8/29/2008

グーグル・マップ・ストリートビュー

ついに日本でもグーグルマップのストリートビュー機能が加えられた。ただこの時点では、シアトルでストリートビューサービスは始められていない。アメリカ国内でストリートビューがカバーされていない都市はメンフィスとDCくらいなもので、シアトルが除外されているのはライバルのマイクロソフトに対抗する意図的なものを感じる。

さて、非常に面白いと思ったのは、日本国内ではプライバシーに関する議論が過剰に沸き起こっているからである。確かにストリートビューを一目見ると、新しい技術に対する恐怖感のような物が湧き上がるのは事実だ。実家を見た時は、妙に嬉しい気分となったと同時に、不慣れが齎す複雑な気分も交錯した。しかし、それがプライバシーと直結するかどうかは別の問題である。犯罪に利用されるかも知れない、などという議論は見当違いも甚だしい。

情報化社会が目指すものは、最終的には社会活動のコスト削減並びに新たな富の創造に他ならない。特に、効率化が齎す社会コストの削減は、私たちの生活を大変豊かにしている。例えば、私は海外にいながらにして、サンスポと夕刊フジの記事を毎日チェックできる。これは、15年前くらいにはあり得なかったことだ。その他にも、情報化が齎した恩恵はそこら中に溢れている。私は、図書館に行く必要が無く、オフィスのコンピュータで大抵のデータや論文を手に入れることが出来るし、自宅にいながら自分が株を買おうとしている会社の最新のデータを閲覧できる。商店に行く前に価格を調査できるし、実際に商品を自宅から購入することすら出来る。最新の音楽をレコード屋に行くことなくダウンロードする。さらにアメリカでは、役所の書類の申し込みや税金の申請などもほとんどインターネット上で完結する。

これらは、コンピュータやインターネットのおかげで急に降って沸いたような事柄ではない。今まではアナログで行われていて、時間や金銭を浪費していたタスクを、情報技術を使ってユーザーのために簡便化しただけに過ぎない事柄なのだ。つまり簡便化できるものは全て簡便化してしまおう、それこそが情報化の一つの目的であるのだ。つまり、お金と時間を書ければ手に入るものは、全てネット上で公開してしまおうという事こそ、情報化社会が目指す正しい方向性なのである。

そういう意味で、ストリートビューは完全に正しい。切符を買って電車に揺られるか、ガソリンを燃やして車を運転して、手間隙かけて現地に行けば見える風景を、ただインターネット上で公開したに過ぎないからだ。ぜんりん等の地図などにも、かなりの情報が公開されているが、それらは余り問題にならない。公のものであり、全ての人が閲覧できるものであるにも関わらず、である。ストリートビューの試みは完全な意味での簡便性で、実際に存在する物は全てネット上に組み立てるべきで、自宅からアクセスできるようにしてもらっただけなのだ。

防犯の点が気になる人もいるだろう。しかし計画周到な泥棒は、今までも実際に現地に行って視察していた訳で、ストリートビューが新たな犯罪を誘発するかどうかは疑問である。勿論ストリートビューによって、犯罪を働く者の利便性も増すかも知れない。しかし、逆に、警察などが努力して情報技術を駆使し、例えばなんらかの形でグーグルなどの企業からアクセスをされた記録を辿れるようなシステムを作れば、事後ではあるが犯罪検挙に役立つ可能性もある。被害にあった家の付近にアクセスを繰り返していた人間を特定すればいいからである。それは、現在の警察のアナログな聞き込み調査における検挙率を遥かに超える可能性もある。

グーグルマップの本当の強さは、余り日本のメディアでは触れられていないが、APIだ。Application Programming Interfaceを利用し、私たち個人や企業が、グーグルマップを自由に利用できる。この事で一気に実用性の可能性が広がるはずである。つまり、情報化社会が持つもうひとつの側面、価値の創造を齎す可能性があるのだ。価値の創造をグーグルは自ら行わず、他人に任せている。オープンソースであるが故に、皆がその可能性にチャレンジ出来るのだ。コストの削減は勿論のこと、価値の創造の可能性も見え隠れするグーグルマップストリートビューに、プライバシーなどの難癖をつけるのは、社会全体の成長に抗うという観点から、非常に不快な動きと言わざるを得ない。個人がどのような感想を持とうが、情報化社会が折れるわけはないし、下手な規制をかけて日本社会の競争力を削ぐ様な方向にだけは持っていって欲しくない。

ただストリートビューで関西地域を見ていると、一部の地域を意図的に避けたのか、あるいは後から削除を要請されたのか、大きなクラスター状の空白域が目立つ。理由も推して図るべく、あからさまである。大阪市内や京都近辺で特に顕著であるこのような不公平な措置は、理由がどうであれ今すぐに止めるべきだ。公平な全域のストリートビューの公開を切に希望する。

最後に、プライバシーなどとオブラートに包んだ表現で我々の知る権利を阻害し、規制を強化させ、効率性を落とす愚挙が罷り通っている。プライバシーの法律があろうと無かろうと、犯罪組織は跋扈しているし、現代社会に住む我々にプライバシーなど存在していない。金銭を払い、手間隙かければ誰もが情報にアクセスできる。規制強化の悪法は、犯罪組織の活動を助長し、政府や公組織のサボタージュを支援し、既存勢力の利権を確保するものに他ならない。守らなければいけないプライバシーが存在することは否定しない。ただ、必要の無い負担を民間にかけ、日本全体の競争力低下を招きかけないようなプライバシー重視の風潮は明らかに馬鹿げているし、プライバシー重視を唄う利権集団の主張になびく国民性をも危惧せざるを得ない。

8/23/2008

歪な街ローマに見え隠れする関西との共通点

関西地域が停滞して久しい事は何度もこのブログで書いている。関西地域には競争力が全く無い。というのも、関西全域が魅力が無い都市圏と化してしまったからだろう。大阪に本社機能を構えていた企業は挙って首都圏に移転してしまった。周りを見ていると優秀な人材から順に関西を離れていった。私もたまに大阪に里帰りするのだが、廃れ行く自分が育った土地を見ると、かなり鬱になってしまうのだ。私は関西の風土や文化が好きではあるが、正直言って関西に戻りたいとは到底思えない。

関西の地方自治体の政治を見ていると、様々な疑問が浮かび上がる。小学生が考えてもおかしな事に自治体は税金を注ぎ、努力をしている人間に対しては非常に冷たい政策を執っている。ごねた人間が得をする、正義のかけらもない社会を地方自治体は必死で作り出し、それを平等と呼ばせる。問題は確実に存在し、多くの人(少なくとも関西人)はそれを理解している。それらの問題に真摯に取り組み、企業活動や社会の効率化を図れば、関西はまだ捨てたものでは無いはずだ。しかしそれらの処々の問題は、「言ってはいけない」問題として取り扱われ、決して公に晒される事はない。タブーや禁断を21世紀の情報化社会でも必死に守ろうとし、そしてタブーがゆえに政治のサボタージュが起こる。はっきりと存在するものを「無い」と言い張り、その根本的な問題を無視し、表層のどうでも良い物だけをいじくる政治。勿論、何かを変えれば、そこにまた蟻は群がる。そして、努力した人たちはやる気をなくし、ますます地域全体がどす黒く染まる。存在しないはずのもを必死に残したい勢力が存在し、それら負の遺産とともに社会が真綿で首を締め付けるがごとく凋落していく様子。こんな街に誰が住みたいのだろうか?

私はこの夏をローマで過ごしている。ローマの日常を見ていると、私は関西のどす黒い禁断の社会構造と比較せずにはいれなくなってしまう。ローマで生活すると、否が應にもヨーロッパ社会の負の遺産である階級社会を垣間見てしまう。貧しい人と、知的階級がはっきりと二分しており、その間を自由に行き来することは出来ない。貧民の子供は貧民であることを約束されており、EU統合以降にイタリアに入ってきた移民の連中が貧民たちに混じる。アメリカの格差社会はアメリカンドリームと呼ばれる一発逆転が可能だが、それとは全く違う生まれたときに既に豊かさ決まっている階級社会。これはまるで関西に存在する、あの存在しないはずの階級社会のようだ。古い町並みや、遺跡群。そして、観光産業で生業を建てる街、ローマ。階級社会が足枷になり古都を蝕む。もしや、この街は京都そのものではないか?ただ住んでいる人々は、京都人ではなく、泉州人のように見えるのだが。

生活のにおいがする筈の無い観光の街に、泥臭い生活臭がこみ上げる。人々の稼ぎは少ないものの、物価は観光地の値段である。朝の地下鉄、北部の優秀な人達がスーツに身を包んで役所に出勤する横で、アコーディオンを弾きおひねりを乞う人がいる。ローマの若者たちはマナーの欠片もなく大声で地下鉄ではしゃいでいる。その風景に違和感を覚える観光客たちが眉を顰める。競合力の全く無い街、ローマ。

ピラミデから西に行くと、テスタッチョと呼ばれる地区がある。元々、屠殺場があった場所と聞き、関西出身の私は少し緊張して街を歩いた。市場の近くのトラットリア(安物レストラン)の外の席に腰を掛ける。ペンネアル・アッラビアータをプリモに、そしてトリッパ・アラ・ロマーナと呼ばれる、臓物の煮込みをセコンドで注文する。そのような歴史のある街では、やはり臓物のようなものが出てくるのは古今東西一緒なのか?赤ワインをがぶがぶ一人で飲む。待てど暮らせど注文した物は出てこない。既に小一時間が経過している。ローマで効率を叫んでも仕方ない。通りを行きかう人々を目に、一人でレストランに来たことを後悔する。夏といえども、夜風は肌寒い。空腹と寂しさに嫌な感じにアルコールが回る。

やがて、アッラビアータが出てきた。ペンネは上手く湯掻かれていた。そして、それにしても辛い。非常に出来のいい仕上げだった。乾燥させた単純なペペロンチーノだけの辛さではない。恐らくは熟成させたペペロンチーノを使って深い味わいを出しているのだろう。非常に出来の良い一品だ。

プリモに続きセコンドのトリッパがやって来た。牛の胃袋は柔らか過ぎず、硬すぎる事もなく、歯ごたえを残した最高の出来だ。トマトソースの味に、妙にコクが残る。このコクはチーズか?かと言って、しつこくも無い。トマトソースの酸味と、たまねぎや香草の匂いが、臓物特有の匂いを完全に消している。これだけで十分に満足できる仕上げだった。

しかし、会計で30ユーロは高すぎる。だが、これがローマでは水準だ。隣席の人達は私よりも豪華な物を食べながら、私の半額も払っていないことも気になる。人々が歪な形で助け合い、価格を歪める。非効率と、一部市民のたかり体質が歪さに拍車をかける。この国が何故にG8に入れてもらっているのかは理解に苦しむ。私は思う。いくら美味しくとも、一人で食べるくらいなら、レストランに行かずに、アパートで自分で作ったほうがマシだった、と。そして考える。ローマに生まれるくらいなら、まだ大阪に生まれたほうが良かったのかも知れない、と。

5/04/2008

ダライ・ラマ14世法王の公演を聞く

もっと早く書くべきだったかも知れないが、先日シアトルを訪問されていたダライ・ラマ14世の公演を聴きに行った。冗談ではあるが、ダライラマ14世ことテンジン・ギャツォがテロリストであるか、生き神であるかを確認しに行ったわけだ。


結論から言うと、非常に良かった。ダライラマ14世と会えば、多くの人が尊敬の念を抱くであろう、という事が解った。ダライラマ法王は80歳の高齢でありながら、冗談を愛し、機知の富んだ話をされる。私は、常日頃、冗談の上手さで相手の知性を測っている。大抵において、冗談が上手い人は非常に頭が良いものだ。このようなレンズで判断した所によると、ダライ・ラマ14世は、非常に頭が切れる人物であった。だが宗教家にありがちな、全てを知っているという態度を全くとらず、自分の専門外の事は解らないとはっきりとおっしゃった。知らないという事をはっきりと言う事は非常に難しいことだ。ダライラマ14世は、頭の切れと、謙虚さを兼ね備えた人物であるのだ。多くのアメリカの文化の端切れを齧った人のせいで勘違いされがちではあるが、謙虚さは日本だけではなく西洋でもはっきりと尊敬を持って受け入れられる物であるという事はここではっきりと記しておきたい。

ただ一つだけ悲しかったことがある。会場の外に、中国人学生(明らかに年上の連中も混じっていた)のグループが反ダライラマのデモを行っていたことだ。情報が閉ざされている中国国内でダライラマの事を悪く思うのは仕方ないのかもしれない。しかし、情報が溢れるアメリカに在住し、両方の立場から公平な情報に触れる機会を持つ中国人留学生がダライ・ラマに対して、反対のデモを行うというのは、理解に苦しむ。もう一つ理解に苦しむことがあった。中国人学生がダライラマに対して反対している映像は、中国人コミュニティーや共産党政府にとって非常にネガティブなものになるということだ。中国人が徒党を組んで、共産党政府が流布している信条を繰り返している光景は、多くの民主主義国家で生きている人間の目からすれば異様である以外の何物でもない。
恐らく中国共産党政府は、対外イメージ政策のことなど何も考えていないのだろう。共産党の一党支配が齎す幾千もの矛盾や不公平感の中で、どのように国内の人々を支配するかだけに興味があるとしか思えない。聖火リレーで、その都市に住む中国人を導入して歓迎行事をさせた映像を国内で流し、共産党政権の人気取りをする。それ以外に何も興味は無いのだろう。私は、いつの日か近い将来、中国共産党の縛りが解けた中国人の生徒達と、対等な立場で、タブーなく色々な事について討論できる日がやってくるものと信じている。ヤンキースファンとレッドソックスファンの怒鳴りあいのような状況は、球場とそのまわりの酒場だけにとどめておいて欲しいものだ。

ケンタッキーダービー、撃沈。

ケンタッキーダービーは、ご承知の通り、大外20番のビッグブラウンが、妙にゆったりとしたペースに功を奏してかなり強い勝ち方でゴールした。一番人気を得ていたので、バウンダリー産駒でケント・デザーモが騎乗したこの馬が勝つのも、しょうがないと言えば、しょうがないのだが、どうも合点がいかない。過去に3戦しかせず、ダービーをあっさり勝つなど、ヨーロッパの貧弱な競馬のようだ。東海岸で西海岸で中2週くらいのペースで、三冠が終われば故障しても何でもいい、といった酷使する競馬こそがアメリカの売りだったはずだ。今回のビッグブラウンの勝ちは潮流変化さえも感じさせる。

もう一つニュースは、2着のエイトベルズがゴール後に両前足を骨折して、予後不良になったことだ。牝馬で唯一の参戦で、2着を得た同馬は賛美に値する。先行で我慢して、埒沿いをしっかりと追い込んできた。ただ、ビッグブラウンの勝ちよりも、エイトベルズの悲劇のみがニュースで繰り返されるのは競馬ファンとしては不愉快だ。悲しくはあるが、競馬ではある程度予後不良が発生することは、仕方ないといえば仕方ない。このニュースをもって、チャーチルダウンズを全天候型のポリトラックにするとか、PETAが騎手を制裁するべきだなどと言うのは、あまりにも見苦しい討論だ。政治的な主張のために、競馬の歴史を変えるのはどうかと思う。が、ポリトラック導入の動きは、恐らく止められないだろう。そういう意味でも、今回のダービーはアメリカ競馬の変化の曲がり角にいるような気がしてならないのだ。

今回のダービーを観戦して、私の脳裏を掠めたのは、サニーブライアンがあっさりと二冠を取った時の光景だ。ゆったりしたペースを作り出し、人気の追い込み馬が不発で、皐月賞を勝った。ダービーではサイレンススズカの上村が控えて、またしてもゆったりとした流れになり、二冠をとった。クリスザブレイブがいたなら、或いはサイレンススズカが飛ばしていれば、サニーブライアンの活躍はどうなっていただろうか?今回も、ウォーパスが元気で殺人ペースで飛ばしていればなあ、と思ったのは私だけだろうか?

何事も無ければ、プリークネスはあっさりビッグブラウンが勝つだろうし、使い込まれていない強みで、以外にあっさり三冠をとる可能性もかなり高い。そもそも、他の馬が弱すぎる。カジノドライブに、ベルモントSで嫌がらせのように、ぶっ飛ばしてくれることを期待する。ビッグブラウンは良い馬だろうが、三冠に値するようなレベルではないと思っている。

5/02/2008

Kentucky Derby 2008

まったくブログを更新することなく、またもや五月の一週目がやって来た。今年のシアトルの春は酷く寒く、春が来た感じなどしない。ケンタッキーダービーがあるので、仕方なくここに予想する。

実力は別として大本命と目されていた二歳王者のウォーパスが故障。よって、大混戦が予想されている。しかし、よく見ると、三頭抜けた馬が存在する。カーネルジョン、パイロ、そしてビッグブラウンだ。ただ、それぞれ問題を抱えており、簡単にこの馬が勝つ、と断言しにくい状態である。そこで、一頭ずつ見ていくことにする。

カーネルジョンは、終いで物凄い脚を使う。過去の映像を見る限り、私はこの馬を買いたいと思う。しかし、問題がある。一度もダート競争を経験していないのだ。出走した過去の六レースが全てポリトラック。ポリトラックで使える鬼脚がダートでも通用するのか?ただ、稽古で5F57秒をつけているし、楽観できないでもない。鞍上のナカタニも、距離が長ければ不安材料でしかない。父はティズナウで、マンノウォー系の貴重な担い手。

パイロも同様に鬼脚を使う。届いてはいけない場所からやって来る。パイロの場合はカーネルジョンと正反対の問題がある。前走のトヨタブルーグラスステークスで初めてポリトラックを経験し、10着と撃沈した。出遅れて、内埒沿いを中断で折り合った後、三コーナー過ぎから、まるでやる気を無くした様に沈んでいった様は、どう判断していいのか解らない。父プルピットに母父がワイルドアゲインという本格的な血統だけに大舞台では大いに期待できるし、直線の長いチャーチルダウンズならなんとかなりそうな気もする。昨年のストリートセンスと比べるのもなんなのだが、まあ、前走度外視といっておこう。

ビッグブラウンは一番人気になるだろう。フロリダダービーで逃げて好時計で勝った。直線ではどんどん後続を引き離した姿は見事の一言だ。CNBCなどでは、ビッグブラウンが共同馬主であり、新しいビジネスプランであることなどが紹介されていたが、それは日本では日常の事なのだが。ただ、前走の価値時計は優秀とは言え、ガルフストリームパークは圧倒的な先行優位の競馬場。これが、2001年のモナーコスのように追い込んで勝っていれば価値はあろうが、逃げでフロリダダービー制覇は、私としてはあまり評価に値しない。父はバウンダリー、祖父ダンジグ、そして母父ヌレイエフ。上手く逃げれば強そうな血統だが、二戦の経験でダービーが勝てるほど甘くはないだろう。あのバーバロでさえ、六戦の経験を要している。大外というのもあまりに危険な臭いがする。直線は長く、時計は早いチャーチルダウンズ。デザーモもここ一番で信用に足りないジョッキーだ。

まさか、簡単にビッグブラウンを逃がせるほどケンタッキーダービーは甘くない。勝負足りえない馬が玉砕覚悟で前に行くに決まっている。かかり気味のビッグブラウンが先行集団を率いて自滅というのが、私の予想だ。そうなると、勿論、パイロとカーネルジョンの一騎打ち。この二頭のエグザクタで勝負。三着争いなら、ガイアゴ(父ギルデッドタイム)、母父サンデーサイレンスのテールオブエカティ、アドリアーノ(父APインディ)あたりで。ビッグブラウンは完全に無視。

10/11/2007

遠のく金利の正常化

10月11日の会合で、日銀は期待通りに利上げを見送った。投票した中で、水野温委員を除く8人が金利の据え置きに賛成した。理由は、「欧米の金融市場に改善の動きがあるが、米国経済が下ぶれする恐れなど不確実性がなお存在する」からであるという。

グローバリゼーションの進行した世界において、金利の上げ下げが日本国内だけの問題であると考えるのは余りにもお粗末である。マクロ経済学の一年生の授業では、金利を下げると、貯金の意欲がそられ、代わりに投資にお金が流れ、短期的に全体生産が上がる、という。しかし、それは鎖国状態の国を前提としたものだ。開放された国では、金利が下がると、外国投資の魅力が上がり、国内を対象としない投資にお金が流れやすい状態を作る。外国を対象に投資された金は国内総生産には含まれない。投資にお金が行き過ぎると、短期的に消費を押し殺すことも知られている。私達は、円キャリートレードの実体などを観察し、経験的に鎖国状態のマクロ経済が成り立っていないことを良く知っている。水野委員が主張する「円安バブル」はまさにこの点を指摘している。

それでは、金利を上げるとどうなるのか?多くの人が口を酸っぱくするように経済が悪化するのだろうか?企業の中には、自転車操業をし、金利が高くなると儲けを落とすところも多く存在するだろう。金利が上がると、消費が減って、貯金が増えすぎるという懸念もあるが、消費が十分低い日本では殆ど心配する必要がない。金利を上げると、日経指数が短期的に落ち込むのは確実だ。円が高くぶれるのも間違いない。しかし、直接的な影響は限定されている。

一番の問題は、円キャリートレードの旨みが薄れて、中国を含む新興市場から大量のジャパンマネーが返って来ることだ。すると、キャッシュフローを無視して、投資が投資を呼んでいた状況を大勢の人が危惧し始める。ポートフォリオの見直しが進み、ある程度のお金が新興市場から引き上げると、パニックを引き起こし、株価が暴落し始めることすら考えうる。そのシナリオを世界が危惧する。多くの日本人にとっては、中国の明るい未来というシナリオが狂い、将来の利益を逼迫しかねない事態になる。それは、どんなことをしてでも反対しよう、という圧力が国内からかかるのである。しかし、その程度で弾けるようなシナリオであれば、要するにそれは妄想であろう。投資が投資を呼ぶという状況は持続的に維持できるものではない。例えば、中国政府は、投資で集めたお金を不良債権の清算に充てている。

金利が十分に上がっていれば、先のサブプライム問題の時も、円キャリートレード解消に伴った資金が国内債権などに吸収されていた可能性すらあった。さらに、金融の基本的な理論として、CAPM(資本資産価格モデル)が上げられる。この理論を曲解すると、リスクフリー金利(日銀が決定する金利)によって、企業の利益が変わると読み取ることすらできる。金利が上がれば、企業はもっと儲かり、日本株に投資している人も多くの配当を得られる可能性が高いのだ。

さて、話は変わるが、消費税増税の話だ。私は、全く馬鹿げていると思う。消費税を増税するのは構わない。しかし、それは金利を一般の水準に戻して、消費者物価が確実に上向いていると確認した後でのみ行うべきだ。勿論、逆算を行った結果、財源が足りないのは疑う余地も無い議論であるが、金利が0.5%の状態で増税をすれば、日本経済は瀕死のダメージを受ける可能性がある。

与謝野馨は「日本の経済成長に過剰な幻想を抱かないことです。インフレ率を高く見積もって日本の税収を予想することは決してやってはならない。インフレは弱者に厳しいもので、国民が最も嫌うものがインフレ。ミャンマーのデモも引き金はそれでしょう。物価が上がらず、100円ショップで何でも買えるのはいい話なんですよ。さっき私も買ってきたんですが、このハンドタオル、2枚で99円ですよ。いいでしょう」と発言した。だから、現実を直視して消費税増税しなければならないという。私はこの発言を聞いた後、恐ろしくなった。インフレ率は低くするべきだ、と言っているような発言である。二つの大きな問題がこの発言の中に内在している。①増税は消費を落とす。そして、②一物一価の法則(law of one price)は無視できない。つまり、世界中で差別化できないコモディティ商品の値段は一つだけという意味だ。世界中で原油や小麦などの商品の値段が上がり続けており、世界中にインフレプレッシャーを与えている。金利を上げる(人為的にインフレを作る)事で、商品価格の上昇から一般消費を救う必要があるのだ。現在日本では、商品価格の上昇を消費を切り詰め(量を減らす)、儲けを抑えることで敢えて、消費者物価を抑えている。これは経済にとって負の作用を及ぼす。もし、金利を正常な状態にする前に増税に踏み切れば、経済は失速し、金利を上げられないような状態になる。低い金利を続けると、円キャリートレードを歓迎し、商品のインフレプレッシャーは払拭されない。結果、日本はスタグフレーションに苦しむことになろう。低金利下での増税は何が何でも反対せねばならない。

まあ、多くの識者が、早めに金利を正常化する方法を知恵を絞って考えて欲しい。

8/13/2007

宴の後に-アメリカ住宅バブルの崩壊

アメリカの住宅ブームは、2006年5月、バーナンキが利上げの演説を行った直後に終焉したと見られている。それまで天井知らずで上がり続けていた住宅価格の伸びが鈍化し、市場に住宅在庫が溢れるようになって来た。南フロリダ(マイアミ近郊)、カリフォルニア、ワシントンDCなど、ホットだった市場が崩れ始めた。2007年にはアメリカの平均住宅価格が1929年に始まった大恐慌以来始めてマイナスを記録することになるようだが、現在の住宅バブル崩壊は局地的に限定されており、まだ全米中の住宅価格が下がっている状況では無い。                       

アメリカの住宅市場がバブルの様相を呈していることは、日本では常識だった。しかし、残念ながらアメリカ人はそうは思っていなかったようである。シアトルの人達は、未だに住宅価格が下がるとは思っていない。シアトルに関しては価格の伸びは鈍化しているとはいえ、住宅価格が下がっている事実は全く無い。

ただ、市場には在庫が溢れている。現在がピークだと解っている人達が家を売り出している。しかし、皆強気で値引きしないので中々売れない。買い手は待っていれば住宅価格が下がるだろうと、のんびりと構えている。だから、在庫は余り、価格はまだ下がっていないのだ。今後は、首が回らずに持ち家を早く売る必要がある連中が、価格を下げてでも売り抜こうとするだろう。その時こそ、シアトルでも住宅価格が下がり始める瞬間だ。

アメリカではリスクフリーの金利が5%強つくので、年間で5%以上住宅の値段が上がらなければ、それは実質的には価格がマイナスに転じているのと等しい。つまり、実質価格はすでにシアトルでも下がり始めている。だが、名目価格が下げに転じると人々の心理状態は変ってしまうだろう。現在、投機目的で家を何軒も持つ人がいる。そのような人達が家を売り払い始め、住宅デフレのプレッシャーは日に日に増すことだと思われる。

シアトル近郊では、アパートの値段が近頃急激に上がっている。これは、家を買わずにアパートを借りる人が多くなっていることの証拠で、住宅市場の流動性が低下しているからだろう。街中のいたるところで、家やアパートの代わりに、タウンハウスが林立している。これは低所得者層をターゲットにすれば、税金を取得でき、空き家になるリスクが軽減されるからだ。今まで見なかったような場所に、コンドミニアムの広告がやたら増えた。ディスカウントの字すら良く目にするようになった。シアトルの住宅市場が下を向いていることは明らかだ。

だが、私がこのような意見を言うと、アメリカに住む多くの人達が敵意をむき出しにし、私に突っかかってくる。そんな事はありえない、と。日本でもバブルが崩壊する前夜はこのような状況であった。ある人達は、私の意見に対して、「それでは何年で住宅価格の調整が終わるのか?」と聞いてくる。そんなこと知る訳が無い。ただ目安としては、住宅ローンで支払わなければならない金額と、家を借りた場合に支払うレントが同じくらいになれば、住宅価格がフェアヴァリューに戻ったということではないだろうか?現在、大雑把に、モルゲージの支払いはレントの二倍以上である。調整が進んでしかりの状況であろう。

ここに書いた事は、これから起こりうるだろうストーリーだが、勿論、アメリカ政府や邦銀が黙ってみていない可能性もあろう。バーナンキは学者時代よりデフレーションこそが諸悪の根源だと言っている。デフレに落とさないために、アメリカがスタグフレーションの道に進む、などというシナリオも考えられなくはない。そこまでのハードランディングをせずに、インフレで低空飛行を続けるということも考えられよう。さらには、アメリカのバブルの損失を前話でも書いたように、日本に押し付けるという裏技は十分にある。実際に、日銀は日本があまりサブプライムの問題と関係ないはずなのに何故かオペを出した。つまり、日銀は、円キャリートレードで支払能力の無い人にお金を貸す行為を救済しようとしているのだ。まあ、政府が何をやるかは解らないが、私たちは個人で身を守るしかない。個人レベルでも、アメリカ不動産価格の調整というような素晴らしいチャンスを見逃さない手は無いだろう。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...