために貢献するアメリカやヨーロッパの一部の国に、あなたは足を向けて寝られるのか?

私は安全運転に徹するので、自動車保険も警察の交通取り締まりも不必要です。左派の意見はそういった類の話にしか聞こえないのだ。

追記:報道で知ったのだが、報道ステーションで古舘が欧米の空爆もテロ、とか言ってるらしい。以前にも書いたが、報道ステーションは言葉の正確な意義をわざと捻って視聴者を混乱させようとしている。地上波を使って、ゴミのような意見を流すとは、まさに漫才である。ただ、テロリストの行為そのものが若気の至りの漫才のようなものなのだから、古館と同じレベルではある。

11/03/2015

Windows 10 にアップグレードしてみる

私はWin8.1を使っていた。スタートメニューが無くなった事から、周りでは文句を言う人が結構いたが、クラシックシェルなどをインストールしさえすれば、その問題はすぐに解決する。いわゆる「情弱」の人がWindows8の悪口を言うのだろう、と当初は思っていた。

しかし、Win8を使い始めると、色々と問題点が見えてきた。そして、今までのWindowsでは経験した事の無いような重大な問題に何度もぶつかる事となった。

まず初めに、Win8のインターフェイスが無茶苦茶使い勝手が悪いという事だ。すぐにタッチスクリーンに誘導されるのだが、マウスしか使わない私にとって、大きなパネルは百害あって一利なしだ。もう一度、スタートボタンが無くなったり不便になった事と重ねて言及しなければならない。結局マイクロソフトは、オペレーションシステムを高い値段で売っておきながら、さらにアプを売ろうともくろんでいたと思われる。アプを売るために、無理矢理アンドロイドの様なパネル画面に誘導しようとしていたのだろう。できるだけ既存のソフトを使わせず、Windows Storeに誘導し、情報弱者に売りつけようとしているのだ。お客さんの便利さではなく、自分たちの商売を優先するマイクロソフト。邪悪な意図が透けて見える。「ふざけんな!Windowsなんか、もう使うか!」と言いたい所だろう。しかし、悲しいかな代用品がないため、Win8を使い続けなくてはならなかった。

さらにマシーンにもよるが、アップデートを失敗したり、アップデートでソフトがバグってしまう可能性が極端に高かった。私のマシーンでは重要なアップデートに数回失敗し、その後色々なソフトウェアに支障が出てしまったのだ。Outlookがコンフィギュアレーションできなくなったときには、かなり困った。直そうと色々頑張った。技術屋にも相談したし、店にも持っていった。しかしWin8をリカバーする必要があると言われた。が、CDなどは持っていなかったので、色々と不備が出たマシーンを長らく使い続けていた。仕方ないのでOutlookは諦めて、サンダーバードを使い続けた。あるソフトは、使うたびにコードを入れなければいけなくなった。

で、ようやくWin10にアップグレードしたのだが、今の所Win8のような鬱陶しさは感じられない。仮想デスクトップを何個も作れる機能などは、数個のプロジェクトを掛け持ちしている私には非常に便利である。問題というのは時間が経ってから現れるものなので、もう少し時間をかけて様子をみてからWin10についての結論を下したい。

10/27/2015

世界の食のレベルが高い都市、独断のトップ20 ランキング

* この記事では、食堂や屋台も含め「外食を食べられる場所」という意味で「レストラン」という言葉を使うので注意してほしい。

旅先での楽しみといえば、食事がどうしても上位に来る。食事の味はレストランによりけりであり、美味しいところも、イマイチのところもあるだろう。しかし、食事業界の競争が激しく、全体的にレストランのレベルが高い街というものがある。今回はそれを経験と主観に基づき、ランキングとしてみた。行った事がない街は入っていない。このリストには載っていないものの、裾野が広く美味しい料理が溢れている街をご存知であれば、是非とも教えて頂きたい。

20位 ニューヨーク
NYは何でもある。が、ほとんどのものが一歩届かない。食材にしても、調理技術にしても、少し足りないのだ。ただ、何でも揃っており、知ってさえいれば美味しいものにありつける。中華やイタリア料理。そのあたりに美味しいものが揃う。ラテン系、ユダヤ系などのストリートフードも悪くない。高いレストランは外れも多いが、悪くないのも多々ある。大都会で競争が激しいためか、全米の中では比較的安い食べ物が多いのもNYの特徴だ。ピッツアに関しては、店にもよるが、本場のイタリアよりも美味しいところもある。蛇足だが、ランキングに入れなかった北米の街で食事が悪くない場所として、ポートランドORやプロビデンスRIがあげられる。

19位 ブリュッセル
ブリュッセルの真ん中にはレストラン地区がある。パリに比べると値段は低めに設定されているが、工夫がとぼしい卒のないフレンチ風の料理が出てくる。ワッフルとかも有名だ。「美味しい」か、と問われれば、ちょっと難しいところである。

18位 北京
中国の都市として唯一のランク入り。上海や広州などと比べると、北京は比較的マシなものが揃っている。高級レストランはなかなかの店が多いが、普通の屋台などは、安全性の問題から躊躇することもあるので、本来であればランキング外にしても良い。

17位 トロント・バンクーバー(カナダ大都市)
バンクーバーでは香港や台湾からの移民が美味しい中華レストランを営業する。中華系経営のいんちき和食レストランも、それはそれで悪くない。トロントは人種の坩堝であり、移民一世が作る色々な国の料理が食べられる。ただ、どれも本場には遠く及ばず、「ワオ」という言葉を発する確率は少ない。国境の南に位置するアメリカの北部都市よりはずっと良い。

16位 東京
日本の事情を知らない外国人にアンケートをとると、東京は世界の5本の指に入るグルメタウンという事になっている。外国料理(イタリアン、フレンチ、中華)など、高級な店はなかなかである。が、普通一般のレストランに入ると、濃い味付けをしたハズレが意外に多い。濃い口醤油と鰹節の味で、料理が下品になっている。天ぷら、ラーメンや握り寿司などの、本来の意味での和食でないものが有名なことからも、他の日本の町に比べて料理の文化は浅はかであると結論付ける。良い食材は高級レストランにとられてしまい、庶民はお零れにしか預かれない。本当なら東京は10位以内でも良い(どう考えてもニューオーリンズよりは上だろう)が、東京のランクが低いのは、世間の認識とのギャップを強調したいという私のバイアスがかかっているためだ。

15位 シンガポール・ペナン(マレーシア)
トロピカルな食材と、南方系の華僑の腕が出くわして、とても美味しい中華料理が出来上がった。海南鶏飯、シンガポールフライドヌードルにチリクラブ。福建系や客家系の人たちが作り出した伝統が、ホーカーズであれ、高級レストランであれ、シンガポールの中華風料理に生きている。シンガポールのマレー系の料理はペナンに由来するものが多い。ただ、ジョージタウンに行って色々試したが、マレー風の料理を食べると、がっかりすることも多かった。

14位 モントリオール・ケベック(フレンチカナダ)
フランス文化の影響を受けたモントリオールは、やはり全体的にレベルの高いレストランが多い。ケベックシティーに行けばもっと美味しいものを食べられるという根強い意見もあるが、かなりの高位にランクさせる。

13位 メキシコ湾沿いのアメリカ南部
テキサスのバーベキューは牛を使う。ブリスケットのジューシーさは筆舌に尽くしがたい。フロリダ北部からアラバマ、ミシシッピ。フライドチキン、フライドオクラ、豆、グリーンズ、ナマズに生牡蠣。安い食材を上手に使う。アメリカ北部は食事が良くないが、南には古きよきアメリカが残っている。

12位 ボローニャ(北イタリア)
イタリア料理を食べて文句を言う人はいない。万人受けする味であり、外れは極端に少ない。北は肉類や乳製品を南よりも多用する傾向にあり、私の中では後述の南には勝てない。私が訪れた中ではボローニャがかなりレベルが高かった。どの料理にも安っぽい赤ワインが合うのだ。ワイン的にはピエモンテやトスカーナに決まっている。

11位 バルセロナ(地中海沿いの「スペイン」の街)
スペインの料理は美味しい。バルセロナはカタローニャでありスペインではないのだろうが、私にとっては美味しければ何でも良い。ワイン、海鮮、ハム類、野菜。どれをとっても新鮮であり、町全体の食に対する情熱は賞賛に値する。値段も安い。タパスで小腹を膨らませるというのが正しい地球の歩き方だろう。

10位 ニューオーリンズ
アメリカにあり、アメリカらしからぬ街、ニューオーリンズ。フランス人の植民地として栄えただけあって、食は素晴らしい。ニューオーリンズで給されるのはケイジャン料理やクレオール料理であり、一般的な南部料理とは全く違う。ガンボ、エトフェ、ザリガニなどなど。スパイスの効き方といい、ケイジャンの食事は何度食べても飽きない。ジャズを聴いて、ケイジャンを食べて、通りでダイキリーを飲む。最高だ。

9位 ソウル
ソウルは美味しい。屋台とかでも、安っぽくて味の濃い料理は、まあまあ美味しい。上品なのもそこそこあるし、はずれも少ない。ああいうのが好きな人も多いだろうが、個人的にはベスト5入りはしない。

8位 サイゴン
フォーとかバンミーとかゴイクンが頭に浮かぶが、ベトナム料理は素晴らしい。他の国ほど辛いものを使わないが、きっちりと出汁をとり、新鮮なものにこだわる。やはり、フランス人の影響なのか、イーストミーツウェスト的な料理も多い。トロピカルなハーブ系の使い方も上手い。ホーチミンシティーもよいが、北のハノイの方が食事が美味しいという人も多い。

7位 サンセバスチャン
スペインのグルメ都市として、サンセバスチャンの名前はかなり知られるようになった。タパスを食べ歩き、飲み歩くのは、ある種感動を覚える。サンセバスチャンはグルメの町として豪勢な食事を用意しお金を課すようになったが、スペインの他の町では、ドリンクさえ注文すればいまだにタパスは食べ放題のところも多い。

6位 南イタリア
イタリア料理が嫌いな人がいるだろうか?そして、海の幸をある程度使ってもらうと、ランキングが自ずと高くなる。甘いトマトソース、モッツアレラ、豚のモツ。海の幸をふんだんに使うフルーティディマーレ。ローマとかでさえも、美味しいものには事欠かないが、ナポリとかだけでなく、さらに南に行けばもっと美味しい。ローマがあるラッツイオ周辺は山の起伏がなくて、ワインは全然ダメ。唯一飲めるのはフラスカーティの白くらい。全般的に南は赤ワインは全然駄目。白中心で。料理も白と合うのを頼もう。

5位 バンコク
パッタイ、クッティオ、カオマンガーイ、ソムタム。言うまでもなく、タイの屋台料理もレベルが高い。生牡蠣とか蟹カレーだとか、タイ風にすれば何でも美味しい。北に行って、もち米を多用したり、昆虫を使ったような料理も出てくるが、あれはあれで旨い。食材豊富なタイは、屋台でもレストランでも、なんでも美味しい。ハズレを引くほうが難しい。

4位 パリ
万人受けするイタリア料理よりも、フレンチを食べるほうが心が躍る。料理にイノベーションが垣間見え、あっと驚かせてくれるのだから、楽しくて仕方ない。パリのサンドミニクあたりは世界の五本の指に入る優良ランチ地域である。フランスはレストランの裾野が広いので、加工食品が発達している。フォアグラのテリーヌとか、サラミのセットなどは、おそらく工場で作ってレストランに支給しているためか、どこに行ってもそれなりに美味しい。ただ、日本人の中には、ある種類のフレンチ料理が重すぎたり、チーズっぽかったり、味気がなかったりするようだ。言い方を変えると、ハズレの店に結構出くわしてしまうのがフランスの難点である。リヨンがパリよりもずっと美味しいという話を聞くが、行ったことがないので解らない。

3位 台南・台北
台湾では何を食べても美味しい。屋台やその辺のレストランは、美味しいだけでなく、安い。陽春麺に黒白切をつけてみる。魯肉飯や台南油飯とスープを掻きこむ。夜市でジャンクフードを漁る。最高である。ただ、異国料理や高級店には外れも多い。台湾でイタリア料理や日本料理を試してみるとよい。がっかりすること間違いなしである。台湾では、安い地元のものの方がずーっと美味しい。台北101とかQスクエアの小奇麗な店は、大概イマイチだ。マーケティングに長ける鼎泰豊で一食無駄にしないで欲しい。MRTに乗って、台北市よりも南(永和・中和)や西(三重・板橋)で降りて、色々なものをトライして欲しい。驚くほどの掘り出し物にありつけるだろう。余談だが、台南の方が台北よりもさらに食を理解しているなぁ、と私は思っている。

2位 香港
香港は誰もが知るグルメタウンだ。飲茶、屋台の味、デザート類、朝ごはんの御粥に本格海鮮料理。何をとっても美味しいし、外れを引くことなど、先ず考えられない。さらに、英国の植民地であった香港では異国料理のレベルも高い。訳の解らない変わったレストランに入っても、台北のように外れを引くことはない。日本料理なども値段は別として、かなりまともなものが数多く存在する。

1位 大阪市
世界一のグルメタウン、それは大阪で間違いないと思う。私は大阪出身でバイアスがかかっているとか、そういう事ではない。大阪の食の文化と情熱が、他の都市と比べて抜きん出ているのである。市場に行ってみるとよい。食材の新鮮さが見て取れると思う。あまり物事を知らない人に「大阪はお好み焼きとか、たこ焼きとか、うどんとか、串カツとか、美味しいものが色々あって良いね」と言われる事がある。私は鼻で嗤って、あえて反論しない。知らん人は知らんでいいのだが、大阪の食文化の懐の深さは、そういう所にあるのではない。大阪には本物の日本料理を育てた下地があり、その技術や知識が、他の料理にも波及しているのだ。だから、和洋ジャンクを問わず、どのレスランを訪れても、ハズレにあたらない。世の中には「お得な料理」と「美味しい料理」があるが、大阪では「お得で美味しく一段上の料理」が気軽に食べられる。「ケバい調味料」をなるべく使わない、昆布でとった出汁を活かした上品な和食。瀬戸内で取れる新鮮な海の幸。ここ数十年は、東京でも大阪の味を食べられるようになっているが、人気の和食店は結局「関西系」だ。本物を知りたい人は一週間くらい大阪に滞在され、色々な店や市場など、特に市内中心部の割烹を回られることをお勧めする。

ただし、京都は入れていない。京都の和食は、上品さは光っているものの、無理やり京野菜とか鱧とか湯葉とかを使って、伝統を守り抜き独自色を出そうとし過ぎて敷居が高い。湯豆腐とかお茶漬けとか、形にこだわり過ぎている嫌いがある。世界には美味しいものが色々あるのだから、そういったものを積極的に用いれば良いではないか?大阪はうまいもんを提供しようと、よき伝統と革新が混じった素晴らしい食文化を持つ。牛フィレが美味しいのなら、それをカツにして和食として出せば良い。そういう大阪気質が好きなのだ。中途半端にお客さんの財布が緩い神戸は外れが多い。やはり、けちんぼが多く、競争が激しい大阪市内が抜けている。寿司、天婦羅、ラーメン、蕎麦。そういうものを和食と思っている外国人観光客は東京だけ観光しておけばよい。

旅先では、ハズレのレストランにあたる事が多く、結構がっかりさせられる。今後はハズレの話も書いていこうと思う。ただ、インターネット環境が整いすぎて、最近では狙ったレストランに皆行くので、ハズレることが少なくなっているようだ。そして、フランチャイズ店の進出で、不味くない店が増えてきた。だが、旅の醍醐味は、その辺の訳のわからない店にふらっと入って、その土地の文化と味を味わうことにあると私は信じている。このランキングは、ふらっと入った普通の店に感動させられる確率、と考えて欲しい。絶対的に美味しいレストランが存在するかどうかではない。

食のレベルが高い都市というのは、歴史、食産業の裾野の広さ、そして消費者の嗜好によって決められている。歴史的に食を愛し、新鮮な物を消費者に届ける物流を発達させ、食に五月蠅い消費者が不適なものを駆逐する。そういう皆の努力が、食に対する魅力的な都市を作り上げているのである。

興味のない人に勉強させるのは時間の無駄

私は長い間、人に物を教えている。学びたい人間に教える事は、とても楽しい。しかし、興味のない生徒に物を教えるほど馬鹿らしいことはない。要らないと言っているお客さんに押し売りをするようなものなのだ。学びたくない生徒にとっても時間の無駄だろうし、教壇に立つ先生側としても努力の無駄である。「親に行けといわれたから学校に行ってあげている」「給料を貰っているから教えなきゃ仕方がない」生徒と先生の本音の心境は、大学でさえこんなもんである。

アメリカの大学の授業でも、四分の一くらいは学位取得のためにいやいや学校に来て、効率よく単位を取りたいだけの生徒である。ただ半分くらいの生徒は積極的に学ぶ姿勢を見せてくれる。半分くらい反応の良い学ぶ気のある生徒が教室にいれば、授業は上手く成り立つし、教える側としても気分が良いものだ。

たまたまシアトルにやってきた日本の高校生を前に教える機会があった。日本語で話をしたので、語学の問題はなかった。20人ほどで、男女は半々だったのだが、びっくりするほどおとなしい子供たちだ。偏差値的に言って、馬鹿な生徒たちではない。態度は非常に良かった。が「お利口」さんというだけで、考える力がゼロなのだ。「何故こういう風になるのだろうか?」こういう「Why」クエスチョンを投げかけて指名してみる。すると、口をもごもごして答えられない。アメリカ人なら、ハッタリであったとしても、何かは答え、ほかの生徒がその意見に対してリスポンスする。

二時間の講義だったのだが、「暖簾に腕押し」といった感覚で、気分が沈んでしまった。私は、未来を背負う日本の生徒のために、「Out of Box Thinking」を少しでも誘発させてあげようと考え、色々なお話を用意した。結構時間をかけて用意した教材だったが、そもそも生徒側に興味がないので、食いついてくれなかったのだと思う。「You can lead a horse to water, but you can't make it drink」という諺がぴったり来ると思う。「馬を水場まで連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない。」つまり、機会を与えてやることはできるがそれを活かすかどうかは本人次第だ、という意味である。

親がお金を払って、無理やり高校生をアメリカに二週間送っただけなのだろう。で、生徒は意味のないアメリカ旅行に連れて来られて、何故日本語で授業を受けなければいけないのか?とか考えながら、私の講義を聴いていたのだと思う。私はボランティア、つまり無償で授業を教えた。そして、むなしさだけが残ってしまった。

教育というものは、やる気のない人に物をやらさせるのは不可能である。「態度の悪い人間の素行を修正するプログラム」、「人々のやる気を誘発させるプログラム」、「反復練習によるスキルの獲得」、そして「考える力を身につける学び」。教育とは、大まかに考えてこの4パターンが存在する。この4パターンをごっちゃにすると、訳がわからなくなる。教育論を語るときには、そのあたりから考えなければならないだろう。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...