5/04/2008

ダライ・ラマ14世法王の公演を聞く

もっと早く書くべきだったかも知れないが、先日シアトルを訪問されていたダライ・ラマ14世の公演を聴きに行った。冗談ではあるが、ダライラマ14世ことテンジン・ギャツォがテロリストであるか、生き神であるかを確認しに行ったわけだ。


結論から言うと、非常に良かった。ダライラマ14世と会えば、多くの人が尊敬の念を抱くであろう、という事が解った。ダライラマ法王は80歳の高齢でありながら、冗談を愛し、機知の富んだ話をされる。私は、常日頃、冗談の上手さで相手の知性を測っている。大抵において、冗談が上手い人は非常に頭が良いものだ。このようなレンズで判断した所によると、ダライ・ラマ14世は、非常に頭が切れる人物であった。だが宗教家にありがちな、全てを知っているという態度を全くとらず、自分の専門外の事は解らないとはっきりとおっしゃった。知らないという事をはっきりと言う事は非常に難しいことだ。ダライラマ14世は、頭の切れと、謙虚さを兼ね備えた人物であるのだ。多くのアメリカの文化の端切れを齧った人のせいで勘違いされがちではあるが、謙虚さは日本だけではなく西洋でもはっきりと尊敬を持って受け入れられる物であるという事はここではっきりと記しておきたい。

ただ一つだけ悲しかったことがある。会場の外に、中国人学生(明らかに年上の連中も混じっていた)のグループが反ダライラマのデモを行っていたことだ。情報が閉ざされている中国国内でダライラマの事を悪く思うのは仕方ないのかもしれない。しかし、情報が溢れるアメリカに在住し、両方の立場から公平な情報に触れる機会を持つ中国人留学生がダライ・ラマに対して、反対のデモを行うというのは、理解に苦しむ。もう一つ理解に苦しむことがあった。中国人学生がダライラマに対して反対している映像は、中国人コミュニティーや共産党政府にとって非常にネガティブなものになるということだ。中国人が徒党を組んで、共産党政府が流布している信条を繰り返している光景は、多くの民主主義国家で生きている人間の目からすれば異様である以外の何物でもない。
恐らく中国共産党政府は、対外イメージ政策のことなど何も考えていないのだろう。共産党の一党支配が齎す幾千もの矛盾や不公平感の中で、どのように国内の人々を支配するかだけに興味があるとしか思えない。聖火リレーで、その都市に住む中国人を導入して歓迎行事をさせた映像を国内で流し、共産党政権の人気取りをする。それ以外に何も興味は無いのだろう。私は、いつの日か近い将来、中国共産党の縛りが解けた中国人の生徒達と、対等な立場で、タブーなく色々な事について討論できる日がやってくるものと信じている。ヤンキースファンとレッドソックスファンの怒鳴りあいのような状況は、球場とそのまわりの酒場だけにとどめておいて欲しいものだ。

ケンタッキーダービー、撃沈。

ケンタッキーダービーは、ご承知の通り、大外20番のビッグブラウンが、妙にゆったりとしたペースに功を奏してかなり強い勝ち方でゴールした。一番人気を得ていたので、バウンダリー産駒でケント・デザーモが騎乗したこの馬が勝つのも、しょうがないと言えば、しょうがないのだが、どうも合点がいかない。過去に3戦しかせず、ダービーをあっさり勝つなど、ヨーロッパの貧弱な競馬のようだ。東海岸で西海岸で中2週くらいのペースで、三冠が終われば故障しても何でもいい、といった酷使する競馬こそがアメリカの売りだったはずだ。今回のビッグブラウンの勝ちは潮流変化さえも感じさせる。

もう一つニュースは、2着のエイトベルズがゴール後に両前足を骨折して、予後不良になったことだ。牝馬で唯一の参戦で、2着を得た同馬は賛美に値する。先行で我慢して、埒沿いをしっかりと追い込んできた。ただ、ビッグブラウンの勝ちよりも、エイトベルズの悲劇のみがニュースで繰り返されるのは競馬ファンとしては不愉快だ。悲しくはあるが、競馬ではある程度予後不良が発生することは、仕方ないといえば仕方ない。このニュースをもって、チャーチルダウンズを全天候型のポリトラックにするとか、PETAが騎手を制裁するべきだなどと言うのは、あまりにも見苦しい討論だ。政治的な主張のために、競馬の歴史を変えるのはどうかと思う。が、ポリトラック導入の動きは、恐らく止められないだろう。そういう意味でも、今回のダービーはアメリカ競馬の変化の曲がり角にいるような気がしてならないのだ。

今回のダービーを観戦して、私の脳裏を掠めたのは、サニーブライアンがあっさりと二冠を取った時の光景だ。ゆったりしたペースを作り出し、人気の追い込み馬が不発で、皐月賞を勝った。ダービーではサイレンススズカの上村が控えて、またしてもゆったりとした流れになり、二冠をとった。クリスザブレイブがいたなら、或いはサイレンススズカが飛ばしていれば、サニーブライアンの活躍はどうなっていただろうか?今回も、ウォーパスが元気で殺人ペースで飛ばしていればなあ、と思ったのは私だけだろうか?

何事も無ければ、プリークネスはあっさりビッグブラウンが勝つだろうし、使い込まれていない強みで、以外にあっさり三冠をとる可能性もかなり高い。そもそも、他の馬が弱すぎる。カジノドライブに、ベルモントSで嫌がらせのように、ぶっ飛ばしてくれることを期待する。ビッグブラウンは良い馬だろうが、三冠に値するようなレベルではないと思っている。

5/02/2008

Kentucky Derby 2008

まったくブログを更新することなく、またもや五月の一週目がやって来た。今年のシアトルの春は酷く寒く、春が来た感じなどしない。ケンタッキーダービーがあるので、仕方なくここに予想する。

実力は別として大本命と目されていた二歳王者のウォーパスが故障。よって、大混戦が予想されている。しかし、よく見ると、三頭抜けた馬が存在する。カーネルジョン、パイロ、そしてビッグブラウンだ。ただ、それぞれ問題を抱えており、簡単にこの馬が勝つ、と断言しにくい状態である。そこで、一頭ずつ見ていくことにする。

カーネルジョンは、終いで物凄い脚を使う。過去の映像を見る限り、私はこの馬を買いたいと思う。しかし、問題がある。一度もダート競争を経験していないのだ。出走した過去の六レースが全てポリトラック。ポリトラックで使える鬼脚がダートでも通用するのか?ただ、稽古で5F57秒をつけているし、楽観できないでもない。鞍上のナカタニも、距離が長ければ不安材料でしかない。父はティズナウで、マンノウォー系の貴重な担い手。

パイロも同様に鬼脚を使う。届いてはいけない場所からやって来る。パイロの場合はカーネルジョンと正反対の問題がある。前走のトヨタブルーグラスステークスで初めてポリトラックを経験し、10着と撃沈した。出遅れて、内埒沿いを中断で折り合った後、三コーナー過ぎから、まるでやる気を無くした様に沈んでいった様は、どう判断していいのか解らない。父プルピットに母父がワイルドアゲインという本格的な血統だけに大舞台では大いに期待できるし、直線の長いチャーチルダウンズならなんとかなりそうな気もする。昨年のストリートセンスと比べるのもなんなのだが、まあ、前走度外視といっておこう。

ビッグブラウンは一番人気になるだろう。フロリダダービーで逃げて好時計で勝った。直線ではどんどん後続を引き離した姿は見事の一言だ。CNBCなどでは、ビッグブラウンが共同馬主であり、新しいビジネスプランであることなどが紹介されていたが、それは日本では日常の事なのだが。ただ、前走の価値時計は優秀とは言え、ガルフストリームパークは圧倒的な先行優位の競馬場。これが、2001年のモナーコスのように追い込んで勝っていれば価値はあろうが、逃げでフロリダダービー制覇は、私としてはあまり評価に値しない。父はバウンダリー、祖父ダンジグ、そして母父ヌレイエフ。上手く逃げれば強そうな血統だが、二戦の経験でダービーが勝てるほど甘くはないだろう。あのバーバロでさえ、六戦の経験を要している。大外というのもあまりに危険な臭いがする。直線は長く、時計は早いチャーチルダウンズ。デザーモもここ一番で信用に足りないジョッキーだ。

まさか、簡単にビッグブラウンを逃がせるほどケンタッキーダービーは甘くない。勝負足りえない馬が玉砕覚悟で前に行くに決まっている。かかり気味のビッグブラウンが先行集団を率いて自滅というのが、私の予想だ。そうなると、勿論、パイロとカーネルジョンの一騎打ち。この二頭のエグザクタで勝負。三着争いなら、ガイアゴ(父ギルデッドタイム)、母父サンデーサイレンスのテールオブエカティ、アドリアーノ(父APインディ)あたりで。ビッグブラウンは完全に無視。

10/11/2007

遠のく金利の正常化

10月11日の会合で、日銀は期待通りに利上げを見送った。投票した中で、水野温委員を除く8人が金利の据え置きに賛成した。理由は、「欧米の金融市場に改善の動きがあるが、米国経済が下ぶれする恐れなど不確実性がなお存在する」からであるという。

グローバリゼーションの進行した世界において、金利の上げ下げが日本国内だけの問題であると考えるのは余りにもお粗末である。マクロ経済学の一年生の授業では、金利を下げると、貯金の意欲がそられ、代わりに投資にお金が流れ、短期的に全体生産が上がる、という。しかし、それは鎖国状態の国を前提としたものだ。開放された国では、金利が下がると、外国投資の魅力が上がり、国内を対象としない投資にお金が流れやすい状態を作る。外国を対象に投資された金は国内総生産には含まれない。投資にお金が行き過ぎると、短期的に消費を押し殺すことも知られている。私達は、円キャリートレードの実体などを観察し、経験的に鎖国状態のマクロ経済が成り立っていないことを良く知っている。水野委員が主張する「円安バブル」はまさにこの点を指摘している。

それでは、金利を上げるとどうなるのか?多くの人が口を酸っぱくするように経済が悪化するのだろうか?企業の中には、自転車操業をし、金利が高くなると儲けを落とすところも多く存在するだろう。金利が上がると、消費が減って、貯金が増えすぎるという懸念もあるが、消費が十分低い日本では殆ど心配する必要がない。金利を上げると、日経指数が短期的に落ち込むのは確実だ。円が高くぶれるのも間違いない。しかし、直接的な影響は限定されている。

一番の問題は、円キャリートレードの旨みが薄れて、中国を含む新興市場から大量のジャパンマネーが返って来ることだ。すると、キャッシュフローを無視して、投資が投資を呼んでいた状況を大勢の人が危惧し始める。ポートフォリオの見直しが進み、ある程度のお金が新興市場から引き上げると、パニックを引き起こし、株価が暴落し始めることすら考えうる。そのシナリオを世界が危惧する。多くの日本人にとっては、中国の明るい未来というシナリオが狂い、将来の利益を逼迫しかねない事態になる。それは、どんなことをしてでも反対しよう、という圧力が国内からかかるのである。しかし、その程度で弾けるようなシナリオであれば、要するにそれは妄想であろう。投資が投資を呼ぶという状況は持続的に維持できるものではない。例えば、中国政府は、投資で集めたお金を不良債権の清算に充てている。

金利が十分に上がっていれば、先のサブプライム問題の時も、円キャリートレード解消に伴った資金が国内債権などに吸収されていた可能性すらあった。さらに、金融の基本的な理論として、CAPM(資本資産価格モデル)が上げられる。この理論を曲解すると、リスクフリー金利(日銀が決定する金利)によって、企業の利益が変わると読み取ることすらできる。金利が上がれば、企業はもっと儲かり、日本株に投資している人も多くの配当を得られる可能性が高いのだ。

さて、話は変わるが、消費税増税の話だ。私は、全く馬鹿げていると思う。消費税を増税するのは構わない。しかし、それは金利を一般の水準に戻して、消費者物価が確実に上向いていると確認した後でのみ行うべきだ。勿論、逆算を行った結果、財源が足りないのは疑う余地も無い議論であるが、金利が0.5%の状態で増税をすれば、日本経済は瀕死のダメージを受ける可能性がある。

与謝野馨は「日本の経済成長に過剰な幻想を抱かないことです。インフレ率を高く見積もって日本の税収を予想することは決してやってはならない。インフレは弱者に厳しいもので、国民が最も嫌うものがインフレ。ミャンマーのデモも引き金はそれでしょう。物価が上がらず、100円ショップで何でも買えるのはいい話なんですよ。さっき私も買ってきたんですが、このハンドタオル、2枚で99円ですよ。いいでしょう」と発言した。だから、現実を直視して消費税増税しなければならないという。私はこの発言を聞いた後、恐ろしくなった。インフレ率は低くするべきだ、と言っているような発言である。二つの大きな問題がこの発言の中に内在している。①増税は消費を落とす。そして、②一物一価の法則(law of one price)は無視できない。つまり、世界中で差別化できないコモディティ商品の値段は一つだけという意味だ。世界中で原油や小麦などの商品の値段が上がり続けており、世界中にインフレプレッシャーを与えている。金利を上げる(人為的にインフレを作る)事で、商品価格の上昇から一般消費を救う必要があるのだ。現在日本では、商品価格の上昇を消費を切り詰め(量を減らす)、儲けを抑えることで敢えて、消費者物価を抑えている。これは経済にとって負の作用を及ぼす。もし、金利を正常な状態にする前に増税に踏み切れば、経済は失速し、金利を上げられないような状態になる。低い金利を続けると、円キャリートレードを歓迎し、商品のインフレプレッシャーは払拭されない。結果、日本はスタグフレーションに苦しむことになろう。低金利下での増税は何が何でも反対せねばならない。

まあ、多くの識者が、早めに金利を正常化する方法を知恵を絞って考えて欲しい。

8/13/2007

宴の後に-アメリカ住宅バブルの崩壊

アメリカの住宅ブームは、2006年5月、バーナンキが利上げの演説を行った直後に終焉したと見られている。それまで天井知らずで上がり続けていた住宅価格の伸びが鈍化し、市場に住宅在庫が溢れるようになって来た。南フロリダ(マイアミ近郊)、カリフォルニア、ワシントンDCなど、ホットだった市場が崩れ始めた。2007年にはアメリカの平均住宅価格が1929年に始まった大恐慌以来始めてマイナスを記録することになるようだが、現在の住宅バブル崩壊は局地的に限定されており、まだ全米中の住宅価格が下がっている状況では無い。                       

アメリカの住宅市場がバブルの様相を呈していることは、日本では常識だった。しかし、残念ながらアメリカ人はそうは思っていなかったようである。シアトルの人達は、未だに住宅価格が下がるとは思っていない。シアトルに関しては価格の伸びは鈍化しているとはいえ、住宅価格が下がっている事実は全く無い。

ただ、市場には在庫が溢れている。現在がピークだと解っている人達が家を売り出している。しかし、皆強気で値引きしないので中々売れない。買い手は待っていれば住宅価格が下がるだろうと、のんびりと構えている。だから、在庫は余り、価格はまだ下がっていないのだ。今後は、首が回らずに持ち家を早く売る必要がある連中が、価格を下げてでも売り抜こうとするだろう。その時こそ、シアトルでも住宅価格が下がり始める瞬間だ。

アメリカではリスクフリーの金利が5%強つくので、年間で5%以上住宅の値段が上がらなければ、それは実質的には価格がマイナスに転じているのと等しい。つまり、実質価格はすでにシアトルでも下がり始めている。だが、名目価格が下げに転じると人々の心理状態は変ってしまうだろう。現在、投機目的で家を何軒も持つ人がいる。そのような人達が家を売り払い始め、住宅デフレのプレッシャーは日に日に増すことだと思われる。

シアトル近郊では、アパートの値段が近頃急激に上がっている。これは、家を買わずにアパートを借りる人が多くなっていることの証拠で、住宅市場の流動性が低下しているからだろう。街中のいたるところで、家やアパートの代わりに、タウンハウスが林立している。これは低所得者層をターゲットにすれば、税金を取得でき、空き家になるリスクが軽減されるからだ。今まで見なかったような場所に、コンドミニアムの広告がやたら増えた。ディスカウントの字すら良く目にするようになった。シアトルの住宅市場が下を向いていることは明らかだ。

だが、私がこのような意見を言うと、アメリカに住む多くの人達が敵意をむき出しにし、私に突っかかってくる。そんな事はありえない、と。日本でもバブルが崩壊する前夜はこのような状況であった。ある人達は、私の意見に対して、「それでは何年で住宅価格の調整が終わるのか?」と聞いてくる。そんなこと知る訳が無い。ただ目安としては、住宅ローンで支払わなければならない金額と、家を借りた場合に支払うレントが同じくらいになれば、住宅価格がフェアヴァリューに戻ったということではないだろうか?現在、大雑把に、モルゲージの支払いはレントの二倍以上である。調整が進んでしかりの状況であろう。

ここに書いた事は、これから起こりうるだろうストーリーだが、勿論、アメリカ政府や邦銀が黙ってみていない可能性もあろう。バーナンキは学者時代よりデフレーションこそが諸悪の根源だと言っている。デフレに落とさないために、アメリカがスタグフレーションの道に進む、などというシナリオも考えられなくはない。そこまでのハードランディングをせずに、インフレで低空飛行を続けるということも考えられよう。さらには、アメリカのバブルの損失を前話でも書いたように、日本に押し付けるという裏技は十分にある。実際に、日銀は日本があまりサブプライムの問題と関係ないはずなのに何故かオペを出した。つまり、日銀は、円キャリートレードで支払能力の無い人にお金を貸す行為を救済しようとしているのだ。まあ、政府が何をやるかは解らないが、私たちは個人で身を守るしかない。個人レベルでも、アメリカ不動産価格の調整というような素晴らしいチャンスを見逃さない手は無いだろう。

8/11/2007

サブプライム、クレジットクランチ、リキデーションクランチそして円高

アメリカでサブプライム・モルゲージ(低所得者層相手に高利で貸す住宅ローン)が焦げ付き始め、多くの貸し手が損を算上し始めた。モルガンスタンレーや英国系のHSBCがサブプライムで大損したという。さらにはサブプライムが原因で、飛ぶ鳥落とす勢いだったベアーズスタンの子会社が倒産したという情報まで入ってきた。7月の終わりにニューヨーク市場は暴落を始める。2007年前半は世界の株価が好調だった事も手伝い、利益確定売りが発生。マーケットは混乱し、売りが売りを呼んだ。株価のボラティリティーが異常に高くなり、ギャンブル相場に突入した。やがてサブプライム問題はクレジットクランチと呼ばれるようになった。つまり、誰にでも金を貸せないほど信用度が逼迫して来たのだ。ダウジョーンズ工業指数は一日の取引内で3桁のマイナスから3桁のプラスに転じるというような極端な動きをするようになった。

金融とは、資産の現在価値を見極める事であると言ってしまっても過言では無いだろう。現在価値を判断するためには、未来のキャッシュフロー(収入)と利率を予想しなければならない。企業にとっての利率とは資金調達コストであり、非常に厄介な指標だ。何故なら、中央銀行が都合によって金利を変えるし、リスクが高ければ高い利率を用いることになる。

まさに、ここ数年、問題があったのはリスクの評価であろう。大手の投資家は、リスクをほとんど無視していた。顕著な例は、発展途上国の国債の取引だ。普通、発展途上国の国債の金利は先進国に対して高いものだ。だが、フリーマーケット下では、その分為替が動く上、発展途上国には異常なインフレが付きまとうもので、金利が多少高くともそんなに儲からないのが常識である。しかし、近年では、リスクがあまり顧みられず、利率が額面どおり儲かってしまう異常事態になっていた。極端な場合には、北朝鮮の国債などにまで投資銀行が手を出していた。

債権から株に話を移すと、外国株のETF(Exchange Trade Fund)やミューチュアルファンドがアメリカの株に比べて高い配当を持続的に叩き出した。個人レベルでも、法人レベルでも、外国株が飛ぶように売れている。 日本でも同じような傾向があった。為替が動かないので、日本株に比べて、外国株の配当が異常に高くついた。

そして、リスクに関する問題で、かなり深刻なのが上記で述べた住宅ローンだ。アメリカでは猫も杓子も住宅ローンを借りることが出来る。私は銀行に行くたびに銀行から住宅ローンを奨められるし、毎日のように住宅ローン会社から電話が掛かって来る。アメリカ国内で違法労働をしているような連中さえ住宅ローンを組むし、初め数年は利率だけを払えばよいなどというようなタイプの住宅ローンまで売り出されていた。私の知り合いには、利率だけを支払う変動相場の住宅ローンと既に買った住宅を抵当に入れるという荒業を駆使して、リバレッジを効かせ、住宅を5件も6件も持っている者もいる。そういう人達と会話すると、アメリカの不動産は決して下がらないと言い張るものだ。何故なら移民はどんどんアメリカにやって来るし、アメリカの住宅の値段は大恐慌以来下がったことが無いかららしい。実際に現在カリフォルニアで住宅価格が下がっていることを指摘すると、シアトルは失業がないので住宅価格は安定的に伸びるという。現時点ではタイムラグのせいで指標上のシアトルの不動産価格に陰りは見えていない。しかし、サンフランシスコやサンディエゴの地価が下がっているのに、シアトルは大丈夫という理論には無理があろう。日本でバブル崩壊後の空虚な時代に多感な青年時代を過ごした私としては、全く聞いていて呆れるような話である。

このように、異常な事態が発生していた。大体において、リスクとリターンは比例する。高いリターンを求めるならば、高いリスクをとらなければならない。投資家はそのリスクをきっちりと審査する必要がある。しかし、近年、リスクの高いはずのものに誰かが大量にお金を入れており、投入されたお金が七難を隠しているのだ。不動産の値段が崩れないというような事はあり得ないし、為替が崩れないというような事もおかしい。しかし、実際に投機目的のお金が市場に溢れ返り、七難は隠され、リスクは存在しないかのように錯覚する。

何故そうなったのか?原因はいくつかあるだろうが、平たく言ってしまえば市場にお金が余っているということだ。その一因は日本のゼロ金利だろう。日本銀行が80年代の後半に政治目的でバブルを制御せず、バブルが急激に崩壊した後は政治的に住宅着工と株価を上げる目的のために金利を下げた。さらには不良債権問題が露出し、政府の赤字が表面化すると、政治目的で決して陥れてはいけない筈のゼロ金利を敢行した。それが金融不安を呼び、仕方なくマネーサプライに上限をつけず、市場を金でジャブジャブにさせた。グローバル化が進む世界の中で、どこの阿呆がこんなチャンスを見逃すのだろうか?結果、日本国民の貯蓄は、世界中に流れて行き、例えば、上海やドバイの高層ビルに化けてしまった。 日本銀行はまさに世界にとってはサンタクロースのような存在なのだ。

私は、日本国民の貯蓄が世界に流動し、グローバル経済に寄与することには大賛成だ。ただ、政治的な失敗によって生まれたゼロ金利政策を将来どのような形で国民の富に転嫁していくのかを日銀に問いたい。世界的な規模でおこっているお金の流動性の増加は、スペキュレーションを呼び込み、不安定な形での金融資産の増徴とインフレ圧力を齎している。ある日、人々が何らかの形でリスクに気づいたとき、スペキュレーションで膨れすぎた世界の資産の値段が崩れ、資金を回収できずに、投資家が万歳する時が来るかもしれない。その時、お金を貸している日本国が巨額の損失を計上するという事態にはならないのだろうか?

当たり前だが、ゼロ金利解除を大手企業は嫌う。資金を調達するリスクが上がるし、円が高くなって輸出が滞るからだ。輸出企業が力を持つ経団連は頭の悪い政治家を囲い込み、政治から独立しているはずの日銀に必死に圧力をかけ利上げを牽制する。さらに、日銀が利上げすることによって、コスト増によって世界的な流動性が低下すると、アメリカ経済が大幅に後退したり、中国のバブルがはじけ飛ぶリスクすらある。経団連はマスコミや政治家を操り、低金利継続の重要性を訴えている。利率が上がると、国の借金が増えるなどという戯言を真剣に信じる人さえいる。名目金利ではなく、実質成長率が国の借金に大きく影響するという基本すら認識できていない。国連や外国は、世界経済の不安定さを指摘しながらも、世界経済のハードランディングを嫌い、日本国民の利益に関係なくゼロ金利を継続させる方針を支持する。

日本には様々な問題が横たわっている。貧困すら問題になってきた。規制緩和や構造改革を私は支持しているが、根本的な問題は日本経済の成長だ。規制緩和や構造改革は「公正」という観点から必要である。しかし、それらが経済成長を根本的に助けると考えるのは余りにも楽観的である。日本経済が成長しない限り、規制緩和や構造改革をしても、あまり意味はないだろう。最近良く耳にする「格差」など実は問題ではなく、貧困が日本の諸悪の根源なのである。日本にお金が集まり、お金が上手く回り、日本経済がある程度成長すれば、日本の諸問題は簡単に解決する。第一、政治家は政策を練ることで所得の分配には寄与できるだろうが、経済サイクルを決定するのは日銀の仕事だ。日銀こそが日本人の財布の紐を握っているのだ。

今回、世界中でクレジットクランチが起き、リスクが再認識されるようになった。すると、びっくりするくらいの速いペースで、円キャリートレードをしていた投資家が恐れおののき、ポートフォリオを組みなおし始め、円が高くなる圧力がかかっている。グローバリゼーション下での薔薇色の世界経済は一気に萎えて、流動性が低下した。世界中の中央銀行がオペを出し、パニックに陥ることを必死に食い止めている。

そこで私の提言だが、日本円がある程度日本に戻ってきた時点で利上げを敢行し、2年ほどで3.5%まで持っていくとターゲットを明言してみてはどうだろうか?フィリップカーブではないが、資産価値を決定するのは利率そのものではなく、利率の期待値である。金利目標を設定することにより、日銀は今まで失っていた期待金利の上げ下げという武器すら取り戻すことになる。日本に戻ったお金は日本国内に吸収され、やがて資金が国内に溢れてくる。消費者は貯金に利子がつき、資産価格が上昇することで、購買力が上がり、貧困や格差の問題を一気に解決できるかもしれない。大手企業の中には苦しくなる会社も出てくるので、政治家は一気に本当の意味での改革を断行できよう。勿論、そのような事を行えば、アメリカが不景気に陥るだろうし、北京五輪が開けないというような事態すら起こるかもしれない。だが、日銀は世界のためではなく、日本国民のために政策を打って出るべきだ。民主党は消費者のための政治などと嘯くのならば、このくらいのシナリオを前面に打ち出して欲しい。

デフレは既に問題ではない。コモディティーの価格上昇はインフレプレッシャーを齎している。日本の消費が伸びないのは、貧乏な人が大勢いるからだ。価格の上昇を、需要の低下で必死に抑えるけなげな我が日本。日銀が日本の一般の消費者のために、自分たちが過去に犯した愚策を清算する時がやって来ているのではないだろうか?

7/19/2007

回顧主義と昭和の味

6月の初め、ある一軒の日本食レストランが静かに暖簾を下ろした。そのレストランの名は「たこ八」。セーフコフィールドや宇和島屋に近いインターナショナルディストリクトにあった。私にとって、たこ八はシアトルで最も愛していたレストランの一つであったので、非常に悲しかった。悲しいにも増して、たこ八がなくなるという事実に、虚無感を痛烈に感じてしまった。確かに時間は移ろうものであるし、捉えることは出来ないものだ。大好きだった店は時間の波の中に消えてしまった。そして、僕たちは汗水垂らして未来へと走り続けている。しかし、その未来に「たこ八」は決して存在しない。

アメリカで、日本食レストランといえば寿司屋と同意語になっているのが実情だが、たこ八は日本で俗に言う「洋食」を中心としたメニューを組んでいる。ハンバーグや鳥の唐揚げ、コロッケ、エビフライなどが主な料理としてメニューに名を連ねる。しかし、さば塩、鍋物、いなり寿司といった純日本的な料理も多くある。平たく言ってしまえば、定食屋なのだ。

お店は30人強が座れる広さだ。ご主人と奥さん、娘さんが切り盛りしている。ご主人と奥さんは見た目は物凄く若いのだが、すでに70才代であったという。特に奥さんは、元モデルをしていたという事もあってか、本当の年齢よりは20歳くらい若く見える。本人たちはまだまだやりたい所だったのだろうが、周りが心配して、店を畳む事になったという。世の中はそういう物だ。実際に事を行っている人はただひたすら何かに向かって走り続ける。そして、何もやってない周りの外野はとやかく口を挟む。

私はいつも決まって「トリプル」と呼ばれるセットを注文する。鳥の唐揚げとコロッケ、さらにハンバーグがついている。揚げ物は程よく揚がっているし、素材のジューシーさをきっちりと残している。ドミグラスソースは非常に上品な味を出している。御飯は焼き飯かカレーのうちから選択できる。焼き飯はベーコンとキャベツ、人参を炒めたお袋の味だし、カレーも昔懐かしい味だ。さらに、サラダがついてるのだが、キャベツの千切りに大きなハムが乗ってボリュームたっぷりだ。日本ではありふれたメニューかもしれないが、アメリカでは中々探せないメニューである。しかも味も格別だ。ご主人の気合いの入れようがはっきりと舌に伝わってくる。

私はたこ八に行くと、子供の頃、阪急百貨店の大食堂にお祖父さんと良く行った事を思い出す。混雑する大食堂で運ばれてくるハンバーグステーキ。実際の所、美味しいと思ったことなど一度もなかった。だが、たこ八で食べる美味しい料理には、昭和の時代が終わろうとしていた僕の幼少の頃の記憶がソースとして乗っているのだ。無くなってしまった物特有の懐かしさとでも言おうか?そして、その味は既に日本で絶滅に瀕している。安っぽいフランチャイズの店や似非イタリアンが跋扈する21世紀初頭の我が日本では、町の洋食屋さんは生き伸びることが出来なかった。それは自然の摂理である、弱肉強食の原則にのっとった公平な競争の結果だ。海を隔てて遠く離れたシアトルの町の片隅に残っていた昭和の味。予想外の宝物だったのだが、やがてそれは失われてしまった。

昭和の時代は遠くに過ぎて行ってしまった。次に私が納得に足る鳥の唐揚げやハンバーグを食べることが出来るのはいつの日になるだろうか?昨年大阪に帰ったとき、梅田の阪急百貨店は改装を始めていた。時代は極端に早いペースで動いている。他の人達と同様、私の日常もその流れに対応するべく忙しいものである。たこ八はその忙しさを時折忘れさせてくれた。時代を懐古する物を失うという事が、虚無以外のなんだと言うのだろう?店は無くなってしまったが、たこ八の残像は古い阪急百貨店の大食堂と共に私の心の奥にきっちりとしまっておきたい。

サウジはポンコツ。何も出来ない

フーシ派がマユン島を占領して、紅海の入り口をコントロールしており、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)がトランプに米軍がフーシを攻撃するように要請したとのニュースが流れた。トランプは断ったという。このニュースを受けて、原油は暴騰。 サウジはアラブ諸国の雄じゃないの?このくらい、...