9/30/2020

トランプとバイデンの史上最低の討論会

まあ、言い尽くされている感もあるが、トランプとバイデンの討論会は、それはそれは酷い物だった。FOXニュースのクリス・ウォレスが巧くさばけなかったという批判もある。クリス・ウォレスはFOXニュース内では良識派で、アジテートされたような意見を拒むまともなジャーナリストである。保守派からはFOXニュースの中では甘すぎるという評価が下る一方、リベラル派はFOXニュースの人という事で受け付けられない。私はクリス・ウォレスが大好きである。

トランプは、バイデンを熱くさせて自滅させる作戦を取った。自らの成果を語らず、相手の上げ足を取り、さらには極左からバイデンを切り離し、民主党の内ゲバを狙った感がある。結論から言うと、完全に失敗したと思う。バイデンは中道路線であることを強調したが、極左の人達は特に意見を述べていない。それによって若者の投票率が下がるかというと、それも違う気がする。

トランプは悉く、自らの成果をカメラの前で伝えるという事をしなかった。民主党員でも共和党員でもない中立の人たちにはアピールできなかったと思われる。きっちりと宿題をしていないんじゃないか、とさえ勘繰られてしまう。ゴタゴタだけが目立ってしまい、トランプが自滅したように映像的には見て取れた。

が、この作戦が悪かったのかどうかを論じるのは早すぎる。なんだかんだ言って、バイデンもトランプの挑発に乗ってきた。汚い表現を何回も使った。多くの視聴者は、アメリカの政治に対して諦めに似た感情を抱いたと思う。トランプの当初の目的だった投票率を下げるという目的に対しては、意外と上手く嵌った感がある。

まだ二回討論会が残っているので、トランプが急にまともな発言をしたりする事もあるのかも知れない。いずれにせよ、トランプ陣営は意外と深く考えてこの討論に臨んでおり、まだまだサプライズがあるかもしれない、と第三者的にはリアリティショーを見たような気になったのではないだろうか? 

今のところ、トランプの再選の目はほぼ無いと見ているが、バイデン民主党の次の四年というものを考えると、結構気が重くなってしまう。

東京の人もトランプとバイデンくらい罵り合いを日常生活でしていれば、こんなにギスギスした社会にならなくても良いような気もする。

東京は他人を威圧的に注意したい痛い人との遭遇率が異常に高い

私は東京が大嫌いだ。外食は平均的に不味いし、自然があふれる場所に行くのも遠い。東京都内では似たような機能を持つ場所が色々と分散している。都心は各駅停車の電車ばかりで、短い距離の移動に時間がかかる。便利さとは程遠い。家は狭い。どこに行っても混んでいるし、人が密集している。

で、最近ひとつ、東京人の気質の嫌な面が気になっており、ますます東京が嫌いになっている。東京では威圧的に人に注意をしてくる人がやたらと多い。大阪とかでは、人と喋るときには基本的に優しさか、面白さか、馬鹿さがある。アメリカなどでは人が何をしようが干渉されない。が、東京では些細なマナーについて人を威嚇してくる人と遭遇することが多い。こういう人に遭遇した時は、私が無視するか、喧嘩を吹っ掛けないと決して終われない。

犬を連れて散歩していると、一か月に一回くらいは近所の老人に根掘り葉掘り嫌味を言われる。ボーダーライン上の出来事に関してごちゃごちゃ言われるので、「うっさい、おら!」と怒鳴り返さざるを得ない。喋り方が嫌味で威圧的で、喧嘩を売っているとしか思えないのだ。公園で犬に糞をさせるな、とか言われる訳だが「公園はトイレではありません、糞をしたら後始末をしてください」と書いてある。つまり、OKである。袋に入れて持って帰るのだから、糞をさせる事に他人にごちゃごちゃ言われる筋合いはない。第一モラル的にアウトだとしても、その人に迷惑をかけていない行為について、逮捕権もない人間から私の自由を束縛される言われはない。

赤信号を渡ると「赤信号は渡っちゃダメだよ」などと大声で叫ばれることもある。大阪でそのような仕打ちにあった事はない。車が来ていて「兄ちゃん、危ないで」とか愛のある物の言い方なら嬉しい。が、車も来ていない小さな信号を無視して、関係のない赤の他人に信号無視を窘められるのは衝撃的である。これも二か月に一回くらいある。無視するのは失礼なので、「うっさい、おら!ずっと信号待っとけ」と叫ばざるを得ない。

いずれにせよ、私は人の目が気にならないので、関係のないことに関してごちゃごちゃ言われれば、文句を言い返す。ただ、こういった恥ずかしげもなく人の自由に干渉する人間がうようよいる東京という町の貧乏臭さが、私は気に入らない。他の人が嫌いなら、外を出歩くな、と思う。犬が嫌いなら公園に来るな、と思う。勝手に作り出された気持ちの悪いモラルを守らせようとする気味の悪い同調圧力には絶対に屈さない。人の目は気にならないが、老人相手に口汚い文句を返している自分も嫌であり、そういう事がおこらないような素敵な街(大阪?)に早く引っ越したい。

東京に移り住む前は、東京の人たちというのはお互いに目を合わさないような他人に干渉しない大都会をイメージしていた。そういう人たちも一杯いる。しかし、東京に昔から住む人たちは排他的であり、余所者を無碍に扱い、他人に威圧的な態度をとる肝っ玉の小さな人たちで溢れていた。

もしかすると、文句を言われてもおとなしく、何も返さないような人たちが多いので、失礼な風紀委員長のような連中が恥ずかしげもなく、他人の自由に干渉するのかも知れない。こういう連中に、「自分に関係ない事に、お節介やいてんじゃねえぞ、おら!」とか言うのも、社会を生きる私たちの責任だと思うのだ。(そういう返しを受けるのが解っているので、大阪ではクレーマーが少ない)

9/25/2020

次の最高裁判事が大統領選よりも重要である旨

 ルース・ギンズバーグが死んで、最高裁判事の枠が一つ空いた。遅かれ早かれ、議会は新しい最高裁判事を選ぶことになる。最高裁判事の席は現在は9つあり、保守がクラレンス・トーマス、ジョン・ロバーツ、サミュエル・アリート、そして、トランプ政権下で選ばれたニール・ゴーサッチとブレット・カバーノの五人である。一方、リベラル派はスティーブン・ブライヤー、ソニア・ソトマイヨール、エレナ・ケイガンの三人に減ってしまった。

本来であれば、大統領も上院も共和党が占めているので、共和党が保守の最高判事、それも多分女性の候補を選んで、保守六人対リベラル3人になってチャンチャンで終わるという考え方になろうが、そうは問屋が卸さない。

オバマ政権の末期、アントニン・スカリアの死去に伴い、オバマはメリック・ガーランドを指名した。しかし、上院は共和党が占めていたので、ミッチ・マコネルがそれを通さず、空きができたままトランプ政権を待つことになった。これをレイムダック政権下での紳士協定だと民主党は美化しているようだが、共和党はねじれ国会による現象だと解釈している。今回、共和党が強硬に保守派の判事を指名すると、民主党がごねるのは明らかだ。

最高裁判事の席が9つというのは、憲法で規定されていない。従って、民主党はもし共和党が強硬に保守派の判事を選んだ場合、大統領選挙に勝てばリベラル派の判事を二人増やす、といった姑息な手段も考えている。

最高裁判事には任期がない。死ぬか、自ら引退するかしないと、席が空かない。アメリカの司法は、大統領や議会から本当に独立しており、最高裁判事の数により、通したい法案が、憲法に違反するという判決を受けて通らなくなる可能性があるのだ。

最高判事に何故リベラルや保守というのがあるのか?民主党や共和党に属しているのか?このあたりの事はあまり日本では議論されていない。これは、憲法などの法律をどのように解釈するかの姿勢によるものである。保守派の判事というものは、憲法に記載してある文言を、極端な話、一語一句をそのままの意味で解釈するのである。一方で、リベラル派の判事というものは、憲法に記載してある文言の意味について、その当時の社会状況などを鑑みて、どういう意図で作ったのかという事を考慮し、現代社会ではどうなるのかという着色をする。それにより、武器を持つ権利や堕胎する権利などの解釈が変わってしまうという訳だ。

そういう意味で、最高裁判事の補充というのはアメリカ社会にとって、大統領選よりも重要であると言っても過言ではないわけである。


9/13/2020

旧態依然とした自民党の理論に辟易しながらも、日本はすでに詰んでいると諦める

 私は菅官房長官に対して、どちらかというとポジティブな意見を抱いている。候補者三人を比べてみたら、菅さんが秀でているのは明らかだ。ある意味で改革派であるし、政治主張もはっきりとしているし、経験も豊富だ。勿論、不得意分野もいろいろあるだろうし、重箱の隅を楊枝でほじくる議論は可能である。

が、やはり私的な政治政党である自民党の理論というものに辟易としている。隠すこともない堂々とした派閥抗争。新総裁を選ぶ選挙において、得票数を数えてから、候補者の政策論争をさせる主客転倒の民主主義。

問題を直視している癖に、社会保障や消費税増税の話はわざと避ける。軽い神輿に忖度してルールの隙を突いた縁故者優遇政策は、悪しき前例や既得権益の打破というスローガンでスルー。こういった話に真摯に向き合わなければ日本の未来はないような気がする。

あ、もうすでに日本は詰んでいたか?今は王手をかけられてから、千日手で逃げ回ってるだけですね。

9/11/2020

自民党の党首選は私的な団体の長を決めているだけ

 自民党は、政府の与党であり、一部の党員が国会議員や行政の閣僚になっているとは言うものの、あくまでも私的な団体である。その私的な団体の長を決める討論会を、テレビで報道するというのはどういうことなのか?自民党がテレビ局に金でも払って、枠を買ったうえで討論するのであれば良いが、NHKのような国営の放送局が自民党の党首を決める討論会を放送するというのは政治活動に加担することになるだろう。

都知事選では一回も討論会を放送しなかった。自民党に公共性があろうと、私的な団体であるという原理原則は無視するべきではない。

9/10/2020

コンビニが極端にダサくなって、時間を過ごすのがつらくなった件

 私は学生時代、コンビニが大好きだった。トレンドの最先端をコンビニが作り出していた。コンビニに行くと、新しい何かに定期的に遭遇することが出来た。サブカルチャーから、きらきらトレンドまで、若者の好奇心を満たしてくれるに足る存在だった。聞いたこともないデザート。異国の食べ物。飲むのが楽しいドリンク。色々な雑誌。レジのすましたお姉さんや、夢を追うバイトの学生達。時間潰しのために、一日に何回もコンビニに立ち寄った。

二十年ほどの月日が経ち、私はコンビニに行かなくなった。コンビニで買い物をすると思うと億劫なのだ。店内にはじいさんやばあさん、疲れた家庭主婦まで色々いる。日本語が半分くらいしかできないネパール人やビルマ人がレジで頑張って対応してくれる。雑誌の種類は減った。老人向けとしか思えないような惣菜が並んでいる。安物のつまみ。冷凍食品。安売りのおにぎりコーナー。ATMでお金をおろす人。宅急便を配送する人。媚びたようなデザートコーナーに群がるお年を召したOL。安物のコーヒーを淹れている「出来る」サラリーマン。ルーティナイズしてしまった企業主導のわくわく感のないイノベーション。雰囲気的にしんどい。

必要に駆られた物だけとって、さっさと立ち去りたいような場所になり下がってしまった。UberEatsでコンビニの物を買おうというのも解る気がする。

90年代の若者文化を象徴していたようなコンビニ。時はもう戻らない。

9/09/2020

大坂なおみのみっともない政治パフォーマンスは黙殺するべき

 大坂なおみが可笑しなマスクをして、政治パフォーマンスをしている。選手が勝手に政治アピールするのは自由だが、日本のメディアはそういった政治的なパフォーマンスに触れるべきではないと思う。

もし相撲取りやNPBの野球選手が政治パフォーマンスをすればどのように報道するのか?オリンピックで反日を掲げた韓国選手団の事はどのように扱ったのか?アメリカで日本の国旗をつけている選手が政治パフォーマンスを行うというのも非常に危うい。中立なメディアは大坂なおみの政治パフォーマンスは黙殺するべきである。

個人的には大坂なおみの政治パフォーマンスはみっともないと思う。むしろ、マスクにぼかしをつけるくらいでも良いのではないか、と思う。

ブルーライブズ、マター。オールライブズ、マター。

世の中には色々な考え方がある。スポーツに政治マターを組み込ませるな。一部の政治首長は報道し、一部の政治主張は報道しないという、バカげたダブルスタンダードを取るマスメディアは猛省するべきである。

9/07/2020

まともな野党を

 泉健太の小物ぶりが見ていて微笑ましい。枝野の無投票当選ならバツが悪いので、国民民主党側でじゃんけんでもして決めたんじゃないかと思わせるほどの人材の無さである。

党名だが、皆で元の民主党にもどるのだから、

共に民主党

で決まり。共産党も合併して、共の字を入れりゃいいんだし。

だめだ、こりゃ。