私は日本料理というものに危機意識を感じている。日本料理は死滅への道を辿っているように思えてならないのだ。まず、初めに簡単な質問をしよう。あなたは、過去一年間で、板前のいる本格的な日本料理を出す店に何度訪れたか、と。平均的な日本人を語ること自体が、今日のような格差社会では無意味なのかもしれないが、あなたが日本料理を食べに行った回数など、極限られているのではないだろうか?人々の嗜好性は変化しており、多くの人は日本料理の愛し方を忘れてしまった。愛し方を忘れ去られたものはやがて死んでしまう。ちょうど90年代にロックンロールが死んでしまったように。
私は先日、ミナミの宗右衛門町に某日本料理店を訪れた。この店が出す料理はどれもこれも筋が通っており、私の舌を唸らせた。無花果の田楽や南瓜の冷たいスープなどの変化球はおもしろかった。直球である刺身は、新鮮であることは言うまでも無く、素晴らしい包丁が入っていた。メインのビーフカツは、日本料理とは呼べないかもしれないが、揚げ方や包丁の入れ方に日本料理店のこだわりを垣間見た。一人1万2000円というのも、料理の質を考えると大満足である。
料理には満足したものの、ひとつ気になったのが、店に来ていた人達の客層だ。私達以外の客は、いわゆる「同伴」であったのだ。中年のおっさんと、若くけばけばしい水商売のおねえちゃんの組み合わせ。月曜日の夜であれば、それでも許されるかもしれない。しかし、給料日明けの金曜日、店に来ているのが同伴の人たちだけだというのは、少し気にかかる。そんなに実力がある店にもかかわらず、空席も目立った。景気が本当に悪いのだろう。
ミナミの街には人達が溢れている。焼肉屋の前には列が出来ているし、イタリア料理やオムレツを出すフランチャイズ系の店は満員だ。日本料理は高価だから避けている、といった意見も聞かれるが、焼肉屋や居酒屋に行っても5千円以上使うことも珍しくない。焼いた脂の塊を甘辛い醤油につけてビールで胃に流しこむ作業に5千円は使えても、ゆっくりと落ち着いて本格的な日本料理を楽しむのに1万2千円を使うのは勿体ないということか。日本料理を楽しめる人達がいなければ、日本料理はやがて廃れる道を選ぶだろう。そう、ロックンロールのように。
大阪の景気は、はっきり言って「あきまへん」。東京の街と比べることすらナンセンスだと私は思う。私はミナミで食事を終え、キタに帰った。昔、この界隈には悪くない日本料理を出す店が沢山あった。それらの多くが、現在では風俗店などに取って代わられた。名高き北乃大和屋の跡地には、現在ラブホテルが建設中だ。町は廃れ、汚れた。かっては、黒塗りのハイヤーが停まり、きっちりとスーツに身を包んだ人達が、背筋を伸ばして食事をしに来た街。今では同じ場所にタクシーが停まり、携帯電話で喋りながら趣味の悪い香水の匂いを撒き散らし、ハイヒールに気をつけながらよろよろと水商売のおねえちゃんが降りてくる。経済的に言えば、ビジネスマンから水商売のおねえちゃんに富が移行したということになるのだろうか。もはや大阪のビジネスマンには期待できない。せめてお金を持っている水商売のおねえちゃんたちが、同伴でも何でも良いのだから、日本料理の素晴らしさを皆に伝えてくれれば。切に願う。日本料理は殺してしまうに、余りにも惜し過ぎるのだ。
1 件のコメント:
初コメントとっちゃった?。
なんかどっかで聞いたことあることが書かれてあって、おもろかった。
明日から忙しいわ~。嫌やなー。
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