12/15/2006

FRB議長の役目

世界で一番パワーを持っているのは誰か?アメリカ大統領と答える人が多いだろうが、私には即座に一人の人物が脳裏によぎる。それは連邦準備制度理事会(FRB)議長である。要は、アメリカの「日銀総裁」にあたる。現在はドクター・ベン・バーナンキが務めており、バーナンキ以上に力を持っている人は恐らく世界にいない。

FRB議長の仕事は利率の上げ下げだ。利率の上げ下げによって景気をコントロールする。バーナンキの手腕一つでマーケットは大きく動く。そういう意味でバーナンキの責任は大きいし、パワーは計り知れないのだ。FRB議長は政府から独立している。政府からしっかりしろと言われることはあれども、利率の上げ下げに対して圧力がかかることはない。邦銀のゴールは、利率の上げ下げにより適当な好景気と不景気を循環させ、経済が危機的状況に陥る事を防ぐ。

本来なら日本でも、日銀総裁とはそのような役目を負っているはずなのだが、残念ながら日銀は政府や官僚の操り人形である。バブル期前後の政策失敗、特にリキデーショントラップに貶めた大罪のせいもあり、日銀は全く信用されていないのが現状だ。政府が国債の支払いを減らしたから利率を下げろ、などと言っているし、消費が滞っているから利率を上げるな、などと解らないくせに言っている。利上げを望んでいる人など殆どいないので、圧力団体は利下げを要求する。そのような意見は無視して、中長期の経済を鑑み、日銀総裁には利率をコントロールして欲しいのだが。

話を元に戻す。約20年FRBのトップとして君臨していたマエストロ・グリーンスパンが今年の頭に辞任し、バーナンキがFRB議長になった。前任のグリーンスパンが絶対的な信用を集めていた。「経済を考えれば、時期総裁はブッシュが良いか、ケリーが良いか?大丈夫、どっちにしても俺たちにはグリーンスパンがいる!」などといったジョークさえ聞かれた。グリーンスパンの後釜には、学者上がりのバーナンキが採用されたことを、マーケットは当初懐疑的に見ていたと思う。そして、5月の調整が起こった。

2005年ごろからインド、南アフリカ、韓国、ラテンアメリカを中心にエマージェンシーマーケット(新興市場)の株が上がり続けていた。そして、一番の問題は、石油や金などのコモディティ(商品)価格が上がり続けたのだ。そして、アメリカの産業はコスト高に苦しんでいた。アメリカ経済の見通しが怪しい時の、コスト高だった。コスト高はインフレの懸念材料になる。経済を齧っている人なら解ると思うが、インフレそのものは経済にとって悪影響は無くとも、サービスや賃金や物によって価格の柔軟性が違うので、インフレは価格のひずみを引き起こして中長期的に経済を悪化させる。新興市場がアメリカの購買意欲によって経済が買い支えられていたことが明白だったので、アメリカ経済の失墜は、一歩間違えれば世界大不況にまで発展する可能性があった。これに反応して、ベンバーナンキは利上げを行ったのだ。インフレにだけ照準を合わせた利上げだった。この利上げは、FRBがあくまでもインフレと戦うという姿勢を示したものだった。かつてからアメリカでは住宅バブルの様相を呈していたので、利上げによって人々が住宅ローンを組むことを嫌がり、消費が一気に醒めるのではないかという見方もあった。バーナンキの利上げを疑問視したマーケットは5月に大きく株価を落とすことになる。新興市場は急落した。そして商品市場も冷め、住宅価格も下降に転じた。

しかし、これでよかったのだ。商品市場の冷め、特に原油価格の落ち着きと、住宅価格の安定で、インフレ懸念がある程度払拭されたのだ。となれば、ハードランディングは無く、ソフトランディング路線を辿ることになり、世界同時恐慌という最悪のシナリオは避けられることになったのだ。その結果、夏以降、ニューヨークの株価格は上昇に転じている。結果的にバーナンキの政策は完璧だったのだ。

これで天晴れ、となるのは話が早い。根本的な問題は何も解決していない。何故商品価格が急上昇したのか?経済紙など機関投資家が市場に流れ込んできたためだと結論付けている。しかし、機関投資家が理由無しに市場の値段を吊り上げることは出来ない。マーケットでは値段が吊上がるだけの理由が存在する。それはドル安である。ドルが他の通貨に比べてどんどん安くなったからだ。何故か?それは、中国の責任だ。中国が人民元を人為的に低くするために、必死に米ドルの準備高を積み増しているからだ。この不安定な政策が、ドル高を招いていたのだ。

さらに、何故新興市場が元気だったのかも付け加えたい。これはアメリカのせいである。アメリカの個人消費が旺盛であるため、世界中がアメリカに商品を売ることで経済を拡大させた。日本の利率はほぼゼロだった。そこに目をつけ、日本で金を借りて、経済が拡大する他の国で回せば、いくらでも儲けることが出来るのだ。そして、それらの国で資源供給が盛んになる。マイナーな原因ではあるが、これらの要因も商品高にある程度関連している。

では、何故アメリカの個人消費がそこまで旺盛なのか?それも中国のせいである。中国から安い商品がいくらでもやって来るのだ。全てを単純化させると、アメリカ人は安い中国製品を買うことで、お金に余裕が生まれ経済が拡大していたのだ。

バーナンキが今週北京を訪問した際、人民元が人為的に低く抑えられており、それがある意味、中国の輸出業者の助成金となっているという旨のスピーチを行った。私は非常にそのスピーチに感服した。それは紛れもない事実だからだ。中国政府は、雇用を創造し、海外の直接投資を受け入れるために人民元を人為的に低く抑えている。このことにより、中国中が大安売り状態となっており、外国人が鞘取り機会を狙ってどんどん中国に進出するのだ。そして、それらの金が中国人民を潤わすことはない。人民元が低く抑えている以上、中国人民はインフレ圧力に苦しみ、低賃金を甘んじて受け入れ続けなければいけないのだ。そのくせ、街やインフラなどだけは整備されていくといった歪んだ発達が持続されることになる。残念ながら、総GDPがいくら大きくなろうとも、それは何にもならないのだ。丁度、体重が重いことが人間にとって何も誇れないのと同様に。

人民元が低く抑えられている状態は、世界の消費者、特にアメリカの消費者には素晴らしいことなのだ。中国相手に輸出をしている人を除けば、本心では人民元が上がることを誰も歓迎していない。それでも、人民元を上昇させたい理由は、世界の不均衡を無くすためである。人為的な人民元の安さが、世界中のマクロ経済に大なり小なりの影響を与えている。軋みを無視し続けると、私たちが将来払わなければいけないツケが増えるだけの話であるのだ。現在の説明のつかないユーロ高などが例に挙げられる。そして人民元上昇は誰のためでもなく、中国の為なのである事を、残念ながら中国は全く理解していない。将来的に人民元がマーケットの意思で動くようになるまで、世界のゆがみはますます酷くなるであろうし、世界中の人々が鞘取りの機会を狙い中国に進出するのだ。最終的にそれらの付けを払って血を流すのは中国なのだ。そして、その歪みを一時的に誤魔化す重い役目を一身に背負っているのが、バーナンキ議長なのである。

人民元の固定制度は、まるで指輪物語「The Lord of the Ring」の壊すべきリングのような物だ。しかし、とても魅力的で、皆が保有したいという欲を持つ。中国政府はまるで指輪に固執するゴブリンのようなものだ。バーナンキが陣頭指揮をとり、悪の指輪を炎の中に投げ入れ、変動相場制に遷ることを願いたい。その時、初めて我々は問題が解決したと高らかに謡えるのだ。

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