私は5年以上もアメリカで暮らしているのだが、そうするとアメリカの良い面も悪い面も公平に見えるようになった。人並みな感想だが、アメリカという国がとてつもなく豊かだと感じる一方で、様々な矛盾を抱えているとも感じる。だからと言って、アメリカに対する批判をする必要は無く、日本人としてアメリカが持つ優れたシステムだけを戦略的に取り入れていけばよいのだ。
日本とアメリカを比較した際、私が思うに、一番の違いは「社会システム」である。日本の「社会システム」は、残念ながらアメリカのそれと比べて30年は遅れている。社会システムを態々「」で囲っているのは、その定義が非常に怪しいからだ。故に、マクロな視点からではなく、ミクロなケースで見ていく必要がある。例えば、NPOの話をしたい。
日本でNPOと言えば怪しげな団体を思い浮かべられるかもしれない。社会主義者や左翼の吹き溜まりが、NPOと称して活動をしている場合も確かにある。日本ボーイスカウトや交響楽団、町おこしを活動している団体など、長期間に渡って実績を持つ優良なNPOも多々ある。しかし問題は、政策に関わるような洗練されたNPOは皆無であるという事だ。
アメリカではNPOが社会に密接に関わっている。例えば環境系のNPOであれば、町の小さなNPOでさえもPhD(博士号)取得者がいるのには驚かされる。独自の調査やパブリケーションを行い、市や州政府に政策の進言をしている。同時に経営の専門家もいて、資金面での遣り繰りも巧く行っている。大学生や院生たちがインターンとして活動に参加する。NPO同士、或いは大学や政府と組んで、リサーチやプロジェクトを行っているのも興味深い。政府は、自分たちが出来ないプロジェクトは直ぐにNPOに外注する。GIS(地理情報システム:コンピュータによる地図作り)や魚のポピュレーション調査など、政府が限られた予算や人員で全て出来る訳がないからだ。NPOは、サーモン専門、鳥専門、湖沼専門、地図製作専門、政策専門、ロビー専門、調査専門、市民とのコミュニケーション専門など、活動が特化している場合もある。
さらに、人材の流動性が面白い。先ほども言ったが、大学生や院生で環境に興味がある学生がインターンとして働く。大学を退官した教授などが、NPOの活動に参加する。大学院で学位を取った人達が、初めてのキャリアとしてNPOを選ぶ。政府で働いていた人がNPOに来たり、逆にNPOで働いていた人が政府で働き始めたりする。リサーチャーや高学歴の人を流動させることで、より面白い問題を見つけ出し、それに対して解決策を講じるように社会全体が動く。
お金の面で言えば、市民からの寄付や、業界からの寄付、財団からのお金でNPOは回っている。アメリカでは、簡単に言うと、寄付を行えば税金を払う額が減るので、多くの人が直接自分の興味のあるNPOなどに寄付する。いくら魅力的な活動をやっていたとしても、お金が無ければ専門家を雇うことが出来ず、NPOの活動は成り立たない。さらに、NPO間の資金の遣り繰りもある。NPO間でもプロジェクトを外注するのだ。
アメリカのNPOは研究者の裾野を拡げた。そして、小さな政府作りに貢献した。さらに、多くの雇用を生んだ。特に、女性や高学歴者に対して、NPOがアメリカ社会に齎した影響は多大であると言える。アメリカでは産業の空洞化が言われて久しいが、このような知的産業が新たに興っているのである。
さて、このような良い制度を何故日本では採用しないのか?簡単に言うと、現状では出来ないのだ。NPO法が整備されて、NPOを起こすことは簡単になった。だが、誰がNPOのトップに立つのか?会社や政府で働くことを諦めて、日本でNPOで働く魅力があるのか?個人や会社からの寄付が望めない状態で、どうやってまともにNPOを運用するのか?研究や経営が出来るような人材をどのように確保するのか?第一、自分の力で独立して研究できる人材がどれほどいるのか?人材の流動性がない日本で、小さなNPOで働いてしまうことなど、自殺行為に等しい。
NPOが政策提言をしたとして、地方政府や政府は聞く耳を持つのか?国はプロジェクトを外注する気はあるのか?国は個人同士の寄付を認める気はあるのか?国は政府の規模を小さくする気はあるのか?
現状では、日本において、アメリカのようなシステムを求めることは不可能に近い。だが、それこそが社会の進むべき方向性であるのだから、やがて、30年くらい経てば、日本も現時のアメリカのようなまともなNPOが国づくりに協力する社会になっているのかも知れない。現在の公務員削減や独立採算制が、将来のNPO社会到来への布石であると考えられなくもない。
現在の日本のNPO。例えば、環境のNPOであれば、科学的知見に基づいていない事柄に力を入れている。撒き水をして、本当に地球の温暖化が解決するのか?馬鹿らしくて言葉も出ない。大学の仲良しサークルのように、「行動すること」こそが良き社会を作ると勘違いしている人が大勢いるようだ。まともなNPOが一杯あった上で、そのようなNPOもあるのなら納得は行く。しかし、それが一番まともなのだから、どうしようもない。それと、日本のまともなNPOは直ぐに外国の研究をする。東南アジアやロシアの生態系など。わが国の環境は、蔑ろに出来るほどそんなに素晴らしいのか?何もしないで良いほどの住み良い日本なのか?誰もチャレンジすらしないし、問題を凝視しようともしない。残念ながら問題を凝視できる人などいないのだ。
つまり、一番の問題になるのは、人材作りだ。現状ではNPOなどで働けば一生冷飯を食わなければいけないので、まともな人は決してNPOで働かないが、仮に社会基盤が整ったからといって、NPOを率いていけるほどのまともな人材がいるのだろうか?次号で解説する。
雨が降り続くシアトルに住むブログ主が、カプチーノを飲みながら、時事・経済・政治・食・スポーツ等について社会科学的見地から騙ります。広告のクリックをする事、宜しくお願いします!
1/15/2007
1/13/2007
初等教育改正の意義
昨今推し進められている改革の一つに教育も含められていることは皆さんご存知だろう。教育基本法の改革が進められているし、国立大学は独立行政法人に変えられた。マクロ経済の理論では、短期や中期の成長は利率や政府の支出などのテクニックである程度操作できるものの、長期的な経済成長は技術革新と人材の能力を上げることでしか成し得ないとされる。技術革新も人材の能力も、根本的には教育が齎すものである。つまり、将来の日本が成長を続けるためには、王道など無く、地道に人々に適切な教育をするしかないのである。故に、教育は国家の長期的な政策として最も大切なものであり、逆に、教育問題を語る際には長期的な経済成長がゴールとなることを認識するべきだ。
昨今の国レベルでの教育改革の討論の内容を聞いていると、ゆとり教育の弊害、学級崩壊、いじめ・自殺など、初等教育において現場で実際に起こっている問題ばかりが取り上げられている。勿論、多くの人にとって、これらの問題は生々しいものであり、関心が高いことは頷けるが、このような問題を国が解決するべきかどうかという点で納得がいかない。第一に、教育基本法を改正した程度でこれらの問題が全て解決するわけがない。時代遅れの法を改正することは当たり前だが、それに高望みはできない。さらに、改正に何らかのイデオロジーを持って反対し、この問題を遅延させるのは理解に苦しむ行動だ。第二に、いじめなどは、どんなに金を掛けて、どんなに素晴らしい法律を作ろうが、絶対になくならない。いじめや自殺を無くすために教育改革を訴えている人がいるとしたら、全く馬鹿げている。いじめや自殺を防ぐのは社会全体のシステムを変えなければどうしようもなく、教育が口出しできる範囲は狭い。また、国家が現場のいじめを防ぐことなど出来ないので、これは現場の問題なのだ。第三に、無理な話だが、仮に国が大量のお金や時間を割いて、公立小学校の学級崩壊を完全に防いだとしよう。一体それでどれだけの成果が得られるのか?学級崩壊が無くなれば不景気は消え、雇用は増えるのか?ニートが本当に減るのか?
教育問題を話し合っている人達におかしな人達が混じっているのは看過できない。教育の専門家は、教育理論のみを研究しているのか、宗教がかった事ばかりを喋っている。個々の価値を尊ぶ、云々、哲学やイデオロギーを流布する必要などない。大学で研究する人間であれば、何をすればどのような影響があるのかという事実だけを科学的に述べればよい。日本の大学で研究する教育専門家の多くが科学的手法を理解していないので、評論家紛いの仕事しか出来ないのが現状なのだろう。ノーベル賞を受賞した人なども教育改革基本法改正の委員会に入っていたが、研究だけに没頭して失敗からたまたま大発見をしたような、宝くじに当たっただけの、教育に関しては全くの素人の意見を尊重するのもどうかと思う。塾がいらない?そんなことは国の法律に記載されることではない。
いずれにしても、初等教育改革がごく簡単であると思うのは私だけか?国や県の権限を抑え、現場に教育の権限を与えて、自由な学校づくりをさせればいいのではないか。NPOや地域コミュニティー、或いは企業が積極的に初等教育に関われるようなシステム作りをすれば良い。そして、校長などに教師の雇用の権限すら与え、県や自治体に校長の雇用の権限を与えればよい。そして、一部の偏った勢力や人間に教育現場を乗っ取られないようにするためのセーフティーネットを法律で制定すれば良いのである。それが現時点の公教育の範囲を逸脱していると言うのであれば、公教育の定義を変えればいい。
問題がとても簡単なので、初等教育ついては誰でも強い意見を持っているものだ。そして、どうすれば教育が良くなるのか、皆意見が違う。一番大事なのは、それらの意見に基づいて、慎重な実験を行い、どのオプションは機能するのか、どのオプションは機能しないのかということを誰かが調べるべきなのだ。意見だけで法律や指針を変えようとしているからおかしな事になっているのだ。意見はあくまでも意見で、政策は事実に基づかなければいけない。教育に柔軟性を持たせれば、国が出来る初等教育の問題は完結する。そして、後は現場レベルの問題となるのだ。
では、誰が実験するのか?それは、教育学者や社会学者がするべきだ。日本では、あまたの数の社会学者が余って燻っており、それらの人達を活用しない手は無い。法律を制定する立場の人達が、NPOや大学を使って、自由に科学的な知見を集積できれば素晴らしいと思う。それらの科学的知見に基づいて、変えるべき所は変えていけばよい。何も、素人のノーベル賞学者を連れてきて、意見を述べさせる必要などないのだ。法律改正では、党や個人や組織などが、まともな研究が出来るNPOや大学などに研究資金を直接払う事を可能にするような法律を制定する必要がある。
ただ、前述したが、そして今後も討論するが、科学的見識のない、一つの分野の知識だけが優れた似非科学者が日本に多いのも事実である。それこそが、日本の教育の本当の課題だと思う。大学がきっちりと教育しなければ、これらのNPOを率いていく人材が育たない。大学がまともな教育を受けた人材を世に送れば、まともなNPOなどが増え、社会が高度に知的な方向に動き、教育の意味が実感できるようになると考える。このあたりの事を、次の回では討論したい。
昨今の国レベルでの教育改革の討論の内容を聞いていると、ゆとり教育の弊害、学級崩壊、いじめ・自殺など、初等教育において現場で実際に起こっている問題ばかりが取り上げられている。勿論、多くの人にとって、これらの問題は生々しいものであり、関心が高いことは頷けるが、このような問題を国が解決するべきかどうかという点で納得がいかない。第一に、教育基本法を改正した程度でこれらの問題が全て解決するわけがない。時代遅れの法を改正することは当たり前だが、それに高望みはできない。さらに、改正に何らかのイデオロジーを持って反対し、この問題を遅延させるのは理解に苦しむ行動だ。第二に、いじめなどは、どんなに金を掛けて、どんなに素晴らしい法律を作ろうが、絶対になくならない。いじめや自殺を無くすために教育改革を訴えている人がいるとしたら、全く馬鹿げている。いじめや自殺を防ぐのは社会全体のシステムを変えなければどうしようもなく、教育が口出しできる範囲は狭い。また、国家が現場のいじめを防ぐことなど出来ないので、これは現場の問題なのだ。第三に、無理な話だが、仮に国が大量のお金や時間を割いて、公立小学校の学級崩壊を完全に防いだとしよう。一体それでどれだけの成果が得られるのか?学級崩壊が無くなれば不景気は消え、雇用は増えるのか?ニートが本当に減るのか?
教育問題を話し合っている人達におかしな人達が混じっているのは看過できない。教育の専門家は、教育理論のみを研究しているのか、宗教がかった事ばかりを喋っている。個々の価値を尊ぶ、云々、哲学やイデオロギーを流布する必要などない。大学で研究する人間であれば、何をすればどのような影響があるのかという事実だけを科学的に述べればよい。日本の大学で研究する教育専門家の多くが科学的手法を理解していないので、評論家紛いの仕事しか出来ないのが現状なのだろう。ノーベル賞を受賞した人なども教育改革基本法改正の委員会に入っていたが、研究だけに没頭して失敗からたまたま大発見をしたような、宝くじに当たっただけの、教育に関しては全くの素人の意見を尊重するのもどうかと思う。塾がいらない?そんなことは国の法律に記載されることではない。
いずれにしても、初等教育改革がごく簡単であると思うのは私だけか?国や県の権限を抑え、現場に教育の権限を与えて、自由な学校づくりをさせればいいのではないか。NPOや地域コミュニティー、或いは企業が積極的に初等教育に関われるようなシステム作りをすれば良い。そして、校長などに教師の雇用の権限すら与え、県や自治体に校長の雇用の権限を与えればよい。そして、一部の偏った勢力や人間に教育現場を乗っ取られないようにするためのセーフティーネットを法律で制定すれば良いのである。それが現時点の公教育の範囲を逸脱していると言うのであれば、公教育の定義を変えればいい。
問題がとても簡単なので、初等教育ついては誰でも強い意見を持っているものだ。そして、どうすれば教育が良くなるのか、皆意見が違う。一番大事なのは、それらの意見に基づいて、慎重な実験を行い、どのオプションは機能するのか、どのオプションは機能しないのかということを誰かが調べるべきなのだ。意見だけで法律や指針を変えようとしているからおかしな事になっているのだ。意見はあくまでも意見で、政策は事実に基づかなければいけない。教育に柔軟性を持たせれば、国が出来る初等教育の問題は完結する。そして、後は現場レベルの問題となるのだ。
では、誰が実験するのか?それは、教育学者や社会学者がするべきだ。日本では、あまたの数の社会学者が余って燻っており、それらの人達を活用しない手は無い。法律を制定する立場の人達が、NPOや大学を使って、自由に科学的な知見を集積できれば素晴らしいと思う。それらの科学的知見に基づいて、変えるべき所は変えていけばよい。何も、素人のノーベル賞学者を連れてきて、意見を述べさせる必要などないのだ。法律改正では、党や個人や組織などが、まともな研究が出来るNPOや大学などに研究資金を直接払う事を可能にするような法律を制定する必要がある。
ただ、前述したが、そして今後も討論するが、科学的見識のない、一つの分野の知識だけが優れた似非科学者が日本に多いのも事実である。それこそが、日本の教育の本当の課題だと思う。大学がきっちりと教育しなければ、これらのNPOを率いていく人材が育たない。大学がまともな教育を受けた人材を世に送れば、まともなNPOなどが増え、社会が高度に知的な方向に動き、教育の意味が実感できるようになると考える。このあたりの事を、次の回では討論したい。
新年の挨拶に代えて
やり残した仕事が大量に残っていたため、年末に無理をしすぎたせいか、長い間ダウンしてしまった。コンピュータの前にずっと座って不規則な睡眠時間をとりながら仕事を続けると、気づかないうちに疲れが溜まってしまったようだ。胃腸の機能が低下したので、流行のノロウイルスかと思い病院に行ったのだが、疲れが溜まっていると窘められた。1週間以上もお粥とジュースという生活が続き、食事の話など書く気も起きなかった。
一部の熱心な読者には大変ご迷惑をおかけした。私が全く更新していないも関わらず、頻繁にアクセスして頂いている様だ。1週間に1回は最低でも更新するので、今後ともよろしくお願いしたい。
病気で寝込んでいる間に、我がシーホークスは、プレイオフのワイルドカードを勝ち進んで、日曜日にシカゴベアーズと対峙する。ダラスカウボーイを救ったシンデレラボーイ、トニー・ロモのラッキーなお手玉のお陰で転がり込んできた勝ち星ではあるが、運もスポーツには必要な要素だ。ベテランクオーターバックのマット・ハッセルバックと昨期MVPを獲ったランニングバックのショーン・アレクサンダーが怪我で数試合を不意にしたせいもあり、今シーズンのシーホークスは昨期ほどの勢いはない。しかし、シカゴベアーズのレックス・グロスマンが数週間ほど前に何度もグリーンベイパッカースにインターセプトされたのを見ていると、少しくらいはチャンスがないかな?と思っている。
他のプレイオフは、ペイトン・マニングのインディアナ・コルツが、どれだけボルティモア・レイブンスのディフェンスを崩すかが見ものだ。インディアナか?ニューオーリンズ・セインツの神がかり的な活躍を見ると、二年前のMVPドノヴァン・マクナブを怪我で欠くフィラデルフィア・イーグルスにはあまりチャンスはないだろう。トム・ブレイディーとニューイングランド・ペイトリオッツは、強いとはいえ、昔の威光は無くなった。今年のサンディエゴ・チャージャーズは優勝候補筆頭の最強軍団。打ち崩すのはほぼ不可能だろう。
スーパーソニックスは、レイ・アレンが復活したと思えば、次はラシャード・ルイスが手を骨折して戦列離脱。見るのも悲しい体たらくぶりだ。今年から入団したフランス人のミカエル・ジェラボールは予想以上の動きを見せている。ルーク・リドナーがスターターの地位を「自己中」アール・ワトソンに譲ったのは気に入らないが、燻っていたニック・コリソンが連日連夜の大活躍。カンザス時代に全米カレッジベストプレイヤーに選ばれた実力から言えば、期待通りの活躍だ。二年目のデロン・ウィリアムズと開眼したカルロス・ブーザーの活躍で猪突の勢いのユタ・ジャズを、延長で破ったのは評価できよう。自己ベストを更新したレイ・アレンは神様に見えた。
さてこれから暫くの間、思うところがあり、日米の教育の話についてのエッセイを書きたいと思っている。未だに書ききれていない食事の話題も溜まっているのだが、この話題はどうしても避けて通れないし、個人的に文章にすることでしか救われない物がある。アメリカで学業に励んでおられる型の中には、色々な疑問や背反的な思いを抱えながら板ばさみに陥っている方もおられると思う。今後数回に渡って書く文章が、そのような方たちの共感を得られることが出来れば素晴らしい。
今回は、今後の連載の紹介と、新年の挨拶、そして更新を怠けていた言い訳ということで。
一部の熱心な読者には大変ご迷惑をおかけした。私が全く更新していないも関わらず、頻繁にアクセスして頂いている様だ。1週間に1回は最低でも更新するので、今後ともよろしくお願いしたい。
病気で寝込んでいる間に、我がシーホークスは、プレイオフのワイルドカードを勝ち進んで、日曜日にシカゴベアーズと対峙する。ダラスカウボーイを救ったシンデレラボーイ、トニー・ロモのラッキーなお手玉のお陰で転がり込んできた勝ち星ではあるが、運もスポーツには必要な要素だ。ベテランクオーターバックのマット・ハッセルバックと昨期MVPを獲ったランニングバックのショーン・アレクサンダーが怪我で数試合を不意にしたせいもあり、今シーズンのシーホークスは昨期ほどの勢いはない。しかし、シカゴベアーズのレックス・グロスマンが数週間ほど前に何度もグリーンベイパッカースにインターセプトされたのを見ていると、少しくらいはチャンスがないかな?と思っている。
他のプレイオフは、ペイトン・マニングのインディアナ・コルツが、どれだけボルティモア・レイブンスのディフェンスを崩すかが見ものだ。インディアナか?ニューオーリンズ・セインツの神がかり的な活躍を見ると、二年前のMVPドノヴァン・マクナブを怪我で欠くフィラデルフィア・イーグルスにはあまりチャンスはないだろう。トム・ブレイディーとニューイングランド・ペイトリオッツは、強いとはいえ、昔の威光は無くなった。今年のサンディエゴ・チャージャーズは優勝候補筆頭の最強軍団。打ち崩すのはほぼ不可能だろう。
スーパーソニックスは、レイ・アレンが復活したと思えば、次はラシャード・ルイスが手を骨折して戦列離脱。見るのも悲しい体たらくぶりだ。今年から入団したフランス人のミカエル・ジェラボールは予想以上の動きを見せている。ルーク・リドナーがスターターの地位を「自己中」アール・ワトソンに譲ったのは気に入らないが、燻っていたニック・コリソンが連日連夜の大活躍。カンザス時代に全米カレッジベストプレイヤーに選ばれた実力から言えば、期待通りの活躍だ。二年目のデロン・ウィリアムズと開眼したカルロス・ブーザーの活躍で猪突の勢いのユタ・ジャズを、延長で破ったのは評価できよう。自己ベストを更新したレイ・アレンは神様に見えた。
さてこれから暫くの間、思うところがあり、日米の教育の話についてのエッセイを書きたいと思っている。未だに書ききれていない食事の話題も溜まっているのだが、この話題はどうしても避けて通れないし、個人的に文章にすることでしか救われない物がある。アメリカで学業に励んでおられる型の中には、色々な疑問や背反的な思いを抱えながら板ばさみに陥っている方もおられると思う。今後数回に渡って書く文章が、そのような方たちの共感を得られることが出来れば素晴らしい。
今回は、今後の連載の紹介と、新年の挨拶、そして更新を怠けていた言い訳ということで。
12/24/2006
アメリカステーキが美味い理由
(注:この記事はミディアムレア以上に焼いたステーキの話であって、生肉の話ではありません。ステーキのレアが好きな人の多くは、単に生肉が好きな場合があります。私も生肉が大好きですが、このページでは牛タタキ風ステーキの話はしていませんので悪しからず。生肉が好きならばわざわざレストランに行かず、家庭でステーキを食べることをお勧めします。スーパーでニューヨーク・ストリップやリブアイなどと書かれている少し脂の乗った肉を購入して、表面だけを少しだけ焦がして中は生で食べてください。安物のサーロインなどの生焼け肉もポン酢や照り焼き風ソースとも相性がいいですし、ご飯にも合います。この項のステーキの話にそれらの生肉ステーキは含まれていません。ここで扱っているステーキと「ブルーレア」牛たたき風ステーキは根本的に違う食べ物と考えています。牛たたきが美味しいのか、ミディアムに焼いたアメリカのステーキが美味しいのかという話は、軸の違う問題であるため、「りんご」と「みかん」を比べるような不毛な議論です。前置きが長くなりました。)
私は日本の高い和牛ステーキがあまり好きではない。一口目は美味しくて感動するのだが、それは肉ではない。脂の塊を食べており、どちらかと言えばトロなどに近い。日本で年寄りなどに誘われて和牛ステーキを食べさせられることもあるが、肉を食べるという目的の際は、出来ることならご遠慮願いたい。
一方で私はアメリカでステーキを食べることが好きだ。アメリカのステーキは、日本のステーキとはアイディアそのものが異なり、しっかりと赤身を食べさせてくれる。勿論店にもよるのだが(殆どの店は不味い。アウトバ●クやレ●ドロブスターなどのチェーン店でサーロインを注文するとかなりがっかりする事になる。)、かなり美味しいステーキにありつくこともできる。私の友人など、ニューヨークなどに行く度にステーキ屋に脚を運んでいる。最近では、東京などでアメリカンスタイルのステーキを出す店も出てきたようだが、基本的に日本のステーキ屋では美味しい赤身をしっかりと食べさせてはくれなかった。しかしながら、殆どの人は経験上、アメリカ牛のステーキはあまり美味しくないと考えるかもしれない。確かにアメリカでもスーパーで普通に肉を買ってきてミディアムレアに焼くだけではそこまで美味しいステーキは作れない(実はサーロインやニューヨークストリップやリブアイの牛肉を買ってきていつもステーキを家で作っています。ただし極レアで食べます。)。あくまで、アメリカの美味しいステーキ屋で食べるミディアムレアのステーキが格段に美味しいのだ。
何故、ある種のアメリカのステーキ屋はそんなに美味しい赤身を提供できるのか?勿論、牛のグレードは言うまでもないが、一番大切なことは、熟成方法だ。新鮮な肉を焼いても美味しくない。牛肉はきっちりと熟成させることで旨味が増すのだ。特に、ドライエイジド(Dry Aged)と呼ばれる、冷暗所でじっくりと一ヶ月近くかけて肉を寝かせる方法を取ると、赤身の味が格段に美味しくなる。残念ながらドライエイジドの肉はその辺に出回っているわけではない。アメリカにおいて、効率を追い求めた現在の流通では、肉は直ぐに真空パッキングされ、真空パッケージ内で熟成されることになる。これは、ドライエイジドに対して、ウェットエイジド(Wet Aged)と呼ばれる。この方法でも確かに赤身の旨味は多少増すが、ドライエイジドほどの濃厚な味を求めることは出来ない。
アメリカの高級レストランでは、レストラン独自にドライエイジド法で牛肉を寝かせている。だから値は張るのだが、確かに美味しいステーキを出してくれる。しかも大きさが良い。1パウンド、つまり450gのステーキがスタンダードとなる。脂が多い和牛はレアで食べる方が美味しいが、ドライエイジドの1パウンドもあるステーキなら、ミディアムあたりで中身がうっすらと半生くらいの焼き方が一番合う。(アメリカ人がオーバークックするのか、日本人が生を好みすぎるのか解りませんが、アメリカのレストランでミディアムレアを頼むと、9割以上の確率で、日本ならミディアム以上に焼いた物が出てくると覚悟してください。)
普通、ドライエイジドのステーキ肉など、アメリカのスーパーでは売られていない。しかし、クリスマスを前にして、ホールフーズ(Whole Foods)と呼ばれる高級スーパーチェーンでドライエイジドのリブアイステーキが売られていた。1パウンドで20ドル近くしたが、店で食べることを思えば安い。フライパンで強火で表面をしっかりと焼き、オーブンの中に数分入れる。肉汁と赤ワインとマッシュルームでソースを作った。アメリカの牛肉ステーキは本当に美味しい。結局、ステーキの味など肉次第なのだ。
バーベキューにはどういう肉を選ぶべきかについて
私は日本の高い和牛ステーキがあまり好きではない。一口目は美味しくて感動するのだが、それは肉ではない。脂の塊を食べており、どちらかと言えばトロなどに近い。日本で年寄りなどに誘われて和牛ステーキを食べさせられることもあるが、肉を食べるという目的の際は、出来ることならご遠慮願いたい。
一方で私はアメリカでステーキを食べることが好きだ。アメリカのステーキは、日本のステーキとはアイディアそのものが異なり、しっかりと赤身を食べさせてくれる。勿論店にもよるのだが(殆どの店は不味い。アウトバ●クやレ●ドロブスターなどのチェーン店でサーロインを注文するとかなりがっかりする事になる。)、かなり美味しいステーキにありつくこともできる。私の友人など、ニューヨークなどに行く度にステーキ屋に脚を運んでいる。最近では、東京などでアメリカンスタイルのステーキを出す店も出てきたようだが、基本的に日本のステーキ屋では美味しい赤身をしっかりと食べさせてはくれなかった。しかしながら、殆どの人は経験上、アメリカ牛のステーキはあまり美味しくないと考えるかもしれない。確かにアメリカでもスーパーで普通に肉を買ってきてミディアムレアに焼くだけではそこまで美味しいステーキは作れない(実はサーロインやニューヨークストリップやリブアイの牛肉を買ってきていつもステーキを家で作っています。ただし極レアで食べます。)。あくまで、アメリカの美味しいステーキ屋で食べるミディアムレアのステーキが格段に美味しいのだ。
何故、ある種のアメリカのステーキ屋はそんなに美味しい赤身を提供できるのか?勿論、牛のグレードは言うまでもないが、一番大切なことは、熟成方法だ。新鮮な肉を焼いても美味しくない。牛肉はきっちりと熟成させることで旨味が増すのだ。特に、ドライエイジド(Dry Aged)と呼ばれる、冷暗所でじっくりと一ヶ月近くかけて肉を寝かせる方法を取ると、赤身の味が格段に美味しくなる。残念ながらドライエイジドの肉はその辺に出回っているわけではない。アメリカにおいて、効率を追い求めた現在の流通では、肉は直ぐに真空パッキングされ、真空パッケージ内で熟成されることになる。これは、ドライエイジドに対して、ウェットエイジド(Wet Aged)と呼ばれる。この方法でも確かに赤身の旨味は多少増すが、ドライエイジドほどの濃厚な味を求めることは出来ない。
アメリカの高級レストランでは、レストラン独自にドライエイジド法で牛肉を寝かせている。だから値は張るのだが、確かに美味しいステーキを出してくれる。しかも大きさが良い。1パウンド、つまり450gのステーキがスタンダードとなる。脂が多い和牛はレアで食べる方が美味しいが、ドライエイジドの1パウンドもあるステーキなら、ミディアムあたりで中身がうっすらと半生くらいの焼き方が一番合う。(アメリカ人がオーバークックするのか、日本人が生を好みすぎるのか解りませんが、アメリカのレストランでミディアムレアを頼むと、9割以上の確率で、日本ならミディアム以上に焼いた物が出てくると覚悟してください。)
普通、ドライエイジドのステーキ肉など、アメリカのスーパーでは売られていない。しかし、クリスマスを前にして、ホールフーズ(Whole Foods)と呼ばれる高級スーパーチェーンでドライエイジドのリブアイステーキが売られていた。1パウンドで20ドル近くしたが、店で食べることを思えば安い。フライパンで強火で表面をしっかりと焼き、オーブンの中に数分入れる。肉汁と赤ワインとマッシュルームでソースを作った。アメリカの牛肉ステーキは本当に美味しい。結局、ステーキの味など肉次第なのだ。
バーベキューにはどういう肉を選ぶべきかについて
12/15/2006
FRB議長の役目
世界で一番パワーを持っているのは誰か?アメリカ大統領と答える人が多いだろうが、私には即座に一人の人物が脳裏によぎる。それは連邦準備制度理事会(FRB)議長である。要は、アメリカの「日銀総裁」にあたる。現在はドクター・ベン・バーナンキが務めており、バーナンキ以上に力を持っている人は恐らく世界にいない。
FRB議長の仕事は利率の上げ下げだ。利率の上げ下げによって景気をコントロールする。バーナンキの手腕一つでマーケットは大きく動く。そういう意味でバーナンキの責任は大きいし、パワーは計り知れないのだ。FRB議長は政府から独立している。政府からしっかりしろと言われることはあれども、利率の上げ下げに対して圧力がかかることはない。邦銀のゴールは、利率の上げ下げにより適当な好景気と不景気を循環させ、経済が危機的状況に陥る事を防ぐ。
本来なら日本でも、日銀総裁とはそのような役目を負っているはずなのだが、残念ながら日銀は政府や官僚の操り人形である。バブル期前後の政策失敗、特にリキデーショントラップに貶めた大罪のせいもあり、日銀は全く信用されていないのが現状だ。政府が国債の支払いを減らしたから利率を下げろ、などと言っているし、消費が滞っているから利率を上げるな、などと解らないくせに言っている。利上げを望んでいる人など殆どいないので、圧力団体は利下げを要求する。そのような意見は無視して、中長期の経済を鑑み、日銀総裁には利率をコントロールして欲しいのだが。
話を元に戻す。約20年FRBのトップとして君臨していたマエストロ・グリーンスパンが今年の頭に辞任し、バーナンキがFRB議長になった。前任のグリーンスパンが絶対的な信用を集めていた。「経済を考えれば、時期総裁はブッシュが良いか、ケリーが良いか?大丈夫、どっちにしても俺たちにはグリーンスパンがいる!」などといったジョークさえ聞かれた。グリーンスパンの後釜には、学者上がりのバーナンキが採用されたことを、マーケットは当初懐疑的に見ていたと思う。そして、5月の調整が起こった。
2005年ごろからインド、南アフリカ、韓国、ラテンアメリカを中心にエマージェンシーマーケット(新興市場)の株が上がり続けていた。そして、一番の問題は、石油や金などのコモディティ(商品)価格が上がり続けたのだ。そして、アメリカの産業はコスト高に苦しんでいた。アメリカ経済の見通しが怪しい時の、コスト高だった。コスト高はインフレの懸念材料になる。経済を齧っている人なら解ると思うが、インフレそのものは経済にとって悪影響は無くとも、サービスや賃金や物によって価格の柔軟性が違うので、インフレは価格のひずみを引き起こして中長期的に経済を悪化させる。新興市場がアメリカの購買意欲によって経済が買い支えられていたことが明白だったので、アメリカ経済の失墜は、一歩間違えれば世界大不況にまで発展する可能性があった。これに反応して、ベンバーナンキは利上げを行ったのだ。インフレにだけ照準を合わせた利上げだった。この利上げは、FRBがあくまでもインフレと戦うという姿勢を示したものだった。かつてからアメリカでは住宅バブルの様相を呈していたので、利上げによって人々が住宅ローンを組むことを嫌がり、消費が一気に醒めるのではないかという見方もあった。バーナンキの利上げを疑問視したマーケットは5月に大きく株価を落とすことになる。新興市場は急落した。そして商品市場も冷め、住宅価格も下降に転じた。
しかし、これでよかったのだ。商品市場の冷め、特に原油価格の落ち着きと、住宅価格の安定で、インフレ懸念がある程度払拭されたのだ。となれば、ハードランディングは無く、ソフトランディング路線を辿ることになり、世界同時恐慌という最悪のシナリオは避けられることになったのだ。その結果、夏以降、ニューヨークの株価格は上昇に転じている。結果的にバーナンキの政策は完璧だったのだ。
これで天晴れ、となるのは話が早い。根本的な問題は何も解決していない。何故商品価格が急上昇したのか?経済紙など機関投資家が市場に流れ込んできたためだと結論付けている。しかし、機関投資家が理由無しに市場の値段を吊り上げることは出来ない。マーケットでは値段が吊上がるだけの理由が存在する。それはドル安である。ドルが他の通貨に比べてどんどん安くなったからだ。何故か?それは、中国の責任だ。中国が人民元を人為的に低くするために、必死に米ドルの準備高を積み増しているからだ。この不安定な政策が、ドル高を招いていたのだ。
さらに、何故新興市場が元気だったのかも付け加えたい。これはアメリカのせいである。アメリカの個人消費が旺盛であるため、世界中がアメリカに商品を売ることで経済を拡大させた。日本の利率はほぼゼロだった。そこに目をつけ、日本で金を借りて、経済が拡大する他の国で回せば、いくらでも儲けることが出来るのだ。そして、それらの国で資源供給が盛んになる。マイナーな原因ではあるが、これらの要因も商品高にある程度関連している。
では、何故アメリカの個人消費がそこまで旺盛なのか?それも中国のせいである。中国から安い商品がいくらでもやって来るのだ。全てを単純化させると、アメリカ人は安い中国製品を買うことで、お金に余裕が生まれ経済が拡大していたのだ。
バーナンキが今週北京を訪問した際、人民元が人為的に低く抑えられており、それがある意味、中国の輸出業者の助成金となっているという旨のスピーチを行った。私は非常にそのスピーチに感服した。それは紛れもない事実だからだ。中国政府は、雇用を創造し、海外の直接投資を受け入れるために人民元を人為的に低く抑えている。このことにより、中国中が大安売り状態となっており、外国人が鞘取り機会を狙ってどんどん中国に進出するのだ。そして、それらの金が中国人民を潤わすことはない。人民元が低く抑えている以上、中国人民はインフレ圧力に苦しみ、低賃金を甘んじて受け入れ続けなければいけないのだ。そのくせ、街やインフラなどだけは整備されていくといった歪んだ発達が持続されることになる。残念ながら、総GDPがいくら大きくなろうとも、それは何にもならないのだ。丁度、体重が重いことが人間にとって何も誇れないのと同様に。
人民元が低く抑えられている状態は、世界の消費者、特にアメリカの消費者には素晴らしいことなのだ。中国相手に輸出をしている人を除けば、本心では人民元が上がることを誰も歓迎していない。それでも、人民元を上昇させたい理由は、世界の不均衡を無くすためである。人為的な人民元の安さが、世界中のマクロ経済に大なり小なりの影響を与えている。軋みを無視し続けると、私たちが将来払わなければいけないツケが増えるだけの話であるのだ。現在の説明のつかないユーロ高などが例に挙げられる。そして人民元上昇は誰のためでもなく、中国の為なのである事を、残念ながら中国は全く理解していない。将来的に人民元がマーケットの意思で動くようになるまで、世界のゆがみはますます酷くなるであろうし、世界中の人々が鞘取りの機会を狙い中国に進出するのだ。最終的にそれらの付けを払って血を流すのは中国なのだ。そして、その歪みを一時的に誤魔化す重い役目を一身に背負っているのが、バーナンキ議長なのである。
人民元の固定制度は、まるで指輪物語「The Lord of the Ring」の壊すべきリングのような物だ。しかし、とても魅力的で、皆が保有したいという欲を持つ。中国政府はまるで指輪に固執するゴブリンのようなものだ。バーナンキが陣頭指揮をとり、悪の指輪を炎の中に投げ入れ、変動相場制に遷ることを願いたい。その時、初めて我々は問題が解決したと高らかに謡えるのだ。
FRB議長の仕事は利率の上げ下げだ。利率の上げ下げによって景気をコントロールする。バーナンキの手腕一つでマーケットは大きく動く。そういう意味でバーナンキの責任は大きいし、パワーは計り知れないのだ。FRB議長は政府から独立している。政府からしっかりしろと言われることはあれども、利率の上げ下げに対して圧力がかかることはない。邦銀のゴールは、利率の上げ下げにより適当な好景気と不景気を循環させ、経済が危機的状況に陥る事を防ぐ。
本来なら日本でも、日銀総裁とはそのような役目を負っているはずなのだが、残念ながら日銀は政府や官僚の操り人形である。バブル期前後の政策失敗、特にリキデーショントラップに貶めた大罪のせいもあり、日銀は全く信用されていないのが現状だ。政府が国債の支払いを減らしたから利率を下げろ、などと言っているし、消費が滞っているから利率を上げるな、などと解らないくせに言っている。利上げを望んでいる人など殆どいないので、圧力団体は利下げを要求する。そのような意見は無視して、中長期の経済を鑑み、日銀総裁には利率をコントロールして欲しいのだが。
話を元に戻す。約20年FRBのトップとして君臨していたマエストロ・グリーンスパンが今年の頭に辞任し、バーナンキがFRB議長になった。前任のグリーンスパンが絶対的な信用を集めていた。「経済を考えれば、時期総裁はブッシュが良いか、ケリーが良いか?大丈夫、どっちにしても俺たちにはグリーンスパンがいる!」などといったジョークさえ聞かれた。グリーンスパンの後釜には、学者上がりのバーナンキが採用されたことを、マーケットは当初懐疑的に見ていたと思う。そして、5月の調整が起こった。
2005年ごろからインド、南アフリカ、韓国、ラテンアメリカを中心にエマージェンシーマーケット(新興市場)の株が上がり続けていた。そして、一番の問題は、石油や金などのコモディティ(商品)価格が上がり続けたのだ。そして、アメリカの産業はコスト高に苦しんでいた。アメリカ経済の見通しが怪しい時の、コスト高だった。コスト高はインフレの懸念材料になる。経済を齧っている人なら解ると思うが、インフレそのものは経済にとって悪影響は無くとも、サービスや賃金や物によって価格の柔軟性が違うので、インフレは価格のひずみを引き起こして中長期的に経済を悪化させる。新興市場がアメリカの購買意欲によって経済が買い支えられていたことが明白だったので、アメリカ経済の失墜は、一歩間違えれば世界大不況にまで発展する可能性があった。これに反応して、ベンバーナンキは利上げを行ったのだ。インフレにだけ照準を合わせた利上げだった。この利上げは、FRBがあくまでもインフレと戦うという姿勢を示したものだった。かつてからアメリカでは住宅バブルの様相を呈していたので、利上げによって人々が住宅ローンを組むことを嫌がり、消費が一気に醒めるのではないかという見方もあった。バーナンキの利上げを疑問視したマーケットは5月に大きく株価を落とすことになる。新興市場は急落した。そして商品市場も冷め、住宅価格も下降に転じた。
しかし、これでよかったのだ。商品市場の冷め、特に原油価格の落ち着きと、住宅価格の安定で、インフレ懸念がある程度払拭されたのだ。となれば、ハードランディングは無く、ソフトランディング路線を辿ることになり、世界同時恐慌という最悪のシナリオは避けられることになったのだ。その結果、夏以降、ニューヨークの株価格は上昇に転じている。結果的にバーナンキの政策は完璧だったのだ。
これで天晴れ、となるのは話が早い。根本的な問題は何も解決していない。何故商品価格が急上昇したのか?経済紙など機関投資家が市場に流れ込んできたためだと結論付けている。しかし、機関投資家が理由無しに市場の値段を吊り上げることは出来ない。マーケットでは値段が吊上がるだけの理由が存在する。それはドル安である。ドルが他の通貨に比べてどんどん安くなったからだ。何故か?それは、中国の責任だ。中国が人民元を人為的に低くするために、必死に米ドルの準備高を積み増しているからだ。この不安定な政策が、ドル高を招いていたのだ。
さらに、何故新興市場が元気だったのかも付け加えたい。これはアメリカのせいである。アメリカの個人消費が旺盛であるため、世界中がアメリカに商品を売ることで経済を拡大させた。日本の利率はほぼゼロだった。そこに目をつけ、日本で金を借りて、経済が拡大する他の国で回せば、いくらでも儲けることが出来るのだ。そして、それらの国で資源供給が盛んになる。マイナーな原因ではあるが、これらの要因も商品高にある程度関連している。
では、何故アメリカの個人消費がそこまで旺盛なのか?それも中国のせいである。中国から安い商品がいくらでもやって来るのだ。全てを単純化させると、アメリカ人は安い中国製品を買うことで、お金に余裕が生まれ経済が拡大していたのだ。
バーナンキが今週北京を訪問した際、人民元が人為的に低く抑えられており、それがある意味、中国の輸出業者の助成金となっているという旨のスピーチを行った。私は非常にそのスピーチに感服した。それは紛れもない事実だからだ。中国政府は、雇用を創造し、海外の直接投資を受け入れるために人民元を人為的に低く抑えている。このことにより、中国中が大安売り状態となっており、外国人が鞘取り機会を狙ってどんどん中国に進出するのだ。そして、それらの金が中国人民を潤わすことはない。人民元が低く抑えている以上、中国人民はインフレ圧力に苦しみ、低賃金を甘んじて受け入れ続けなければいけないのだ。そのくせ、街やインフラなどだけは整備されていくといった歪んだ発達が持続されることになる。残念ながら、総GDPがいくら大きくなろうとも、それは何にもならないのだ。丁度、体重が重いことが人間にとって何も誇れないのと同様に。
人民元が低く抑えられている状態は、世界の消費者、特にアメリカの消費者には素晴らしいことなのだ。中国相手に輸出をしている人を除けば、本心では人民元が上がることを誰も歓迎していない。それでも、人民元を上昇させたい理由は、世界の不均衡を無くすためである。人為的な人民元の安さが、世界中のマクロ経済に大なり小なりの影響を与えている。軋みを無視し続けると、私たちが将来払わなければいけないツケが増えるだけの話であるのだ。現在の説明のつかないユーロ高などが例に挙げられる。そして人民元上昇は誰のためでもなく、中国の為なのである事を、残念ながら中国は全く理解していない。将来的に人民元がマーケットの意思で動くようになるまで、世界のゆがみはますます酷くなるであろうし、世界中の人々が鞘取りの機会を狙い中国に進出するのだ。最終的にそれらの付けを払って血を流すのは中国なのだ。そして、その歪みを一時的に誤魔化す重い役目を一身に背負っているのが、バーナンキ議長なのである。
人民元の固定制度は、まるで指輪物語「The Lord of the Ring」の壊すべきリングのような物だ。しかし、とても魅力的で、皆が保有したいという欲を持つ。中国政府はまるで指輪に固執するゴブリンのようなものだ。バーナンキが陣頭指揮をとり、悪の指輪を炎の中に投げ入れ、変動相場制に遷ることを願いたい。その時、初めて我々は問題が解決したと高らかに謡えるのだ。
サウスビーチに行きたい!
この時期になると、クリスマス休暇の話で持ちきりになる。私は休みどころではないのだが、周りの人は色々と予定を立てている。一般的なのは、近隣へのスキー旅行、実家に帰る、そしてビーチリゾートであろう。雨が降り続く冬のシアトルにいると、やはり暖かいビーチリゾートに行きたくなるものだ。地政学的な制限が付きまとい、シアトルの人はよくハワイ諸島に出かける。しかし、私としては、やはりフロリダに行きたい。
私はハワイがとても嫌いだ。何故なら、妙に老人臭いからだ。ハワイは良い波があるし、海の中も綺麗だ。ビーチの砂も最高だ。しかし、泳ぐ以外に何もない。残念ながらフラダンスやサンセットクルーズを楽しめる程の年齢にはまだ達していないし、ドールのプランテーションや真珠湾に行っても仕方ない。さらに、個人的に日常に出来る買い物をリゾート地ですることは好まない。ハワイの夕暮れはハワイアンブルーの名に相応しく憂鬱だ。やる事を探すのに四苦八苦してしまう。どこのバーに行っても退屈なアロハオエの音楽が響いているし、年上の連中しかいない。日本人がいると思っても、殆どサラリーマン風の中年だ。学生達がパーティーで集うような雰囲気はハワイには皆無である。文字通り、ハワイは若さの無い老人保養地に成り下がっている。
翻して、フロリダを考えたい。遊ぶのならオランドーもいいが、ビーチリゾートといえば、クラシックにマイアミだ。どこまでも続く海岸線。白い砂浜。そして、殆どの人がスペイン語で話している異国の雰囲気。輝く太陽、藍い大西洋、そしてビーチに寝そべるスタイルのいいおねえちゃん達。
マイアミにも老人は大勢いる。アメリカでリタイアした老人達はマイアミに住む。ウェストパーム、ハリウッドからフォートローダデールあたりのビーチ沿い高層マンションは、ジューイッシュの老人で溢れているとも聞いている。しかし、サウスビーチは列記とした学生のためのパーティープレイスだ。昼間は最高のビーチに若者が集う。MTVの収録なども頻繁に行われている。夜になると、スタイルのいい小麦肌のスパニッシュ語を操るお姉ちゃんたちが、薄い服を着て、音楽に合わせて踊っている。そこにシカゴやボストンからやって来た学生たちが混じって、まさにパラダイスである。棲み分けが出来ているというのは、非常に心地よい。サウスビーチは学生。そして北に行けば富裕層。さらには老人用のビーチと家族用のビーチ。ビーチ毎にきっちりと年齢層が分かれている。若者が老人やサラリーマンに混じってがっかりする事はまずない。
東海岸に住んでいた頃、休みごとにマイアミに行った。ニューヨークから南フロリダまでは往復で200ドル程だった。飛行機も2時間半ほど。サウスビーチで泳ぎ、パブに繰り出し、そしてレンタカーでエヴァーグレーズ国立公園に行ったり、キーに繰り出し、ダイビングをする。
残念ながら、現在私はシアトルにいる。フロリダに行こうと思えば、乗り換えの時間も含めて10時間くらい掛かってしまう。しかも飛行機代もかなり値が張る。日本に帰るのとそう大差ないのだ。結局残念ながら、消去法でハワイがバケーションの候補地となってしまうのだ。フロリダにはハワイのようなブルーな音楽はない。常に間の抜けたラテン音楽が響き、そこは遊ぶために作られた場所である。若者たちが集い、若さが漲るバケーション地。手軽な場所にないものか。
私はハワイがとても嫌いだ。何故なら、妙に老人臭いからだ。ハワイは良い波があるし、海の中も綺麗だ。ビーチの砂も最高だ。しかし、泳ぐ以外に何もない。残念ながらフラダンスやサンセットクルーズを楽しめる程の年齢にはまだ達していないし、ドールのプランテーションや真珠湾に行っても仕方ない。さらに、個人的に日常に出来る買い物をリゾート地ですることは好まない。ハワイの夕暮れはハワイアンブルーの名に相応しく憂鬱だ。やる事を探すのに四苦八苦してしまう。どこのバーに行っても退屈なアロハオエの音楽が響いているし、年上の連中しかいない。日本人がいると思っても、殆どサラリーマン風の中年だ。学生達がパーティーで集うような雰囲気はハワイには皆無である。文字通り、ハワイは若さの無い老人保養地に成り下がっている。
翻して、フロリダを考えたい。遊ぶのならオランドーもいいが、ビーチリゾートといえば、クラシックにマイアミだ。どこまでも続く海岸線。白い砂浜。そして、殆どの人がスペイン語で話している異国の雰囲気。輝く太陽、藍い大西洋、そしてビーチに寝そべるスタイルのいいおねえちゃん達。
マイアミにも老人は大勢いる。アメリカでリタイアした老人達はマイアミに住む。ウェストパーム、ハリウッドからフォートローダデールあたりのビーチ沿い高層マンションは、ジューイッシュの老人で溢れているとも聞いている。しかし、サウスビーチは列記とした学生のためのパーティープレイスだ。昼間は最高のビーチに若者が集う。MTVの収録なども頻繁に行われている。夜になると、スタイルのいい小麦肌のスパニッシュ語を操るお姉ちゃんたちが、薄い服を着て、音楽に合わせて踊っている。そこにシカゴやボストンからやって来た学生たちが混じって、まさにパラダイスである。棲み分けが出来ているというのは、非常に心地よい。サウスビーチは学生。そして北に行けば富裕層。さらには老人用のビーチと家族用のビーチ。ビーチ毎にきっちりと年齢層が分かれている。若者が老人やサラリーマンに混じってがっかりする事はまずない。
東海岸に住んでいた頃、休みごとにマイアミに行った。ニューヨークから南フロリダまでは往復で200ドル程だった。飛行機も2時間半ほど。サウスビーチで泳ぎ、パブに繰り出し、そしてレンタカーでエヴァーグレーズ国立公園に行ったり、キーに繰り出し、ダイビングをする。
残念ながら、現在私はシアトルにいる。フロリダに行こうと思えば、乗り換えの時間も含めて10時間くらい掛かってしまう。しかも飛行機代もかなり値が張る。日本に帰るのとそう大差ないのだ。結局残念ながら、消去法でハワイがバケーションの候補地となってしまうのだ。フロリダにはハワイのようなブルーな音楽はない。常に間の抜けたラテン音楽が響き、そこは遊ぶために作られた場所である。若者たちが集い、若さが漲るバケーション地。手軽な場所にないものか。
12/10/2006
海外の日本レストラン認証制度という馬鹿げた案
農林水産省が今回実施するという世界の和食レストランの認証制度は非常に面白い。誰がこのような馬鹿げた考えを思いついたのか知れないが、このような事に税金が使われるのであれば、断じて反対するべきである。日本にはやたらと認証制度が多いが、政府の雇用を約束するために認証やライセンスを次々と交付している。特に、役人は天下り先を増やす事に躍起であり、そのような裏の背景は絶対に見逃してはならない。一般的に認証やライセンスは、市民生活やビジネスの機会を大きく退かすものであり、社会コストを上げ競争を阻害する以外に何の役にも立たない。日本では、政府や政府系の組織が遂行する認証や資格に基づく試験や手続きなどで、一体いくらのお金を無駄にしているだろうか?一体どれだけの時間を人々から奪っているのだろうか?
海外では和食と呼べないものを出す日本料理店がたくさんあり、農林水産省はそれを憂いているという。確かに、アジア系の人が経営する店には酷いものもある。だから、なんだと言うのか?おかしな料理を出そうとも、美味しければそれで良いし、不味い料理を出していれば店は潰れる。それだけの話だ。政府がでしゃばる隙間は全くない。
日本でも、インチキなイタリア料理、フランス料理、そして中華料理が横行している。本場のものからはかけ離れていると言う意味でインチキではあるが、中にはびっくりするほど良い味の店もあろう。美味しいところはインチキでも残っているし、ブームに便乗した不味いところは潰れていく。そして、料理とは、インチキなものから、次の新しいものが生まれるべきものだ。イタリア政府がわざわざイタリアの税金を使って日本に来て、それらの料理店をチェックするだろうか?馬鹿げている。フランスのミッシュランの例があるが、ミッシュランはプライベートカンパニーで政府ではない。
そもそも、日本料理が何なのかという議論がそもそも抜け落ちている。カリフォルニアロールは日本料理なのか?餃子は日本料理なのか?神戸牛は日本料理なのか?テリヤキは日本料理なのか?全く馬鹿げた議論だ。私に言わせてもらえれば、日本の和食ですら本来のものからは大きく変わっている。例えば、ポルトガル語に起源を持つ南蛮由来の「天婦羅」が日本料理なのか?で、それがどうしたと言うのだ?与太話としては面白いが、根本的には全くどうでもいい話であると同時に、政府が口出しするべき問題ではない。
確かに多くの「本格的」高級日本料理店は、日本から大量に食材や酒を輸入しているようだ。松岡大臣にとっては、日本の農業振興の絶好の機会だと考えるのかもしれない。そういった店に認証を与えることは、日本の誇りだ。たとえ税金が大量に投入されたとしても。松岡利勝は、地元の葱やイグサを護るために、セーフガードを発動したいわく付の人物だ。役人は先ほども述べたが、無駄な組織を一杯作って天下り先を確保したいわけだ。全く持って馬鹿げている。
今回の海外日本食レストラン認証有識者会議メンバーには、「ぐるなび」やJTBの社長も名前を連ねている。本当に面白いプロジェクトであると思うのであれば、政府がやらずに、JTBや「ぐるなび」が自分たちでやればいいのだ。ミッシュランのように。こんなことは、民間或いはNPOがやる事である。このような趣旨に対するスポンサーを募ってするプロジェクトではないか。政府主導でやるという馬鹿げた考え自体がまるで時代遅れであり、時代遅れの権化のような松岡大臣を指名した阿倍首相の人を遣う手腕には正直落胆している。
海外では和食と呼べないものを出す日本料理店がたくさんあり、農林水産省はそれを憂いているという。確かに、アジア系の人が経営する店には酷いものもある。だから、なんだと言うのか?おかしな料理を出そうとも、美味しければそれで良いし、不味い料理を出していれば店は潰れる。それだけの話だ。政府がでしゃばる隙間は全くない。
日本でも、インチキなイタリア料理、フランス料理、そして中華料理が横行している。本場のものからはかけ離れていると言う意味でインチキではあるが、中にはびっくりするほど良い味の店もあろう。美味しいところはインチキでも残っているし、ブームに便乗した不味いところは潰れていく。そして、料理とは、インチキなものから、次の新しいものが生まれるべきものだ。イタリア政府がわざわざイタリアの税金を使って日本に来て、それらの料理店をチェックするだろうか?馬鹿げている。フランスのミッシュランの例があるが、ミッシュランはプライベートカンパニーで政府ではない。
そもそも、日本料理が何なのかという議論がそもそも抜け落ちている。カリフォルニアロールは日本料理なのか?餃子は日本料理なのか?神戸牛は日本料理なのか?テリヤキは日本料理なのか?全く馬鹿げた議論だ。私に言わせてもらえれば、日本の和食ですら本来のものからは大きく変わっている。例えば、ポルトガル語に起源を持つ南蛮由来の「天婦羅」が日本料理なのか?で、それがどうしたと言うのだ?与太話としては面白いが、根本的には全くどうでもいい話であると同時に、政府が口出しするべき問題ではない。
確かに多くの「本格的」高級日本料理店は、日本から大量に食材や酒を輸入しているようだ。松岡大臣にとっては、日本の農業振興の絶好の機会だと考えるのかもしれない。そういった店に認証を与えることは、日本の誇りだ。たとえ税金が大量に投入されたとしても。松岡利勝は、地元の葱やイグサを護るために、セーフガードを発動したいわく付の人物だ。役人は先ほども述べたが、無駄な組織を一杯作って天下り先を確保したいわけだ。全く持って馬鹿げている。
今回の海外日本食レストラン認証有識者会議メンバーには、「ぐるなび」やJTBの社長も名前を連ねている。本当に面白いプロジェクトであると思うのであれば、政府がやらずに、JTBや「ぐるなび」が自分たちでやればいいのだ。ミッシュランのように。こんなことは、民間或いはNPOがやる事である。このような趣旨に対するスポンサーを募ってするプロジェクトではないか。政府主導でやるという馬鹿げた考え自体がまるで時代遅れであり、時代遅れの権化のような松岡大臣を指名した阿倍首相の人を遣う手腕には正直落胆している。
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